5th STAGE [A]
―――― * * * ――――
「…なん……なんだ……コイツらは…!?」
目の前に現れた異形の軍団に、思わず言葉を漏らす。
首が無いだけならまだいい。四肢がもがれ、剥き出しのコードをだらしなく垂れ下げて、擬似体液をそこら中に撒き散らしながら、スクラップ同然のレプリロイド達がこちらに向かってその歩を進めてくる。それも一体、二体という数ではない。数十体以上の群れが、その状態で動いているのだ。
そのグロテスクな光景に、レプリロイドでありながら吐き気すら感じてしまう。
そうこうしている内に、その、敵かどうかも分からない屍の兵が、奇声と共に勢いよくゼロたちへと飛びかかってきた。
「黙ってろ!」
そう吐き捨てながらゼットセイバーを振るい、はねのける。しかし、どのように斬りつけられようと、彼らがその歩みを止める様子は無い。
「一旦、引き返せ!別の道を使う!」
ダスティンとティナに呼びかける。
あまりのショックからか、放心状態となってしまったティナをダスティンは引きずるようにして、今来た道を指示通りに引き返し始めた。
やがて霧を抜け出し、先ほどとは別の――――少しばかり遠回りになる――――道へと入った。無論、いつあの軍団と同様の輩に出会うか分かったものでは無いため、可能な限り用心し、慎重に進む。
談話室らしき部屋にたどり着く。ゼロは自分含めこの場にいる全員の精神的な疲労がピークにあることを感じとり、一度そこで休息をとることにした。
「早く抜け出す方がいいんじゃ…」
ダスティンがかろうじて声を絞り出し、尋ねる。
「できることならそうしたいが…な。そのお嬢さんがそこのポンコツみたいになっちまうのは避けたい」
ティナとチャーリーを順に示す。
「そのためにも、まずは状況の整理だ」
精神的な混乱を鎮めるためにも、この異常な状況を冷静に分析する必要がある。
ゼロは転がっていた椅子に腰掛け、一息つく。
ふと気づけばこの部屋にも、何一つとしてレプリロイドの残骸がない。
じわりとこみ上げてくる言いようのない気味悪さに、ゼロは思わず椅子の肘掛けを強く叩いた。
5th STAGE
死屍軍団
―――― 1 ――――
「まず…“ヤツら”は全員、スクラップ…なんだな」
確かめるように視線をやるとデルクルは小さく頷いた。
「つまり…『死んだハズのレプリロイドが動いてる』ってことですか…」
ダスティンが簡潔に整理する。
「…認めたくないことだが…な。差し詰め、“コレ”がこうなったのは“ヤツら”を見て、“精神的に耐えきれなくなった”ってとこか」
ゼロはチャーリーを示した。レプリロイドでありながら……いや、心あるレプリロイド故にこのようなトラブルが起こったのだろう。背にダスティンやティナがいたからこそ正常を保っていられたが、一人だったならゼロ自身でさえ――――チャーリー程とはいかなくとも――――正気を保っていられたかどうか定かではない。それ程までにショッキングな光景だった。
「何が……起きているんでしょうか…いったい…」
ダスティンが唸るように呟く。この場にいる誰もが同じことを思っていた。
動くはずのない、死んだはずのレプリロイドが、さも生きているかのように動く。普通ならば有り得るはずのない異常現象。いったい何がどうなっているのか。どうしてこうなったのか。いくら頭を働かせようとも答えは出てこない。ただひとつ分かったことは、おそらく白の団の監視用メカニロイドが捉えた人影の正体は“ヤツら”だったのだということだけだ。
しばらくして、部屋中を包む重い沈黙を裂くように「クク…」と不気味な笑いが聞こえてきた。その声の方に目をやると、虚ろな目をしたまま、チャーリーが口の端を歪めて笑っていた。そして頻りにブツブツと呟いている。
「……んだ…。…どうせ…死ぬんだ…。ここで…みんなみんな……あいつらと同じように……」
「クソッ」とゼロは悪態をつく。不快な気分に苛まれるが、気が狂ってしまったこの男に怒りをぶつけたところで、無駄な労力となるのは眼に見えている。――――いや、実際にはチャーリーの無意味な呟きなどはどうでもよかった。どうにもならない、何も打開策を見いだせない事への歯痒さともどかしさ、それに苛立っているのだ。
「……呪い…でしょうか……」
「呪い…だ?」
ダスティンが思わず漏らした言葉を、ゼロは即座に否定する。
「馬鹿を言うな!俺達はレプリロイドだぞ!……だいたい“呪い”なんてふざけたもんが、この科学全盛の時代に通じると思ってるのか!?」
「けど、それならどう説明するんですか!?あんな動くはずもないレプリロイドの体が、しかも集団で動いているんですよ!?」
「それにはなにかトリックが………っ!」
