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今宵は満月。街灯は仄かに道を照らすが、街中に人影はない。どうやら人々は皆、眠りに就いた頃らしい。丸く輝くそれの下、生気を感じさせない道の脇に一台の車が停まる。
運転席の扉が開くと、黒いスーツを着た男が静かに降り立ち、後部座席の扉を開ける。すると、白いマントで体をすっぽり隠した一人の男が、降りてきた。大きな白い三角の頭巾で隠れて、顔は全く分からない。
「行ってらっしゃいませ」
運転手の言葉に返事をしないまま、男は一軒の小さなバーに入って行く。
客は一人もいない。というより、元々店自体が開いていたわけではなかった。それでも、カウンターに一人だけ、バーテンと思われる男が立っている。
頭巾の男はおもむろに小さなカードをカウンターに差し出す。バーテンはそれを、品定めするかの如く丁寧に眺めた後、男に向かって表情も変えずに「お待ちしておりました」と告げる。
「どうぞこちらへ。“集会”は既に始まっております」
バーテンは店の隅にある扉を示し、火のついた蝋燭が立っている燭台を男に渡す。男はその扉の向こう側にある地下へと続く暗闇の階段を、何の躊躇いもなく降りて行った。
狭い通路の壁や天井に反響して、靴の音が不気味に響く。
ようやく最深部に辿りつくと、石で囲まれたその広い空間は、地下礼拝堂とも呼べるような作りになっていた。
燭台のついた太い柱が並ぶ通路の先の方へ視線を遣ると、彼と同じ格好をした白い集団が何やら騒いでいるのが見える。
男はそこへ向かって一直線に、早足で向かう。どうやら少し遅れてしまったらしい。――――皆、自分の言葉を待っている。
そこは異様な熱気を帯びていた。
集団は地面にある、大きな鍋のような鉄の窪みを囲んでいる。
その中に見えるのはレプリロイドの残骸。そして、人の肉。骨。それぞれの体液が混ざり合ったどす黒い液体。
そしてその中にまた、ぐったりと生気の抜けた女性レプリロイドの体が投げ込まれる。人間によって良いように扱われたらしく、薄汚れた裸体のままだった。生きているハズなのに、悲鳴の一つも上げない――――というより、声を出す気力もなく、上げることができないのだ。
突然、囲んでいた集団の内の一人が、槍で彼女の体を突き刺す。そして、横にいたもう一人も、彼から槍を受け取り、突き刺す。
それを何人もが、同様に繰り返してゆき、彼女の身体をさらに惨めな姿にかえてゆく。とうとう彼女の身体は、先に入れられていた具と同じような姿へと変わってしまい、最後には大きな棒で混ぜられる。
その一連の動きの後、集団の者たちは皆、歓喜にも似た声を上げる。
その集団を避けて通り、遅れてきた男は全員を見渡せる台の上へと登った。それに気づいた者達は彼を見て、またも声を上げる。場は一気に興奮の渦へと変わる。
男は今日の集会がいつも以上の盛り上がりを見せていることに、気づいたが、「無理もない」と納得する。
彼らの悲願が叶う、その日が近づいているというのだから、当然のことだった。
男が片手で制すると、皆、それを見て鎮まった。
彼は一旦、勿体ぶるように咳払いをしてから、話を始める。
「既に知っている者もいると思うが、数日前、ようやく[無の鬼神]がこの世界に復活した」
皆、「オーッ」と声を上げるが、男はまたもそれを鎮める。
「…これで、世界には[無限の救世主]と合わせ、二人の英雄が現れたことになる!」
またしても声が上がるが、彼はもうそれを止めない。それどころか、その弁に更なる熱を入れてゆく。
「皆の者!ついに神話の役者が揃い始めた!こうなれば、[総てを和する]我らが神の復活!そして!世界の終末、[ラグナロク]の日は近い!」
さらに熱が高まる。抑えきれなくなったのか、いつしか誰もが拳を高く掲げた。
「祈れ!この世の破滅を!願え!その再生を!全てが果たされた後![総和の神]が統べる下!我らの世界は再びその栄華を取り戻すであろう!!」
その瞬間、そこにいるすべての者達が、大きく雄叫びを上げた。
その高まる声に、上がりきった熱に、地下礼拝堂は包まれる。夜が明けたとしても、この興奮が冷めるにはしばらくの時を要するだろう。
しかし、盲目な信仰の果てに、いったい何が生まれるのか、何が壊れるのか…。
その日が来るまで、彼らが真実を知り得ることは、決してないだろう。
―――― * * * ――――
「…そう。みんな動き出したんだね…」
「…はっ。…そのようで」
黒いコートは膝をつく。ただ一人の主を前にして、頭を下げたまま「いかがいたしましょう?」と判断を仰いだ。
しかし、縦長の窓から空をぼんやりと眺めていた彼は、「アハハ」と少し小馬鹿にしたような、それでいて爽やかな笑い声と共に答える。
「僕に尋ねるまでもないだろ?……君は分かっているはずだ」
そう言って振り返ると、黒いコートへ真っ直ぐ近づいて行き、その目の前に立った。黒いコートは少しだけ顔を上げ、彼と目を合わせる。
「他の三人がどうするかは知らない。……けれど…“彼”は僕の“親友”だ」
そう言った彼の声と瞳には、どこか狂気にも似た、脅迫じみた色が含まれている。
「これまで通り……決して目を離さないように。――――いいね、ファントム」
そう告げられ、ファントムは頷き、それから再び頭を下げ、いつも通りの一言で自身の意志を答える。
「…我が主、エックス様の御心のままに…」
忠誠を誓う、その言葉を聞き、救世主「エックス」はほくそ笑んだ。
物語は加速する
NEXT STAGE
紅いイレギュラー
どうも、お久しぶりの村岡です。
ようやくここまで来ました。前作で打ち切った部分です。
次からは正真正銘完全新作です。
前作からの読者様も、今作からの読者様も、同様に楽しんでいただければと思います。
イラストもぼちぼち更新していこうかなと思いますので、是非目を通してくださると嬉しいです。7月末くらいには、ある程度必要だと思っている分を書き上げようかと思います。
それでは、今後とも[Z-E-R-O]をよろしくお願いします。
ではでは…