21 [B]
―――― * * * ――――
「…俺のことは…棄てて行ってください」
アーチ隊員が弱音を吐く。
敵の電子ロックに固定されてしまった彼の両腕は、もはや自由に動くことはできず、このまま死を待つだけとなっていた。
しかし、華麗なる狩人と称されるこの私、シューターもとんだドジを踏んでしまった。お陰で同様の状況に陥り、彼の命をどうこうという場合ではない。
だが、それでもアーチは私が逃げることを切に願った。――――たとえ自らの命と引き換えにしても、後の英雄となるべきこの私を守り通したいと本気で思ってくれていたのだ。
コード隊員が発見した秘密の入口をハッキングしてこじ開け、中へと侵入した。するとそこには非常に疑わしい広大な地下施設が存在していた。過去の戦争の遺物であることは、優秀な私の頭脳には即座に判断できたのだが、微かに感じられる人の気配に、今でもこれを利用している輩がいるのではという疑念がわき出し、そのまま深部へと調査に行こうと思い立ったわけだ。
しかし、それがこのような事態を招くキッカケになろうとはその時の我々には思いもよらなかったのだ。
「…増援は来ないのでしょうか…?」
ふと、ボウ隊員が弱々しく問いかける。しかし皆、口を噤み、誰一人として答えようとしない。――――いや、答えるまでもないと分かっていたのだ。問いかけた本人までも。
増援は来ない。
なぜなら、この私の天性の嗅覚についてこれるハンターなど露ほどもおらず、この秘密基地を発見して仲間を救いに来れるような者は、私自身を除けばあり得ないからだ。
それを理解しているからこそ誰も答えず、けれどそれが分かっていて尚、問いかけてしまうのは、まだまだ彼が未熟な隊員であるがゆえのことだ。寛大な私はそれを赦す。
しばらくの重い沈黙の後、ドロー隊員が苦笑まじりに口を開く。
「…あの“救世主の再来さん”は来てくれたりしないんでしょうかね」
その皮肉めいた発言に、ある者は同じく苦笑をこぼし、またある者は憤りの色を浮かべた。
『あの救世主の再来さん』とは、これまで何度となく私の事を詰ってきた、矮小な心の持ち主であるにっくき第十七精鋭部隊長のことだ。
思い出すだけで腹立たしい。私はドローの頭を小突いてやりたかったが、手が出なかったので、頭突きで赦してやった。
今だからこそ身に染みて分かる。
私のことを理解してくれる者達がもっといれば、精鋭部隊は本当の精鋭だったのに…と。
とても正面から立ち向かってどうにか話を聞いてくれる連中ではない。が、言葉を凝らしたとしても、あのクラフト野郎は「以上だな、健闘を祈る」といつもいつも変わらぬ気の利かぬセリフを吐くばかり。
もしも私が隊長であったならば、千の兵の言葉を一の耳を以って、全て聞き、それぞれに相応しい労いの言葉を返してやるというのに。あの朴念仁はそのような気も利かない無能ちゃんなのだ!
ええい!思い出せば更に腹立たしい。腹立たしい事この上ない!
このように味方が謎のイレギュラーたちに囚われ、銃口を突きつけられ、強烈な生と死の匂いで浮かれる暇もなく身を震わせているとうのに!一向に気づくことなく、淡々と職務をこなしているのだろうと考えれば考えるほど腹立たしい!
そう、今だから分かる――――
「………………この状況……ピンチだ……」
「何をブツブツつぶやいてんだ、お前ら!撃っちまうぞ!」
「ひぇぇぇ!お許しをーっ!!」
銃口を再度強調するヘルマンに、シューターは情けない声を上げ、頭を下げる。
「落ち着け」とマークがヘルマンを慌てて制止する。
「今はこんな連中に構っている場合じゃない。団長の指示を忘れたのか」
シューターたちに聞こえないよう、耳元でこそこそと囁くように言う。
「チッ……命拾いしたなてめえら」
ほっと一息つくシューター達。
だが、“謎のイレギュラーたち”に囲まれて、万事休すという状況は尚も変わらない。
一体全体、どうしてこのような状況になってしまったのか。時間は、シューター達が白の団基地への入り口に足を踏み入れた時点まで遡る。
―――― 2 ――――
「なかなか広大な空間で…………どうやら旧世紀の遺物みたいですね」
ボウがあたりを見回しながらそう呟く。
イレギュラー戦争中に使われていたものだろうと思われた。だが、埃まみれになっていてもおかしくないと言うのに、外の砂が不規則に散っており、定期的にハッチが開かれ、また、整備も行われているような節がある。
おそらく何者かがここに潜み、この施設をしばらく利用しているのだ。
「いやあ…奥の方まで結構続いてますよ。こいつは怪しさビンビンっすね、副隊長!」
目を細め、軽い口調でアーチがそう言うと、シューターも「うむ」と唸るように答えた。
「こいつは流石の俺様も何か悪しきものを感じてならんな。よって、我ら特殊班による調査を開始する!」
