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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
離別編
121/125

22   [F]



――――  6  ――――



何かを企んでいるような気配どころか、殺気の欠片も感じ取ることが出来なかった。それ故に、完全に不意を衝かれてしまった。この廃墟の周囲は、既に烈空軍団の一部隊により包囲されている。オレクの密告によって。


「何故なんだ……オレク」


ゼロは、思わず問いかける。

この短い付き合いの中でも、彼の中には憎悪の欠片も無いことは明白であったし、それどころか互いに親しみすら覚えていた筈だ。

良き関係を築いていたはずだ。それなのに何故、彼が自分の眉間に銃口を突きつけているのか、ゼロには全く理解が出来なかった。


「さっき言ったとおりだ。……俺はまっとうに生きて……“幸福”になりたいんだ。……ナタリオと一緒に」


そう言う彼の声と、エネルギーガンの柄を握る手は僅かに震えていた。

その時、ゼロは一つ理解した。今、彼が銃口を向けているのは決して憎悪や悪意といった感情のせいでは無い。――――ただ“少しでも幸福に生きたい”という願いだけが彼を突き動かしているのだ。


「……こんな場所にいつまでも居られるわけがないんだ」


こんな寂れた廃墟に居続けたところで、それは“真っ当な生き方”ではない。

オレクは言葉を続ける。


「あんたを捕らえて……討ち取って……そうすれば俺は“英雄”になれる。そうすれば…ナタリオと一緒にネオ・アルカディアで真っ当な暮らしを送れる」


それくらいの功績がなければ、あの最終国家の中で平凡なレプリロイドが幸福に暮らすことなど不可能だ。そのことを、オレクはよく理解していた。

だから決断した。ゼロを差し出すことで、己の幸福を得るのだと。

決して恨みからではない。それは間違いない。それどころか、ゼロが思っているとおり、友情すら感じていた。

だがそれ以上に、大切にしたいものがあった。守りたいものがあった。――――ただ、それだけだ。


「来るな、ナタリオ」


物陰から姿をのぞかせるナタリオに、オレクは震える声でそう言う。

奥で眠りについていたナタリオは、突然の騒ぎに起きてしまったのだ。傍にはレルピィも飛んでいる。


「早まるんじゃない……オレク」


ゼロは説得しようと口を開く。だが、オレクは「黙れ」と声を荒げる。


「これ以上何も言わないでくれ。頼む。何も聞きたいくない!何も話したくないんだ!」


これ以上言葉で遣り取りを続ければ、決心が鈍ってしまう、それを感じていた。

しかし、事は既に動いているのだ。烈空軍団はスナイパーで周囲を囲み、突入の構えも見せている。もう後戻りなどできない。

歯車を回し始めたのが自分である以上、迷い、立ち止まる訳にはいかない。だから、これ以上ゼロと言葉をかわしたくはないのだ。


「こんなことをしたところで――――…」


「黙れと言ってるだろう!!」


声を更に荒げ、銃口をゼロの眉間に強く当てる。

物陰から見守るナタリオの視線が、突き刺すように感じられた。だが――――いや、だからこそ、彼と視線を合わせることもできない。


「……なら、そのまま撃てよ」


再び制そうと口を開き、オレクは言葉を失った。「撃て」と確かにゼロは言った。


「ダーリン!」


レルピィが悲痛な叫び声を上げる。それをいつも通り、ゼロは「喚くなよ」と冷静に抑える。

そのままオレクを睨む。


「…お前の気持ちは分かった。それなら、そのまま撃てばいい。幸福をつかめばいい……」


そう言ってから、「できるものならな」と付け加えた。


オレクは気づいた。ゼロの目には決して諦めの色は浮かんでいない。

この万事休すの状態で、冷静なまま、構えている。そのまま躱す自信があるのかもしれない。根拠は知れないが。

オレクは奥歯を噛み締める。――――しかし、それでも引き金を引けない自分がいる。


「紅いイレギュラー!降伏せよ!!」


烈空軍団からの勧告が再び行われる。

猶予はもうないだろう。しばらくすれば痺れを切らした彼らも突入を始め、この場所は戦場になる。ナタリオまでも巻き込んで。


「俺…は………」


秤にかける。

大切な物を左右の皿に乗せ。できるだけ幸福に近づける方を選択する。

そうだ。――――例え、卑怯者となろうとも。大切な息子から軽蔑されようとも。

掴むべきものがある。守りたいものがある。


その為に回した歯車。後戻りはできやしない。

そして、決断する。



言葉にならない咆哮を上げ、引き金を引く。ゼロの眉間に向け。




「!?」


だが、そこに横切る一瞬の怯えと躊躇いが身を強張らせる。その一瞬の隙を、ゼロは見逃さなかった。

そのまま伸ばした腕を掻い潜るようにして、オレクに飛びかかり、押し倒し、抑えこむ。――――すると、放たれたエネルギー弾が壁に当たり、僅かな衝撃が起きる。ボロボロの棚に置いてあったボールが僅かに揺れ動き、そのまま落ちた。


