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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
覚醒編
50/125

9   [C]



――――  3  ――――




いつの世も「闘い」を望む者は尽きない。

命を賭けた「闘い」というものは、人々の心を異様に興奮させ、日々のフラストレーションを一気に解放する特効薬と成り得る。もちろん、「己は観戦者に徹する」――――つまり、「自分の身は安全である」という前提が必須条件ではあるが。


ネオ・アルカディア首都「メガロポリス」に構えられた国立コロシアム。そこにはいつでも熱気が溢れ、絶えることがない。


「ご覧ください!ここに並ぶは世界を破滅に導かんとするイレギュラー共、その軍団ッ!」


マイクを握りしめ叫ぶ、司会と思われるその男が示したのは、軍団と言うには程遠い、二十体ばかりのレプリロイド。皆、怯えた顔をしながら、ライフルやランチャーを携えている。

観客から湧き上がるブーイングの嵐。投げ入れられる暴言とゴミが散乱する。それに対し、司会の男は慌てて注意の言葉を添える。


「皆様、ゴミは投げないでください!マナーを守ってください!!……さてさて、この野蛮なイレギュラー共を倒すため、我ら人類の前に現れるは!お待たせしましたっ!正義の英雄――――」


司会の男が一旦そこで言葉を途切り、大きく息を吸い、その名を力いっぱい叫ぶ。


「アンカトゥス兄弟が次男ッ!クワガスト・アンカトゥス!!」


ブーイングが一気に歓声へと変わる。響く残響をかき消すように、熱気は高まってゆき、場内が揺れる。盛り上がりは最高潮と言っていい。

突如、青い閃光が、フィールドに飛び出す。風を巻き起こしながら、客席を守る透明なシールドすれすれを飛んでみせる。

観客の中には、立ち上がり、拳を掲げる者もいれば、叫ぶ者、口笛を吹く者など――――とにかく皆、誰もがミュートスレプリロイド「クワガスト・アンカトゥス」の登場に興奮を隠せずにいる。

クワガストはフィールド中央に浮遊し、目下に集う“イレギュラーの軍勢”を見つめる。

どの瞳にも、恐怖と諦めの色しか見えないことを確認すると、クワガストは軽く舌打ちをした。


「さあさあ、勝つのは果たして悪のイレギュラー軍団なのか!?いやいや我らが英雄なのか!?最後まで目を逸らすことのないように!それでは!始まり始まり!!」


煽るように“闘い”の始まりを告げる、男の昂ぶる声を合図に、大きな銅鑼が鳴らされる。

その瞬間、クワガストは自慢の高速機動で一直線に空を突き進む。頭部に装備された大型のハサミが、鋭く光る。


「よ…避けろ…!…に…逃げろぉおぉ!」


内の一人が大声で叫ぶと“イレギュラー”たちはその場から離れるべく一目散に駆け出した。クワガストはそれを容赦ないまでの速度で追ってゆく。

瞬く間に、一人、また一人と自慢のハサミで斬り砕き、そこら中に疑似血液を撒き散らす。その惨状を目の当たりにし、観客たちは更に興奮を高め、場内の熱気がさらに高まってゆく。

覚悟を決めた数名が、まともな言葉にならない叫びをあげながら、手にした武器を撃ち始める。しかし、「怯えた気をまとった攻撃など、恐るるに足らず」とでも言うように、クワガストは華麗にかわしながら、その弾幕の中へ飛び込んで行く。


“イレギュラー”たちの血が噴き出て、辺りに飛び散る。幾人かの無惨な残骸がフィールド上に虚しく散らばる。

クワガストは自身に振りかかる返り血すらも気にすること無く、この圧倒的な鬼ごっこを只管に続ける。しかし、高まってゆく観客の熱気とは裏腹に、彼の胸中はひどく複雑な憂いを帯びていた。

