3rd STAGE [A]
―――― * * * ――――
「…俺のことは…棄てて行ってくれ」
トムスが肩越しに弱音を吐く。
敵のレーザーに被弾した彼の脚部は、今や片方しかなく、コルボーが肩を貸してくれていなければ自力で立つこともできない状態だった。
しかしコルボーの体はトムスに比べ一回りも小さく、レプリロイドとは言え、重荷となっていることは明らかだった。
だが、それでもコルボーはトムスの肩を支えて歩き続けた。――――たとえ自らの命と引き換えにしても、仲間を捨てることなどどうしてもできなかったのだ。
体に疲労が溜まっているのは明らか。足元はふらつき、今にも倒れ込んでしまいそうであった。が、それでも気力だけで彼は――――いや、彼らは歩き続けていた。
ネオ・アルカディア四軍団の一つ、塵炎軍団の前線部隊にゲリラ戦を仕掛けるべく派遣された彼らは、僅かな連携ミスのせいで敵と正面からぶつかり合ってしまい、そして今ようやく追撃を振り切り帰路に着いたところだった。
とは言うものの、当初六十名程度いたメンバーも今では半数以下に減ってしまい、残った者達もほとんどが負傷していた。
しばらく歩き続けた後、手頃な岩場で休息をとることにした。隠れるように身を寄せ合い、腰を落とし、息を落ち着ける。
「…増援は来ないのでしょうか…?」
ふと、メンバーの一人が弱々しく問いかける。しかし皆、口を噤み、誰一人として答えようとしない。――――いや、答えるまでもないと分かっていたのだ。問いかけた本人までも。
増援は来ない。既にこの部隊は切り捨てられた。
当然だ。それも理解している。
「白の団」が行うのは、ゲリラ戦と言えどいつだって捨て身覚悟の博打に他ならない。元から天地程にかけ離れている戦力差。それを埋めるのは容易いことではないのだ。
もちろん、負け戦ばかりかと言えばそうではない。実際、マークが率いるこのチームも、既に幾つかのミッションを成功させてきた。
だが、どんなに優秀なチームでも、幕切れはいつだって呆気ないものだ。ほんのちょっとしたミスから、チームは一気に崩壊へと加速した。
そして、そんなチームにわざわざ救援を送るものはいない。
下手を打ったチームは速やかに切り捨てる。そんな一見冷酷にも見える方法こそが、「白の団」が今日まで体制を保ってきた秘訣でもあった。
敵の追撃を受けたチームを救援することはつまり、殆どの場合、敵部隊とほぼ真っ正面から対峙することを意味する。そんな無謀な戦いを、どうして行うことができようか。
それを理解しているからこそ誰も答えず、けれどそれが分かっていて尚、少しでも希望がほしいという気持ちがあるから、問いかけた。ただそれだけのことだった。
しばらくの重い沈黙の後、また別のメンバーが苦笑まじりに口を開く。
「…あの“英雄さん”は来てくれたりしないんでしょうかね」
その皮肉めいた発言に、ある者は同じく苦笑をこぼし、またある者は憤りの色を浮かべた。
『あの英雄さん』とは、作戦前、進行中に特別回線を通じて流された「演説」の中心人物を指していた。流れる金髪をなびかせる「伝説の英雄」。――――しかし、その口から発せられたのは、およそ英雄と呼べるには程遠い、傲慢で下衆な言葉だった。
「『たった一人でネオ・アルカディアを潰す』なんて言ってやがったが、どうだかな…」
嘲笑とともに、誰かが言う。そしてまた誰かが「やれるもんならやってみろ」と吐き捨てるように呟く。
今だからこそ身に染みて分かる。
ネオ・アルカディアは強固にして強大だ。
とても正面から立ち向かってどうにかなる相手では無い。が、策を弄したとしても、五分に持ってゆけるとは到底思えない。
そう、今だから分かる――――
「………………」
それ以上、誰も“英雄”をなじることは出来なかった。
自分たちもまた、数時間前まではネオ・アルカディアと言う存在を有り得ないほどに軽視していたのだと、思い知ってしまったから。
この状況に陥るまで、彼らは信じていた。
どれほど脆弱であろうと、結束し、協力しあえば、レジスタンス側はネオ・アルカディアと五分に渡りあえると。いつか勝利を掴むことができると。レプリロイドの自由と権利を勝ち取る日が必ずや訪れるのだと。一寸の疑いもせずに信じていた。
そしてそれが全て間違いであったのだと、現実に打ちのめされた。
信じ続けたそれは、どこまでも激しく愚かな妄想だった。
――――そんな妄想を声高らかに叫んでいた自分たちが、あの“英雄”の大言壮語をなじることがどうしてできようか。
そして皆、それまでの思考を全て中断し、即座に息を潜めた。
風とともに、どこからともなく冷徹な機械音が聞こえたからだ。
「ガシャリ、ガシャリ…」とゆったりとしたリズムで刻まれる独特の歩行音は、間違いなくパンテオンのそれである。
――――数は五……いや、十機…か…?