「――――…ぁ…!?」


小さく声を上げると、ナタリオは走りだしていた。

ボールは傾いた床の上を加速しながら、出口の方へと転がってゆく。サーチライトに照らされた、道の方へ。

ゼロに抑えこまれながら、それに気づいたオレクが静止の声を上げる。


「ナタリオ!駄目だ!」


だが、その時既にナタリオは廃ビルから通りの方へと出ていた。――――父から貰った大切なボールを追いかけて。

サーチライトに少年の姿が照らされた刹那のことだった。



一瞬の内に響く、十数発の銃声。飛び散る肉片と擬似血液。








そのままグチャリと生々しい音を立て、ナタリオの亡骸は崩れた。


「――――レッドリーダーより各員。どいつもこいつも手柄を急ぎすぎだ。あれじゃ確認がとれんぞ」


通信機を口に当て、烈空軍団員が状況を部下に伝える。

「チッ」と舌打ちをして、部下の一人が返答する。


「見てました。ガキのイレギュラーですよ。全く紛らわしい」


そう言って、憂さを晴らすように再びライフルの引き金を引く。弾は転がっていたボールを正確に撃ちぬいた。


その光景を、ゼロも、レルピィも、オレクも、ただ唖然と見つめていた。

そして衝動のまま、力の抜けたゼロを跳ね飛ばし、オレクが叫ぶ。


「 ナ タ リ オ ぉ お !」


そのまま地を蹴るオレク。「待て!」とゼロが腕を掴むが、それを振りほどき、走りだす。息子の名を叫びながら。


サーチライトの中に、再び現れる人影。烈空軍団の一人が功を焦ってか、素早く引き金を引く。その銃撃はオレクの右肩を砕いた。


「オレク!戻れ!」


「ダメよ!ダーリン!」


オレクを連れ戻そうとするゼロの視界をレルピィが遮る。


「今出たらダーリンが撃たれる!」


「邪魔をするな!」


声を荒げるゼロ。それでも尚、レルピィは退かない。

その向こう側で再び響く二発目の銃声。今度はオレクの腹部が貫かれる。


「どくんだレルピィ!」


「ダメよ!行っちゃダメ!」


堪えきれずゼロは吠える


「こ の ま ま じ ゃ 救 え な い だ ろ う !! 」


気圧され後ずさるレルピィ。だが、その怯えたような表情を見て、ゼロは我に返る。

彼女の言うことが正しい。このまま外に出れば、敵のスナイパーにより蜂の巣だ。衝動のまま飛び出したところで、オレクの二の舞だ。

幸い、オレクは生きている。標的ではないレプリロイドを撃ったことで、敵が最初の時より慎重になっているのだ。

歯を食いしばり、ようやく堪えるゼロ。ふと思いつき、レルピィが「任せて」と声を上げ、廃墟の奥へと急いで戻っていった。



「ナタ……リオ………?」


血溜まりの中、オレクは地に伏せたままナタリオ“だったもの”に手を伸ばす。


「…ぅ……ぁぁ………ナタ…リ…オぉ…!」


無残な姿に成り果ててしまった。

暫くの間、ともに暮らした少年のレプリロイドは。息子と呼び、慕った少年は。「父さん」と朗らかな声で呼んでくれたただ一人の“息子”は。

もう、あの呼び声は聞こえないのだ。


直ぐ傍に、あのねずみの玩具が転がっていた。

事切れたように、それは虚しく転がっていた。


背中のネジを回す者はもういない。



それはもう、二度と動くことはない。




三度鳴り響く銃声、オレクの左足が貫かれる。

体中に走る激痛。だがそれ以上に、胸の奥が苦しい。暗い渦のようなものが、ドロドロと唸りを上げているのが分かる。


