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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
覚醒編
37/125

6   [D]



――――  4  ――――




カプセルを覆っていたガラスカバーが、数人の治療班メンバーの手によって取り外される。「治療が順調に進み、回復が近いから」とセルヴォに説明を受けた。治療開始から四日目の晩のことだった。

ガラス越しに見ていた時と何らかわりなく――――いや、「忘却の研究所」で眠りについていた時とも寸分違わず、ゼロの顔は途方もなく安らかで、だからこそ、目覚める時がはるか遠い未来のように思えてならなかった。


「……ゼロ」


また独りきりになってから、彼の名を呼んでみる。しかし、それに答えてくれる声はどこからも聞こえない。どこか小馬鹿にしたようで、それでいて優しさと親しみを含んだあの声を、しばらく聞いていない。


椅子の上で、シエルはその小さな膝を抱える。


どうしてこんな事になってしまったのか。それは自分自身が一番よく分かっていた。



それからしばらくして、不意に誰かが扉を二、三度程、軽くノックした。しかし、シエルはそれに答えない。今は誰にも会いたくない。そういう意思表示でもあった。なんと子供じみた、我侭で傲慢な態度だろうと自分で苦笑しそうになる。

やがて、シエルの了解を得ないまま、扉が開かれる。けれど、シエルは振り向かない。聞き慣れた足音のリズムと、背中から感じられる雰囲気で誰が来たのかはすぐに分かった。


「シエルさん……もうお休みになってください」


ノックの主――――エルピスが、シエルを気遣い声をかける。だが、シエルは小さな声で「平気」とだけ答え、その場を離れようとはしなかった。

その様子に戸惑いながらも、エルピスはもう一度出来る限りの毅然とした態度で言葉をかける。


「レプリロイドならともかく、人間の……しかもまだ幼いあなたが、休息を取らずにいてはいけません。自室に戻ってください」


「……食事も睡眠もしっかりとっているわ。大丈夫よ」


エルピスの方を振り向くこと無く、シエルはそう答え、忠告に従う気配すら見せない。だが、エルピスもそう簡単に退こうとはしなかった。


「セルヴォさんが言うように、もうゼロさんは完全な回復に近づいています。あなたが見守っている必要も無いでしょうし……それに万が一、あなたが体調を崩しでもすれば、それこそ本末転倒というものですよ」


「そんなにヤワな体じゃないわ。知ってるでしょ」


遺伝子操作によって産まれたシエルの体は、確かに免疫力も高く、病気などになることも殆ど無い。だが、エルピスにとってそんな事実はどうでも良かった。彼女の、まるで八つ当たりのような態度に引っ掛かりを感じてならない。

めげること無く、三度説得の言葉をかけようと口を開く。だが、胸の内を覆う靄々とした想いが、喉を詰まらせる。彼女を気遣う言葉を飲み込み、代わりに、その想いが言葉となって漏れ出す。


「そんなにその男が大切ですか?」


唐突な問いに、思わずシエルはエルピスの方へ振り返った。そうしてようやく、二人の視線が交錯する。もちろんシエルも戸惑いの色を浮かべていたが、口を衝いて出たその問いにエルピス自身、戸惑いを隠すことはできなかった。どこか嫉妬じみた、無様な言葉であったと我ながら思う。弁解の言葉を探したが、それを見つけるより早く、シエルが答えを告げた。


「……大切だよ。みんな…大切」


そう言いながらシエルは微笑んだ。どこか空虚で、哀しい微笑み。

彼女がそういう少女であることを、エルピスも理解していたはずだった。仲間だけでなく敵の命すら愛おしみ、傷つく者がいれば心を痛め、死にゆく者がいれば胸を掻き毟られる、そういう少女だった。


「『みんな大切』というのであれば…――――」


けれど今の彼女の姿は、エルピスにはどこかいつもと異なっているように見えて仕方がなかった。


「――――…何故……その男にばかり…そこまで……」


他に傷ついた仲間はいくらでもいる。死んだ仲間も大勢いる。だというのに、何故、ゼロというただ一人の戦士が“重傷を負った程度”で彼女はここまで心を病んでしまったのか。エルピスにはそれが理解できなかった。――――いや、理解したくなかったのかもしれない。


