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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
離別編
118/125

22   [C]



――――  3  ――――



蹴り飛ばしたボールが思ったよりも遠くに転がり、ナタリオは走って追いかける。

そのボールを、一人の男が足で受け止める。紅いコートのレプリロイド――――紅いイレギュラーことゼロだ。


「俺も混ぜてくれよ、ナタリオ」


この廃墟群に足を踏み入れてから一夜が明けた。

整備を始めてみるとエル・クラージュのダメージが思った以上に深いことが分かり、しばらくこの場所で休息ついでに処置することにしたのだ。

ペロケに、エルピスへ状況に関する伝言を頼み、心配はしないようにと言いつけた。

だが、一日中エル・クラージュにピッタリと張り付いての作業というのも、なかなかキツイものがあり、気分転換にと散歩をしていたところ、ボールを使って一人で遊ぶナタリオに出会したのだ。


ゼロが優しくインサイドキックでパスを送ると、ナタリオはそれを綺麗にトラップし、蹴り返す。

今度は、それをダイレクトで左に振るように蹴る。ナタリオは軽く走ってそれを止め、「お返しに」と浮かせて返す。

ゼロは胸トラップで上手く足元に落とし、同じように浮かせて返す。勿論、ナタリオの身長に合わせて。


そんなやり取りを繰り返すと、ナタリオは笑顔を浮かべるようになった。

昨日のうちには一度も見ることが出来なかったその表情に、ゼロも嬉しくなる。


正直なところ、エル・クラージュの整備をすぐにでも終わらせて、帰ってしまっても良かった。

しかし、オレクとナタリオの“親子”に興味が湧き、理由をつけて暫く残ってみることにしたのだ。

同じ設計思想、部品等を用いているために、兄弟関係を設定されるレプリロイドはいる。

だが、何の関係もない二人のレプリロイドが――――どこまで本気かは分からないが――――親子を名乗って共に暮らしているのだ。これは明らかに稀な事例だ。

その真意が知りたいとか、そういうわけではないのだが。それでもこの二人の関係が気になってしまい、ゼロは後ろ髪を引かれ、留まってみることにした。


数十回のボールのやり取りを終え、瓦礫の上に二人で並んで座る。


「そのボールは……拾ったのか?」


ゼロの何気ない問いに、ナタリオは首を横に振る。

そして、この二日間で初めて、ゼロの前で口を開いた。


「父さんが……くれた……」


大事そうに抱える腕を見て、それが、オレクからのただの贈り物ではなく、ナタリオにとって何より大事なものなのだと分かった。

ボールを抱える姿が、アルエットと重なって、親近感が湧いた。


「いい“父さん”…だな」


そう言うと、ナタリオはゼロの方を見て、笑顔を見せた。先ほど見せたものよりも、眩しく、可愛らしい笑顔に、この“親子”が確かな絆で繋がっていることを感じる。


ネオ・アルカディアから抜けた経緯は知れないが、少年型の彼が受けた仕打ちは容易に想像でき、その痛みは想像を絶するものだろうと思えた。

彼がなかなか言葉を発しないのはその辺の事情が関係しているのかもしれない。ゼロは決して聞くまいと誓った。――――誰にでも、思い出したくない過去はある。


「……幸せだよ…ぼくは……」


不意に、そう呟く。


「……幸せなんて………どこにもないと思ってた………」


きっとその幼い瞳は、絶望の淵を何度も見てきたのだろう。

けれど、オレクと過ごす内に、温かいものを知っていくことができた。

そして、「幸せ」を知ったのだ。


胸に迫る想いのままに、ゼロは少年の頭を撫でた。

オレクの気持ちが少しだけ分かった気がした。















「何を書き綴ってるんだ?」


廃ビルに戻って早々、ゼロはオレクに問いかける。

オレクは少しだけはにかみながら答える。


「日記さ。ココに来てからのだけどな」


「……日記?」


ゼロは首を傾げる。

それもそのはずで、レプリロイドの電子頭脳を持ってすれば、その日、その時の様子や行動を記憶することなど容易い。それなのに、日記などを綴る理由がどこにあるのか。

そんな疑問は本人もよく分かっていたようで、自嘲気味に説明を付け加え始める。


「おかしいってのは分かってるんだ。けどさ、なんとなく書いてみたくなったんだ。人間の真似事みたいだけどさ」


「“人間の真似事”……ね」


その言葉が真実なのかもしれない。

今現在、レプリロイドが人間の暮らしに憧れてもおかしいことはない。地位や身分に関して考えれば当然だ。

“親子”を演じるのも、もしかしたら初めはその程度の気持ちだったのかもしれない。けれど――――


「――――いいんじゃないか、最初は真似事でも」


ゼロの言葉に、オレクは思わず「え?」と問い返す。

ゼロは笑いながら続けた。


「いいんじゃないか、最初は人間の真似事でもさ。例え“真似事”でも、お前自身がちゃんと真摯に向きあっていけたなら、それは“本物”だよ」


何気なくつけはじめた“日記”でも。偽りの“家族”でも。


「そもそも、俺達は“模造”から生まれたんだぜ?……もしも真似事を笑うなら、自分達を笑うのも同じさ」


生物の姿を模して作られた者達――――レプリロイド。けれど、そこには確かに命があり、感情があり、想いがある。

決して“偽物”ではない、“本物”の存在なのだ。

ゼロの言葉に何を思ったのか、オレクは言葉を失ったまま、呆気にとられたように、彼のことを見つめていた。

紅いイレギュラーと呼ばれた破壊神が、そんなことを口にするとは思っても見なかったのだろう。


その様子にゼロは笑いを堪えながら、奥へと去っていった。

それからオレクは一人、満足気に微笑んだ。




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