そんな中、狩りも終盤に差し掛かる。獲物は残り僅か三人。


「た…頼む!お願いだから……お願いだから…やめてくれぇ!!!!」


同朋の死を間近で目にし、三人固まって、尻餅をついている。クワガストは静かに着地し、彼らの下へゆっくりと歩を進め、近づく。

そして“青い死神”は、救いを求める哀れな“イレギュラー”たちを冷たいまなざしで見下した。


「コ・ロ・セ!コ・ロ・セ!――――…‥」


観客の、無慈悲で残酷な言葉が頭上から、途切れること無く降り注ぐ。


「お願い…です……クワガスト様ぁ……」


恐怖に満ちた情けない顔と声で、懇願する。


「同じ…‥‥…同じ…レプリロイドじゃ…ないですかぁ…」


その瞬間、クワガストの瞳が鋭く光る。その威圧感に恐怖心を更に煽られたのか、“イレギュラー”たちは息を詰まらせ、黙りこむ。

しかしクワガストは、彼らの首を一瞬ではねるかと思いきや、ただ一言問いただした。


「何と言った?」


その問いの意味が分からず、首を傾げる一同に、クワガストは「今、何と言った」ともう一度問い直した。その異様な雰囲気に、“イレギュラー”の一人は一縷の望みを信じ、震える声で答えた。


「『同じ…レプリロイド…じゃないですか』……と……」


視線が交錯する。それから訪れる数秒の沈黙。なにやら尋常ではない光景に、観客たちもまた、声をピタリと潜めた。場内全体が異様な空気に包まれる。

そして次の瞬間、クワガストの怒号がその空気を一気に切り裂いた。



「た わ け が ぁ !!」



その言葉の直後、三人分の悲鳴と、体の砕ける音と共に、クワガストのハサミは一瞬にして血にまみれた。途端に、場内は一際大きい歓声により埋め尽くされた。

仕事を終えたクワガストは、一度だけ腕を振り上げ、勝利の雄叫びをあげる。その瞬間、クワガストを称える司会者の声すら掻き消すほど、またも場内の歓声が大きくなる。そして、そんな大地を揺るがすほどの歓声の中、クワガストはフィールドに背を向け、そのまま退場していった。


後に残ったのは虚しく転がる二十機分の残骸と、夥しい量の擬似体液だけだった。















―――― * * * ――――



「ご苦労だったな、クワガスト」


「兄者…」


フィールドから下がり、控え室へと続く通路を歩いていると、兄であるミュートスレプリロイド――――「ヘラクリウス・アンカトゥス」が待っていた。

しかし、己に掛けられた労いの言葉に、クワガストは苦々しい顔をする。


「…何も苦労などしていない。全く…。つまらぬ闘いだった……」


人間を楽しませるためとは言え、あそこまで情けない相手と闘わなければならないとは。正直言って、彼にとっては苦痛でしかなかった。

そう思い悩むクワガストの後ろでは、もう次の「ショー」が始まろうとしていた。二十機程のパンテオンと、六、七人のレプリロイドが場内へと集う。

どうせあれも予定通り、パンテオンの圧勝で終わるのだと、クワガストは鼻を鳴らす。


「兄者…俺はもう嫌だ」


「どうした?」


突然の言葉に、ヘラクリウスが尋ねる。


「闘いに疲れたか?」


「違う。そうではない」


少し逡巡した後、クワガストは兄の眼をまっすぐ見つめ、自身の思いの丈を正直に話した。


「俺はもっと強い敵と闘いたい」


あのような情けない軍団ではない、真に敵と成り得る強者と相見えたいのだ。

そう訴えるクワガストの声に、ヘラクリウスは少し困りながら「あとで俺ともやるだろう?」と宥めるように言う。しかし、クワガストは大きく首を振った。


「それは“ショー”だ!“デキレース”だ!!……命を賭けた、本当の“死闘”をしたいんだ」


こんな、最初から結果の見えた闘いなど面白くも何ともない。

戦闘用レプリロイドとして生まれたからには、己の力を存分に発揮できる場所に行きたい。己の力を試せる相手がほしい。

握りしめた拳には自然と力が入っていた。


「…兄者も聞いただろう?[紅いイレギュラー]の話を」


勿論、耳にしていた。

救世主エックスの友にして伝説の英雄であると噂の、紅いコートをトレードマークとする謎のイレギュラー。――――今朝、「Sランクイレギュラー」に指定された、ネオ・アルカディアにとっての危険人物。


