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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
覚醒編
51/125

9   [D]



――――  4  ――――



薄暗い部屋の中、テーブル中央の空間に立体映像が映し出される。そこで剣を振るっている男こそ、彼らが倒すべき敵である。

流れる金髪に、紅いコート――――手にしている鮮やかなグリーンのビームサーベルが、荒廃し、寂れた大地の上に彩りを与えている。しかし、同時に撒き散らしているどす黒い擬似体液が、そこが戦場であることを示していた。


「これはポイントE-42Pにおいて、パンテオンやゴーレムが記録していた映像を編集したものである」


ハルピュイアが説明を始める。

彼の言うとおり、破壊されたパンテオンやゴーレムから回収した映像を編集したものではあるが、殆どのものが、正確に彼の動きを捉えきれていない。そのため、映像を一目見ただけでは分かりにくい、速度や反応予測値等をまとめたグラフや表が映像上に提示された。


「見ての通り、奴の基本戦闘能力はミュートスレプリロイドをも上回るものである。パンテオン程度の戦力ではヤツには歯が立たないどころか、無駄に戦力の浪費を招いているだけなのが分かるだろう。――――ちなみにこの戦闘では、パンテオン二十機と支援メカニロイド三十五機、及びゴーレム二機を失った」


それなりの規模の部隊ではあったが、紅いイレギュラーにとっては、自身に傷をつけ得ることもない、雑兵共に過ぎなかったのだろう。

最後の一機が切り裂かれるのを主観視点で確認した後、映像が切り替わる。


「次は塵炎軍団第八方面軍基地における、ホッパー・アバドニアンとの戦闘記録映像」


バッタのような姿をしたミュートスレプリロイドは自慢の跳躍力を見せつけ、紅いイレギュラーを翻弄する。時折放つビームを、紅いイレギュラーはビームサーベルにてひたすら防いでいた。

一見、防戦一方であるようにも見えるが、実のところ、アバドニアンは決め手を欠いていた。そしてとうとうこらえ切れず、脚部と肘に備えられた刃で、紅いイレギュラーの身体を八つ裂きにしようと跳びかかる。しかし、その時を待っていたというように、紅いイレギュラーは上空へと一気に刃を斬り上げた。その瞬間、彼の得物は激しい炎を纏い、アバドニアンの身体を見事に焼き斬った。

「勝ちを急ぎやがったか」と、ファーブニルは自分の部下であるミュートスレプリロイドの失態を、まるで他人事のように鼻で笑った。


「そして次に見せるのが……――――少し前のものになるが――――…一ヶ月前の輸送列車襲撃戦における…パンター・フラクロスの戦闘記録映像」


こちらはアバドニアンのように基地のカメラが撮影した映像ではなく、フラクロス本人の脳から再生したデータである。

四天王ですら眼を見張るほどの高速、且つ激しい攻防を繰り広げた末、フラクロスは紅いイレギュラーをあと一歩と言う所まで追い詰めた。しかし、最後は彼の奇策に足を掬われ、敗北してしまった。

途中まで情けなく見えていた男の姿が、最期の瞬間には輝いて見えた。――――おそらく、記録者が高等なレプリロイドだっただけあって、その想いが映像に影響を及ぼしているらしい。忠実だった部下が最期に見た背中を、ハルピュイアは奥歯を噛み締めしめながら見つめていた。


「……先程の戦闘記録と合わせてみれば分かると思うが、奴の戦いにおける技は非常に多彩である」


幾つかの映像が並行して再生され、ちょうど良い部分で停止される。その中で、紅いイレギュラーのビームサーベルは、雷、炎、氷をその刀身に纏っていた。


「まず、奴が主に使用する武器は、高出力ビームサーベル。左手に収納されていることは確認できているが、右手は不明。その威力は、ゴーレムの巨体ですら難なく両断してしまう。そして、このビームサーベルには奴自身のエネルギーを他の性質に変換する能力が備わっていると考えられる。それらを応用した技はこのように確認できるが、他にいくつの剣技があるかは、現段階では知れない。……が、これだけではない事が十分に予測できる。注意を怠るな」


次に再生された映像では、パンテオン数十機が一瞬にして光に包まれた。後には塵も残っていない。


「特に注意すべき技がこれだ。自身のエネルギーを一瞬で増幅させ、腕から放つ。威力や範囲等、奴はこれを自在にコントロールできる。更に言えば、両腕からの放出も確認されている。奴と一戦交える場合は、この破滅的な威力を、十分に警戒しておく必要がある。――――もちろん、威力の分、リスクも大きいだろうがな」


以上で説明を終え、立体映像は霧のように消えた。

場を包む沈黙の中、レヴィアタンが最初に口を開く。


「それにしても、なかなかいい男ね。お近づきになりたいくらい」


笑みを浮かべながらそう呟く彼女に、ハルピュイアは眉間にシワを寄せる。


「そんな話をするために呼んだワケではない。口を慎め」


「大丈夫、分かってるわ。そんなにカリカリしなくとも…ね。でもまあ、自分が殺す相手はちゃんと品定めしておきたいじゃない」


そう言って少し小馬鹿にしたように、またしてもレヴィアタンは笑う。ハルピュイアは「本気で分かっているのか」と少々怒り気味に言おうとしたが、それをファーブニルの低い声が遮った。


