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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
覚醒編
27/125

4   [C]



―――― 3 ――――




「これがゼロの身体データとメディカルチェックの結果、それに治療時の資料だ」


セルヴォはそう言って、記録ディスクを一枚エルピスに手渡す。早速エルピスがそれを再生機に挿入すると、三つの資料がデスクの中央画面に映し出された。

そしてそれらを眼にした瞬間、エルピスはあることに気付き、息を飲んだ。


「これは……」


「……そう、見て分かる通り……彼の内部構造の六割が現時点で技術的に解析不能。さらにその内の半分が……完全なブラックボックスとなっていた…」


「馬鹿な…」


百年前の技術で開発された筈のゼロの体が、現代の技術で解析できないなどという事実が信じられるワケがない。だが、セルヴォ程の技術者がミスを犯すとも思えないし、例えミスがあったとしても、このような結果が出た時点で何度も検証をし直している筈だ。


「素直に……信じるしかないのでしょうね…」


渋い顔をしながらも、エルピスは事実を受け入れた。セルヴォは説明を続ける。


「単純に解析ができない三割の部分については、“あまりに古過ぎる技術”のため解析できないという理由も思いつく。…しかし、ここに蓄積されているデータは“マザー”から引っ張って来たモノだから、残念ながらその可能性は薄いだろう」


過去、世界のネットワークを管理、統括していたスーパーコンピューター「マザー」。現在もネオ・アルカディアの中心区域「ユグドラシル」に据えられ、過去から現在までのあらゆる情報を蓄積、保存している。そこからデータを持ってきているということは、百年前のレプリロイドであろうと一般的な内部構造は解明できるはずなのだ。しかし、それができないということは――――…


「となると、最も高い可能性として考えられるのは、“現代に至るまで、他のレプリロイドに応用されてこなかった技術”――――つまりは、“より奇抜、あるいは高度過ぎる技術”を取り入れているために解析できないという可能性だ」


ゼロを設計、開発した者は当時では並外れた神経を持ち合わせ、現代においても考えられないような特殊な技術、あるいは、現代の科学者たちさえ凌駕する圧倒的に高度な技術を持っていたと考えられるのだ。だが、いかなる技術を持って作られたものとは言え目に見えぬ空間を操作しているわけではない。


「しかし、これだけならば時間と根気をかけて解析してゆけば、いずれ明らかにすることができるだろう。問題は、残りの三割――――完全なブラックボックスと化してる箇所だ」


画面上で、その問題箇所を示す。


「ビームサーベル収納部を含む両腕の八割、そして精神、記憶回路を含む頭部ユニット全般……これらについては如何なるアクセスも受け付けない、正に完全なブラックボックスとなっているんだよ」


ビームサーベルのエネルギー供給ラインも分からなければ、両腕にいったいどんな隠された武器やトラブルがあるのかも分からない。そしてもちろん、ゼロの記憶についてもほんの僅かなアクセスすらできない。


「このことを…ゼロさんには…?」


少し眼を伏せ、セルヴォは答えた。


「…まだ話していない。話すべきかどうか迷って…そのままだ」


話しても話さなくとも、何かしら不安を与えてしまうかもしれないと思い、悩んだ挙げ句、結局自分の中であやふやにしてしまったというのが実際のところだ。


だが、「そんなに悩まないでください」とエルピスは言った。


「賢明な判断でしたよ。……話していれば、絶対に余計な不安を煽っていたでしょうからね。ところでもう一つ」


人差し指を突き立て、エルピスが問う。


「これらの不安要因が、今後の戦闘に及ぼす影響は、どれほどのモノと思われますか?」


今後ゼロに作戦を指示する上で、それは確かに重要な問題だった。しかし――――…


「残念ながら、不明点が多すぎて予測は不可能だ…」


その答えにエルピスもすぐに納得した。彼も駄目もとで聞いてみただけだったのだろう。だが、「しかし…」とセルヴォは言葉を続けた。


「先日の戦闘から生きて帰って来れたことを考えると、あれほど危険な任務でない限りは十二分にこなせると考えていい筈だ」


率直な意見に、エルピスは「結構」と満足そうに答え、解説の続きをするよう促す。


「次に治療における問題点について説明する。――――これはゼロの…所謂“限界”に関する事項だから、よく頭に整理しておいてほしい」


そう、はじめに忠告され、エルピスは深く頷く。それを確認したセルヴォは解説を始めた。


「知っての通り、現代のレプリロイドの治療は三パターンに分けられる。まず第一に本人の“自己修復機能”を利用した治療」


治療カプセルは本体へのナノマシン供給に徹し、あくまでも、本体に備えられた自己修復回路によって傷を治癒するというもの。外部からでは無く、内部からのアプローチによる治療のため、比較的早期に回復し、本人にかかる負担は少なく済む。


