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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
激闘編
56/125

10   [C]



――――   3   ――――



基地の中がどうにも居心地が悪く、クラフトは今日も外に出て、遠く広がる砂漠を眺めていた。


この一ヶ月間、十七精鋭部隊は塵炎軍団基地施設の一部を借り切って、本部としていた。

元々、四軍団とイレギュラーハンターの間には相入れぬ確執がある為、互いに愚痴をしょっちゅうこぼしては、塵炎軍団側はイレギュラーハンターが早く出て行くことを、ハンター側は早く任務が終わることを願っているという状況で、気不味い雰囲気は否めない。

しかし、クラフトの、居心地の悪さの原因はそれだけではなかった。基地内には、あの忌々しいパンテオンが大勢待機している。死人に皮を被せたような、あの人形が大勢いる場所には、あまり留まっていたくはなかった。その人形たちの中に、自分が手を下した者がいるのではと考えてしまうこと自体に、彼は息苦しさを感じていたのだ。


空を見上げ、風を感じる。一ヶ月前まではごちゃごちゃした建物ばかりを見ていたためか、殺風景な景色でも、あまり飽きることはなかった。それどころか、「何もない」ことに清々しさすら感じた。


――――本当に…何もなければいいんだがな…


有り得ないことだと分かっているからこそ、思わずにはいられない。

そうこうしている内に、一人の部下が後ろから駆け寄り、敬礼と共にクラフトを呼ぶ。


「第四班より報告です」


数分前、『紅いイレギュラーと遭遇した』と連絡してきた班だった。二週間前も同じチームが遭遇したのだが、あっさりと逃してしまった。――――メンバーがメンバーだけに、今回もあまり期待はせずに受けることにした。


「なんだ?」


「はっ。『心の底からごめんなさい』…と」


その答えに、クラフトは頭を抱えた。――――そして躊躇うこと無く、直ぐ様新たな指示を出す。


「第四班、及び各部隊に知らせろ。これより第四班を解散。五番以下の班番号を繰り上げ。シューター以下元第四部隊の五名は、“特殊班”として紅いイレギュラー捜索に専念。定時連絡は今日より二日に一度、正午に。それ以外の元第四班メンバーは一旦本部に集合。追って、次の班編成を告げる。……以上だ」


「了解」


指示を確認した後、振り返り、颯爽と本部に向かって駆け出した。その部下とすれ違いに、また別の部下が駆け寄ってきた。


「ベルサルク捜索中の第二班、ヒート・ゲンブレム副隊長より報告です」


報告を待ち焦がれたその名前に、「来たか」と僅かに期待を込めた声を漏らす。


「なんと?」


「はっ。『黒狼軍本拠地と思われる地下施設を発見。これより突入を開始する』とのことです」


「了解した…。…前回の例もある…。用心を怠らないようにと伝えろ」


「はっ」


僅かに期待をしてはいるが、内心では「きっとまた無駄足だろう」と勘づいていた。

同じ報告は、これで三度目だ。前の二度はどちらもダミーで、突入と共に施設を爆破されたり、メカニロイドと交戦したりと苦汁を嘗めた。今回こそ「三度目の正直」となってはほしいが、その可能性は遥かに低いだろう。

つい先日も、烈空軍団長“賢将ハルピュイア”が黒狼軍幹部と交戦したらしいが、結局ベルサルクに出会うことはなかったそうだ。


「それとですね。隊長」


報告を終え基地へと戻るかと思いきや、その部下は何やら分厚い紙の束を差し出す。


「先週分のオリンポスプレス紙が届きました」


その名を聞き、クラフトは珍しく微笑みを浮かべてその紙の束を受け取る。


「すまんな、ご苦労」


早速一部だけ取り出し、残りを脇へと挟み、紙面を広げる。その様子を部下はとても奇妙なものに感じていた。


「一つお聞きしてもよろしいでしょうか」


「ん?なんだ?」


一瞬逡巡した後、引っかかっていた問いをかける。


「どうして新聞を?」


「『どうして』?」


「情報なら管理局から送られてくるじゃないですか」


イレギュラーハンターとして活動する彼らの脳には、定期的に「情報管理局」から国内の最新情報が転送されている。それ故に新聞を読んだり、ラジオを聞いたりする者はほとんどいない。だが、クラフトは取り寄せてまで新聞を読む。人間が書いた、主観の入り交じった記事を楽しみにしているようでもあった。

その問いに「フフッ」と笑いながら、クラフトは答える。


「……新聞を“情報を得るための媒体”としてだけ見たなら、俺のやっていることは確かに、合理性に欠けるのかもしれんな…」


自身の行動の非合理性を理解していないわけではない。しかしその合理性を超えたところに、クラフトの目的はあった。


「読みたい記事があるんだ」


「…『読みたい記事』……ですか?」


「ああ」と言いながら、また笑う。その笑みはどこか照れくさそうだ。


「ただ“情報として”ではなく“誰かの声として”…。そこに込められた想いを、俺は感じたいんだよ…」


「…新聞ならば感じられると?」


力強く頷く。


「全部が全部というワケではないがな。――――少なくとも、ある一人の記者が書く記事からは、いつも強い想いを感じているよ」


いまいちピンとこない部下の顔を見て、クラフトは苦笑する。そう簡単には理解してもらえないだろうと分かっていた。

同時に、『ある一人の記者』のことを思い出す。――――まっすぐな瞳で、真実と向き合おうとする彼女のことを。


「――――彼女のおかげで…俺は自分を信じることができる…」


最後にぼそりと呟いた言葉は、新たに報告を携えた伝令の声にかき消された。


「隊長!元老院議長団より通信です!……なんでも火急の用件だとか…」


「…議長団から?」


不穏な空気を感じ取り、クラフトは眉をひそめる。この一ヶ月間、さして緊急の事態は起きていなかった。

本国で何かあったのか。それとも捜索対象である三人に関して何かしらの事態が起きたのか。――――考えを巡らせても埒が明かない。


「……分かった…今行く」


クラフトは広げていた新聞を脇へ仕舞うと、急ぎ足で基地へと向かって歩き出した。






どこか不気味さを感じさせる生温い風が、砂漠についた足跡を掻き消した。






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