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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
覚醒編
35/125

6   [B]



――――  2  ――――




「復帰は…不可能だ」


深刻な面持ちで、セルヴォはそう強く断言する。その表情には悔しさ、憤り、戸惑いと言った感情が入り乱れながら滲み出ていた。


「…落ち着いてください、セルヴォさん」


椅子に腰かけたまま、エルビスはそう言ってセルヴォを諌める。


「まず現在、どういう状況なのか、詳しく説明していただけますか?」


冷静に問いかけるエルピスの声に、セルヴォもまた、至って冷静であろうと努めながら、ゼロの状況について説明を始めた。


「先日伝えたデッドラインについては覚えているな?」


自己修復回路の五割を超える損傷。解析不能箇所でもあるゼロの自己修復回路の著しい損傷は、白の団にある治療機器では対処することが適わず、完全な治療は望めないということをセルヴォは確かにエルピスへと伝えた。


「外部の損害箇所、損傷率、及び既に解析できている内部回路のそれらを照らし合わせた結果から推測したところ、ゼロの自己修復回路の損傷率は間違いなく五割を超えている。――――つまり、戦線復帰は不可能だ」


改めて、残酷な事実を先程以上にはっきりと言葉にする。無意識のうちに、セルヴォは奥歯を噛み締めていた。

だが、エルピスは尚も冷静に考察していた。


「その結果に間違いはないのですね?」


その問いにセルヴォが若干険しい表情をしたため、慌ててエルピスは意図を説明をする。


「別にセルヴォさんの目を疑っているわけではありませんよ。ただ、事を慎重に判断したいだけなのです。六割が解析不能でありながら、そんなにもハッキリと状態を断言できるのかどうか…」


「もちろん何度も確認したさ」


吐き捨てるように言う。


「ただ、それだけ体の損害が酷いということなんだよ。一体何をどうやったらあそこまで酷くなるのか…。それこそ見当もつかない程の酷い有様なんだよ。五割という数字だって実際には希望的観測で、もっと酷い可能性も考えられるんだ」


その口調からは苛立ちを感じられた。しかしそれは、エルピスに向けたものでは決して無く、どうにもできない自分の無力さへと向けられたものだった。

再度「落ち着いてください」とエルピスが諌める。


「分かりましたセルヴォさん。そこまで言うのならば信じましょう。残念なことではありますが…ね」


セルヴォの鬼気迫る様子から、この最悪の状況が覆ることはないのだと、エルピスもまた確信した。「しかし」と、エルピスは言葉を続ける。


「だとしてもセルヴォさん。あなたには全力を尽くして彼の治療に当たってもらいます」


「言われるまでもないよ、エルピス。それが私の仕事だからね。しかし、元の健康体へと復帰させることは約束できない」


「元通りとは言わずとも、ある程度の行動は可能にできるでしょう。最悪、不具合は生じるかもしれませんが部品を交換すればよいでしょうし。とにかく、“戦えるかどうか”を差し置いても、彼が“この場にもう一度立てるかどうか”――――それこそが問題なのです」


セルヴォはエルピスの言動に、何処か歪んだものを感じた。何故そうまでして、エルピスはゼロの復帰にこだわるのだろうか?ゼロの無事を望んで…と考えることは確かにできるが、エルピスの口ぶりからはそれ以外の何かを感じてならない。

そう訝しんでいると、ある一つの予想が生まれる。そしてそれを確かめずにはいられなくなり、恐る恐るエルピスへと問いかけた。


「…まさか、エルピス。ゼロをもう一度戦場へ向かわせる気か…?」


「ええ、勿論です」


その答えはやけに短く、あっさりとしたものだった。


「バカな!彼の状態は今伝えた筈だ!戦線復帰は不可能だと!」


「確かに本調子での復帰は不可能でしょう。しかし、他のメンバーに劣るまでに性能が劣化するとは考えられません。故に私は彼が回復し次第、作戦に起用させてもらいます。もちろん使い方は変わってきますが…」