「第二に、自己修復回路がシステムダウンしている時に行われる、治療カプセルを主とした治療」


万が一、自己修復回路の一部、あるいは全てに問題が生じた場合、それをサポートするのではなく、本体の身体データを基に、治療カプセルがナノマシンをフル稼働させて自己修復回路自体と破損部位を同時に治療するというもの。自己修復機能が復旧すれば、前者のパターンに移行する。


「そして、全損したパーツを他者のパーツと丸ごと付け替える方法」


トムスの足のように必要な回路さえ繋げば、他者のパーツであろうと元のモノと変わりない扱いができるようになる。


「これら三つの治療法が、標準的に用いられているわけだが…。――――さて…」


ここからが本題である。


「この中でゼロに適用できない、あるいは適用すべきでない治療法はどれか…分かるね…」


ここでエルピスは、何故セルヴォが、これら一般常識的な治療法についてわざわざ説明したのかを理解した。


「…最初の一つ以外、どちらも適用すべきではない?」


眉をひそめ、答えるエルピスに、セルヴォは「その通りだ」と解説を始める。何処か悔しげに。


「……不明点の多いゼロの体は、本人の自己修復回路無しでは完治させることができないし、他者のパーツと付け替えたところで部位によっては、何のトラブルも起こらないという保証はできない…」


例えば腕部を全損し、失ったとして、誰かの腕部パーツと付け替えるとしよう。もしも彼の元々の腕部の構造をはじめから熟知していたなら、どの回路をどう繋げれば、正常に機能するのか、すぐに分かるだろう。しかし、彼の元々の腕部はブラックボックスの塊である。故に、繋げてしまえばどのような不具合が起こるか不明な回路がいくつも存在しているのだ。

だが、これは必要最低限の回路――――つまり、腕部で言うならば手首や掌、指などを動かす回路だけに絞り込むことができれば、最悪、腕としての働きはつつがなく行えるだろう。そして、その回路を絞り込むのは、それほど難しいことではない筈だ。


問題はもう一方。自己修復機能が破損した場合の治療である。


「どのレプリロイドの自己修復回路も大抵、五割程度の破損までならば、自身の修復活動は可能だ。つまり、五割の破損までならば自己修復機能は復旧することができる。しかし、破損部位がその五割を超えた場合、自己修復回路は自ら復旧作業を行うことができない」


その場合、治療カプセルのナノマシンは自己修復回路を優先的に、復旧可能水準まで回復させるようにできている。――――しかしそれも、そのレプリロイドの自己修復回路のデータが明確にあればの話である。


「…不幸なことに、ゼロの自己修復回路もまた、解析不能箇所の一つだったんだよ…」


「つまり……彼が万が一、戦闘において大破し且つ、自己修復機能もダウンしてしまった場合……」


治療カプセルは自己修復回路を復旧させることができない。そしてさらに、ゼロ本体の身体データのほとんどが不明確であるため、代わりに傷を癒すこともできない。つまり――――…



「……ゼロはその時点で、“戦線復帰不可能”となる」



セルヴォが重い口調で、話を締めた。


しばらくの沈黙の後、エルピスが「ふむ」と声を漏らし、机を指でトントンと叩く。


「……出過ぎた発言かもしれないが、エルピス…」


セルヴォが再び口を開く。


「今後、作戦を立案するとき、これらのことをよく頭にいれてやって欲しい。白の団がネオ・アルカディアと戦う上で、ゼロは重要な戦力だ。たった一人で百のパンテオンに勝る力を持っている。それをみすみす、無茶をさせすぎて潰してしまうようなことは――――…」


「分かりましたよ、セルヴォさん」


「そこまで言わなくとも大丈夫です」と爽やかに笑いながら答える。


「…しかし…厄介ですね。それだけ不安要素が残るようでは…」


「どうにかなりませんか」と目で問われるが、どうにも答えようがない。すぐにどうにかできるならば、このような相談を持ちかけたりはしない。――――いや一応、なんとかできる可能性もあるにはある。だが、どうだろうか。


「……シエルに……見せてみてはどうだ?」


迷った挙句、提案する。机を叩いていたエルピスの指が止まる。


「確かに、シエルさんならばなんとかできてしまうかもしれません。彼女はあの歳で、ネオ・アルカディア一と謳われた“おじいさま”の技術をほとんど理解し、習得しているのですから。ですが、彼女にはそんなことに時間を費やしている暇は無いでしょう」


