表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
離別編
117/125

22   [B]



――――  2  ――――



ゴシック風の荘厳な屋敷の前で車を停め、ブレイジン・フリザードは目を細めて屋敷を見つめながら運転席を降りた。

それから回り込み、後部座席の扉を開けて、中の老人に声をかける。


「到着いたしました、バイル様」


「……うむ」


バイル元老院名誉議長が乗っている延命カプセルを慎重に引き出すと、その後ろに回り、押して歩き始めた。

庭を囲む大きな門の前に立ち、建造物の意匠に合わせた認証システムに、バイルの網膜を読みこませる。しばらくして、「お入りください」と中の者の声がした。


周囲を囲む、模造された植物により埋め尽くされた庭を眺めながら、カプセルを押して玄関までの道を歩く。

フリザードは、華々しく優雅なこの庭を通る度に、悪寒のようなものを感じてしまう自分に気づいていた。偽りばかりを埋め尽くしたその様子が、まるでこの世界の縮図のように思えてならなかったのだ。


やがて、短い石段を登り、玄関の前に立つ。それからまたしばらくして、二人を迎え入れるように扉が開く。

白銀の髪に、中性的な顔をしたレプリロイドが中から出てくると、「どうぞ」と中に入るよう促した。


広い廊下を真っ直ぐに進み、豪勢な装飾を施された扉の前に立つ。

銀髪のレプリロイドは二人の横を通り、扉の横に隠されていた制御パネルを引き出すと、二十桁程度の数字を打ち込み、DNA認証を受けた。

ニ分ほど経った後、扉が開く。三人はそれに乗る。銀髪のレプリロイドが、入って左手にあったパネルを操作すると、扉が閉まり“それ”は動き始めた。僅かに重力が軽くなるような感覚が、下降していることを教えてくれる。


数十秒後、到着を告げるブザーと共に扉が開く。銀髪のレプリロイドに続いて、バイルとフリザードもそれから降り立った。

あのエレベーターが空間転移装置だったのだろう。そこは仄暗い倉庫のような場所で、先程見た、あの屋敷の地下とは到底思えなかった。

そのまま先へ歩いてゆくと、明かりを手にした若い男が立っている。獅子の鬣のようなウェーブかかった金色の長髪が印象的だった。


「お待ちしておりました、バイル卿」


男はそう言って足早に寄ってくるなり、微笑みながらお辞儀をしてみせる。


「……元老院議長当選、おめでとう…レオニード卿」


バイルもまた笑みを浮かべ、目の前の男――――レオニードに賛辞を送る。


「ありがとうございます。これも一重にバイル卿のおかげです」


「……これでようやく“第三段階”はクリアだな」


バイルの言葉に、レオニードも「ええ」と頷いた。


「いよいよゲームは“ラストステージ”……というところでしょうか?」


「……いや、まだ早い。“アレ”が見つからない限りは…な」


その答えに、レオニードは「失敬」と笑みを浮かべながら返す。


「そうでしたね。あなたの目的は“そこ”だった。しかし、私にとっては既に、今が“クライマックス”だ」


「…………互いの望みのために…」


不敵な笑みを浮かべ、バイルはそう答えた。

「そうそう」とレオニードはわざとらしく、何かを思い出したように声を上げる。


「二人ほど紹介をしておきたい者がおります、まずは…コチラ。私直属の騎士――――アレクサンダです」


「お初にお目にかかります、バイル卿。以後お見知りおきを」


そう言って、銀髪のレプリロイド――――アレクサンダは丁寧に頭を下げる。それに対し、バイルは頷くことで返事とした。それからフリザードが自身の紹介をし、アレクサンダと握手を交わす。