「ふざけないでくれ、エルピス!」


こらえ切れず、セルヴォは机を強く叩き、怒鳴った。


「あそこまで傷ついた彼を、もう一度戦場に戻そうだなんて…正気じゃない!」


「私はふざけてもいませんし、至って正気ですよ、セルヴォさん」


語気を強め、睨みつけるエルピスの眼差しに、セルヴォは息を飲んだ。静かに腰を上げ、エルピスも机に手を付く。


「あなたは何も分かっていない。これは戦争なんですよ――――我々の命運を懸けた、“戦争”なんです」


その迫力に、セルヴォは気圧され、思わず後ずさる。


「戦うことができなくなろうとも、彼が“英雄”であることに変わりはない。ならばそれなりの使い道は十二分に考えることができるんですよ。それなのに、あなたはその有用性すらも捨て去れというのですか?」


たとえ戦力として用いることができずとも、“英雄”であるゼロの利用価値は他にいくらでもある。戦場にただ立たせるだけでも、敵味方問わず、その士気に影響することは間違いない。


「私たちの相手はあのネオ・アルカディアなのです。この世界に残った唯一の国家を相手にしているのです。――――切れるカードの全てを用いても、理想を遂げられるかも分からない…そういう戦争をしているんですよ」


使える駒は使う。敵が強大であるからこそ、戦争に勝つためにどんな手段を用いることも厭わない。それはエルピスなりの覚悟だった。

思わず黙りこむセルヴォ。エルピスの言うことは、個人的には容認し難かったが、間違いなく正しかった。

しかし、どれだけ正しいと理解していたとしても、セルヴォにはどうしても受け入れられなかった。その理由は他でもない――――


「同じことを…シエルに言えるのか…?」


セルヴォが思わず口にしてしまった名前に、エルピスは確かに反応した。

どれだけ傷つこうと、どれだけ苦しもうと、利用価値がある限りは“英雄”としてゼロを利用する。――――そんなことを、あの優しい少女に言えるのか。

先程までと打って変わった、力無い声で、エルピスはその問いに答える。


「シエルさんなら…分かってくれます」


幼いといえど、彼女は聡明だ。この戦争に勝つことが容易でないことも、そしてゼロという存在に対する利用価値についても理解してくれるはずだ。

確かに、最終的にはそうなるだろうとセルヴォにも分かった。


「だが、それでも……いや、だからこそ惨すぎる」


ゼロを大切に思う気持ちと、戦争のための合理的な判断との狭間で彼女の心は苦しめられるだろう。

現に今、彼女は治療中のカプセルのそばから離れず、寄り添い続けている。まるで何かの懺悔のように。


それからしばらく、二人は言葉を失った。場には重い沈黙が漂う。

ようやく言葉を切り出したのはセルヴォだった。


「最善は尽くそう。だが、君がゼロをそういうふうに利用しようというのには賛同できない」


エルピスの目を見ずにそう告げると、セルヴォは背を向け、静かに部屋を出て行った。一人残されたエルピスは、椅子に再び深く腰掛ける。背もたれにその身を預け、眼を閉じる。

もう一度、頭の中で思案を巡らす。


「……それでもこれは…戦争なんです」


しかしどれだけ考えても、彼の答えは一つだった。





―――― * * * ――――



基地内はゼロの話題で持ちきりだった。聞こえてくる声には同情的なものも確かにあったが、大半はその実力を疑う非難の声であった。普段はゼロを支持していた筈の者たちも、ほとんどが掌を翻したように態度を変えるばかりだった。


