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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
覚醒編
40/125

7   [B]



――――  2  ――――




サーベルが弧を描く。鮮やかな蛍光グリーンの軌跡。共に翻る真紅のコート。流れる金髪。

一つ、二つと切り裂かれたホログラフは消失し、続いて第二、第三のホログラフが即座に姿を表す。電子タイマーが経過時間を計測する。オペレーターが戦闘経過とそれに伴うあらゆるデータを随時記録してゆく。


「すごい……。危険度も再現度もほぼ“MAX”なのに……」


ジョーヌは思わず言葉を漏らす。

臆す事無く、迷うこと無く、遅れを取ること無く、その刃は仮想の敵を切り裂き続けた。トレーニング用の飛行型メカニロイドが発すビームを防ぎ、躱し、僅かな傷を負うこともなく、順調にカウントを稼ぐ。


「ラストです。ゼロさん。…あなたの戦闘記録からイメージを起こしました」


ルージュの説明通り、ゼロの目の前に姿を投影されたのはいつぞやのミュートスレプリロイド――――マハ・ガネシャリフ。

登場して直ぐ、頭部と手足を体内に収納し、転がり、迫り来る。しかし、ゼロはその場を動かない。それどころか地に足を踏みしめ、迎え撃つ構えを取る。


「ゼロさん!さすがに危険です!避けて!」


無謀な戦術を見兼ねたジョーヌが叫ぶ。

ホログラフのため外装や内部への実際的なダメージは無いといえど、ゼロの体に装備された擬似体感センサーによって、その痛みは本物の攻撃を受けた時とそう大差ないものになる。通常のレプリロイドを踏み潰す程度訳ないガネシャリフの体当たりをまともに受けてしまえば、その痛みは想像を絶するものとなるだろう。


「今直ぐプログラムの中止を…」


「いりません」


エルピスがすかさず言い放つ。それとほぼ同時に、ルージュが計測していたゼロの体内エネルギー反応に変化が起きた。


「これが……!?」


初めて見るそのデータに、ルージュは驚きの声を上げる。

セイバーを握るゼロの右手にエネルギーが蓄積され、それが別種のエネルギーに変換されてゆく。雷のエネルギー。


変換されたエネルギーはセイバーを取り巻き、包む。

ガネシャリフの巨体が、目と鼻の先に来たその瞬間、ゼロがセイバーを一直線に突き出す。それと共に雷撃がその上を駆け抜ける。


刹那。激しい雷光と共に、ガネシャリフのホログラフは呆気無く消し飛んだ。


あとに残るのは、剣を手にした英雄と、プログラムの終了を告げるブザーの音だけだった。





「素晴らしい。ガネシャリフを倒したのは本当だったのですね」


トレーニングルームから上がってきたゼロをエルピスが拍手で迎えた。


「それにしても、もっと早く報告を頂きたかったものです。敵のミュートスレプリロイドの一体を破壊していたということを。……いや、二体でしたか」


復帰の過程で、今までの戦闘データを回収できる限り回収したところ、ようやくマハ・ガネシャリフ、アヌビステップ・ネクロマンセスⅢ世との戦闘、及び撃破を確認したのだった。


「まあガネシャリフに関しては、冥海軍団に同タイプのものがあと7体は確認されていると聞いていますが」


「あれとまだやり合わなきゃいけないのか…」


ガネシャリフ独特の喋り口調を思い出し、ゼロはため息を付く。あの口調は本当に苛立ちを感じさせるので出来れば二度と出会いたくないものだと心底思っていたのだ。


「しかしミュートスレプリロイドの量産なんてのは簡単なことじゃないだろう?資源的にも、技術的にも」


「ええ、その通りです。しかし、アレはデータ輸送という役割上、必要数の生産が行われました」


曰く「絶対に盗まれない完璧な情報受け渡し手段」、「自己防衛をするデータサーバー本体」。多数のレジスタンス組織から狙われる機密情報を各軍事拠点および本国への持ち運び等に扱われるため、その数が一体では足りるはずもない。ミュートスレプリロイドとして作られ、扱われてはいるが、その性能は他のミュートスレプリロイドに比べれば簡略化されており、性質的にはメカニロイドに近いといえる。