「血が騒がないのか…?兄者は…」


そう問われ、ヘラクリウスは直ぐに言葉を返せなかった。

それもその筈である。彼自身、非常に複雑な想いを抱えていたのだ。

『血が騒がないのか』と聞かれれば、勿論、騒がないワケがなかった。あの烈空軍団ナンバー2である雷霆の黒豹――――パンター・フラクロスに勝利したと言う話を聞いた時から、ヘラクリウスの体は疼いていた。

今すぐネオ・アルカディアを抜け出し、その男と闘ってみたいと、何度想いを馳せたことだろう。


「兄者も…同じ気持ちなのだろう?」


クワガストにはそんなヘラクリウスの気持ちが、手に取るように分かった。

「前線へと飛び出して、その男と一戦交えてやろう」と、クワガストの眼が語っているのが痛いほどに分かる。そしてその無謀な誘いに乗りたい気持ちもある。

しかし、それでも――――…‥


「それは叶わぬ願いだ」


刀で斬るように、否定の言葉を述べる。兄ならば理解してくれるであろうと期待を膨らませていたクワガストは「何故!?」と声を荒げる。


「我々の仕事は国防と、ここでのショー。私利私欲で動くワケにはいかん」


ヘラクリウスはあくまでも冷静に、自分たちに課せられた任務を全うすべきだと説く。クワガストはそんな兄の言葉に言い返すことができない。

兄の言うことは正しい。与えられた任務を忠実に守るその姿勢は、ミュートスレプリロイドの鑑とも言うべきもので、反論などできよう筈がなかった。

打ちのめされたように黙りこむ弟の様子を見兼ねたのか、ヘラクリウスは少し考えた後、彼の肩を優しく叩く。


「安心しろ、クワガスト。噂ほどの猛者ならば、いつか必ず我々の前に現れる。……気長に待っていれば、後は天がどうにかしてくれる」


「兄者……」


それは、ただの慰めとして取るには、余りにも涼やかな声だった。

国防を司るものとしてはあるまじき考えではあるかもしれない。しかし、一人の戦士として、そのような猛者が自分たちの下へ辿りつく日を、楽しみに待ってみてもいいかもしれない。

兄の言葉を信じ、クワガストは渋々納得した。


突然、フィールドから人々の大きな歓声が聞こえ、驚く。勝負が着いたのだろう。

だが聞こえる声は歓声というよりも、むしろ悲鳴に近かった。何事かと並々ならぬ様子に気を取られるクワガストだったが、ヘラクリウスは彼を引き止めるように「それにな」と言葉を付け足す。


「案外、近くにいるかもしれんぞ。我々と対等に渡り合える強者が…な」


普段ならば到底信じられぬような言葉ではあったが、直ぐそこで起きている異常事態に、クワガストは騙されたと思ってみることにした。


そんな二人のやりとりを他所に、会場では尚も悲鳴が方々から上がっていた。フィールドは疑似血液で、紅黒く染め上げられ、そこに散らばる残骸は、勿論“イレギュラー”たちのものもあるが、それだけではない。なんとパンテオン二十機分の残骸も、無残に散らばっていた。

目も当てられぬような殺戮の跡に、一人のレプリロイドが堂々と立ち尽くしていた。







英雄か


悪魔か


それとも別の何かなのか





いずれにしても


この物語に“彼”が再び顔を出すのは


しばらく先のことである







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