4th STAGE [A]
―――― * * * ――――
ひどく、ノイズが走る
――――なんだ……?
聴覚に
視覚に
ひたすら、走る
――――なにが……どうなっている!?
気づけば
視界は染まっていた
朱く
赤く
紅く
“全て”を塗りつぶすように
まるで血の海を泳でいるかのように
辺りは染まり切っていた
そして突然、“全て”は暗黒に飲み込まれる
なんの感触もない、漆黒の闇
虚無の世界
そこに突然
一点だけ、明かりが灯る
――――…………っ!
そこには一人の女性が立っていた
――――お前…は……
見覚えのある姿
華奢な肩
揺れる茶髪
白い肌
優しさと
愛おしさを感じさせる
どこまでも見覚えのある存在
けれど
――――…顔が……
無い
顔が無い
思い出せ無い
――――思い出せ…無い…
何故だ?
どうしてだ?
思い出したいのに
――――忘れては…いけないのに…
大切な
記憶なのに……
“ ひ ど く 、 ノ イ ズ が 走 る ”
――――…………っ!?
不意に頭の中で声が響き始める
《俺ニ身ヲ委ネロヨ》
――――やめ…ろ
どんなに拒絶しようとも、“声”はそれを受け付けない
《俺ニ全テ任セロヨ》
――――やめてくれ
そして、要求する
《モット殺セ》
――――…っ!!
気づけば体中が血塗れだった
紅いコートはさらに紅黒く変色し
掌はぬるぬるとしたおぞましい感触に侵食され
決して振り払うことができない
《モット壊セ》
――――…黙れ
《モット破壊シロ!》
――――黙れっ!
《破壊シロ!》
――――消えてくれっ!!!
《破壊シロ!破壊シロ!》
――――嫌だっ!
《破壊シロ!破壊シロ!破壊シロ!》
――――嫌だ…!……嫌だぁっ!!
俺は…
俺は……
悶え苦しむ彼に向け、彼女が言葉を紡ぐ
――――ねえ……
少しずつ近付き、彼女は手を伸ばす
――――……私…待ってるから……
頬に触れる白い手
優しい手
「…あぁ…」
――――…ずっと…ずっと…待ってるから…
けれど
彼女の手もまた血に染まる
「あぁ…ぁあぁ……」
分かっている
その手を
その肌を
その心を
染め上げてしまったのは
他の誰でもない
“俺”だ
「あ あ ぁ ぁ あ ぁ あ ぁ ……」
破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ――――…‥
「あぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁああぁ―――――…‥
4th STAGE
亡霊の影
―――― 1 ――――
‥…――――あぁあぁぁっ!!」
絶叫と共に、ゼロは勢いよく起き上がる。
「……ハッ……ハッ……」
時刻は深夜3時過ぎ。代わり番で警戒しているレプリロイドぐらいしか起きていない。
「…ハァッ……ハァッ……」
呼吸がうまくできない。落ち着かせるため深呼吸をする。
「……ハァァッ…ヒュー…ハァァッ…っ!!」
途端、咽せる。
「ゲホッ…ガハッ…。」
吐血でもしたかと、押さえた手を見てみる。が、何ともなかった。
そして、ようやく「ふぅ」と一息つく。
――――またか…
昨晩も全く同じ夢を見た。マークチームを救出し、帰還した日の夜、“全く同じ”夢を見ては、“全く同じように”飛び起きてしまった。
「……馬鹿らしい」
「ははっ」と自嘲する。このような悪夢にうなされてしまうとは。――――いや、そもそもレプリロイドである自分が「夢」を見ること自体、どうかしている。
原因は不明。しかし、キッカケには心当たりがある。
「昨日の…あれか…」
百機以上のパンテオンとメカニロイドを破壊した昨日の戦闘。だが、ゼロの記憶はどこからか途切れていた。気づいたときには、目的の旧塵炎軍団基地内で横たわり、自分の顔を覗き込んでいたマークたちの顔が目の前にあったのだ。
――――記憶回路自体に障害が……?
だが、治療を受けた時も内部の重要な回路に問題は見受けられなかった。セルヴォが“ヤブ”でない限りは事実なのだろうが、それならば原因はどこにあるのか。健康体であるこの体のどこに異常があるのだろうか。
どれだけ考え込んでも答えを出せず、再び専用の睡眠カプセルの上で仰向けに寝そべる。暗い天井がやけに近く見える。
「あの女……」
夢に出てくるあの女性はいったい誰なのだろう。
どこか懐かしい感じがする。けれど、その正体を思い出すことがどうしてもできない。
「……欠けた記憶の一部…か…」
おそらく、引き出せずにいる過去の記憶が影響しているのだろう。もしこの推測が正しければ、あの女性はきっと、過去に何かしら関係があった相手に違いない。
それもきっと、決して並々ならぬ関係が。
不意に、自分の頬に手を当ててみる。夢の中で彼女が触れた部分に。
「……お前は…誰だ…?」
あの柔らかい手の温もりが、少しだけ残っているような気がした。