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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
覚醒編
45/125

8   [B]



―――― * * * ――――



解放議会軍と共同で物資の輸送作業をしている途中、強大なエネルギーのぶつかり合いをセンサーが感知したのにつられ、思わずその方角へ視線を遣る。

気づけば、その場で手を止めてしまっていたのは、コルボーだけではなかった。

数キロ先までも響いた爆音の、その数分後に激しい戦闘を感知しただけに、不安ばかりが募ってゆく。


「手を休めるな…!」


不安を振り払うようにマークが一喝する。


「いつ、敵が来るかもしれないんだ!急げ!」


しかしそう言いながらも、マーク自身、ゼロの身を案じずにはいられないらしく、時折不安そうに戦場の方向を睨んでいた。

そのまま各々が自分の作業を続けながらも、それでも皆が思うことはただ一つだった。








――――  2  ――――



「…っ!」


旧世紀の悪魔、ソロモン七十二柱の一人――――「フラウロス」


「オラオラオラオラオラオラオラオラァアァアアァッ!!!!」


三十六の悪魔軍団を率いる地獄の大公爵。豹の姿をしているが、命じられれば力強い男の姿へと変わる。魔法陣の中にいる限りは神学を語るのだが、外に出れば嘘ばかりをつく。術者が命じたあらゆるモノを破滅させる力を持つと言われていた。

今、この場にいるその悪魔は、押し込まれていた「魔法陣」を破壊され、自由を得た。しかし、口から出る言葉は嘘ではない、真っ直ぐな“情念”。積もり積もったフラストレーションは彼の力を爆発させ、例え主が止めたとしても、目の前の敵をその大きな爪で抉り殺そうと襲い続けるだろう。


高速のラッシュ。白い大型の爪は止むことを知らない。更に強く踏み込む。


「…ラァアアァアァァァッ!!」


顔面目掛けて爪が襲いかかる。大きく振られた腕をゼロは間一髪のところで躱し、掛け声と共に刃を振る。フラクロスは飛び上がり間合いをとるが、ゼロは休む間を与えることなく追撃をかける。


高速の剣技。右、左、上、下…――――あらゆる方向から緑の閃光が襲いかかる。しかし、フラクロスはそれを見切り、華麗に捌く。

爪に施されているビームコーティングは、それほど強力なモノではない。しかし、刃のベクトルを見切り、逸らすことで、ダメージを軽微に抑えている。事実、彼の白い爪には微量ながら焦げ目がついてゆくのだが、戦力が削がれるほどではない。

連撃の最中、ゼロのアクションに一瞬の隙を見極める。フラクロスはそのチャンスを見逃さなかった。


「もらっ…」


――――待て!


瞬時に振り掛けた腕を止める。それよりも速く、ゼットセイバーに稲妻が走った。


「フェイクかッ!?」


ガネシャリフを倒した雷の突き…――――雷神撃!



「ゥオラァァアァァアアァ!!!!」


咆哮とともに、フラクロスは自慢の爪で防ぐ。その爪にもまた強力な雷を帯びさせていた。

共に雷を帯びた、ゼットセイバーとフラクロスの爪が衝突する。「バチチチチ…」と空を割るような激しく甲高い雷鳴が一面に轟く。互いに、死力を振り絞るような咆哮と共にエネルギーを注ぎ続ける。

雷と雷の激しいせめぎ合い。雷神達の間で、花火のように雷が弾け、辺りに強烈な光が飛散し続けている。

突然、「バァンッ」と大きな破裂音と共に、辺りに放出されていた光は飛沫のように消え去った。――――そして、弾かれたのは紅いコート。


「‥っ!!」


「どしゃっ」と地面に倒れ込む。が、強引に肘で地面を弾き、すぐにその場を飛び退く。「ズドン」と音を立て、ゼロがいた場所にフラクロスが勢いよく着地した。

ゼロは素早く立ち上がり、体勢を整える。フラクロスは間髪入れずに飛びかかってきた。再びのラッシュに、ゼロは応戦する構えを取る。だが――――…‥


「オラオラオラオラァ!!こんなもんじゃねぇえだろぉおぉ!!!!」


フラクロスの攻撃速度は徐々に上がってゆき、ゼロに反撃の余地を与えない。そして捌ききれなくなった純白の爪が、掠めたゼロの頬から流れる擬似血液により、僅かに紅く染まる。押し勝った事実にほくそ笑むフラクロスは、そのまま首を掻っ斬ろうと腕を振る。――――が、ゼロは瞬時にその腕を、しがみつくように自らの両腕で固く掴み、地を踏みしめる。すると、決して軽くはないフラクロスの体は宙に舞い、そのまま投げ飛ばされた。