「……あと特別に量産された者といえば、裂空軍団の“賢将”を補佐するために作られた“三羽烏”ことアステ・ファルコン・アイン、ツヴァイ、ドライでしょうかね。ただこちらはボディの形状こそ同じですが、精神プログラムの差別化が図られており、完全な量産とは言えません」


「つまり……ガネシャリフは性格も全く同じヤツがあと7体いるわけか」


「そういう事です」


思わずゼロは頭を抱えた。

そうこうしてる内に、計測データの整理を終えたジョーヌが電子ボードを抱えて笑顔で駆け寄って来る。


「すごいですよゼロさん!全体的に反応値、戦闘速度共に、治療前のデータからほんの僅かですが上昇しています!しかもホログラフとは言えミュートスレプリロイドまで!」


復帰後、数日経ったとは言え、ほぼ実戦並みのトレーニングプログラムを行うのは初めてであるというのに、ここまで好成績が出せるとは思っても見なかった。


「整備に力を注いでくれた連中の腕が良かったのさ」


笑顔でそう答える。しかし和やかな二人の間を割くように、ルージュがジョーヌの電子ボードを取り上げ、自分の物と見比べながら冷静に分析する。


「全体的に見れば確かに好成績と言えましょう。…しかし、ところどころコンマ数秒の遅れが生じているところが見受けられます」


ジョーヌが持っていた戦闘成績のデータを示す。


「そして、その遅れよりやや早いタイミングで、思考パルスに僅かですがノイズが確認できます」


自分が持っていたボードでグラフデータを示し、説明する。


「ゼロさん。何か心当たりはありませんか?」


「いや、ないな」


問いに対し、ゼロは即答した。


「強いて挙げるなら、まだ本調子じゃない……ってのが原因だろう。ちょっとした思考と行動のズレだよ」


手をひらひらと振る。「しかし」とルージュが話を続けようとするが、ジョーヌが口をはさむ。


「とにかくゼロさんなら大丈夫よ、ルージュ。何を気にしてるのか知らないけど心配しすぎだって」


そう言って無邪気に笑う。それ以上は無駄と思ったのか、ルージュは口を噤んだ。


「しかしまたこのように戦えるようになるとは…しかも以前よりも調子が上がっている。失礼かと思いますがこうなるとは誰も想像していなかったでしょう」


エルピスが満足そうに称える。


「さっきも言ったように整備してくれた連中の腕が良かったんだよ。セルヴォたちには本当に感謝しないとな」


「ええ。そうですね。しかし、油断は禁物ですよ。体を動かした後はメンテナンスを必ず受けてください」


「へいへい」と不満気に返事をしてから、メンテナンスルームに向かうため、部屋を出た。

ゼロがいなくなったあと、ルージュが再び分析結果に目を通し、エルピスに相談する。


「“何も無い”……ということは無いと思うのですが…」


その続きを言う前にエルピスの人差し指が、開こうとする口を止めた。


「彼が“何も無い”と言っているのです。それを信じましょう」


そう言われ、ルージュは渋々引き下がった。エルピスの言うとおり、彼を信じるならばこれ以上の詮索は無用だ。とは言うものの、彼女にはどうしても違和感を拭い切れなかったのだが。

しかし、既にエルピスの頭の中は次の計画に照準を定めていた。


「それより、彼が調子を取り戻した今こそ、延期させてもらっていた例の作戦を実行に移す時です。白の団始まって以来の……いや、レジスタンス組織として初の大反攻作戦と言って良いかもしれません。気を引き締めていきましょう」


