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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
離別編
119/125

22   [D]






今よりもずぅっと昔のことじゃ


救世主さまがネオ・アルカディアを作ったばかりの頃、ワシは小さなパン屋で働いておった


その頃はまだ、レプリロイドへの風当たりもそこまで強くはなくての


近くの学校にパンを届ければ、子供たちが笑顔で迎えてくれたり


店に来るお客さん達とも、まるで友のように言葉をかわしたり


とにかく幸せな毎日が続いておった





さてさて


そのパン屋にとある少女が通うようになった


ワシの名前を覚えてくれたようで


「アンドリューさん、こんにちは」


「アンドリューさん、ありがとう」


「アンドリューさん、さようなら」


と礼儀正しく挨拶をしては、お礼もしてくれて


ワシはどんどん仲良くなっていった



数年経つと、少女は素敵な女性に変わっていった


いや、成長していったと言った方がいいのじゃろう


とにかく、可憐だった少女は、麗しい美女へと育っていったのじゃ



ある時のこと、彼女はワシに、自分の想いを伝えてきた


ワシは…そりゃもう昔はイケメンのレプリロイドじゃったからのう


そんなことは日常茶飯……というわけではなかったが………



ゴホン



……彼女の気持ちに、ワシもまた、同じ想いであることを伝えた


彼女は瞳を潤ませて、ワシを抱きしめた


ワシもまた、彼女を抱きしめた



それからの毎日は……生きてきた中で一番幸せな時じゃった


隣を見れば彼女がいた


手を伸ばせば繋いでくれる手があった


本当に愛おしい相手が、ずっとそばに居てくれたのじゃ



ワシは、最高に幸福な時を


最高に大切な人と過ごしたのじゃ





それから十数年が経った


彼女は少しずつ歳を重ねていった


初めはさほど気にしておらんかったが


いつまでも変わることのないワシの姿を見ては


ため息をついた



ワシもまた、ともに歳を重ねられないことが悲しくなってきた




そこで、ワシは人間の親友に頼み込んだ


「歳をとりたい。とらせてほしい」


「彼女とともに、少しずつ老いていきたいんだ」


――――と


親友は快く引き受けてくれた



それからワシの身体は数年ごとに皺を刻んでもらい


人工筋肉を減らしてもらい


骨格を歪めてもらっていった


視力も弱めてもらい


毛髪も脱色していき


禿も作り


人間のように年老いていった



そうして、ワシは彼女とともに歳を重ねていった



横にいる彼女も、初めは戸惑っておった


けれど、「共に歩んでいきたいのだ」とワシが伝えると



互いに想いを伝え合った時のように


瞳を潤ませて、ワシを抱きしめた


ワシもまた、強く彼女を抱きしめた





それから数年


彼女に最期の時が来た


寿命というやつじゃ


弱り果てベッドに横たえた彼女を見つめ


ワシは迫ってくる寂しさに胸が苦しくなった


すると彼女の手が、ワシの手を握ってきた


そして言ったのじゃ


「いつでも傍にいます」と



それが最期の言葉じゃった


ワシは泣きたかった


彼女の亡骸を抱きしめて


涙を零したかった



けれど泣けなかった


彼女のために泣きたかったのに



涙はついに流れてくれなかった




レプリロイドは涙を流せない


それは仕方のないこと無いことじゃ





ワシは暫くそのことを悔やんだ



じゃが



今ではそれで良かったと思っておる





なぜなら




最後まで泣くことができなかった代わりに



互いに微笑みを交わし合って



別れることができたのじゃから

















――――  4  ――――



「……すてきなお話ね」


全てを聴き終えた後、子供たちの輪の中で、アルエットがぬいぐるみを抱きしめながら素直な感想を零した。

「そうね」とセラもまた、アルエットに同意した。何人かの子供たちも頷く。

しかし、アークが「俺は哀しいな~」と口をとがらせる。


「最後に恋人が死んじゃうなんて、それは哀しいよ」