不意を突かれたフラクロスだったが、即座に状況を判断し、地面にうまく着地する。追い討ちを警戒して顔を上げるが、そこにゼロの姿はない。刹那、風を切る音に反応し、後ろへと飛び退く。間一髪、上空からの滑空攻撃を躱す。

安心するのも束の間、着地と共に舞った砂埃の中から緑の閃光がフラクロスの喉元目がけて突き出された。既の所でバク転により間合いを取り、飛び掛ってくるゼロのセイバーを、稲妻を纏わせた両腕の爪で防ぐ。またも激しい鍔迫り合いとなった。


「ククク……ファーッハッハッハッハッハッ!!」


弾ける火花の中、突然笑い出すフラクロス。


「何がおかしい…!?」


ゼロが問いかけると、嬉しそうに笑みを浮かべながら答える。


「おかしいわけじゃねえさ!…嬉しいのさ!テメエが思った以上に骨のある相手でよぉ!……愉しすぎて仕方ねえのさ!ぎりぎりブッチギリの…命のやりとりがよぉ!!」


再び咆哮を上げる。久方ぶりの愉悦に浸り、歓喜に満ちた叫びの声。


「なあ、“紅いの”……テメエもそう思うだろぉ?」


共感を求める声にゼロは眉をひそめた。フラクロスは、先ほどとはうって変わって、殊更いやらしい笑みを浮かべる。



「テメエも……“殺し合い”が“愉しくて仕方ない”んだろう!?」



核心を突くその言葉と共に、脳内を駆け抜けるノイズが、激しい攻防の流れを一瞬にして断ち切った。


次の瞬間、フラクロスの回し蹴りがゼロの脇腹に深く食い込む。完全に隙を突かれ、防御の体勢を取れていなかったゼロの体はそのまま真横へ勢い良く飛び、地面に叩きつけられた。

体に鈍痛が重たく響く。その一撃により、これまでの互角とも言えるやりとりから一転、フラクロスが優位に立つ。――――だが、ゼロの心中は、それどころではなかった。


――――愉しい……?


フラクロスは確かに言った。『命のやりとりが愉しい』と。この“殺し合い”が『愉しい』と。常識的な道徳観と倫理観を持ち合わせているならば、そのような心情が理解できるはずもない。だが、ゼロにはその気持ちが確かに理解できてしまっていた。


「どうなんだぁ、“英雄”さんよぉ…?」


その場に腕を組み、「“英雄”のクセに、“殺し合い”に愉悦を感じてしまうのか」とでも言いたげな、皮肉めいた嘲笑を追い討ちの代わりに浴びせる。

“英雄”と称され、賞賛される者がそのような下劣な感覚を感じてしまって良いはずがない。だが、ゼロは「確かにその通りだ」と認めざるを得なかった。

地に両手をつき、身体を起こす。そして、枯れた大地を間近で見つめ、想う。


――――…愉しい………


ひどくノイズが走り続ける中、それを拒むことはできなかった。

“殺し合い”が。“殺すこと”が。“命を奪うこと”が。“斬り刻むこと”が。


――――愉しい


愉しくて、愉しくてどうしようもない。

先程の列車の中から――――いや、目覚めてからずっとだった。

本能が叫び続けていたのだ。繰り返す戦いの中で。どれだけ拒絶しようとも、遠ざけようとも、昂ぶる興奮を抑えるができない程に。愉しくて仕方がない。そんな自分を確かに感じていたのだ。そして時には自身の制御すらままならない程に、そのどす黒く歪な感情は大きな存在感を放っていた。


――――楽になれる…


その本能に従うままにすれば、迷うことも悩むこともなくなるのだろう。目の前の敵を愉悦欲しさにただ斬り刻むだけの下衆な存在に成り下がれば、何もかもが楽になるのだろう。

激しくノイズが走る。それはまるで声のようだった。己を律する心を妨げ、快楽の海へとひきずり込むような、呪われた響きだった。ずるずると、再びそれに呑まれていきそうになる。何もかもを投げ捨て、ただ愉悦へと浸ってしまおうと本能が叫ぶ。


――――けれど…


ゼロはノイズを振り払うように、首を横に小さく振る。――――どれだけ本能がそれを求めようとも、それは“違う”。絶対に“違う”のだ。

だが、“違う”というならば――――…‥


膝を押さえ、ゆっくりと立ち上がる。そして目の前に立ちはだかるフラクロスをぼんやりと見つめた。しかしゼロの目に映っていたのはフラクロスであって、“フラクロスでは無い”もの――――それは言わば自身の写し身、“愉悦”に酔いしれる己の姿だった。

