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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
覚醒編
15/125

2   [C]



――――  3  ――――



ホールへ向かう途中にセルヴォがくれたマップデータを頼って「データルーム」へ向かう。

地下五階から、中央エレベーターに乗り、三階へ。

扉が開くやいなや、足早に降りる。


突き当たりで、シエルよりも小さな女の子が立っていた。


犬だか猫だかよく分からないぬいぐるみを抱いて、じっとこちらを寂しげな目で見つめていたのだが、構わず無視した。



データルーム前で立ち止まる。


「?」


何やら光る、妖精らしき小さな生き物が三体ほど、扉の前で邪魔をしていた。――――まあ、正確には生き物ではないのだが。


三体はそれぞれ、彼の顔の周りを鬱陶しく飛び回り始めた。


頬を膨らませたり、舌を出したり、指で口を広げて歯をむき出しにしたり。とにかく、怒っているような、挑発しているような、そんな感じの仕草を見せる。


――――……うざっ…


しばらく我慢していたが、だんだん本気で腹が立ってきた。今にも怒鳴りつけようかと言うとき――――


「彼を…通してあげて」


息を切らしながら、シエルが駆けつけた。

ホールの方はエルピスに任せてきたようだ。


「ちぇっ」とか「べー、だ」とか言いながら、三体とも退く。


「…こいつら、見えるのか?」


「えっ?」


ゼロが不意に尋ねる。


「普通の人間じゃあ見えないだろ?」


「ああっ…」


普段から気にしていなかったので、すっかり忘れていた。


「…私は幼い時に、特殊な視覚素子を埋め込んでもらってるの。…まあ、ネオ・アルカディアの研究者はだいたいみんなそうしてるわ」


「へえ…」


理解したのかどうか曖昧な返事をして、ゼロは部屋に入ってゆく。

シエルも後に続く。



椅子に座り、コンピューターを立ち上げ作業を始める。

シエルは隣の椅子に腰掛け、後ろを向く。

なんとなく、画面を覗かない方がいいと思った。


部屋の灯りはちゃんと点いていなかったが、コンピューターの画面の明るさだけで、そこは十分だった。


キーボードの音が無機質に響く。


それ以外に音は何もない。


シエルも、ゼロも、互いに何も言わない。


二人は沈黙の中。



ふと、シエルは扉から覗いているサイバーエルフ達に気づく。


「おいで」と手で呼んだが、ニヤニヤと笑いながらどこかへ行ってしまった。


シエルにはよく意味が分からなかった。






「ここにいるレプリロイドは、全員、[非戦闘型]だな?」


「!」


急に切り出された問いに、シエルは驚く。

ゼロはキーボードを叩き続けている。


「…どうして分かったの?」


「どいつもこいつもマヌケ面してた」


「…そんなことで…?」


「そ。そんなことで」


シエルは呆れる。が、彼の言っていることはある意味で正しい。

戦闘型レプリロイドは、非戦闘型には無い、少し鋭い雰囲気がある。

レプリロイドの持つ感情と、戦闘型としての自覚により発せられる雰囲気。


当然、ゼロも持ち合わせていた。まるで研ぎ澄まされたナイフのような。ただ、彼はその収め方も心得ているようだった。



「…本当に一人で戦うの?」


「嘘言ってどうする」


尚もキーボードを叩き続けながら答える。


「まあ、あのお坊っちゃんの作戦やらにはある程度付き合うさ。あてもなく戦い続けるよりはマシだしな」


「…仲間はいらないの?」


「仲間?」


一旦手を止める。画面に出ているものをチェックしているらしい。


「足手まといにしかならんヤツらを仲間なんて言うかよ」


「まだ分からないじゃない。…足手まといになるかどうかは…」


「…お前は、あいつらに死んでほしいか?」


「!?」


さっと、シエルはゼロの方を振り返る。

しかしゼロはシエルの方を見ない。

相変わらず画面を眺めている。が、口元は嘲るように歪んでいる。


「イヤなら『やってみなきゃ』なんて月並みな事は言うなよ、小娘。――――“やってみたら”確実に何人かは死ぬ」


「…あなた一人なら大丈夫なの…?」


「死んだとしても、俺一人だ。…まっ、死ぬ気は無いけどな」


「…その自信はどこから?」


「経験から」


「記憶が戻ったの!?」


シエルはまた驚く。

しかし、ゼロは平然としたまま、またもキーボードを叩き始める。


「戻ったも何も、消えて無くなったワケじゃない」