「……ちゃんと最後まできいてたの?」


セラに睨まれ、アークは「聴いてたよ!」と焦りながら答える。

その様子に、アンドリューは「ホッホッホッ」と微笑ましそうに笑う。


「感想は人それぞれじゃ。みんながみんな同じ考えでは、世の中つまらんからのう」


「僕は大変興味深いと思いましたよ!」と後ろの方で聞いていたイロンデルが口を挟む。


「まさかアンドリューさんがそんな素敵な理由で、その姿になっていたとは!……むっ。また一ついいポエムが書けそうだ!」


そう言って身を翻し、駆け足で自室へと戻っていった。


「でも……わたしはアークの感想もわかるよ」


アルエットが突然口にする。


「やっぱり……ずっといっしょにいられたら……そっちの方がいいもん」


そう言って、再び強くぬいぐるみを抱きしめる。

心のなかにはシエルやゼロのことを思い浮かべていた。

そんなアルエットの頭を、アンドリューが優しく撫でる。


「確かにそうじゃ……。けど……“出会い”があるから“別れ”があるように。“別れ”があるからこそ、残るものもあると思わんかの?」


「『“別れ”があるからこそ、残るもの』……?」


さっぱり分からないというように、アンドリューの顔を見る。

アンドリューは、「うむ」と頷いてみせる。


「少なくとも、その“別れ”があったから、お前さんたちにこの物語を伝えることができたのじゃからの」


もしもその“別れ”が無かったならば、きっと今の“アンドリュー”はここにはいない。

こうして、子供たちに“おはなし”を聞かせてくれる優しい老人型レプリロイドは存在しなかっただろう。


「……うん…そうだね」


アンドリューの言葉に、僅かばかりの切なさを感じながら、アルエットは優しく微笑んだ。















―――― * * * ――――



三日目の昼頃。

エル・クラージュを整備するゼロのもとに、ナタリオが何やら手に持って近づいてきた。そのまま手を差し出す。

その中には、ぜんまい仕掛けのねずみの玩具があった。


「どうした?」


目で促されるまま、ゼロはそれを手に取る。

そして背中のネジを回してみる。だが、ねずみは動かない。


「……こわれちゃったんだ………」


ポツリと寂しそうに呟く。


その玩具もまた、オレクが廃墟の中から見つけて、ナタリオにプレゼントしたものだった。

暫く遊ぶ内に、動かなくなってしまった。きっとオレクにはなかなか言い出せなかったのだろう。


「任せな」


そう言って、ゼロはねずみの玩具を眺める。

そして、工具を使って慎重に中身を開いた。一瞬、ナタリオは戸惑いの表情を浮かべたが、じっと堪えた。


「歯車に小石が挟まってんな」


荒れた場所で遊んでいたせいだろう。ゼロはピンセットを使い、小石を除去する。

それから再びカバーを閉じ、数回転ほどネジを回した。

すると、今度はカタカタと軽快な音を立てて動き出した。


そのまま地面に置くと、まるで本物のように走り出し、暫くしたところでゆっくりと動きを止めた。

ナタリオは笑顔でその玩具を拾い上げる。


「ありがとう、おにーちゃん!」


殊更大きな声でお礼を述べ、そのまま笑顔で去って行った。


「『おにーちゃん』だってさ」


意地悪そうに笑いながら、レルピィが言う。


「まあ、悪くないな」


「本当は“おじいちゃん”なのにね」


「うるせーやい」と頬を緩ませながら、再び工具を手に取る。


「ところで、ダーリン。いつまでここにいるつもり?」


ここに来てから二晩も過ぎている。

レルピィとしては、早くこの寂れた廃墟群から抜けだして、屋敷へと戻りたい。

ゼロもそのことには気づいているらしく、ある程度予定は立てていた。


「そうさな……今晩か、明朝には出るつもりだ。まあ、夜の方が身を隠せていいとは思うが」


追われている身でもあるのだから、できる限り安全に出てゆきたい。

もしもの時は、ここにいるレプリロイドたちにも迷惑をかけてしまう筈だ。


「うん、オッケー。じゃ、そういうことで」


予定が定まり、レルピィも安心したようだった。

そう言いながらも、少しだけ寂しさがゼロの胸に募る。

僅かに自嘲を浮かべ、エル・クラージュの車体を再び調整し始めた。












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