「「イエッッッッサー!」」
元気よくボウとアーチが返事をし、早足で進み始めた。
ドローとコードは相変わらず何処かやる気なさげだが、後ろの方からしっかりとついてきている。
「ええい、お前らもあの二人を見習い、シャキシャキ歩かんか。俺様、グズとノロマは大嫌いなのだ」
「はあ……そうは言いましてもねぇ」
ドローは浮かない顔で頬を掻く。
「副隊ちょー……これ、クラフト隊長に報告しなくてよかったんですかねぇ?」
「ぬぁ~にぃ!?」
気に食わない名前を口にされ、シューターは口端を歪ませながらドローに詰め寄る。その剣幕に気圧されながらドローは「そのですね」と説明をはじめる。
「こ…コード隊員の報告が確かであるならば……ここが紅いイレギュラーに縁ある場所である可能性は高いわけですし……何よりこれだけの施設を扱う組織が相手であるなら…我々だけの力では心許ない…」
「口を慎め、ドロー隊員!」
ボウがすかさず口を挟む。
「シューター様率いる、我々特殊班ほどの精鋭が、このような穴蔵にこもる狢どもに遅れをとるわけなかろう!何より、あのクラフト隊長ごときに頼ろうなどという発想自体が笑止千万!ですよね、副隊長!?」
「うむ、ボウ隊員!貴様の言葉がほぼそのまま私の言葉と言っても過言ではないな!だがひとつ言わせてもらえば、憎たらしいあんちきしょうの名前は二度と口にしないでくれ!」
「あいや、これは失礼いたしました!」
二人のやり取りにため息をつき、「そういうことだ」と話をまとめるシューターに、ドローは「はあ」とだけ疲れたように返事をした。
しかし、正直なところ不安は尽きない。
あの紅いイレギュラーとこんなところで鉢合わせしてしまえば、今度こそただでは済まない気がする。そもそもこのような地下施設を扱えるだけの集団がいるというのなら、紅いイレギュラーのバックと考えるに相応しい。
となれば、今の我々は“飛んで火に入る夏の虫”。最も適切な動作は、十七部隊の他の班に応援を要請し、協力して突入することだったはずだ。
――――こいつは、俺の悪運もここまでかなぁ……
今までこの男とつるんできて、よくも死ななかったものだと回想する。
死を直前にした走馬灯よろしく、これまでの出来事が脳裏を駆け巡る。どれも碌でもない思い出ばかりなのだが。しかも、そのどれもにシューターが関わっている。
あまりに虚しさが募るので、ドローは考えるのを止めた。
突如、けたたましいサイレンが鳴り響く。
慌てふためく一同を点滅する赤いランプが眩しく照らす。
「な…なんだなんだ!!なにがどうした!?」
「まさか!もう侵入に!?」
気づかれてしまったというのか。
「ど……どう致しますか!?副隊長!?」
「落ち着けボウ隊員!」
慌てる部下を制して、シューターは考える。そして「クワッ」と表情を引き締め、声高らかに叫ぶ。
「引くも地獄、進むも地獄!ならばこのまま前進あるのみ!!続け!道は我々の後ろにできるのだ!!」
「うおぉ!流石っす副隊長!」
勇んで駆けてゆくシューターとアーチ。そしてその後ろをボウが慌てて追いかける。
「いや!え!?マジですか副隊ちょー!?ちょっと待ってぇ!?」
慌てふためくまま、ドローもそれを追いかけ、僅かな逡巡の後、コードもそのまま駆け出した。
予想以上に長く続く地下施設の道を駆け、もう一キロはとうに越えたであろうという時、シューター達は前方で暴れる何者かを発見する。
「副隊長!アレを!」
ボウがそう言って指さした先には、謎の大型メカニロイド(?)がゴーレムのような豪腕を振り回し暴れていた。
「な……なんだアレは!?見たことのないヤツめ!」
「…明らかに悪者っぽいっすね!どうしやすか!?」
そのハチャメチャな暴れように、後ずさるシューター達一行。だが、猶予はもはやない。メカニロイドの視線がこちらに向けられたのが分かった。
「……邪魔者……ハケ…ん……排除…シマ…す…………hi…じょ……shi…す……」
まともな言葉になっていない音声は、不気味さを更に強める。
「なんかめちゃくちゃヤバイ状況っぽくないですか……副隊ちょー…!」
「ええい!ビビるなビビるな!こんな時こそ我々精鋭部隊の真の力が試されるのだ!ドロー隊員!私専用のアサルトビームライフルを寄越せ!」
「え……は…い?」
「………『え……は…い』?」
ドローの気の抜けた返事に、思わずシューターは凍りついたように動きを止める。他の面々も「え」と声を漏らし、ドローをじっと見た。
沈黙の後、ドローの口が重々しく開かれる。
「……いや……副隊ちょーが『潜入調査に邪魔になるような装備は置いてゆけー!』って…言うから………」
「……『言うから』……?」
「……言うから………」
まるで阿呆のように同じ言葉を互いに繰り返し、再び沈黙が訪れる。