「…えっ…?」


「記憶データを明確に引き出すことはできないが、“それ”は確かに俺の思考回路に反映されてる。だから分かるのさ」


記憶されたものはデータとして、思考、行動、言動に反映される。

レプリロイドらしい話だ。



――――…でも…


確かにゼロの言うとおり、彼の様な戦士にとって白の団のメンバーは足手纏いでしか無いのかもしれない。

だが、たとえそうだとしても…


「…ちょっと貸して」


シエルはあることを閃き、ゼロからキーボードを奪う。


「おい、小娘!」


「すぐだから!……あなたに見ておいて欲しいものがあるの」


「仕方ない」と肩を落とし、ゼロは画面を眺める。

二十四桁のパスワードが二度打ち込まれ、ファイルが開かれる。


「これは……?」


そこに現れたモノは、なにかの設計図のように見えた。


「ネオ・アルカディアの研究者達は、『現在使われているエネルギー資源、[エネルゲン水晶]はあと五十年足らずで掘り尽くされてしまう』という結論に達したの」


過剰なレプリロイドの処分、生産、そして人間たちの生活にかかるエネルギー。

鉱物資源であるエネルゲン水晶の量に限度があるのは当然のことだが、現代の営みに欠かせないものとなってしまった以上、それはただ数を減らしてゆくのみ。

エネルギー増幅装置などで寿命を延ばしたとしても、いつか必ず資源は底をつく。


「…政府が研究者達に下した指令は、[無限エネルギー循環システム]の開発」


資源が底をつくとしても、エネルギーが無限に循環しさえすれば、確かに問題は無い。しかしそのような発明が実際に有り得るのか…。


「夢物語だろう…」


「そうね。……でも、無限とまではいかなくても限りなくそれに近いエネルギー循環システムを考案できれば?」


地球の寿命まで保つことのできるエネルギー循環システムができたならば、それで十二分に事足りる。

そこまでいかなくとも、もしかしたら地球復興を成し遂げた後、新たなエネルギーを発見する可能性もあるかもしれない。


「…未来へと望みを託すためのキッカケでも良い。研究者達はその志の元、今もシステムの開発に勤しんでいるの」


「それで……これは…。……まさか」


シエルが言わんとしていることを理解した。



「そう、これが私の設計した[準無限エネルギー循環システム]――――[システマ・シエル]よ」


ゼロは驚きのあまり声が出せない。


「――――とは言っても未完成なんだけど…ね」


少しはにかみながら、シエルはそう付け加える。だが未完成とはいえ、たった十四歳の少女がこれほどの大発明を成し遂げようとしているのは十分賞賛に値するものだ。


「…なぜこれを俺に?」


そんな大研究をわざわざ自分に見せた理由が分からない。そう尋ねるゼロに、シエルは少し言葉に迷った後、正直な気持ちで答える。


「あなたは強い。人間の“小娘”なんかじゃ到底敵わないほど。そして、私は誰よりも非力…」


非戦闘型レプリロイドといえど生身の人間の少女一人に比べればはるかに強い。


「けれど、私は無力じゃない。この発明こそが、非力な私の唯一にして最大の武器。ネオ・アルカディアに対抗するための。これが私の“剣”」


ネオ・アルカディアの研究者達が手こずっている研究を誰よりも早く完成させ、レプリロイドの権利要求とともに突きつける。

人間の未来とともに、レプリロイドの未来を勝ち取る。そのための“剣”。


「…だが、相手はその交渉を易々と受け入れるか?」


「だからこそ、エルピスは白の団を結成してくれた」


こちら側が優勢になるまではいかなくとも敵の戦力をある程度削ぎ、動揺を与えれば、交渉は有利に進められるはずだ。


「本当は、誰にも傷ついて欲しくなんかない。白の団の仲間にも。ネオ・アルカディアの人達にも…」


命を奪いあうことに、正義などありはしない。そして争いからは必ず悲しみが生まれる。彼女にとって、それはなにより耐えがたい苦痛だった。


「けれど、私は戦うと決めた。私なりの方法で。私にできることをやろうと決めたの。そんな私に、白の団のみんなは願いを託してくれた」


「未来」と言う名の願いを、少女の“剣”に託した。


「そして、ずっと命懸けで戦ってる」


いつか願いが叶うようにと。


いつか見た未来が、現実のものになるようにと。


「だから、お願い。ゼロ。みんなを悪く言うのはやめて。……あなたからすれば、確かに足手纏いになるかもしれない。けれど、みんな本当に命懸けで戦っているの!『レジスタンスごっこ』なんかじゃないわ!真剣なの!必死なのよ!――――だから…」


