6 [E]
―――― 5 ――――
――――ここはどこだ……?
血のように染め上げられた紅の空の下、暗闇に蝕まれた大地の上、“彼”は立ち尽くしていた。
――――……たくさん…殺した
両の手は殺戮の感触が生々しく残り、目前には己が築き上げた屍の山が堆くそびえ立っている。
天に浮かぶ暗黒の雲と太陽。
きっとここは世界の終わりなのだろう。
――――俺がやったのか…?
そうだ、俺がやった。
多くの者達を斬り捨て、なぶり殺し、破壊の限りを尽くしては、この地上を地獄へと変貌させた。
“俺”がそうした。
憎むべき敵だけでなく、途方も無い数の同胞の亡骸を積み上げ、友の肢体を八つ裂きにし、そして最後には愛する“彼女”までも手にかけた。
他の誰でもない、この“俺”がそれをやり遂げたのだ。
――――なんて…………
およそ正常なレプリロイドの行いとは思えないほど、なんて惨く、醜く、凄まじい所業なのだろう。
それなのに……
――――なんて…………
体の奥から、熱い血潮と共に湧き上がってくるこの感情は。後悔でも、苦悩でも、悲哀でもない。この感情は。衝動は。それはまさに
――――なんて…………気持ちいいのだろう
快感としか言いようがなかった。
不意に頭の中で声が、冷たく、鋭く響く。
(モット壊セ)
鐘が打ちつけられるような衝撃と共に、切り裂かれるような激痛と共に、頭の中で声が響く。
(モット殺セ)
ぐるぐると頭の中で、声が駆け巡る。
(モット壊セ モット殺セ)
その声に導かれるまま、彼は剣を振った。
――――もっと壊して、もっと殺して……
もっと斬って、もっと千切って
もっと砕いて、もっと抉って
――――もっと壊して、もっと殺して……
宙に舞う首。飛び散る体液。崩れ落ちる肢体。
そうしてまた、山を積み上げるのだ。
自分が作り上げた無数の死体の山を端から端、下から上までまじまじと見つめ、それからようやく、彼は全てを理解した。
――――そうか…。そうだったんだ
そういうことだったんだ。“俺”の存在。“俺”の意義。“俺”の理由。その全てを理解した。
まさに今、この光景を作り上げることこそが、それら全ての答えだったのだ。
――――俺は…破壊のために生まれた……
破壊のために作られ、破壊のために生きる。
――――そして、俺は
誰のためでもない。己のためでもない。
――――ただ破壊のために戦うのだ
破壊して、破壊しテ、破壊シテ……
ソシテソノ果テニ、イツカ………
「ハハ…」
思わず、笑いがこぼれる。
「ハハハハハハハハハハハハ…」
運命を、宿命を呪うように、嘲笑うように、雄叫びにも似た悲痛な笑い声を上げた。
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……‥
――――駄目だよ…ゼロ
湧き出る高笑いを遮るように、聞き覚えのある声が頭に響く。
――――“そんなもの”に呑まれちゃいけない
その声は確かに、眠りから目覚める時、ゼットセイバーを引き抜く時、遺跡で導いてくれた“あの声”だった。
――――本当にそれでいいの?
「何ガダ?」
問いの意味がわからず、問い返す。
――――「戦う理由」
それを聞いた瞬間、彼は不満気に姿のない“声”の主を睨みつけた。
「オ前二、何ガ分カル?」
俺は破壊のために作られた。
破壊のために生まれた。
それならば進む理由は「破壊」であるべきだ。
戦う理由は「破壊」であるべきだ。
生きる理由は「破壊」であるべきなのだ。
それなのに、それ以外に一体何を求めるというのか。何を理由としてゆけばいいというのか。
どれだけ時間が経とうと、どれだけ世界が変わっても、破壊者として生まれた自分には破壊者としての生きる道と、破壊者としての末路しか用意されてはいないのだ。
そう
“自分を含めた全ての破壊”
そんな終焉にしか辿り着けはしないのだ
自嘲めいた言葉を投げる彼に、“声”はある一点を、その見えない指で指し示した。
――――聞こえない?