白の団、最大の切り札となるはずの「システマ・シエル」の設計、シミュレーション。彼女は実際、その仕事で手一杯だ。かといって、自由な時間を潰させるわけにもいかない。


「それに、シエルさんはレプリロイドの修理やメンテナンスについては、何処か一歩引いている気がします」


それはセルヴォも同様に感じていることだった。彼女ほどの技術があれば、十分そういった面でも活躍できるはずだ。しかし、シエルはどうしてもそこに手を出そうとはしてこない。


「ゼロさん自身も体を弄られるのはあまり好きではないでしょうし…」


「…それもそうだな」


あれだけメンテナンスを嫌がっていたのだ。そう何度も体の中身を見せてはくれないだろう。


「セルヴォさん。彼の体のことについては、とりあえずあなたにお任せします。じっくり打開策を考えてください。それと、このことは我々の胸に留めておきましょう」


「ゼロにも……シエルにもこのことは話すな…と?」


エルピスは深く頷く。


「やはり無用な心配は掛けたくないですからね」


それはセルヴォも同じ気持だった。だが同時に、自分の体について知らされないゼロのことを思えば、少し罪悪感のようなものを感じずにはいられなかった。

報告と相談を終え、セルヴォは退出しようと、自動扉のスイッチを押そうとした。が、寸前であることが気になり、振り返って「エルピス」と声をかけた。


「どうしました、セルヴォさん?」


「ああ……」


しかし不意に思いとどまり、「いや、何でもない」と誤魔化してその場を後にした。











「浮かない顔してるな、どうしたおっさん?」


司令室から出て廊下を歩いていると、ゼロとシエル、アルエットの三人と顔を合わせた。


「ああ…ちょっとね。仕事疲れかな。誰かさんがボロボロになって帰ってきてくれたおかげで…ね」


冗談めかして皮肉を返すとゼロが苦い顔をした。「君たちこそどうした?」と問うと、アルエットが嬉しそうに答える。


「おさんぽだよ。…ゼロがきちの中を見て回りたいっていうから…あんないしてたの」


「そうか」と優しく微笑む。――――そう言えば、アルエットがこんなに嬉しそうに話すことも、それに、こんな風によく喋る事も今までにあっただろうか。左手に抱えられたぬいぐるみも、心なしか嬉しそうに見える。


「まあ、それは口実としてな。休める時くらいお子様たちの子守をしてやろうと思ってさ」


「うそいっちゃだめだよ、ゼロ。…ゼロがあんないしてほしいってたのんだんでしょ!」


「むー」と口を尖らせて、ゼロに抗議する。「はいはい、すいませんでした」と苦笑と共に、ゼロが謝る。それを微笑みながら、シエルが見守る。


――――ああ、そうか…


納得した。この男が――――ゼロがそうさせてくれているのだ。この幼い子たちの小さな笑顔は、ゼロという存在がこの基地にいてくれることで、久しぶりに生まれるようになったのだ。


少しだけ、胸が痛む。


「なあ、ゼロ。…何処かおかしな点はないか?」


「は?」とゼロが聞き返す。セルヴォ自身も、何故そんなことを聞いてしまったのか分からない。慌てて取り繕う。


「…いや…一応、傷は完治したが…その後の経過はどうかな…ってね」


そう聞かれ少し考えてから、ゼロは笑顔で答える。


「心配要らないよ。この通り、元気にやってるさ。あんたの技術はたいしたもんだよ、セルヴォ」


「そうか。ならいいんだ。…いや、そう言ってもらえると嬉しいよ」


素直に喜ぶ。――――だが、心中はいたたまれない気持ちで埋め尽くされていて、それを悟られまいとすることで精一杯だった。











「またね」と手を振り、別れる。少し離れてから、セルヴォは振り返り、ゼロの後ろ姿を見る。


――――あの時……


『ゼロが死んでいたらどうするつもりだったんだ』と、セルヴォはエルピスに問いかけようとした。けれど、それが無意味であることに気づき、口を噤んだのだった。


たとえ前回の作戦でゼロが生きて帰ってこようが、死んでしまおうが、エルピスにとっては結局どっちでも良かったのだ。


ゼロが今回のように生きて帰ってきたならば、「自分の判断は正しかったのだ」と胸を張る。そしてもし死んでしまっていたとしても「英雄を過信しすぎた」と言い、ゼロの側に非があるかのようにすれば、己の指揮官としての資質が問われることはない。

詰まるところ、エルピスにとってゼロは英雄などではなく、白の団がネオ・アルカディアに対抗するための手段の一つであり、自分の手駒の一つに過ぎないのだ。


人格的には認めたくない。だが、その狡猾さは一軍の指揮を執る上で必要なものだろうと思う。


――――だが、やはり……


ゼロと共に笑いあうシエルの姿が目に入る。




仲間を心の底から慈しみ、信じ抜く彼女のことを思えば、その在り方は、そしてそれに従うだけの自分は、どうにも赦されないような気がしてならなかった。




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