抑えていた気持ちが一気に溢れ出す。

だが、シエルは一旦呼吸をおき、なんとか自分を落ち着かせる。


「『役立たず』って言う言葉だけでも撤回して」


決して、誰一人として無駄な者はいないのだ。



「命懸ければなんとかなるってんなら、世の中もうちょっとマシだろうさ」


シエルが真摯に言葉を尽くしたにも関わらず、ゼロは冷淡な言葉を返しながらさっさと画面へと向き直り作業を再開する。


「ゼロ…!」


「別に、本気で役立たずだと思っているわけじゃあない」


突然の弁明に、シエルは驚いた。だが、そこには謝罪の念は含まれていない。


「ただ、戦う力の無い者が“徒党を組めばまともな戦争ができる”と勘違いしているのが、俺としては気に食わなかっただけだ」


あのホールで見た集団はエルピスと言うリーダーに付き従い、軍隊のような体を装うことで、“まともな戦争”ができると思い込んでいるように見えた。

自分たちの非力さを認識せず、ネオ・アルカディアと言う国と“それなりの戦い”ができるだろうと誤解をしている。そして、「伝説の英雄」が来たことで、その勝利は確実なものであると妄信し切っていた。

極端に言えば慢心。個ならば感じることの無いそれを、集団となり、一つのチームとなることで皆得てしまっていた。


己に向けられた視線からゼロはそれだけのことを読み取ってしまったのだ。


「『希望を持つな』とは言わない。だが、“希望に酔う”のだけはやめろ」


希望はあくまでも希望であり、決して自身の力を強くしてくれるわけではない。

己の非力さを理解していない者が志だけでどうにかできるほど、戦争は甘くないのだ。


そう伝えるゼロの言葉は、シエルにはとても重く聞こえた。


「……それでも、言い方があるでしょ」


「至極分かりやすい言い方をしたつもりだが?」


シエルが食い下がろうとするも、ゼロはあっさりと、そして厭味ったらしく言葉を返す。「フン」と鼻で笑いながら。


「お坊っちゃんにも言ったが、馴れ合いをする気はないからな、俺は」


「…馴れ合いなんて…」


「それに…」


突然言いかけて、キーボードを叩く手が止まる。

言葉が続かないことを不思議に思い、シエルはゼロを見つめる。

画面を向いていたゼロの顔も、ゆっくりと彼女の方を向く。





「ここにいる全員の期待を背負えるほど、俺の背中は広くない…」





見つめる瞳。


交差する視線。



――――沈黙。





「――――なんてな」


まるで誤魔化すようにそう言って、ゼロは画面に向き直る。

けれど、シエルは彼の横顔を見つめ続けていた。







「さてと」


しばらく経って、ゼロが立ち上がる。


「どうしたの?」


「ちょっくら出掛けてくる」


「どこに?」


「おいらの旧居」


「へっ?」


おどけた風に言うゼロだが、シエルはそれを相手にしない。扉に向かい歩き始める彼を真剣に説得しようとする。


「駄目よ。危ないわ」


「あんな所に敵さんがいつまでもいるワケ無いだろ。あそこには戦略的価値が無い。」


封印されていたゼロ本人があの場にいないとなれば、確かに、あの遺跡自体には何の意味も無い。わざわざ部隊を送り込んでくることも無いだろう。


「それに、たった一体のレプリロイドをいちいち相手にしてたら、敵さんもキリが無いだろ」


「…それはそうだけど…。…でも、どうして急に?」


遺跡自体には何の意味も無いというのはこちらにとっても言えることだった。だが、ゼロは決して冗談で言っているわけでは無いらしく、彼の眼も真剣そのものだった。


「ここのコンピューターからじゃ、あそこのデータベースにアクセスできない」


「データベース…?」


「あそこにはカプセル以外に仕掛けがあった気がする」


「『気がする』…って、確かじゃないのに!?」


シエルは余計不安を感じ、なんとしてもゼロを止めようとしたが、聞き入れてもらえる様子は無かった。


「落ち着けよ、小娘。…まあ、言わせてもらえば――――」


「?」


ゼロは扉の前で立ち止まり、シエルの方に顔だけ振り返る。

そして、着ている団服をつまみながら、苦笑交じりに言う。




「この緑ぃのはしっくりこねえのさ」






ゼロが部屋から出た後も、シエルはしばらく扉を見つめ、その場に突っ立っていた。




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