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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
覚醒編
20/125

3   [B]



―――― 1 ――――




「…道を開けてくれないか…?」


とうとう堪えきれず呼びかけたゼロだったが、目の前の男たちは聞き入れる素振りを見せようとしない。それどころか、ただ険しい表情で睨みつけてくるだけである。


――――…どうしたもんかな…


ため息と共に髪をかきあげる。

半分は自分でけしかけたようなものだが、このような反応が返ってくると少々呆れてしまう。






夜明け頃、遺跡から帰ってきたゼロを出迎えたのは、当然のことながら温かい眼差しではなかった。

前日の演説での宣言は、「白の団」に属するほぼ全てのメンバーが耳にしており、そのほぼ全てのメンバーが一様に憤りや怒りを感じていた。

そしてもちろん、ライドチェイサーの格納庫を取り仕切っている整備班のメンバーも例外ではなかった。彼らはゼロが帰ってくると、自分たちの憤慨を思い知らせるべく、直ぐ様周りを取り囲んだ。

無言のまま睨みつける整備員達。その眼差しはどれも、一方的な侮辱への謝罪を要求していた。


「…道を開けてくれ」


もう一度、わずかに苛立の色を含めて要求する。しかし、誰も答えようとしない。ゼロの口から望みどおりの言葉が出るまでこの状況を継続するつもりらしい。


自分に非があることは認めよう。何かしらの意図はあったにせよ、あれだけの侮辱をしておいて見逃してもらおうと言うつもりはない。怒るなら怒ればいいし、罵りたければ好きなだけすればいい。そういった反応の殆どを受け止めるつもりでいたのだから。だがそれも、レジスタンス活動に対する信念故と理解できる範囲であればの話だ。


――――こんなことに時間を潰す暇があるってのか?


名誉を傷つけられたことに対し怒っているのだとしても、真に目指すべき大望があるのならば、それに少しでも差し障るような行動をとるべきではないだろう。彼らが立ち向かおうとしているのは、今や世界の中心となっている強大な国家のハズだ。嘘か真かも分からない英雄一人の戯言に付き合う時間も惜しむべきではないのか。

自分の言動のすべてを肯定できるつもりはないが、彼らの行動もまた、容易に認めてはいけないものだと感じた。だからこそゼロは、ただ道を開けるよう要求するだけだった。

もっとも、そうした思案の結果がこのような一触即発の状態を招いてしまったわけだが。


「…仕事を一つ片付けてきたんで、ゆっくり休ませてほしいんだが?」


再三の要求を無視し、整備員達は睨み続ける。しかしそろそろ耐え続けるのも限界だ。


――――このまま突っ切ってくれようか…


ゼロ自身、実際のところあまり気の長い方ではない。そのことについては本人にも多少の自覚はある。

このまま時間を潰していても仕方がない。ならば前進あるのみ。たとえそれがどれだけ周りとの間の溝を深める行為になろうとも、自らにとってもっとも必要な事は急な戦闘に備えた十分な休息であり、それに向かって迅速に行動するべきだと判断した。