「なんと精巧なレプリロイドか……。君の作か?」


「お褒めいただき嬉しい限りです。ええ、仰るとおり。私の騎士として、私自らが制作に携わりました」


端正な顔立ちに、涼やかな声。温和そうでありながら、その実、鋭利な刃物のような雰囲気。ただの戦闘用マシンとは思えない、まさに芸術品という出来であった。

ただ、その中性的な顔と声についてだけは、どうしても違和感を覚えてしまうのだが。

そんなバイルの内心を他所に、レオニードは「それから――――」と付け加えた。だが、その言葉は少女の笑い声にかき消された。


「お初にお目にかかりますわ、“おじいさま”」


「!?」


彼女の容姿を見た瞬間、バイルは驚きを隠せなかった。

その表情に、少女は殊更嬉しそうに口端をゆがめる。


「フフ……“お久しぶり”と言ったほうが良かったかしら?」


「……お前……は……」


動揺を隠せない。そんなバイルの姿は、フリザードも初めて見た。

その瞳は、過去の過ちを突きつけられ、凍りつく罪人のようで、返す言葉を失っていた。

しかし、そんな様子も気にすること無く、少女は尚もあどけない笑みをうかべている。


「…………赦してくれ…とは言わない」


掠れながらではあるが、ようやく搾り出せたのはそんな一言だった。

だが、少女は顔に疑問符を浮かべた後、再び笑みを浮かべる。


「いいんですのよ、おじいさま。私は今、十分に幸せなのですから♪」


「……恨めばいい……この私を……」


少女の言葉を信じ切れなかったのか、バイルはただ謝罪の言葉を口にする。

すると、少女は延命カプセルに近づき、そのカバーを抱きしめるように両腕を回した。切なげな微笑みを浮かべながら。


「『いいんですのよ』…と、先程申し上げたではありませんか……」


そう囁き、カバーに口唇を優しく押し当てる。腰まで伸びた金茶色の髪が揺れ、翡翠色の瞳は妖艶な輝きを見せる。

どこで覚えたのか――――いや、だいたいの察しはつくが、とにかくその一連の動きは、男を誘う娼婦の“それ”であった。


だが、彼女が見せるそれら全ての動作が、まるで禍々しい呪詛のように感じられて、バイルはただ胸の奥がキリキリと痛むのを感じていた。


「十分だろう、離れなさい」


レオニードがそう言い、彼女の肩を引く。

少女は「あん」とわざとらしく声を出して、クルリと軽やかなステップを踏んで、カプセルから離れた。その身体を、アレクサンダが受け止める。


「………どこで?」


バイルの問いに、レオニードはカプセル越しにヒソヒソと小声で答える。


「ミズガルズ十三番区――――“掃き溜め”ですよ。部下に見つけさせました」


その名を聞き、「やはりか」と納得する。その場所であるならば、例え人間であろうとまともな生活はできやしない。身元の分からぬ少女ならば尚更。その身に施された“仕打ち”を考えれば、絶句する以外ない。

