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自分たちが警護している車両の中だというのに、何の躊躇いもなく撃ち始める。ゼロは臆す事無くそれらに応戦する。
こじ開けた穴と、取って付けたような小さな窓から注ぎ込む僅かな光。そこに、切り裂かれたパンテオンの火花とバスターショットの輝き、そしてゼロが振り回すゼットセイバーの閃光が激しく飛び散っていた。
途中から、けたたましい警報が鳴り出していたが、まるで耳に入らない。狭い車両の中でも、縦横無尽に駆け回る。ショットが全く当たらない紅いコートに苛立ったのか、パンテオン達はバスターを変形させ、スタンスティックに切り替える。
「来いよ、木偶人形!」
しかし、近接戦ではその実力の差が更に際立つ。スティックを振り回しては斬られ、振り回しては斬られと一方的な殺戮劇にしかならない。
「ほらよ!」
「ゲ――――ッ」
生首が転げ落ちた切断面から、疑似血液が溢れる。そのまま力なく倒れる。
あっという間に車両を一つ制圧する。しかし、休んでいる暇などない。別の車両へと続く扉をゼットセイバーで強引に斬り、蹴り飛ばす。
扉の向こう側で構えていたパンテオンの一機に直撃する。同時に、低い体勢で素早く乗り込む。
怯んだ敵は皆、目標を見失う。――――と、何処からとも無く光が走り、その刹那、青い胴体が宙に舞う。
「――――!!」
銃口を向けようとバスターを振り回すが、捉えきれない。一つ。また一つと、首や胴が飛んでは、体が両断されてゆく。そしてまた一つ車両を制圧する。
「…っ!」
同じように扉をこじ開けようとしたが、殺気を感じ取り、身を躱す。すると、反対側から勢い良く扉が吹き飛ばされ、二回り程大きな拳が顔を出す。
格闘用強化アームを装備したパンテオン――――資料で確認した上位兵種「パンテオン・ウォーリア」、それが七機。
「くっ…!!」
事前の情報通り、フラクロスの戦闘データがフィードバックされているらしく、先程までの雑兵とは比べものにならない動きを見せる。
その拳は、小回りこそ利かないが、狭い車内では体積のせいもありヒットの確率が高くなる。繰り出される拳の一つ一つが、必殺の力であり不用意に喰らうわけにはいかない。
すれすれで躱す。風を切り裂く音が耳にうるさい。
「どぉ…らっ!」
「ッ!」
繰り出された腕を屈んで避けると、そのまま伸びた腕を切り落とす。そしてその首を強引に鷲掴む。
「おらよ!」
別の一機に勢いよく押し付け、まとめて串刺す。――――と、同時に左右から拳がゼロを捉えようと振られる。…が、それを数瞬速く読んだゼロはしゃがんで避ける。二機のパンテオン・ウォーリアの腕がまるでクロスカウンターのように交差するのを下から眺める。
「お疲れさん!」
まとめて斬る。腰を断ち斬る。一気に車内が広くなる。残る三体がまとめて拳を伸ばす。しかし、既にゼロの姿はない。
「後ろだ、道化ども」
そう言ってゼットセイバーを振る。まさに瞬殺。
「次!」
車両の天井に穴を開け、外に飛び出る。
「と…っ」
風に圧されよろけるが、突起を掴み体勢を整える。
不意に、ノイズが走る。グッと、どこかへ飛びそうな意識を引き止め、堪える。
「…さっさと終わらせてやるよ」
低い姿勢で屋根の上を駆けて行く。幾つかの貨物車両の上を過ぎ、最前列の貨物車両、その先頭までたどり着く。兵員輸送車両との狭い隙間に、慎重に降り立ち、その連結部分を見つける。
一息で断ち斬る。
力の限り思い切り、且つ、列車から落ちないように注意しながら、貨物車両を抑えつけるようにして反対側に蹴飛ばした。列車の大きさからすれば僅かな力ではあったが、反対方向に弾かれた貨物車両は、みるみる遠ざかって行く。
「ここまではとりあえず、クリア…だな」
これから先が問題である。残る兵員輸送車両は三両。そのうち一両を越えれば機関部。ミュートスレプリロイド――――パンター・フラクロスがいるコマンダー車両は先頭にある。
あれこれ考えていても仕方ない。
「南無三っ!!」
覚悟を決め、体当たりで扉を突き破る。するとパンテオン・ウォーリアが十機程待ち構えていた。
「…よくもまあ、こんなところにゾロゾロと…」
多勢に無勢。とは言え、ここで止まるわけにはいかない。敵の中へと飛び込む。
眩いイルミネーションのように、火花が弾ける。閃光が走る。アトラクションのように、飛び交う拳。中を駆け回る紅いコート。
「ちぃ…っ!」
一機、二機と斬り伏せては、敵の攻撃を躱し、また叩き斬る。
不意に、ノイズが走る。
「――――っ!!」
気づけば拳が腹部を捉えていた。咄嗟に後ろへと飛び退く。クリーンヒットは避けられたものの、ダメージは確かにある。地に手を付き、「ゲホッ」と咳き込む。ガネシャリフ程ではないが、その威力の大きさを思い知る。
ふと、掌を見る。何も無いことに安心する。
――――……今…俺は何を確かめた…………!?