「で、どうすんだぁ?ハル公」


口元はハルピュイアを嘲笑うかのように歪んでいたが、その目は鋭く光っていた。


「俺んとこは使いっ走りのバッタ野郎がしくじりやがったし、レヴィんとこはデブ野郎の一人が先走って死にやがった。…が、それくらいなら実際のとこ大した痛手じゃねえ。――――けど、テメエんとこはフラクロスが殺られた」


「…何が言いたい?」


不満そうにハルピュイアは睨みつけるが、ファーブニルは意に介さないまま、嘲笑とともに言葉を続ける。


「テメエの部下にしちゃ、勿体無い野郎だったが……ヒデェ負け方したもんだよなぁ。“上司様”はいったいどんな教育をしていたんだろうなぁ?」


「…キサマこそ、部隊を無駄に浪費したどころか、実験兵器であるアヌビステップを損失しながらも即時報告を怠った。俺を責める権利はキサマにない」


しかし、ファーブニルは動じず、それに反論する。


「パンテオンなんて量産機に、一体どれだけの価値があるよ?……アヌビステップ?あんな欠陥品がどうなろうがお国は困りゃしないぜ。……けどよ、フラクロスの輸送列車は国家の力の象徴の一つとも言えるんだぜ。そいつがぽっきり折られちまったワケだしよぉ。――――こりゃ、奴の“上司様”にも責任があるんじゃねえの?」


名指しで非難されたも同然であるハルピュイアは、思わず声を荒げる。


「黙れ!…確かにこれは烈空軍団、曳いては俺の失態ではある。…だが、ミュートスレプリロイドが――――量産機であるガネシャリフも含め――――四体も、奴一人に倒された。このこと自体が問題だ!」


「二人とも、そうやって直ぐに熱くならないの」


二人のやりとりを見兼ねて、レヴィアタンが冷静に口を挟む。


「それで、ハル?彼に関するお話がこれだけってわけじゃないでしょ?――――さっさと続きをお願い」


ハルピュイアは渋々引き下がり、心を落ち着け、再び、口を開く。しかし、今度は何処か重たい様子だった。


「…今朝、元老院が[第十七精鋭部隊]の召集を決定した」


その瞬間、ファントム以外の二人の顔に緊張が走った。ハルピュイアは三人の表情を一通り確認した後、説明を続ける。


「“紅いイレギュラー”、黒狼軍首領“エボニー・ベルサルク”、イレギュラーハンター元第二部隊隊長にして現レプリロイド解放議会軍指導者“マゴテス”を“Sランクイレギュラー”と認定し、その排撃任務を果たすために…だ」


「…八十年前の[大反乱]以来…ね」


ハルピュイアは黙って頷く。



八十年前――――…‥


N.A.歴四十四年六月四日。

元老院により、「人類保護法」が成立した翌年。ネオ・アルカディア各地で起こった、レプリロイドによる集団蜂起。それが世に言う「大反乱」である。

数千人規模の死傷者を出す、ネオ・アルカディア建国以来初めての惨事に、元老院は、特に優秀なレプリロイド達を国中からかき集め、一つの部隊を編成し、鎮圧に当たらせた。その結果、長期化すると思われた最悪の事態は、僅か一週間という短い期間で収束する。

ネオ・アルカディアの平和を守り抜いたその部隊は、救世主エックスが所属していた部隊に肖って「第十七精鋭部隊」の称号を授かり、この事件は「イレギュラーハンター」結成と、「レプリロイド審査法」制定のきっかけとなった。



「その時の首謀者は確か…」


「嫌疑が晴れ、元老院[名誉議長]の椅子に座り、今ものうのうと生きている。……正確には『首謀者と目される男』だがな」


ハルピュイアは「そんなこと、今はどうでもいい」と言って話を切り替える。


「今回の召集が意味するところは二つ。我々に対する元老院の信頼が失われたということ。そして、もしこれが成功となれば、国防を担う我々の存在意義を疑われるということだ」


「おいおいちょっち待てよ」


ファーブニルが口を口を挟む。


「『もしこれが成功となれば』ってよぉ。たかがイレギュラーハンターなんぞに、俺達が遅れを取るとでも思ってんのかぁ?」


そう問われ、ハルピュイアは苦い顔で答える。


「……その可能性があるからこそ言っている。なにせ、第十七部隊の隊長はあのクラフトだからな」


レヴィアタンもファーブニルも、その名が出た瞬間、驚き、少しして納得の顔をした。『ネオ・アルカディアの新たな救世主』とまで言われる著名なイレギュラーハンターの名は二人ともよく知っていた。


