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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
覚醒編
36/125

6   [C]



――――  3  ――――




それから二日が経ったが、ゼロが目覚める気配は一向になかった。それどころか、外傷の応急処置は済ませられたものの、未だ完全な治療の目処すら立たないまま、カプセルの中で眠り続けている。


「……おねえちゃん…ごはん…もってきたよ」


自動扉が冷たい駆動音を鳴らして開くと同時に、食事の乗ったトレイを持ってアルエットが治療室に入る。治療カプセルの側に座っているシエルは、僅かにアルエットの方を向き、力なく微笑む。


「ありがとう。そこに置いといて…」


一言だけそう言うと、またカプセルの方に向き直った。

アルエットは言われたとおり、横の机の上に優しくトレイを置き、そのまま部屋を出ようとした。

扉の前で、もう一度だけ振り返る。しかし、シエルがこちらを向くことはない。アルエットはそれを確認すると、静かに廊下へと出て行った。




三日目だというのに、シエルはカプセルの傍を離れようとはしなかった。何度かロシニョルやセルヴォが声をかけたが、中途半端な返事をするばかりでそこから動こうとしない。それどころか、非常に張り詰めた空気を纏っているせいで、他の者達もあまり強く言うことができず、結局そのまま見守るだけとなってしまっている。


――――おねえちゃん……大丈夫かな…


ただ哀しんでいるだけではない。明らかにシエルは何らかの、他の者達とは違う想いを持って、ゼロの傷と向き合っている。それがいったい何なのか、アルエットには勿論分からなかったし、だからこそ知りたいと思った。そしてそれをひとりで抱え込んでしまっているシエルの力になれないことを悔しく思っていた。


両手で抱き締めるぬいぐるみも、なんだかいつもより元気が無いように感じられてならない。


「あれ?アルエットじゃん。何してんの?」


不意に軽い調子の声が聞こえた。シエルのことで悩みながら俯き加減で歩いていて気がつかなかったが、直ぐそこには五人ほどのレプリロイドがこちらに向かって歩いていた。基地内でも「悪ガキ」と有名な少年レプリロイドのメナートと、その取り巻き連中だった。

あまり得意ではない相手の登場に、アルエットは思わず半歩下がり、恐る恐る答える。


「…おねえちゃんにごはん…もって行ったの…」


いまいちピンと来ない顔をして、周りの仲間と顔を見合わせる。それからようやく「ああ」と理解する。


「そういやシエル、あの“英雄様”のトコにずっといるんだっけな」


皮肉めいた『英雄様』という呼び方に、どこか刺々しさを感じてならない。そしてその感覚は間違っていなかった。


「それにしても笑っちゃうよな~。偉そうなこと言うワリに、あっという間にこの様だぜ?な~にが英雄だよ。なあ?」


仲間達に、小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、同意を求めるように言う。仲間達も、それに合わせてニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる。


「シエルもシエルだよ。あんなヤツに何をそんなに期待してるんだか」


やれやれと肩をすくめる。


「…てか、可哀想じゃね?絶対シエルも騙されてんだよ。『伝説の英雄』とか言う話にさ…」


それからも連々と、メナートはゼロへの非難とシエルへの皮肉めいた同情を、語り続けた。その間もどこか可笑しいことを話すような笑いを浮かべ、取り巻き連中達もエスカレートしてゆくメナートの発言にだんだん笑いが大きくなる。

詳しい内容は耳に入らなかった。いや、聞きたくなかった。聞きたいと思えなかった。代わりに、ぬいぐるみを抱き締めるアルエットの腕に、少しずつ力が入ってゆく。


「……『いっぺんに何人かかってこようが、俺様は負ける気がしない』とか言ってたのが、コレだぜ~?てか、パンテオンの部隊を迎撃してたってのも、ホントはテキトーに逃げてただけだったりしてな。こっちじゃめっちゃ偉そうにしてたけど、敵の前じゃすげ~しょぼかったりして。直ぐ土下座とかして『命だけは~』みたいな。あ、そんなことしてちゃ殺されちゃうか…」


「……やめてよ」


小さいけれど、ハッキリと耳に届いたその声に、メナートは反応した。


「は…?」


「やめてよ……ゼロのこと…そんなふうに言うの」


メナートはそのアルエットの様子に少し驚いた。いつもは見せないような強い眼差しで、こちらをじっと見つめている。そして声も、いつも以上に語気を強めているのが分かる。


「ゼロのこと…どうしてそんなふうに言えるの…?」


取り巻き連中は訳がわからずポカンとした顔をしていたが、アルエットと視線をあわせているメナートには分かった。


「お前、なに…」


――――怒ってんのか…!?


