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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
覚醒編
16/125

2   [D]



――――  4  ――――



部屋を出て廊下を歩いていると、来る途中で見かけた少女が道を塞ぐようにして立っていた。

先ほどと同じように、少し寂しげな目をしながら、こちらをじっと見つめている。

ゼロは面倒に思ったが、仕方なく声をかける。


「お嬢ちゃん。悪いけど退いてくんないかな?…俺に用があるんなら、もうちょっとお胸が大きくなってからきなさいな」


冗談混じりに言ってみる。

だが、少女はゼロの下品な冗談を無視して、真剣な表情のまま答える。


「…わたしは大きくならないよ。レプリロイドだもの」


「ありゃっ…?」と、思わず声が漏れる。落ち着いて識別すると、確かにその通りだった。


――――やれやれ、保けるにもほどがあるよな…


ゼロは決まり悪そうに頭を掻く。


「ここにいる人間は、シエルおねえちゃんだけだよ」


「…えっ?」


少女の、突然の言葉にゼロは驚いた。


「…本当か…?」


少女は頷く。


「…親は…?…あいつの…」


少女は首を横に振る。


「…いないよ。本当におねえちゃん一人だけ」


信じられる話ではない。が、信じるしかなかった。嘘をつくメリットなど考えられないし、それ以上に、目の前にいる少女の瞳が真剣そのものだったのだ。

シエルが人間である以上、親は当然いるものだと思っていたし、たった14歳の少女がこんな辺境に一人で生活しているとは思ってもみなかった。


――――じゃあ…あいつは…


レプリロイドのために、たった一人で立ち上がったのか?話の通りならば、国に保護され、ある程度裕福な生活を送れるはずの人間が…。


――――どうしてそこまで…


疑問は膨れる。が、ゼロは考えるのをやめた。

それを知ったからと言って何がどうなるワケでもないし、何よりそんなものを詮索するのは野暮だと思ったからだ。


――――ただ分かっているのは…


確かな事実。



彼女はレプリロイド達と共に、人間の世界と戦う決意をした。


ただ、それだけ。



「…それだけで十分…か」


「シエルおねえちゃんは、わたしたちにやさしくしてくれる、ゆいいつの人間だったの」


少しだけ俯き、少女が呟く。


「…だから、わたしたちにとっては自分の命より大切なの…」


ゼロはただ黙って、彼女の語りに耳を傾ける。


「…だから、わたしたちが何人死んでも………おねえちゃんだけはだめ」


少女は俯いていた顔を上げ、ゼロの目を真っ直ぐ見つめる。


「だから……。だからね……」


「…ん?」


少し迷うように口をつぐんだ少女だったが、意を決し、再び言葉を紡ぐ。


「あなたがいったいどんな人かは知らないけど、おねえちゃんが帰って来たのは、まちがいなくあなたのおかげだと思うから――――」


少女はゼロに、小さな頭をぺこりと下げる。



「――――ほんとうにありがとう」



感謝を伝えるその声は、他に誰もいない廊下に何よりもはっきりと響いた。




しばらく黙り込んだあと、ゼロは少女の頭に手を優しくおいた。


「…名前は…?」


「…わたしの名前は[アルエット]」


「そうか…。アルエット…」


名前の響きを確かめるように呟き、アルエットの頭を撫でる。


「素敵な名前だ」


「でしょ」


アルエットは少しはにかんで答える。


「シエルおねえちゃんがつけてくれたの。――――このぬいぐるみも、おねえちゃんがつくってくれたんだよ」


とても嬉しそうな、それでいて誇らしそうな声。シエルに対する愛情、そしてまた、アルエットに注がれているであろうシエルの愛情が、その声の響きからゼロの心に伝わってきた。


「オーケー、アルエット」


ゼロはアルエットの背丈に合わせてしゃがむ。


「じゃあ、一つ約束だ」


「?」


首を傾げるアルエットに、ゼロは告げる。厳しく、それでいて優しく諭すように。


「『わたしたちが何人死んでも』なんて、二度と言うな。…いや、決して思うんじゃない。――――お前たちの内、誰が血を流したとしてもあいつはきっと悲しむ」


そういう少女なのだとゼロはすでに理解していた。

アルエットは力強く頷く。


「よし、いい子だ」


誉めるゼロに、今度はアルエットが尋ねる。


「…ねえ、あなたの名前は…?」


「ん?ああ、そうだったな。じゃあ、初めまして。俺はゼロだ」


「はじめまして。アルエットです」


ゼロに合わせて、アルエットももう一度自己紹介をする。


そして二人は固い握手を交わそうと手を差し出す。

二回りほど大きなゼロの手は、幼さを感じさせる小さなアルエットの手を包み込み、そっと握る。


確かに感じられたのは、優しい温度。



「じゃあ、アルエット。俺はちょっくら出掛けてくるから、また後でな」


「どこにいくの?」


「こっちに引っ越してくるのに、前のお家のお片付けして来なきゃなんないんだよ。だから…そうだな」


そう言って、ゼロは小指を立ててアルエットに差し出す。


「俺が帰ってくるまで、小娘のことは任せたぜ」


やわらかく笑いながら、アルエットも小指を差し出す。


「まかせて。ゼロ」



二人は指切りを交わした。






――――* * *――――



シエルは一人、データルームで椅子に腰掛け、考えごとをしていた。

「どうしたの?」と心配そうに尋ねてくるサイバーエルフのウィンキィに、シエルは「大丈夫」と笑って誤魔化した。


別に大した問題ではない。ただ、彼女はつい数分前の、ゼロとのやりとりを思い出していた。


『ここにいる全員の期待を背負えるほど、俺の背中は広くない…』


つい先程、彼が言った言葉――――というより、その言葉を発した時のゼロの瞳が強く彼女の心に引っかかっていた。


そしてシエルは問うことができなかった。


『じゃあ誰なら、私たちの期待を背負えるの?』



「伝説の英雄」と称される彼にある程度の期待をしてしまうのは、残念ながら本当のことだ。


それでも、全てを任せ、押し付けるようなつもりはない。そんな風に依存したいわけではない。


だが、その時のゼロの瞳を見たら問わずにはいられなくなった。


けれど、それは少なくとも今問うべきものじゃないと思った。


無闇に問うてはいけないと思った。


だから彼女は飲み込んだ。


思わずこぼれてしまわないように。



――――あのゼロの目…。



シエルの方を見ているようで、彼の瞳は決して彼女を見つめていなかった。



誰かを


そこにはいない別の誰かを見ているような



どこか遠くの


愛しい誰かを


懐かしい誰かを


見ているような



――――そんな目…



けれどその目は、すぐに見ることをやめた。


というより





きっと彼の見つめる先には「誰」もいなかったのだろう。





天井を見上げる。


広がる暗闇はまるで夜空を見ているようだった。


シエルは探してみる。


どこかに星はないだろうか。


ゼロが見つめようとした「誰か」はどこにいるのか。



そして思う。



――――私があなたを必要としたように、あなたも誰かを求めているのかな…。





独りぼっちの英雄が


いつの日か探し物と出会えるように


少女は見えない星に


願いを込めた





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