そう言いながらもこれから先の想像をし、胸の高鳴りを抑えられず、エルピスは「ククク」と笑みをこぼす。その笑いには確かにネオ・アルカディアへの憎悪が滲んでいた。














―――― * * * ――――



「夢を見たんだ」


メンテナンスベッドから突然ぽつりと聞こえてきた言葉に、セルヴォは首を傾げる。


「夢?」


「…そう…“夢”だ」


ブザーと共にカプセルのカバーが開く。上体を起こし、どこかをぼんやりと見つめながら、ゼロは言う。


「ハッキリとは覚えちゃいないんだ…。ただ、何かとてつもなく恐ろしいものと……何よりも掛け替えのないものを見た気がする」


それが何なのかは思い出せない。そのことがとんでもなく歯痒く感じられる。

微かに浮かぶイメージは、暗闇の世界。それを切り裂く鮮烈な光。頭の中で響く声。そして――――…‥


そんなゼロの言葉にセルヴォは何を思ったのかくすりと笑った。少しむっとした表情でゼロが睨むと、「すまんすまん」と悪気のないことを説明する。


「君がそんな話をしてくれるようになるとは…。少し嬉しかったんだよ」


不安なことは一人で抱え込み、決して他に頼らないようなこの男が初めてそういった話をしてくれたことに少なからず生まれてきた仲間意識を感じ、セルヴォは嬉しく思えたのだ。

そんなセルヴォに、ゼロは恥ずかしがることも、笑うこともなくただ当然のことのように言った。


「あんただって吐き出してくれただろ。抱えてたもんを…さ」


一瞬意味が分からなかったが、直ぐに理解できた。ああ、そうだ。確かに自分は全てを語った。

眠りから覚めた翌日。ある程度ゼロの体調が回復したその日――――…‥










『すまなかった』


突然頭を下げるセルヴォに、ゼロは困惑した。


『おいおい、なにがどうしたってんだ…!?』


並々ならぬ雰囲気を纏うセルヴォに、ゼロは慌てて問う。セルヴォは一度息をつき、落ち着いて一言ずつ話し始めた。


『ゼロ……私たちは君に隠していたことがある…』



セルヴォは全てを白状した。ゼロのメディカルチェックにおける結果。内部構造の六割が現時点で技術的に解析不能であり、修復に関しても限度があるということ。そして精神、記憶回路を含む頭部ユニット全般へのアクセス制限。より精密な分析と解析の末、極最近の現実的な戦闘記録などを取り出すことはできたが、夢などに影響する思念的な記憶や、より古い過去の出来事に関しては情報の回収が一切不可能であること。エルピスの“英雄”に対する概念。口止めをされたこと等、彼の今後の思考、行動について影響するであろう隠し事の一切を告げた。



『私たちは結局、君を利用することばかり考えていた…。記憶を取り戻せず悩む君の不安を煽らぬようにとしているうちに、いつしか隠すばかりで君に真実を告げることを怠っていた。私たちでは君を救えないのだということを、伝えずにいた…』


セルヴォは今までの自分の行動に対し、悔やみきれない想いを感じていた。

話を聞いてからゼロは咎めることもなく、怒ることもなく、ただ尋ねた。


『俺の記憶は戻らないのか?』


その言葉と態度に少し拍子抜けしながら、セルヴォは慎重に、自分の見解を答えた。


『今の私たちの力では無理だ。……が、“絶対に不可能”というわけではない。自然に戻るとも限らないし、いずれ君の構造を完全でないにしても、今以上に解き明かすことができる日が来るかもしれない。“いつ”とは言えないが……』


『なるほどね……』


そう言って少し安心したような顔をする。セルヴォにはそれが何故だか分からなかった。いやそれどころか、もっと他に言うことはないのかと不安になった。


『……私たちを…赦してくれるのかい?』


『“赦す”?』


『ははっ』と笑って答える。


『俺がいつお前らを責めたよ?』


何一つ気にもしていないというふうに、ゼロは言う。


『とにもかくにも、こうして俺の体を直してくれた。それだけで十分さ。……サンキュー、おっさん』










‥…――――セルヴォは確かに全てを吐き出した。彼に対して負い目を感じていたこと全てを。そしてそれをゼロは赦すどころか、気にも留めていないと伝えた。


「あんたが気にしてた件に関して、本当に俺はどうも思ってないさ。でも、あんたはそれをいちいち気にしてくれた。それだけで十分なんだよ。俺にはさ」


セルヴォも言ったように、本当に「不安を煽らない為に」と思ってくれたことならば、それを咎める理由などどこにあろうか。今はただ、無事に復調させてくれたことに感謝している。その言葉に偽りはなかった。

