1 [D]
―――― 4 ――――
気がつくと、一番会いたかった人の顔が瞳に映った。
「…s…エ…ル…」
「ミラン…」
右手に優しい感触。
気がつくと、一番大切な人の温もりがそこにあった。
「ありがとう…ミラン…」
最期まで、命を懸けて護ろうとしてくれた。
シエルの感謝の言葉に、僅かに首を横に振るミラン。
「お…れい……は…い…r…ない…」
――――感謝したいのは、俺の方だよ…
自分の存在を認めてくれた。
何度も立ち上がる勇気をくれた。
一番会いたいときに会えた。
気がつくと、一番大好きな人の涙が頬に流れ落ちていた。
「…やく…そ…く…して……k…れ…」
「?」
とぎれとぎれの言葉でも、なんとか伝えようと、ミランは最期の力を振り絞るように話し始める。
「…つく…って…く…れ…――――」
未来を
見せてくれ
誰もが笑顔で暮らせる優しい未来を
人間とレプリロイドが手と手を取り合い暮らす
温かい未来を
連れて行ってくれ
みんなを
いつか誰かが夢に見たような
いつか誰もが望んだような
[懐かしい未来]へ
「…お…れ……は……ずっと……」
――――見守っているから
「…約束する…。約束するよ…ミラン」
絶対にみんなを連れて行く。
どんな困難にぶつかろうと
もう二度と、決して諦めない。
「…ミラン…」
「…………シエ…ル…」
残った僅かな力を振り絞り、願う。
「……シエル…笑って…」
微笑むミランの瞳に
最期に映ったものは
何よりも優しい笑顔だった。
「……小娘…」
「待って…ちょっとだけ」
男の呼びかけに、シエルは背を向けたまま返事をする。
涙を拭い、息を吸い、心を落ち着かせる。
「…大丈夫。大丈夫よ…」
そう言って、シエルは振り返る。
泣いた跡がはっきりと赤く残っているが、シエルは力強い眼差しで男を見つめる。
「ありがとう、ゼロ」
「…礼なんざいらないよ」
「ふっ」と笑って歩き出す。その背中を見つめるシエル。
「…本当に良いの?」
はじめは渋っていた男が、今は自然と協力する流れになっていることに、シエルは少し心配になった。
先程のような戦闘よりさらに厳しい戦いが待っているだろうことは容易に想像できる。彼のこれからを思うなら、断られてもおかしくはない。
だが、男は苦笑交じりに答える。
「“乗りかかった船”ってやつさ。どの道、この場所だって快適な塒とは言えなくなったしな」
遺跡警備隊を敵に回した今、ネオ・アルカディアの増援が来てもおかしくはない。この場所での安眠はもう期待できないだろう。
「さ、行こうぜ。いつまでもぼっとつっ立ってるワケにはいかないだろ」
先へ進まなければならない。
大事な願いを託されたのだから。
「うん」
シエルもまた、彼の後ろについて歩き出す。
「ちゃんと寝床は用意してくれるんだろうな?」
「もちろん。…快適とまでは言えないかもだけど」
苦笑いを含みながら冗談めかして答える。
そんなやりとりの後、ふと男が立ち止まる。
振り向かないまま、男が口を開く。それまでとは打って変わって真剣に。
「…もしも…」
「……?」
「もしも俺が…お前の言う[ゼロ]ってのじゃなかったら…どうする?」
突然の問い。場に緊張した空気が流れる。
「……」
シエルは男の背中をじっと見つめてから、ほんの少し目を閉じる。
そして、数秒も経たないうちに答えを見つける。
――――そんなの…
「決まってるじゃない」
「?」
男は振り返る。
真っ直ぐ向けられた少女の瞳に、迷いは無い。
「あなたが何者であろうと、私にとって、あなたはもう[ゼロ]なの」
「……」
揺らぎの無い、心からの答え。
「だから、あなたは[ゼロ]よ」
屈託なく笑って答えるシエルに、男は呆気にとられる。
やがて理解するとおかしそうに「フフ」と笑った。
「…後悔すんなよ」
「しないわ、絶対に」
その言葉を聞いて
ニヤリと笑って
「ゼロ」は答えた。
「させねえけどな」
―――― * * * ――――
管制室にはもはや誰もいない。
先程まで動いていたはずの者たちは、物言わぬガラクタと化していた。
部屋中に散らばる疑似血液。漂う特有の匂い(死臭と呼んで良いのだろうか)。
そこにはもはや“誰もいない”。
そして
静寂に満ちた廊下を
黒い影が通る。
まだまだゲームは始まったばかりなのだ。
NEXT STAGE
星に願いを
夜空に問いを