「…エルピスの言うとおりね」


シエルは乾いた苦笑を浮かべる。


「私のやっていることはひどく不公平で……私の言葉は偽りに聞こえるかもしれない…」


少しだけ俯き、足元を見つめる。言い過ぎてしまったかと、エルピスは何とか取り繕うための言葉を探したが、見つからない。そうこうしていると、シエルは言葉を続けた。


「多くの仲間が傷ついて、殺されて、死んでしまって……」


ミランやパッシィ、その他にも大勢の仲間が死んでいった。


「たくさんの仲間を失ったわ。この戦争で…戦いの中で…理想を求めて」


それでも尚、戦いは続く。ネオ・アルカディアとの激闘は続いてゆく。いつか信じる未来を勝ち取れるその日まで、決着することなど無いのだ。――――この先、どれだけ多くの犠牲を払うことになろうとも。


「けど」


そう言葉を切って、シエルは顔を上げる。そして、エルピスと再び視線を合わせる。その瞳は涙で滲んでいた。


「ゼロは……違う!」


精一杯、語気を強める。その声は部屋中に響いた。


「ゼロは……!ゼロが戦う理由は……」


シエルが言い切る前に、エルピスはようやく全てを理解した。彼女が何を口にしようとしているのか。そして、彼女の真意がどこにあるのか。



「ゼロには……ネオ・アルカディアと戦う理由なんか無かった!」



その言葉を、それに続く台詞を口にさせるべきではないとエルピスが感じたときには既に手遅れだった。

シエルが抱えていた想いが、抑えていた気持ちが、堰を切って溢れ出す。


「だって…!だって彼は眠っていたのよ!ずっと!この世界とは関係の無い場所で!ずっと眠っていたんだもの!」


「忘却の研究所」と呼ばれた場所で、この世界の争いとは関係の無い場所で、彼は眠り続けていた。誰に出会うことも、誰かに侵されることもないままに、彼は眠り続けていた。もしかしたら、今もずっと眠り続けていたかもしれない。けれど――――


「それを…私が目覚めさせた……!」


大粒の涙が一つ、また一つと床に零れて弾ける。「もういいです」とエルピスは慌てて制止の言葉をかけた。しかし、その声はシエルの耳に届かない。言葉は溢れ続ける。大粒の涙と共に。


「私が英雄に縋ったから!私がゼロを頼ったから!!」


救いを求めた。「英雄」という名の伝説に。自分たちの理想を遂げるための、手段として。無関係だった彼を、この世界に引きずり込んだ。


「それなのに、ゼロはそれを受け入れてくれた!ゼロは私の願いを受け入れてくれた!戦ってくれた!!みんなのために!私たちのために戦ってくれたのよ!!」


幼い少女が掲げる遠い理想を。弱者達が求める僅かな希望を。それら全てを受容し、彼は戦うことを承諾してくれた。かつての親友に刃を向けることすら、構わないと。そして剣を振るった。仲間を救うため。守るため。


「戦って!……戦って!……戦って……!」


そして今、彼は――――…



「もう、いいです!」



今度はエルピスの声が部屋中に響く。シエルは涙を流し続けながら、再び俯く。肩が震えている。

なんと言葉をかければいいのか、分からない。


どれだけ高度な頭脳を持っていようと、合理的な判断ができようと、気持ちに思考が追いつかなければ意味が無いのだとエルピスは気づいた。いや、もしかしたら、思考が進みすぎてしまったのかもしれない。気持ちを置いてきぼりにしたままで。


自責の念に駆られながら、エルピスは振り返り、部屋を出ようと足を扉へ向けて運び出す。扉の前に立ったとき、シエルがボソリと小さく呟く。


「…目覚めさせなければ……よかった…のかな……?」


こんなにも傷つくならば。こんなにも苦しめてしまうならば。出会わなければ良かったのかもしれない。目覚めさせなければ良かったのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。

扉の前で立ち止まったまま、エルピスは最後に一言だけ、言葉をかけた。


「彼のおかげで…助かった者たちもいます。それは確かなことです」


誰のためでもない、シエルのための言葉だった。


それから、無機質なシャッター音と共に、エルピスは部屋を出て行った。

一人残ったシエルは、再び、ゼロの顔を見つめる。けれど、涙で滲んではっきりとは瞳に映らない。


――――分かってる…


全て、理解している。ゼロのこと、そしてこの戦争の原因――――どれもこれも、全て自分の責任であることくらい、彼女はとうの昔に理解している。


そして、その責任とまともに向きあうことすら出来ない弱い自分も、理解していた。

だからこそ、想い、悩む。


――――どうして…私は……こんなにも…



どうしてこんなにも



愚かに生まれてきたのだろうか



胸が締め付けられる想いの中、嗚咽を堪えながら、シエルは咽び泣く。


後悔、贖罪、自責――――…様々な想いに苛まれながら、どれだけ泣こうとも枯れることのない涙を、流し続けた。



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