「何が英雄だよ、あっさりやられちまって…」「あれだけ偉そうに言ってたくせに、結局これかよ」「あいつのために死んだ仲間が浮かばれねえな」


そんな声をいくつか耳にしながら、コルボーは居住区画の一画にある談話室へと入っていった。中にはマークとトムスがテーブルに着いて待っていた。


「全く…酷いもんですよ」


不満に鼻を荒々しく鳴らしながら、コルボーも席に着く。


「どいつもコイツも皆、自分勝手な非難ばかりで…ゼロさんがどれだけ俺達のために体を張ってくれていたのか…誰も分かっちゃいない」


「文句を垂れても仕方ないだろ」


トムスが宥めるように言う。


「言いたい奴には言わせておけばいい」


「けど!」


憤りを抑えきれないコルボーを、今度はマークが落ち着くようにと諭した。


「実際、理解されないのは仕方ないことさ。この基地にいるのは生き残った者たち――――つまり、作戦に成功し続けている者か、作戦に出ていない者しかいない。…俺達のように、作戦をミスして死線をさ迷いながらも生き残った奴はいないし、まして、あの人の力で直接的に命を救われた者もいないんだ」


そう言って溜息をつく。悔しい思いをしているのはマークも同じだった。そして勿論、トムスも。そう理解すると、憤慨する心を何とか抑えつけ、コルボーは大人しく口を閉じた。


「しかし、あのゼロさんがあそこまでやられるとは…敵は何者だったんでしょうね?」


「四天王クラスか、あるいはミュートスレプリロイド……どちらにしろ、強敵であることは間違いないだろう。だがそれよりも、俺が気になったのはあの大きく窪んだ地面。明らかにあそこだけ何かがおかしかった」


ゼロを見つけたポイントは、確かに何かが違っていた。敵の残骸が見当たらなかったというのもあるが、それ以上に、その地形自体が異常だったのだ。


「元々ああいう地形だったとは考えにくい。……もしかしたら、ゼロさんの体があそこまで傷ついたのと何か関係があるのかもな」


地形を変えるほどの強大なエネルギーの放出があったならば、その主が敵であろうと、またゼロ自身であろうと、重傷を負った理由が説明付けられるかもしれない。


「まあ、どれだけ俺達が頭を悩ませても仕方ない。とにかくゼロさんが無事に復帰することを祈るばかりだよ」


そうマークが話をまとめると、どこからともなく舌打ちする音が聞こえた。


「あいつが無事に復帰したところで、どうにかなるのかよ」


声の主はヘルマンだった。その刺々しい言い方にトムスは不快感を感じて睨みつける。


「何が言いたい…?」


「勘違いしないでくれよ。別に、あいつのことを悪く言うつもりはねえのさ」


慌てて敵意はないことを弁明する。


「ただよ、実際の話、あれだけの力を持ったやつがああも簡単にやられちまったんだ。ネオ・アルカディアの連中が本気になってかかってきた時、本当に俺達は太刀打ちできんのかって……お前らは不安にならねえのか?」


ヘルマンの言うことは尤もだった。どのような経緯であれ、ゼロがあそこまでの重傷を負わされるに至ったのは事実である。となれば、束になっても彼一人程の力にも満たない自分たちに、この先戦い続けてゆくことが本当に可能なのだろうか。


「それを考えちまうと、どうにも俺は不安でならねえんだよ。あの英雄が無事に復帰したとしても、いつまた同じような目に遭うかも分かったもんじゃねえ。それどころか、あれが敵にやられた傷だってんなら、あいつの力は、お前らがどんなにフォローしようが、他のヤツらが言うように見掛け倒しだったってことになるんだぜ?――――そう考えると、ヤツが復帰することに、本当に意味があんのか…俺は疑問で仕方ねえんだよ」


トムスもマークも、返す言葉が見つからず黙りこむ。考えたくはないことだったが、確かにその通りだった。

ゼロの力がネオ・アルカディアに通じないというならば…。いったい自分たちはどうすればいいのか。これからどう戦っていけばいいのか。答えが見つからない。


「……でも、俺は――――」


重い空気の中、静かに口を開いたのはコルボーだった。


「――――そういうの抜きにしても、あの人が無事に復帰することを…願うよ」


嘘偽りない純粋な願い。つられて他の三人も頷いてしまう。憎まれ口を叩いていたヘルマンですら、本心では確かにゼロの無事を祈っていた。





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