悲しみと絶望が、押し寄せているのが分かる。



四度響く銃声。だがそれはライフルのものではない。

廃墟の奥からエネルギー弾が放たれる。そして、オレク達の直ぐ側にあった瓦礫を粉々にする。巻き起こる粉塵。


「何が……?――――ライドチェイサー!?」


烈空軍団員が驚きの声を上げる。

廃墟の中から、一台のライドチェイサーが現れる。そして、ライドチェイサーはその場でエネルギー弾を四方に乱射し、瓦礫を砕き、粉塵を巻き上げる。そして、自らもその場でスモークを噴出する。


「クソ、やられた!各員突入!」


通信機に向かって吠える。

その間、既にゼロは粉塵に紛れながら、オレクたちに駆け寄る。そして、オレクの身体を持ち上げる。


「待……って…………ナ…タ…リオ…」


オレクが耳元で呻くように懇願する。たった一人の大切な相手をここに放置してゆくことなどできない。

その気持ちはゼロの心を抉る。だが、あくまでも冷静に答える。


「……無理だ。あれは…もう」


ひと通りカモフラージュを仕掛けたエル・クラージュ――――レルピィが戻る。そして、ゼロはオレクの身体を担いだまま、跨り、ハンドルを握った。

少年の亡骸をそこに置いたまま、走りだすエル・クラージュ。オレクは最後まで、手を伸ばし続けていた。しかし、想いも虚しく、その遺骸から遠く離れてゆく。


少年の傍らに残ったのは、ただ一つ。

あの日、大切な父から貰った、もう二度と動くことのない、ぜんまい仕掛けのねずみの玩具だけだった。





















―――― * * * ――――



男の生首が宙を舞い、そのまま地を転がる。


「……ご無事ですか、レオニード様」


振りぬいたビームサーベルを腰に戻し、アレクサンダは自分の主の安否を確かめる。


「問題ない、アレクサンダ。ありがとう」


「フッ」と軽く笑い、レオニードは労いの言葉をかけた。そしてまた、ほぼ同時に男の腹部を貫いたフリザードにも、「君もありがとう」と頭を下げる。


「暗殺とは…な」


バイルも、安心したように息をつき、呟く。


「ええ………まさかこの場所で襲われるとは思いませんでした」


元老院議長の椅子に座った以上、こうした事件が何時起きても不思議ではないということくらい、レオニードも心得てはいた。

だが、そもそも彼らがこの場所に訪れることは、それ程公にしてはいない情報だ。それを掴んだというのだから、余程身近な相手か、それとも優秀な情報屋を傍においているかだ。


「バイル卿の部下にも、手を煩わせてしまい……申し訳ない」


「いえ、お気になさらずに」


改めて頭を下げるレオニードに、フリザードは慌てる。


「それに……私よりもアレクサンダ…殿の方が早かったようでしたから」


フリザードはそう言って、アレクサンダの方を見る。彼は軽く会釈をするだけだった。

正直なところ、フリザードはアレクサンダの俊敏さに驚いている。

男の衣服を見る限り、研究者に紛れてこの場所に足を踏み入れたのだろう。

フリザードは一瞬、この男を殺すことに躊躇った。当然だ。――――相手は“人間”なのだ。

ネオ・アルカディアに生まれたレプリロイドである以上、人間を殺すということに僅かでも躊躇いを見せないものなどいない。例え、バイルの命であろうと、フリザードは一瞬の隙を見せてしまうだろう。