カプセルを出て真紅のコートに袖を通す。


「それに、あの“坊ちゃん”が俺をどんな理由で利用していようが、構わない。俺もまた、こうして用意してもらったシチュエーションを利用させてもらうだけさ」


「利用?」


思わず問う。エルピスが“英雄”であるゼロを利用するのは分かるが、ゼロがエルピスを利用するというのはいまいち分かり兼ねる。いったいなんのために、どのように利用しようというのか。

そんな疑問をあからさまに、表情に浮かべるセルヴォにゼロは答える。


「俺は俺の“目的”をやり遂げる」


そう自信あり気に言いながらも、少し考えてからまたどこか自嘲気味に言葉を付け足した。


「“それ”がなんなのか、自分でも分かっちゃいないんだがな」














―――― * * * ――――



自室に戻ってしばらくすると、数人の男達が押しかけてきた。


「ゼロさん、聞きましたよ!完全に復調したらしいですね!」


コルボ―が嬉しそうに声を上げる。後ろにはマーク、トムス、ヘルマンまでもが駆けつけている。トレーニングの結果をジョーヌがべらべらと周りに喋り回ったおかげで、ゼロの復調は団員たちの殆どに知れ渡っていたのだ。


「完全ってつもりじゃないが……まあ、程々にな。お前らも元気そうで何よりだよ」


治療が完了してからも、リハビリやトレーニング、各種検査等に追われ、一般団員たちとはなかなか顔を合わせることがなかった。


「一時はどうなるかと不安でしたが……本当にもう大丈夫なようですね」


マークがゼロの様子を確かめながら言う。後ろで「ケッ」とヘルマンが憎まれ口を叩く。


「“英雄”さんが他のヤツらに心配かけてちゃザマねえな。今度からせいぜい気を付けろよ」


「あんな風に言ってますけど、あいつはあいつで心配してたんですよ」


さり気無くフォローを入れるトムス。「いらねえこと言うんじゃねえ」とヘルマンは噛み付くように言ったが、その顔はどこか嬉しそうである。やはりゼロのことが心配だったのだ。


「ゼロ……さん」


不意にマーク達の後ろのほうからか細い声が聞こえてくる。声がしてから若干間を置いて、ようやく気づいたらしく、皆声の聞こえた方を見る。するとそこには赤毛の女性レプリロイドが立っていた。


「あなたは………確か…」


その女性にコルボーは見覚えがある。もちろん、彼女のことはゼロも知っていた。


「ティナ…か…?」


アヌビステップの死屍軍団により壊滅させられた「黄金の鷲」基地から救出し、砂漠で別れたきりとなっていたティナがそこに立っていた。彼女がゼロの傷に責任を感じていたことを、コルボーは思い出す。


「…ゼロさん…本当に良かった…」


先日と同様、人間ならば今にも泣いていただろう、そんな顔をしている。しかし前にコルボーが見た時と違うのは、今の彼女の表情にゼロが回復したことへの喜びと安堵の色が、確かに含まれていることだ。

マーク達の合間を縫って、ゼロはティナの傍に寄る。そして、ポンと頭を撫でる。


「お前も無事で良かった。……だからよ、そんな顔すんな。女は笑ったほうがいいぜ?お前みたいな美人は尚更な」


ニヤリと笑いながら冗談めかした言葉を返すゼロに、ティナは少しだけ恥ずかしそうに、けれど心からの笑顔で答えた。




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