自らの言葉に「ハッ」となる。――――そうだ、トリックだ。この異常な現象にも、きっと裏で何らかの科学的な力が作用しているに違いない。そしてそれを扱う何者かが存在しているのだ。
ゼロは、深く息を付く。「落ち着け」と自分に言い聞かせる。ダスティンの言葉に過剰に反応してしまったのも、どこかで自分自身も超常の力が働いているのではないかと思っていたからに他ならない。そう気づき、微かに自嘲する。
「……トリックだ。トリックなんだ……」
それがどういう類のものかは分からないが、絶対に“何者か”が、何か道具を使って裏で糸を引いているはずだ。そういう観点で考えるべきだ。
――――そういえば……何か…
“ヤツら”に気を取られすっかり忘れてしまったが、あの瞬間、他に奇妙なことが確かにあったはずだ。もう一つ、有り得るはずのない何かが……――――
「……霧…」
ぼそっと誰かが呟いた。声の方を見る。その主は、先程まで呆然と我を失っていたティナだった。ゼロの方を向き、尋ねるように言う。
「あの時……どうしてあんな霧が…出たんでしょう…」
視界を覆うほどに、ひどく濃い霧が廊下に充満していた。基地の中だというのに、何故あんなことになっていたのか。
そもそもこのような建物内で、あんな霧が発生すること自体がおかしい。そしてそのあり得ないはずの不可思議な霧の中から、あのあり得ないはずの軍団は現れたのだ。
その瞬間、二つのあり得ない事象が、ゼロの頭の中でうまく結びついた。
「…あの霧が何か作用して……あの軍団が動いていたと考えれば合点がいく」
「霧が…ですか…?」
訝しむダスティンに、ゼロは軽く笑いながら答える。
「ただの霧がこんな場所に発生するわけがない。とすれば、あれは“ただの霧”じゃない――――詳しくは分からないが、霧の様に見える“そういう”何かだ」
まだ繋がってる駆動系とか神経系とかに作用して、あたかも生きているかのように動かすことが可能な、そういう霧だったのではないだろうか。
「…ナノマシン技術の応用……でしょうか…」
ティナの発言に、すかさず「それだ」と声を上げる。
「ここにいる、もしくはどこか別の場所にいる何者かが、“ナノマシンの霧”を操作し、レプリロイドの残骸を操っていたと考えれば全て理解できる」
落ち着いて考えれば、その答えは単純だった。
そのようなナノマシンの開発、及びその操作に関して言えば、技術的には高度であるが、不可能な範囲のものではない。「死んだものが動く」という“言葉”によって思考が閉ざされてしまったことが、一番の問題だったのだろう。
「……でも、ゼロさんの考えが当たっていたとしたら………」
ティナが思わず濁した言葉の先を、ゼロが付け加える。
「その“何者か”がこの基地の内部、または周辺にいるはずだ…――――そしてそいつはおそらくネオ・アルカディアの側だろう」
先程の軍団の動きからして、その“何者か”がこちらの様子を伺える状態であるということは、言わずもがなだ。
「とりあえず……ここまで状況が掴めてきた以上、次は今後の行動について話し合おう」
「『今後の行動』……というと…?」
首を傾げるダスティンとティナに「おいおい」と呆れたように答える。
「脱出の方法、経路についての確認さ。……ずっとこの場所に隠れ続けていたいってんなら別だけどな」
室内の端末にコアユニットを接続し、再びデルクルを送り出す。今度は実体化し、基地内の様子を探索するためだ。無論、単純な脱出経路はマップデータで確認できるわけだが……――――
「できれば…あの軍団にまた出会すのは避けたい…ですね」
ティナがポツリと呟くと、他の二人も賛同する。
「全くだ。たとえ仕組みが分かったと言っても、“ヤツら”と顔を合わせるのは精神的によろしくない」
ゼロはそう言うと苦虫を噛み潰したような顔をした。
しばらく経って、デルクルが戻ってくる。ゼロのインターフェースを通して三人それぞれのマップデータに、現在の“ヤツら”の位置、予測進路、想定される最適脱出経路を示す。「上出来だ」とゼロが言うと、デルクルは微かにはにかんでみせた。
談話室を出て、暗い廊下を用心して進む。デルクルの情報が正しいとしても、例の“何者か”にこちらの動きを捕捉されれば、状況は再び一変する。
いくつか設置されている非常用の出入口にたどり着く。システムが完全にダウンしているので、手動で扉を押し開く。
「ちっ」と舌打ちして、ゼロは不機嫌そうに呟く。
「こんな状況にぴったりの“いい天気”だ。心底気分が悪くなるよ……」
どす黒い雨雲が空一面を覆い、大粒の雨がまるで機関銃のように荒れた大地を叩き続けている。
ぬかるんだ足元に注意しながら、一行は少しだけ急ぎ足で基地を後にした。