ライドチェイサーのハンドルに手をかける。それを目にした整備員達は、一戦やり合うつもりらしく、臆す事なく身構える。


と、その瞬間――――



「なぁにをやっとるかぁっ!!」



場の緊張を一気に引き裂くように、怒号が飛ぶ。突然のことに、ゼロも、整備員達も身を震え上がらせる。


皆、恐る恐る声の方に目をやると、そこには豊かな口髭が目立つ、作業着を着た一人の老人型レプリロイドが立っていた。


「バカなことに時間を裂く暇があるなら、マシンの調整をしっかり仕上げんか!」


「待ってくれよ、ドワさん!俺達はコイツを…」


整備員の一人が老人レプリロイドに訴えようとするが、それを全て言い切らないうちに、またも怒号に遮られる。

「ワシの言うことが聞けんのならそう言え!それなら構わん!まともに仕事ができんヤツはこの場から立ち去れ!!」


そう一喝されると、ゼロを取り囲んでいた整備員達は渋々その場から退き、それぞれの持場へと戻っていった。

一人取り残されたまま呆気にとられているゼロの元へ、老人レプリロイドが何事もなかったかのように近づいてきた。


「さて。ゼロ君と言ったかな?」


「ああ、そうだ。そう言うあんたは……『ドワ』…って呼ばれてたか…な」


「如何にも、ワシがここの荒くれ者共をまとめている、班長のドワだ」


ドワは誇らしげに胸を叩く。


「ささ。挨拶も済ませたことだし、そろそろそいつから降りてくれないかね?君同様、彼もお疲れだと思うからね」


「『彼』…?」


ドワの指差す方を見て、「ああ、こいつのことか」と呟き、腰をどける。


「ライドチェイサーと言えど整備を怠ってしまえば、どんな障害が起こるかも分からんからね。長く使いたいならそれなりに面倒を見てやる必要があるのさ」


ドワはそう言うとライドチェイサーを押して格納庫の奥に向かって歩き出した。と、呆然と突立ているゼロに向かって「君も来たまえ」と付いて来るように促した。






工具箱を開け、いくつかの工具を取り出すと、ドワはライドチェイサーの各部の点検を始めた。ゼロは壁に寄りかかり、その鮮やかな仕事ぶりを見物する。


「ここにあるマシンは、どれもワシらが管理することになっていてな」


おもむろにドワが語りかけてくる。


「突然、一台でも姿を消せば、そのことが気になっておちおちゆっくり眠りもできん」


苦笑交じりに冗談めかしてはいるが、何を言おうとしているのかすぐに分かった。


「…すまない、勝手に使わせてもらっていた。……足が必要になって…な」


「まあ、マシンは使われるためにあるからのう…。――――とは言うものの、これからは一言くらい声をかけてくれたまえよ」


そう言って快活に笑う。先程までの厳しそうなイメージとは打って変わって、言葉の端々からは親しみを感じられる。


「…さっきはすまなかったね」


一転して出された謝罪の言葉に、ゼロは反応するまで少しかかった。


「ここには基地の中でも、ちょいと血の気の多い連中が集まっておってな。あんなやり方しか思いつかんかったのだろう」


先程の部下達の行動について、謝罪しているらしい。だが却ってその態度はゼロにとって疑問の種となり、そしてそれは直ぐに口を衝いて出た。


「…いいのか?」


「ん?なにがじゃ?」


作業を続けながらドワはゼロに問い返す。少し間をおいてから、ゼロは問い直した。


「あんたは…俺に対して何も思わないのか?」


怒りはしないのか?――――仲間を侮辱した、その当人を前にして、この老人レプリロイドは何故こんなにも平然としているのか。

ゼロにはそれが少し不気味に思えたのだ。


だがドワは、少しぽかんとしたあと、またも快活に笑い出した。


「なにか…おかしかったか」


「いやいや、別にそういうわけではないがね」


尚も溢れそうな笑いを押し殺しながら、ドワは答える。


「つまり君は、ワシも彼らと同じように君を取り囲むものだと思っているのかな」


「…まあ…そういうことになるかな」


なんだかバツが悪い。ゼロは顔をそむける。


「そうさな。確かに、ワシにも君を怒る権利があるんだろうね。…だが、それはそれ。ワシに怒るつもりがなければ、その権利も使う必要がないわけだ」


「………」


「まあもちろん、君の言葉の全てを許せるわけではない。君は結局、ここに居る者達の想いの全てを理解しているわけではないし、それを知ろうとしているようにも見えない。だがね――――」


一通りライドチェイサーを弄り終えたドワは、立ち上がり、ゼロに向き直る。


「君の真意が何処にあるかは別にしても、“あの子”を無事にここまで連れ帰って来てくれたと言うだけで、ワシらは感謝こそすれ、怒ることはできんのだよ」


そう語ったドワの表情は、とても優しく温かいものだった。






「ゼロ!帰っていたのか!」


そう声をあげながら、セルヴォが慌てた様子で駆け寄ってくる。と、ゼロの格好を見て、目を見開く。


「そのコートは…?」


「ん?…ああ、これか」


遺跡で回収した真紅のコート。「紅の破壊神」の異名をとる伝説の英雄に相応しいそれを、ゼロは見事に着こなしていた。


「ちょっとした拾いもんさ。で、あんたは何をそんなに慌ててるんだい?」


「ああ、そうだった」と何かを思い出すと共に、ゼロの腕を掴み、強引に引っ張る。


「さあ、こっちへ来るんだ!」


「おいおい、なんだってんだ急に!?」


そう言って、ゼロはセルヴォの腕を振り払う。慌ただしい状況に、ドワも心配そうに様子を伺う。


「メンテナンスだ!百年も眠っていたボディにガタが来ていないか診させてもらうよ!」


「んな!?それこそ急すぎるぜ!!どこも悪いところなんか無いっての!」


「無くても診るんだ!診ておくんだ!!」


「まあまあ落ち着け、セルヴォ。何をそんなに焦っているんだ?君ほどの者がそこまで言うのは、何か理由があるのだろう?ゼロ君とてそれを話してくれれば、君の言う事を聞いてくれるだろうて」


とうとう痺れを切らしたドワが間に割って入る。なだめられたセルヴォは、一度息を落ち着け、理由を簡潔に話す。


「エルピスが君にこなしてもらう作戦を立案した。準備ができ次第、出撃してもらう」


「作戦?」


「そうだ。……敵陣に取り残されたメンバーの救出に向かってもらう。おそらく君一人でメカニロイドやパンテオン、ゴーレム併せて数十機以上とやり合うことになるだろう」


それを聞いたゼロは、それ以上何も言わず、ただ黙ってセルヴォの後について格納庫から出て行った。セルヴォの深刻な面持ちから、決して容易な作戦ではないと言うことが直ぐに理解できたのだ。


一人残されたドワが小さなため息をつく。


「…無茶だけはせんでくれよ、ゼロ君。――――誰であろうと、何人だろうと、仲間に死なれるのは些か以上に応えるからの…」


そう呟くと、そばに置かれたライドチェイサーのハンドルを寂しげに撫でた。



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