3 [E]
―――― 4 ――――
「嘘…だろ…」
その光景を、その場にいる誰もが疑った。
休息をとった廃墟から歩き出し、ようやく目的地であるポイントB-37Tの旧塵炎軍団基地までもう一息と言ったところで、彼らの目の端に最悪の光景が飛び込んできた。
ライドチェイサーに跨るパンテオン。その支援用に配備されたメカニロイド達。併せて百は超えているであろうネオ・アルカディアの軍勢。そして、その後方で強い存在感を放つ五機のゴーレム。
マークチームのメンバーは、僅かに胸に抱き始めていた希望を一瞬で掻き消され、逃れようの無い絶望に再び飲み込まれた。
「はは…ははは……」
ある者は乾いた笑いをこぼし
「終わりだ…全部おしまいだ……」
ある者は気が狂ったように絶望の言葉を何度も口にする
「マーク……分かってるな?」
ゼロが確認する。
「俺がヤツらを引き止める。お前らは全力で逃げろ」
「ふざけんな!無理に決まってんだろ!」
横で聞いていたヘルマンが、狂ったように喚きだす。
「どうせ死ぬんだ!俺も!あんたも!みんな死ぬんだ!!」
ヘルマンが吐く諦めの言葉に、皆、頭を抱える。ゼロはそれを無視して、マークに促す。
「早く指示を出せ。……こんなヤツがこれ以上増えれば、取り返しがつかないことになる」
「けど無茶だ!いくらあんたでも、あんな数を抑えられるワケ無い!」
今度はコルボーが食ってかかる。ゼロはまたも無言であしらい、マークを急かす。
「早くしろ!マーク!」
しかし、意外なことにマークは異を唱えた。
「ゼロさん、申し訳ないがあなたの指示には従えない」
「なにを…」
「“俺たち”が足止めをする。あなたは逃げてくれ」
「!?」
「リーダー…!?」
そのやりとりを聞き、皆、マークの提案に絶句した。そのような策を取れば、間違いなくゼロ以外は全滅するだろう。
「ふざけんな……!ふざけんなよ、マーク!!」
マークの胸ぐらを掴み、ヘルマンがまたも喚きちらす。
「馬鹿言ってんじゃねえ!なんで俺たちがこんな野郎のために命張らなきゃ……」
「黙れ!!」
マークが一喝し、ヘルマンを突き飛ばす。前日以上の迫力に、ヘルマンを含め、皆嘆くことをやめた。ただ呆然とマークに注目する。
「…………ずっと考えていた。俺たちが生き残ることに意味があるのか…」
この先、ネオ・アルカディアとの戦いはさらに激しさを増してゆくだろう。死者は大勢出るだろうし、白の団の拠点も今のまま平穏無事でいられるとは限らない。しかしその時、果たして自分たちはどのような活躍ができるだろうか。
「ゼロさん、あなたの言う通りだ。……俺たちは非力で、なんの役にも立たない…………ただの役立たずだ」
たった十機のパンテオンとも、正面からまともに戦うことができない。その程度の力で、ネオ・アルカディアに勝てるハズも無い。
「けれどあなたは……俺たちよりも遥かに強いあなたは、この先の戦いで絶対に必要とされる」
「伝説の英雄」と呼ばれるレプリロイド。その実力は確かに、名に恥じぬモノだった。
だからこそ、その力はこんな場所で失われるべきでは無い。ここにいる二十名程度の“役立たず”たちの命に代えても、守りきられるべき尊い存在なのだ。
「……分かるだろ、みんな。俺たちとゼロさん、どちらがどれだけ必要とされるか。…俺たちの……シエルさんの理想のために誰が力になれるのか」
周りのメンバーに問いかける。誰も言葉にして答えようとはしない。だが、その静寂こそが答えだった。
「ゼロさん、お願いだ。あなたは生きてくれ。そして、シエルさんの力になってくれ。必ず」
それは文字通り、決死の覚悟だった。
マークのその言葉に、皆ようやく意を決した。ヘルマンも不満気ではあったが、マークの言うことにほぼ同意していた。
ゼロの道を守る。それは何よりも、シエルの目指す理想のために。寸分違わぬ覚悟を持って、チームは団結した。
「俺たちは命がけでヤツらを足止めする。……どんなに役立たずでも、最後くらいは役に立って――――」
「……却下だ」
しかしゼロは、首を縦に振りはしなかった。
「……ゼロさん!しかし…」
「『命懸ける』のと『命捨てる』のは…違うだろ」