今までに一度も、アルエットが怒ったことなど無かったし、見たこともなかった。だが、メナートは「ふん」と鼻を鳴らす。


「なんか文句あんのかよ?」


更に刺々しく、高圧的に問う。しかし、アルエットは少しも臆した様子を見せなかった。それどころか、その瞳は力強さを増してゆく。


「ゼロのこと…おねえちゃんのこと…何にも知らないくせに…」


半歩引いていたはずの足が、今度は前に出る。


「ゼロは…わたしたちのためにたたかってくれてるのに…!」


仲間達のために体を…命を張って戦って…そして傷つき、眠っているというのに――――


「かってなこと、言わないで!」


今までアルエットからは聞いたことのない、大きな声に、メナートたちは思わず後ずさった。


小さな肩が上下に揺れる。その時間違いなく、アルエットは怒っていた。しばらく言葉を失った後、「ちっ」と舌打ちをし、メナートは取り巻きたちに顎で促す。


「…行こうぜ」


目を合わせないようにしながらアルエットの横を通り、そのままどこかへ去っていった。


「ふぅ」と深く息を吐き、自分を落ち着かせる。冷静になると、アルエットはついさっきの自身に自分で驚いた。生涯で初めて怒ったかもしれない。

それからふと、ぬいぐるみと顔を合わせる。猫のような犬のようなそのぬいぐるみの額に、自分の額を当てる、柔らかく、温かい。


「ゼロ…」


――――早く元気になってね


祈るように、心のなかで呟いた。





―――― * * * ――――



廊下に響き渡る声に、思わずコルボーは足を止めた。


「彼の傷はいったいどうなっているんですか!?まだ治らないんですか!?」


「抑えてください!さっきから言うように、今それについては何とも説明できない状況なんです!」


耳をつんざくような二つの声。どちらも女性だ。片方は技術局に所属しているセルヴォの部下――――シーダであるのが分かったが、もう片方の聞き慣れない声の主が分からない。

尋常でない様子に、どうしてもそのまま放っておくことができなくなり、声のする方に足を向けた。


「なんとか答えてください!じゃないと…あたし!あたし…!」


「とにかく!この場はもう下がってください!こう何度問い詰められても困ります!!」


技術局治療班の仕事部屋の入り口前で、シーダが見慣れない女性に詰め寄られていた。


「ちょっと二人とも落ち着いてください!何があったんですか!?」


物々しい雰囲気の二人の間に、コルボーは割って入る。しかしその瞬間、聞き慣れない方の声の主は乱暴に身を翻し足早にその場を離れた。

微かに目に捉えた横顔に、若干の見覚えがあった事に気づく。確かあれは…――――


「[黄金の鷲]の生き残り…ティナさんよ」


思い出すよりも先にシーダが答えてくれる。

そう、ティナだ。あの日、雨でずぶ濡れのままこの基地を訪れ、ゼロが不利な戦闘状態に陥っていることを伝えてくれた女性レプリロイド。その報せから、エルピスはコルボーが所属するマークチームを招集し、ゼロの援護に向かわせたのだ。


「その……ティナさんが何を?」


「ゼロさんの様態について…よ。昨日も、一昨日も尋ねてきたの。あんな調子でね」


やれやれとシーダが肩をすくめる。あれだけの尋常ならざる様子で何度も問い詰められては、相当気疲れしていることだろう。


「……でも、実際のところどうなんですか?……ゼロさんの様態は」


三日も経つというのに、回復の知らせは一向に耳に届いてこない。ティナだけでなく、他のメンバーも気にかけているのは当然だった。

コルボーの問いにシーダは渋い顔をする。


「それが、私たちにも詳しくは知らされていないのよ。ゼロさんの治療経過についてはセルヴォ局長とブラウンの二人がチェックをしているんだけど……」


そのために、シーダはティナの問いに明確な返事をすることができなかったのだ。


「まあ、二人が見てる限り、悪い方向には行かないと思うから。時間はかかっているけど、直に良くなると思うわ」


そう行って話を纏めると、「それじゃ」と軽く手で挨拶をして、シーダは自分の仕事場へと戻っていった。

一人その場に残されたコルボーもそのまま自室に戻ろうと踵を返した――――が、不意に先程までここにいたティナのことが気になり始めてしまい、その場に立ち止まる。

先程までの様子を思い出すと、次第にどうにも心配で堪らなくなり、結局コルボーは基地内を捜し歩くことにした。


程なくして、肩を落としたまま廊下に佇むティナを見つけることができた。コルボーは半ば躊躇いながらも、思い切って声をかけた。


「ティナさん……ですよね?」


問いかける声に、少し驚きながらティナが顔を上げる。


「俺はコルボーって言います。――――ほら、先日ゼロさんの援軍に向かったマークチームの……」


「……どうも…はじめまして…」


そう言って、小さく会釈を返す。だが、すぐにティナの視線は目の前の扉に向かった。つられて、コルボーもそちらを見る――――そこは、ゼロが未だ眠り続けている治療室だった。