その沈黙こそ、全ての答だった。
「ば……バッカモーン!!私の専用兵装が邪魔なわけがないだろう!!このような緊急事態において最も必要になるではないかー!!」
「いや…今までだって同じようにしてきたのに…副隊ちょーは何も文句言わなかったじゃないですか…!?」
その言葉に、ボウ達の視線はシューターに向けられる。ぐっと言葉を飲み込み、考えた後、シューターは声を大にして叫ぶ。
「人に責任をなすりつけるんじゃなーい!だいたい貴様はいつもいつも俺様の邪魔を!ええい!今度こそユルさーん!」
「人になすりつけてんのは副隊ちょーの方じゃないっすかー!今度という今度は俺も言わせてもらいますよ!!」
「二人共喧嘩はやめましょう!!」
「そんなコトしてる場合じゃないっす!!」
シューターとドローが言い争うのを、ボウとアーチが必死に止める。しかし、二人は尚も「ギャーギャー」と喚き、争いはやまない。
ふと、ボウがあることに気づく。
「こ……コード隊員!なにか言いたいことがあるのでは!?」
殊更声を大きくし、皆の注意をそちらに向ける。もじもじとなかなか喋りだそうとしないコードであったが、ようやくその口を開いた。
「あの……すぐそこに……」
恐る恐る指で指し示す方向へと、顔を向ける。
そして、皆一様に言葉を失った。
よく見慣れたゴーレムの頭部と視線が合ったのだ。目と鼻の先に立つ、不気味なメカニロイドと。
「邪魔mo…の……はいjo…………mあs……」
「ギャァァァッァァァァァァッァァァァァァァッァァァァァァァッァァァァァァァアァァァァァッァァァァッァァァァ!!」
振り下ろされる豪腕を五人は飛び退くようにして躱す。そして方向もよく分からないまま、一斉に走り始める。
「逃げろ!逃げろ!とにかく走れ!」
叫ぶシューター。部下達もその後に続き必死に駆けてゆく。だが驚くことに、そのメカニロイドもまたシューター達を追って駆け出した。
ドカドカと巨体が荒々しい音を立て、時に豪腕を振り回し、時にレーザーを放ち………シューター達はそれらをスレスレのところで躱しながら、なんとか走り続けた。
やがて、周囲に幾つか倉庫のようなものが並んでいるのが見え始めた。どれもシャッターが降りている。
「ふ…副隊ちょー!とにかくどこかに隠れましょう!」
「よし!ドロー隊員!囮になれ!その間に我々は隠れる!」
「死んでも嫌です!死ぬのも嫌です!副隊ちょー!部下のためにお願いします!」
「ええい!全ては誰のせいでこうなったと思っているのだ!」
「アンタのせいだ!」
「俺様のせいか!?」
「こんな時まで言い争いはダメっす!オレに任せてください!副隊長!」
そう言って、アーチは足を止め、振り返る。
「な!アーチ隊員!いかん、それでは君が!」
「グラーツ隊長に、伝えてください。アーチは『あなた達の部下で幸せでした』…とね」
グッとサムズアップを見せつけ、アーチはその場に仁王立ちする。そして、メカニロイドに対し、構えた。
「来やがれ!イレギュラー!……ハイル・エックス!万歳グラーツ!第四部隊に栄光あれー!!」
「ジャマ」
べ チ ン ッ
「あぶべばし!!」
「アーーーーーチィーーーーーー!!!!」
ボウの悲痛な叫びが響く。アーチの健闘(?)虚しく、メカニロイドはたった一撃で彼の身体を弾き飛ばした。宙を舞ったアーチの身体はボウ達の頭上を超え、そのまま前方に転がる。
虫を殺すかのごとく、何の躊躇いもないその非道な攻撃に、一同は戦慄した。
「アーチ隊員大丈夫か!?」
「すまねえ、ボウ……俺ァもうダメだ……」
「カムバーック!アーチよ!我が愛する部下よーーーー!!」
「副隊ちょー!なにか知りませんが奴の動きが鈍ってるっす!」
弾き飛ばした獲物を探しているのか、キョロキョロとあたりを見回すような動作をしている。
これは千載一遇のチャンスだ。
「どうやらアーチ隊員の死は無駄ではなかったらしい!ありがとう、アーチ!」
「ボウ……勝手に殺さないで…」
「おおーーっと!あそこに微妙な隙間を発見!!神は俺様を見捨てていない!!走れ皆の衆!あそこに滑り込めぇ!!」
シューターの合図に導かれ、皆はとあるシャッターの下へと身体を滑り込ませる。危機一髪というところであった。メカニロイドが気づいた時には、五人の姿は既にそこから消えていた。
かくして、シューター達特殊班はひとつの危機を回避した。
「……ふぅ……なんとか…助かっ……」
そう、“ひとつの危機を回避した”。――――しかし、いかなる時でも、場合でも、訪れる危機や試練というのは一つとは限らない。
向けられる銃口。咄嗟に上げる両腕。
緑色の統一されたユニフォームに身を包む十数人のレプリロイド達が、シューター達を囲んでいた。
「へ……ヘルプミー」
情けなくも口を衝いて出たのは、そんな一言であった。