「…まあ…そうよね。今のイレギュラーハンターで言ったら…。彼が適任ね」


「…こいつぁさらに面白くなってきたなぁ」


そう言って二人ともどこか嬉しそうに笑う。しかしその目には、ライバルへの競争意識から生まれたのか、闘志が宿っていた。


「……我々がネオ・アルカディアに生まれ、僅か十年。エックス様より信頼を得て、元老院からも一目置かれるようになったのは、数々の輝かしい戦績があったからだ。しかし、それが今、たった一人のイレギュラーによって崩されようとしている。これは由々しき事態だ。もっと危機感を持て。今こそ四軍団が総力を上げ、この危機を脱しなければならない」


一息で言った後、ハルピュイアは横で寡黙に話を聞いていた、ある一人を睨みつける。


「当然キサマにも言っているぞ、ファントム。……この七年、一向にベルサルクの所在が突き止められないことについて、お前はどう考えている」


名を呼ばれたファントムだったが、微かな反応も見せない。ハルピュイアは更に語気を強める。


「確かに、烈空、冥海両軍団も、ここ数年捜索を開始したが成果は挙げていない。しかし、隠密活動を主としたキサマの軍団が見つけられぬモノを我々が見つけてしまえば、それこそ[斬影軍団]の存在意義に関わる――――そうだろう?」


「…もちろん承知している」


そこでようやく口を開く。その声は鋭利な刃物のように鋭く、冷たい響きだった。微かに驚きを見せる他の二人を尻目に、ハルピュイアへと視線を向ける。


「……それで、“賢将”。この程度の話をするために、御主はわざわざ任務中であった我々を呼び出したのか」


「なんだと?」


思いもよらぬ返答にハルピュイアは僅かに動揺する。それを見て、ファントムは鼻を鳴らして返す。


「くだらん。時間の無駄であった」


そう言って席を立ち、扉へと足を向ける。ハルピュイアが「待て」と声を荒げる。


「キサマ、それでも四天王の一員か!」


「『四天王の一員』?」


眉を潜め、ハルピュイアを睨みつける。


「…確かに我らは[四天王プロジェクト]により生まれた同胞ではある。…が、仕える主、守る国が同じだけで、“共に闘う”つもりなど無かったハズ。……それを今さら、たった一人のイレギュラーのために『互いに手を取り合おう』と、キサマは言うのか?」


苦い顔で「しかし」とハルピュイアが反論しようとしたが、そこで突然、ファーブニルが笑い声を上げた。


「その陰険野郎の言うとおりだぜ、ハル公。確かに“野郎”は強ぇ。…けどよ、『共闘でもしなきゃ敵わない』ってんなら、それこそ“四天王”の名が泣くってもんだろ?」


既に四体のミュートスレプリロイドが敗れ、輸送列車までもが破壊された。しかし、“その程度”の損害で“四天王”と名が付く者たちが恐れを成したとあっては、国家からの信用に関わる。

救世主を守護する者として、「敗北」という状況を――――「敵わないという可能性」ですら――――想定すること自体、“四天王”には許されない。

ファーブニルはニヤリと笑いながら、言葉を続ける。


「要は、“俺達の内の誰か”があの野郎をぶっ潰しさえすれば問題はねえ筈だ」


「なら、こうしましょ」とレヴィアタンが人差し指を立て、得意げに提案する。


「“誰が一番早く彼を倒せるか競争”ってことで。共闘しようが何しようが自由よ。彼を倒しさえすればいいわ。――――もちろん、“四天王としてのプライド”をどう解釈するかも自由よ」


「そりゃいいな!」とファーブニルは殊更嬉しそうに笑い出す。ハルピュイアは不満気ではあるが、“四天王としてのプライド”に関する二人の理屈は、四天王の長として納得せざるを得なかった。

ファントムだけは、まるで興味がないというふうに、背を向ける。


「拙者はやりたいようにやらせてもらう。“闘将”も、“妖将”も、己の好きなようにすればいい。……勿論御主もな、賢将」


そう言われ、少し考えるように目を瞑る。数秒の沈黙の後、ようやく整理がついたのか、ハルピュイアは「ふっ」と軽く笑みを浮かべて席を立つ。


「この会議が無駄であったとは思わん。情報の共有は必要なことだった。……だが、隠将ファントム、闘将ファーブニル、妖将レヴィアタン――――キサマらの言う事にも一理あるとして、この場は引き下がろう」


続いて、ファーブニルとレヴィアタンも席を立つ。

その目はこれからの闘いに、ある種の“期待”のようなものを確かに抱いていた。


「……誰でも構わん。ネオ・アルカディア、そして我らが主の敵。紅いイレギュラーの首を必ずや討ち取ってこい!」


そう力強く言い放った後、ハルピュイアは「以上、解散」と会議の終了を告げた。

皆、胸の内にそれぞれの思惑を秘めながら、薄暗い会議室を後にし、各々の戦場へと足を向けた。










そして、物語は加速する。






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