ノイズに耐えながらも、ゆっくりとではあるがゼロは口を開く。先程のダメージで頭がおかしくなったのかと訝しむフラクロスには気にも留めず、そこにいる自分の幻影にただ一言問いかけた。


「…お前は……何の為に闘っているんだ…?」


愉しいから闘う?愉しいから殺す?――――違う。確かに“殺すこと”も“闘うこと”も愉しい。

けれど、それは闘う理由ではない。愉しいから闘うのではない。愉しいから殺すのではない。しかし、それならば――――…‥



「お前は…いったい何を求め…戦っているんだ…?」




繰り返す破壊と殺戮の果て、それにより引き起こされる、抑えきれぬ昂揚と自身への嫌悪とに揉まれながらも“闘い”続けるのは、その先に“何か”があるからだ。確かに求めたものがあるのだと信じているからだ。




「『何を求め…』だと…?」


フラクロスは質問の意味を介すことができず、問い返す。が、ゼロがそれに答えるよりも速く、フラクロスの飛び蹴りはゼロの胸部を捉える。強烈な一撃に、ゼロの体は大地を派手に転がった。

激痛に苦悶する。当たり所が悪すぎた。内部にもダメージを負ったらしく、咳き込むと擬似血液が飛び散った。


「そう言うテメエは何が欲しいってんだ?――――手柄か?勲章か?……富か!?名誉か!?地位か!?えぇ!?どうなんだよ、“紅いの”!?」


フラクロスは怒るように、そしてまた嘲笑うように言った。


「愉しい!嬉しい!気持ちいい!――――“俺たち”にとっちゃそれだけで十分だろうが!…こんな世界の片隅で!荒れた大地の上で!他に何を求めようってんだ?『愉しいから』、『嬉しいから』、『気持ちいいから』――――“たかが殺し合い”に、それ以上の理由なんざいらねえだろう?こんなブッ壊れかけの世界で、それ以上に何が得られるってんだぁ!?」


まるでようやく見つけた理解者に裏切られたかのような感覚だった。

だが、そんなフラクロスの複雑な心持ちを他所に、ゼロは独り、激しいノイズの中、ひたすらに考えを巡らせた。


――――…手柄…勲章……富…名誉……地位……?


もちろん、そんなモノが欲しいわけではないし、何よりそんなモノに興味など無い。それでも確かに何かを求めていた。“かつての自分”は。


――――……“俺”が求める物……


長く険しい闘いの先に、求めた“何か”――――…‥



「……かつて…“俺”が求めたもの…」



そう呟いた瞬間、呪いの響きはピタリと鳴り止む。そしてその代わりに、ゼロの脳裏を継ぎ接ぎだらけの映像が雪崩のように掠めて行った。

荒れ果てた街。幾体ものイレギュラーの残骸。――――封印された過去の断片。同胞たちの亡骸の中、背中を合わせるもう一人の男――――青い背中。戦友の姿。その瞳の奥に映るもの。流れた輝き。


“彼”に託した願いと約束。


「……“俺”は……」


長い眠りから覚めて出会ったモノ。

荒廃した大地の上、過酷な環境の中。命を懸ける者たち。託される希望、結ばれる約束―――それを背負う背中。小さく、幼い少女が確かに持ち合わせている強い意志と儚い理想。しかしそれを見つめる瞳に、そこに流れるものに、秘められた確かな輝きに嘘偽りなど無い。――――それらに向けて立てた、誓いと決意。


「…“俺”は…」


夢の中――――血染めの空、天に浮かぶ暗黒の雲と太陽。しかし、それを切り裂く鮮烈な光。彩色を取り戻す世界。暗黒は汚れなき白へと姿を変え、空は雄大な青へと変わる。

そして、その大地に一輪の花が咲き、揺れている。

意識の向こう側。新緑の大地の上で、優しく、温かく、穏やかに吹く風の中。ゆらゆらと確かなリズムで揺れている花。


その名前は――――…‥








「………しいんだ…」


漏れ出るような小さな声を上手く聞き取れなかったため、フラクロスは耳を澄ませた。

ゼロは再び弱々しく立ち上がると、もう一度だけ言った。しかしそれは誰に向けてでもなく、どこかぼんやりと、けれど一言だけ確かに呟いた。










「……俺は……“未来”が…欲しいんだ…」











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