「まだ……治らないんですね」


しばしの静寂を破って、今度はティナが呟くように問いかける。「みたいですね」と短く答える。しかし、そのあとに「けど」と付け加える。


「あの人は、必ず元気になって戻ってきてくれますよ。……なんてったって、[伝説の英雄]様ですから」


苦笑いを浮かべながらも、決して嫌味ではなく本心からそう答えた。ティナもそう聞いて小さく笑うのだが、その顔は直ぐに曇ってしまう。そしてまた、扉の方を見つめるのだ。


「ティナさんはどうしてそこまで……ゼロさんのことを?」


思わず問いかける。先程からの様子や仕草、シーダを問い詰める姿など、余りに普通のこととは思えない。いったい何故そこまで、ゼロの治療経過を気にかけるのか。

しばらくティナは戸惑っているように、迷っているように、悩んでいるように……何度か扉を見ては俯くという仕草を繰り返し、それからようやく、まだ少しばかり躊躇いながらも問いに答えてくれた。


「扉を……開けたんです」


「扉を……?」


ティナは頷く。しかしその答えが、答えとしてまるで理解できず、コルボーは疑問符を顔に浮かべる。するとティナは、言葉を選びながら、慎重に続きを語ってくれた。


「ゼロさんの容態が気になって、中を覗いてみたんです――――そうしたら……少女の背中が見えました。とても小さな……背中でした」


シエルのことだと、コルボーは直ぐに見当がついた。そう言えばこの三日間、シエルはゼロに付きっ切りなのだと聞いていた。それこそ、周りが心配になるほど。

ティナが覗いた風景を想像してみる。コルボーには彼女の目に写ったその光景が容易に想像できた。


傷だらけの英雄が眠る治療カプセルと、それに寄り添い続ける幼い少女の背中。


「ゼロさんは……あたしたちを守るために傷ついて……あんな事になってしまって……」


声が震え出す。シーダを責め立てていた声とは全く逆の弱く力のない声。

あの状況の中、自分は何一つ彼に協力することができなかった。ただ守られ、生かされ、味方を呼んだだけ。たったそれだけしかできなかったのだ。――――そしてその結果、彼は重傷を負った。


「彼女に……申し訳なくて…」


彼に寄り添う少女の背中は、哀しみとも憤りとも取れぬ、何か重い空気に包まれていた。そしてそれを一目見ただけで、ティナは事の深刻さだけでなく、己の罪すら感じ、何か見えないものに酷く責め立てられた。非力であったこと。無力であったこと。彼が酷い姿で帰ってきた原因が自分にあるのだと思えば思うほど、胸が苦しくなって仕方が無い。

きっと、人間だったら涙を流していただろう。そんな顔をしていた。


その話のあと、コルボーは何も言葉をかけることができなかった。もしかしたら自分も同じ立場になっていたかもしれないと思えばこそ、掛ける言葉が見つからなかった。彼にできたことは、ただ、ティナが気持ちに区切りをつけてその場を離れるまで、傍に呆然と立ち尽くすことだけだった。











―――― * * * ――――



「局長!」


そう声をかけられ、セルヴォは勢い良く開いた扉の方へ振り向く。部下のブラウンが、解析資料を記録している平たい電子ボードを手に、セルヴォの仕事場である技術局長室へと駆けこんできた。

この三日間における、ゼロのメディカルチェックデータを解析していたはずだが、いったい何が起きたというのだろう。彼を呼ぶ声にどこか興奮した勢いがあることを感じ、セルヴォはなにか特別な事態が起きているであろうことを素早く察知し、席から立ち上がった。


「どうした、なにがあった?」


短く尋ねる。するとブラウンは一度自身の気持ちを抑えるために息を深く吸い、それを吐いてから、「これを見てください」とセルヴォに電子ボードを差し出す。

セルヴォは素直にそれを受け取り、画面に提示されている解析資料に目を通す。どうやら、ゼロの治療経過についての情報らしい。しかしそれは、いつも目を通している資料であり、セルヴォが期待したような特別なことは見受けられない。


「これが……どうした?」


肩透かしを喰らったような気分を抱え、問い返す。


「次のページです。早く目を通してください!」


そう急かされ画面をタッチし、次のページに目を通す。それはある一点に限った、修復状況を日毎の折れ線グラフに整理したものだった。


「……これは!?」


そのグラフから読み取れる驚愕の事実に、セルヴォは目を見開き、息を飲む。


そこに明かされた情報はどうにも信じ難く、けれど確かに希望と呼べるものだった。



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