思考を遮るように拳が顔面に迫る。首を曲げ、辛うじて躱すと、拳が頬を微かに掠めてゆく。そのまま、油断していた敵を斬り裂く。
噴き出る擬似血液を避けきれず、ゼットセイバーを握る拳が染められる。ぬるりと生々しい感触。
不意に、ノイズが走る。
「……っ!!」
ぼうっと浮かび上がる、「彼女」の背中を振り払うように剣を振る。その一撃でまた一機破壊した。
少しずつ記憶の断片が脳裏によぎり始め、夢の内容を思い出してゆく。
――――あの世界は…
そうだ。
あの夢の光景は、自分の手が生み出した。
確かに自分がやった。
破壊の限りを尽くした、この腕が、あの世界を創りだした。
――――俺が……
破壊ノタメニ生マレタ俺ガ、ソレヲ成シ遂ゲタノダ
「五月蝿いっ!!」
誰にともなくそう叫び、また一機破壊する。気づけばその車両からは敵がいなくなっていた。繰り返す破壊の中、昂り始めている己の感情を抑えながら、次の扉を開ける。
「…っ!?」
突然襲い来る炎を間一髪で躱す。炎の噴いてきた方向を向くと、中央にパンテオンのボディを組み込んだメカニロイドが目に映る。
己のトラブルにとらわれ、機関部を制御しているメカニロイドの存在を失念していた。
侵入者に対し、システム防衛用の小型メカニロイドが数機ほど現れる。すかさずエネルギー弾をこちらに向けて放つ。ゼロは壁際まで転がり、やり過ごす。
《モット壊セ》
声が響き始める。重傷を負ったあの日と同じように、その声は繰り返される。
《破壊シロ!破壊シロ!》
「黙れっ!」
銃撃を躱しながら、飛行するメカニロイドを次々に斬り裂く。しかし、パンテオン・コアの後ろからメカニロイド達は続々と姿を現してゆく。それだけでなく、先の車両に控えていたパンテオン部隊も顔を出し始めた。
「ゴキブリかよ……お前ら…」
また、パンテオン・コアに装備されたバーナーからの火炎攻撃も、ゼロに一刻の猶予も与えてはくれない。矢継ぎ早に繰り出される攻撃に疲労がたまる。脳内に響く正体不明のノイズにも精神を侵される。
《俺ハ破壊ノタメニ作ラレタ》
夢の光景が蘇る。崩壊した世界。血染めの空。暗黒の太陽。堆く積み上げられた、無数の屍の山。
犠牲になった同胞の亡骸。消えた友。――――そして、最愛の背中。
熱い血潮が沸騰するような感覚を感じる。昂ぶってゆく己の心を御し切ることができない。
《破壊ノタメニ生マレタ》
破壊者トシテノ生キル道ヲ歩キ、破壊者トシテノ末路ヲ迎エルベク進ム。
“自分ヲ含メタ全テノ破壊”トイウ終焉二向ケテ、突キ進ム――――…‥
「そ ん な こ と の た め に 戦 っ て る ん じ ゃ な い !!」
響き続ける声を拒むように、振り切るようにそう叫ぶと、パンテオン・コアの中心部へと一気に飛びつく。エネルギー弾が幾つか命中する。コートのビームコーティングがいくらか軽減をしてくれるが、体には衝撃が走る。しかしそれすらも、今は構う余裕はない。
破壊、破壊、破壊……――――破壊衝動が心を突き動かす。けれど、ゼロは意識を保っていた。自我を失わなかった。
何を思ったのかゼットセイバーを収納する。その行動の意図をつかめずにいたパンテオンたちのセンサーが、異常な反応を察知したことを示す。ゼロの右腕に――――どこにそんなジェネレーターを備えているのか不思議なほど――――莫大なエネルギーが、急速に蓄積されてゆくではないか。
「俺は……」
破壊のために生まれた。その事実は確かなのだろう。けれど、それを受け入れるかどうかは別だ。
「俺は……俺の力は……」
破壊のための力だ。他人を守ることも、救うことも赦されない。そういう力だ。けれど――――
「俺の力は……俺の力の使い道は…」
パンテオン達は危険を感じ取った。メカニロイド達も直ちにその危険物を排除すべく、銃口を向ける。しかし、それらは全て、一瞬遅かった。
「…俺の力の使い道は……俺が決めるっ!」
叫びと共に、右腕をパンテオン・コアのボディの隙間へと突き刺す。そして、エネルギーを一気に開放した。――――刹那、止めどなく溢れ出す光が、パンテオン・コアだけでなく、メカニロイドや、パンテオン達、他の車両も、ゼロ自身すらも含む全てを包み込んだ。
数瞬遅れて響く激しい爆音。ゼロが持つ唯一無二の、必殺の力――――「アースクラッシュ」がその破滅的な威力を、余すこと無く炸裂させる。
飛び散る破片と広がる光。そこに漂いながら、ゼロは思う。
――――俺はいったい…
心の中には大きな疑問符が形を成していた。
“破壊”という宿命を拒絶。破壊の力を利用することを決意。しかしそれならば――――
――――俺はいったい…
何の為に
闘っているんだ……?
意識の向こう側
新緑の大地の上で
優しく
温かく
穏やかに吹く風の中
一輪の花が揺れていた
NEXT STAGE
未来