「何ガダ?」
何が何だか分からないという彼に、“声”はくすりと、しかし決して嫌味っぽくなく笑いながら教えた。
――――もっとよく耳を澄まして。……消えちゃいそうなほど、小さな声だから…
その声のとおりに、耳を澄ましてみる。じっと息を殺して。静かに、黙ってただ耳を澄まし続ける。しかし、しばらく耳を澄ましてみても“声”が示しているらしきものはどこからも聞こえてこない。
相変わらず、静寂だけが立ち込めている。
痺れを切らし、どういうつもりだと“声”を問い詰めようとした――――その時…
「…………コレハ…」
聞こえる。涙まじりの少女の声が。あの日聞こえたそれと何ら変わりなく、それは彼の耳に届いた。
――――あの子の声だよ
あの心優しい少女の声だよ。
――――本当にいいのかい?
「全ては破壊のためだ」と他の物何もかもを切り捨てて、振り切って、そういう生き方で構わないのか。戦う理由がそれだけで本当に良いのか。
そう問い質され、彼は戸惑った。
「……なら…どうすればいいんだ…?」
破壊のために生まれた自分は。破壊のために作られた自分は。
破壊のために生きるなというならば。破壊のために戦うなというならば。
生まれてきた意味を否定するならば。
一体何を求めればいい?
なんのために戦えばいい?
なんのために剣を振ればいい?
「何のために在れば良いと言うんだ?」
“声”は再び笑った。爽やかに、優しく、柔らかく。
その瞬間、暗黒の世界に一筋だけ光が差した。眩しく、鮮烈な光。
いや、それだけではない。その光の差し込む一点から徐々に、世界は色を取り戻してゆく。暗黒の太陽と雲は白く塗りつぶされ、血のように紅かった空は雄大な青へ姿を変えてゆく。築き上げた屍の山は砂と化し、風に消え、大地は緑に覆われていく。
そして、その大地に一輪の花が咲く。優しく、温かく、穏やかに吹く風の中、その花は揺れている。ゆらゆらと揺れている。
その花の名前は、確か……
――――その答えは、僕から言うことはできない
“声”は言った。
――――けれど、必ず見つけられるはずだよ。
かつての君が、それを見つけたように
――――あの子の為に…みんなの為に戦い続けてほしい
彼女が流す涙の向こう側に、きっと君の求める答えがあるはずだから
その声に、言葉に包まれて、いつしか視界はぼやけてゆく。“声”と、この世界と別れる時が来たのだ。
「待ってくれ!…俺は…まだ……」
答えを得られぬまま、戸惑いを抱えたまま去ることはできない。しかしその言葉もかき消される。それだけではない。その場にあったはずの自分の体も、感覚も、文字通り全てが暗黒に呑まれてゆく。
世界が閉じてゆく。
――――ゼロ。みんなを任せたよ
最後に頭に響いたのは、またしても目覚める前と変わらぬ、ただ一言だった。
―――― * * * ――――
「…ゼ…ロ……?」
涙を拭う手に気づき、シエルは彼の顔を見る。カプセルの中で眠っている筈のゼロの瞼が半分だけ開いて、彼女の方を見つめていた。
「……ゼロ…」
こみ上げる想い。胸が熱くなってゆく。
「…ゼロ」
その名を呼ぶ度に、様々な感情が止めどなく溢れ始める。
「ゼロぉ!」
一際大きな声で彼の名を呼び、横たわっている彼の体を抱き締める。枯れたはずの涙をボロボロと零しながら、強く、強く抱き締める。
「……く…な…」
掠れていて聞きづらいが何か言葉を発している。泣き喚く彼女に向けて、彼は声をかけている。
「泣…く……な……小…むす…め」
ようやく聞き取れたその言葉に、シエルは泣きながら怒ったように、けれどどこか嬉しそうに、言ってやった。
「『泣くな』なんて言うなら……泣かせるようなこと…しないでよ…」
ゼロの手が、慰めるように優しく頭を撫でる。
その手から発せられる熱が、彼の生還を確かに感じさせてくれた。
NEXT STAGE
渇望/葛藤
なんとかゼロを今月中に還してやれました
行方の分からない方々も早期に且つ生きて還ってくることを祈っています
今はそれしか言えません