だが、アレクサンダは違った。刹那の躊躇いも、迷いも見せること無く、ただ冷静に刃を振りぬいた。“殺す”という選択肢以外持ち合わせていなかった。


後に、どれだけの処罰を受けようと、レオニードという主を守るためならば構わない。――――そう言う揺るぎない意志を、フリザードは感じとった。


そう思いながら、あまりにも冷たい彼の横顔を見つめると、背筋に悪寒のようなものを感じずにはいられなかった。


レオニードは男の亡骸に近寄り、膝をつく。

ポケットの中を探り、IDを取り出し、名前と身分を確認する。研究員であると記されていたが、おそらくは偽造だろう。

そのまま、他に手がかりはないかと探る。――――と、あることに気が付いた。思わず「バカな」と声が漏れる。


「どうした?」


バイルの問いかけに、レオニードは苦笑とともに答える。


「この男、レプリロイドです」


「………なに?」


この場所は、万が一にもイレギュラーが侵入することなど無いように、強力なセキュリティを張り巡らされていた。

だが、この研究員に扮していた男は、紛れも無いレプリロイドであった。

上半身の服を捲り上げ、確認する。男は人機判別撹乱スーツを纏っていた。


「レジスタンスが開発したものか……」


「確か、黒狼軍が最初でしたか。どうやらその改良版ですね」


肌への密着度や、手触りで分かるその材質などから、更に精度が上がった撹乱スーツであることが分かった。おそらく他にも何か仕掛けがあるのだろう。

とにかく、この男は最新の対策機器を使い、セキュリティを突破し、暗殺に備えたのだ。


「……黒狼軍の下部か?」


「まさか。“彼”もそこまで“愚か”ではないと思いますが……。――――おそらくは、政敵でしょう」


対立する陣営の仕業に違いないと、レオニードは断定した。

正直、彼の興味を引いたのは、その男が何者であるかという以上に、その男がレプリロイドであったという事実の方だ。


「こうして間近で確認するまで、私にも分かりませんでした」


「そんなものだ………」


レオニードの声に、バイルは軽く答える。

そして更に、言葉を続ける。


「人間とレプリロイドなど……所詮その程度の違いだ。大した差などありはしない。――――その“愚かさ”から何まで…な」


バイルの言葉を聞きながら、ただ一人、少女だけが風に吹かれる白い花を見つめていた。

花はただ、ゆらゆらと優しく揺れていた。





















―――― * * * ――――



廃墟から離れ、エル・クラージュを走らせ続ける。

どこまでも広がる虚しい荒野の真ん中で、背にもたれかかるオレクが、声を振り絞る。


「……どうし…て……」


「もう…喋るな」


ハンドルを握り、ゼロはただそう言う。だが、オレクは尚も問いかけ続ける。


「………どうして……なんだ……」


誰に向けたわけでもない、果てない問い。


――――どうしてだ


多くを望んだつもりはない。

ただ幸福を願っただけだ。卑怯であったことは認めよう。どれだけ軽蔑されようと構わない。

けれど、これほどの仕打ちを受けねばならないほどの罪であったのか。

あんな寂れた場所から抜け出したいと、そう思っただけだ。それがそこまでの罪だったのか。


“幸福”を求めたことが、それ程までに罪だったというのか。


しかし、それならばどうして、あの少年が死ぬのだ。

何も知らないまま。どうして彼が死ななくてはならなかったのだ。

ただ、世界の片隅で、細々と生きていただけだというのに。

誰かを殺めたこともないあの少年がどうして。


何故、この世界はこんなにも、残酷で。

それでも時は過ぎてゆくのか。



「どう…し…て…………ナタリオ…」


「お前たちは……何も悪くない」



オレクの問いに、堪えきれずゼロは答える。

だが、明確な答えを、彼もまた持ちあわせてはいなかった。



「それでも……こうなってしまったんだ。それだけだ…きっと」




それ以上、言葉は交わされることはなかった。

ゼロは気づいた。自分の背中にもたれ掛かる男が、静かに逝ったその瞬間に。

救えなかった者の温もりが、消えてゆくことに。




それでもただ、荒野は続く。

薄紫色の朝焼けに照らされる、遠い空の向こうまで。






















NEXT STAGE






    殺戮舞台


















6/18……Waffle for Chapter更新

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