静かに怒気を含ませる。ゼロの目はマークチームのメンバー全員を睨みつけていた。
「お前らは生きたいんじゃないのかよ?……死にたいわけじゃないだろう!」
本音はそうだ。誰もこんな辺境で命を落としたくはない。基地へと生還し、帰りを待ってくれている同胞たちと共に、また笑い合いたい。
「なら、生きるために足掻くんだよ!!足掻いて…足掻いて…足掻き続けるんだよ!!」
理想も、誇りも、命あってこその存在であり、決して命を捨ててまで貫くべき物ではないのだ。
そう唱えるゼロの声は、チーム全員の胸に真っ直ぐ突き刺さった。
だが、覚悟を決めた矢先、その叱咤に従うべきか、誰もが迷う。マークの言う通り、白の団の――――シエルの理想には、おそらくゼロという戦士の存在こそ求められるのだろう。決して非力な自分たちなどではなく。
だが、そのゼロは「生きるために足掻け」と言う。
できるならばそうしたい。生きられるのならば、生きるために足掻きたい。けれど、その行為の結果が、この戦いの終りにいったいどんな形となるのか。自分たちが生き残り、ゼロが命を落としてしまえば、それは「シエルの理想のために」と戦う同胞たちに対する裏切りではないのか。そもそも、全員が命を落とす可能性は依然として薄れはしない……――――
あらゆる思考の下、マークたちは決断に二の足を踏み続ける。
しかし、こちらの様子を伺っているパンテオンたちも、「動かないのならばこちらから」と向かってくる空気を醸し始めている。実際、猶予など僅かもないのだ。
とうとうメンバーの煮え切らない態度にゼロは声を荒らげて怒鳴りつけた。短く、簡潔に――――…
「 走 れ っ ! !」
瞬間、一斉に地を蹴る。ゼロの迫力に気圧されたかのように、マークチームは全力でその場に背を向け、走り始めた。
同時に、ネオ・アルカディアの軍団も動き始める。こちらが逃亡を選択したことを確認し、追撃戦を行うことにしたのだ。
ふとコルボーが足を止め、振り返る。ビームサーベルを左腕から抜き出す紅いコートの背中が目に留まる。
「コルボー…どうした…?」
肩越しにトムスが尋ねる。
「なにしてる!?早く走れ!!」
異変に気づいたマークも、コルボーに促す。
「いいんですか…?これで…」
敵の大軍へと向かう金髪の戦士。その姿を見送り、ただ情けなく震える声で問う。
「本当にこれで、いいんですか!?」
自分たちの非力を呪いながら、屈辱にこらえながら、マークが答える。
「そんなこと……分かるワケないだろう!!」
この行動が正しかったのかどうかなど、今考えることではない。
「とにかく走るんだ、コルボー。言いたいことは分かるけど…あの人がそう言ったんだ。今更迷っても仕方ないだろ…」
トムスがなだめる。コルボーは悔しさに唇を噛み締める。
「『生きるために足掻け』って……」
『命を捨てるな』と、そう彼は伝えてくれた、けれど――――
「あの人は、どうなんだよ!?」
一人叫び、そしてまた地を蹴った。
メンバーの誰かが落としていったエネルギー銃を拾い上げ、遠方を走るパンテオンの頭部を正確に撃ち抜く。二機、三機と破壊した後、投げ捨て、目の前に迫るパンテオンに跳びかかり、首をはね、ライドチェイサーを奪う。ライドチェイサーに搭載されているビーム砲を撃ち、片腕でゼットセイバーを振り回し、敵を次々に破壊してゆく。
刹那、一気に飛び降りる。ゴーレムの剛腕により、乗り捨てたライドチェイサーが粉々に砕け散る。
地を焼き、走るレーザーをかい潜りながら、飛び掛ってくるパンテオンやメカニロイドたちを斬り捨ててゆく。
一瞬の隙に息を整え、周りを見渡す。
――――囲まれた…か…
マークチームの追撃を一旦中断し、行く手を阻もうとするイレギュラー――――ゼロを破壊せんと方針を切り替えたようだ。
――――約束したからな…
必ずこの場を切り抜ける。
でなければ、約束を守れない。
「“ヒーロー”がお子様との約束を破るわけにはいかないんだよな……。……分かるだろ?」
不敵に笑い、駆ける。握られた閃光が、宙に弧を描く。
火花が飛び、擬似体液が噴出し、鋼の部品が舞う。
そしてまた、斬り捨てた。