「堕ちるとこまで堕ちたか……」と呟く。だが心の中で、それを訂正する。


――――堕としたのは……私だ……


後悔は無い。必要な選択であった。だが、罪を感じずにはいられない。それは、百年前に約束を交わした“彼”に対する“それ”と寸分違わぬほどに、バイルの心を突き刺した。


――――……それでも、回り始めた歯車は止められない


動かし始めたのは自分だ。この男と出会ってから。いや、八十年前から。――――いや、百年前のあの日、“彼”と約束を交わしたあの日から。

全ての歯車は、自らの手で動かしたのだ。ならば、過去の罪に囚われている場合ではない。進む以外、許されることはないのだから。



今もまだ、あの日見た鮮烈な光が網膜に焼き付いている。





「事情はどうあれ、もう彼女も私の協力者です。互いに手を取り合って進んで行こうではありませんか」


爽やかな声で、レオニードが言う。

この男は全てを知った上でそんな言葉を吐いているのだ。無論、理解もしている。「質が悪いものだ」と、バイルは苦笑した。


「さて、積もる話は後にして……今日の本題はここではありません。時間も押していることです。早速、参りましょう」


そう言って身を翻し、歩き始める。その後ろに少女とアレクサンダ、バイルとフリザードが続く。

そして、奥に備え付けられたエレベーターへと乗り込んだ。























―――― * * * ――――



塵炎軍団第八方面軍基地司令部。そこに勤めていたオレクは、紅いイレギュラーの襲撃に出くわしてしまった。

司令官であるミュートスレプリロイド、ホッパー・アバドニアンの善戦虚しく、基地は崩壊し、部隊は総崩れ。半年ほど前、第十七部隊創設より前の話である。


命からがら生き残った者達は、救援に来た他の部隊に合流し、その場を後にした。

だが、瓦礫の下に埋められていたオレクは違った。救援が来たことも知らず、ひたすら外に出ようと努め、ようやく這い出たときは、生者の気配はどこにもなかった。全て骸と化して、そこは墓場となっていた。

レプリロイドである自分を呪った。自己修復装置が作動し、腹部にできていた傷も塞がった。だが、通信機器はどれも故障し、救援を呼べるような状態ではなかった。そもそも、唯一人残ったレプリロイドのために、誰が救援に来てくれるというのか。ネオ・アルカディアの本質を知っているからこそ、絶望的であると理解していた。

生きながら、死人のような心地で、荒野に寝そべった。


ジリジリと照らす太陽の下、オレクは一人うずくまり、時が来るのを待った。精神プログラムの閉鎖という時を。

自壊プログラムの作動も視野に入れた。だが、それをするだけの勇気が持てず、自身の精神力が底をつくのを待った。


そんな時だった。一人の少年レプリロイドが、傍を通りがかった。

彼は何を思ったのか、オレクの肩をゆすり、意識を確かめた。オレクは目覚め、起き上がった。そして、その少年に導かれるまま、ひとつの集落にたどり着いた。




「笑えたよ……『四軍団員ともあろう俺が、こんなガキのイレギュラーに助けられるなんて』ってさ」


当時を振り返り、オレクは苦笑を浮かべる。


「けどな……おかげで生き延びることができたんだよ、俺は」




少年――――ナタリオとの生活が始まった。

初めはその集落の中で、言葉をなかなか発さない彼に戸惑いを感じた。しかしその優しさに触れ、オレクもまた穏やかな時間を過ごした。

暫くの後、紅いイレギュラーにより、闘将ファーブニルが倒されると、塵炎軍団の風紀が乱れ、意味のない略奪が始まった。

オレクはナタリオを守りながら襲撃を掻い潜り、いくつかの集落を転々とした後、この場所に落ち着いたのだ。


「それで今に至るわけ。あの日、あんたの襲撃がなけりゃ、俺はこんな場所にいなかったんだよ」


そう言って、再び苦笑いを浮かべる。「けどな」と付け加える。


「大事なもんに気がつけた気がするよ。ナタリオと出会えて。俺は…どう転んでもレプリロイドなんだよな。ここにいる連中や、あんたと同じ……レプリロイドなんだよな」


「……ああ、そうだな」


違いなど無い。皆、同胞なのだ。争いあい、血を流しあってはいるけれど。


「そんなわけで、俺はあんたのことを憎んじゃいない。だからまあ……警戒しないでくれていいよ」


はにかむようにそう言うオレクに、ゼロは「ああ」と返事をした。


「しかしまあ……なんというか不思議なもんだな。お前とナタリオ――――まるで人間の親子みたいだ」


先ほど見た遣り取りなどを思い浮かべ、率直な感想を述べる。確かに、今まで見てきたレプリロイドたちに比べると、そういう雰囲気を抱いてしまう。

すると、オレクは「いいや」と首を横に振る。そして、得意げな笑顔で、答えた。


「“みたい”じゃない。――――その“つもり”さ。俺たちはもう“親子”なんだよ。生活を始めてからずっとな」



その笑顔は、息子を愛おしむ父の顔だった。










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