おそらく先程振り切った部隊の一部だろう。散開し、残党の捜索をしているらしく、足並みは揃っているとは言えない。
しかしやがて、それらの歩行音はひとつの場所に狙いを定め、直進し始める。如何にも“何者かが隠れていそうな”岩場を見つけたのだ。――――そう、マークチームが息を潜め身を隠している岩場を。
近づいてくる音。
高まる緊張、恐怖。
「ザッ…ザッ…」と砂を踏み締める音が、敵が直ぐそこまで迫って来ている事を知らせる。
――――どうする…!?どうすればいい!?
リーダーであるマークも、この状況では普段の冷静な思考を発揮できずにいた。ただひたすら絶望の中、有りもしない希望を求め悶え続けるだけ。
負傷者ばかりのこの状況で、パンテオン達とまともにやり合えるわけがない。たった十機。されど十機。彼らの力では、結末が目に見えている。だがこのままここに隠れ続けて、やり過ごすことができるだろうか?打って出てみるべきではないだろうか?――――いや、このままやり過ごせるのではないか?
無駄に犠牲を払うよりも、おとなしく隠れ続けた方が生存率は上げられるのではないか?
マークの思考が堂々巡りを続けているうちにとうとう一機のパンテオンが、マーク達が身を隠している岩に手をかけた。
その瞬間――――
「うぁああぁぁあぁぁぁああぁぁ…っ!!」
「…っ!?……コルボー!!」
大声で叫びながら、コルボーは傍らにあったエネルギー銃を手に、岩場から飛び出し、パンテオンの側面に回った。
岩に手をかけたパンテオンの頭部に銃口を向け、引き金を引く。フルオートの銃から撃ち出された無数の光弾により、パンテオンの頭部は破片と擬似体液を撒き散らしながら数秒と経たず粉々に吹き飛ばされた。
そのまま崩れ落ちたパンテオンのボディ。コルボーは肩で息を切らしながら見つめる。
――――なんとか…一機……
しかし、そんな小さな勝利の余韻に浸る間などあるはずも無い。
「コルボー!戻れ!!早く!!」
既に他のパンテオン達がコルボーに狙いを定め、バスターの銃口を淡い光と共に向けていた。チャージショットの一斉射撃により、一度で仕留めるつもりらしい。咄嗟に状況を理解したコルボーだったが、それはあまりにも遅すぎた。
「うぁ……ああぁ……」
死への恐怖で顔が歪む。そしてまた、二度と戻れないであろう場所、会えないであろう仲間達に思いを馳せ、悲痛な声を漏らす。
だが、冷徹な兵隊達はそんなことを微塵足りとも気にかけず、ただ与えられた任務を遂げようとする。
「い…嫌だぁぁぁぁぁぁっ!!」
拒絶の叫びも虚しく、審判は冷酷に下された。
視界を遮る鮮烈な光。
飛び散る擬似体液。
諸々の破片――――
――――だが、それらはコルボーの物では無かった。
「…………あ…れ……?」
自分の体はなんとも無い。意識はあるし、思考もできている。強いて挙げるならば、尻餅をついた時の痛みが僅かに響いているくらいだ。
咄嗟に眼前を覆った両腕を、恐る恐る下ろしてみる。するとそこには信じ難い光景が広がっていた。
辺りに転がるはパンテオンの残がい。首と胴を離されたもの。腰で上下を分かたれたもの。頭のてっぺんから股間までを見事に両断されたもの。――――そして最後の二機がちょうど今、鮮烈な光を放つ剣により目の前で瞬時に切り裂かれる。突如として現れた謎の男の剣によって。
その剣の軌跡は芸術と形容しても差し支えないほどに美しく、その場にいた者たちは彼の剣技にひたすら見とれてしまった。
圧倒的な戦闘――――というより殺戮に一段落ついた後、コルボーも、身を隠していたマーク達も皆、その場に現れた男に視線を集中させる。
「………あれは…」
そこに立っていたのは長髪の男。
紅いコートに流れる金髪。
「…やれやれ……っと――――」
パンテオン達の残がいの中、ため息混じりに呟く。そしてこちらを振り返り、爽やかに問いかけてくる。
「――――無事か坊主?」
たった今、一人で十機ものパンテオンを、しかもほんの一瞬にして薙ぎ払ったとは決して思えないほど軽い調子で尋ねてくる。
「そっちに隠れてるので全員かな?…思っていた以上に残っているな」
皆、その男に見覚えがあった。彼こそ正しく、特別回線を通じ、一度だけ映像で見た――――「白の団」メンバー全員に暴言を吐き、このチーム内でも話題に上がった例の男。
「あなたは……?」
思わず問いかけたコルボーに男はまたも軽い調子で、得意げに答える。
「『伝説の英雄』様さ。……助けに来てやったぜ、坊主」
人呼んで「紅の破壊神」――――「ゼロ」。
現れたのはその男で間違いなかった。
3rd STAGE
包囲戦線