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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
激闘編
109/125

20   [E]



――――  5 ――――



呆然と座り込むレヴィアタンの前に、満身創痍の身体を引きずるようにしながらも、ゼロはなんとか戻ってきた。降り注ぐゲルの破片に、陽光がキラキラと美しく反射する。その輝きの中、ゼロはレヴィアタンの前に立つ。

あまりに無謀な戦法に、絶句していたレヴィアタン。震える声で気遣う言葉を搾り出そうとする。


「あなた……なんて無茶を……」


「………ふざけるな…よ」


レヴィアタンに対し掠れた声で、ゼロは言う。

突然力なく崩れ落ちるゼロの身体。レヴィアタンは咄嗟にそれを支える。

だが、ゼロは彼女の肩を掴み、睨みつけ、叱咤した。


「……ちゃんと生きてもいない内に……諦めるんじゃない」


ラドゥーンの脅威を前に、レヴィアタンは敗北を悟り、死を覚悟した。いや、生きることを諦めた――――ゼロにはそう見えた。

事実、レヴィアタンは亡きオルジフのことを思い浮かべ、生きることを諦めた。彼の元に召されるのだと、信じた。

だが、ゼロは再び言い聞かせる。


「……お前が逝ったところで……ソイツは……待っちゃいない……」


既に限界を超えていた。ゼロは震える声で、言葉を搾り出していた。

その姿があまりにも痛々しく、レヴィアタンは「喋らないで」と止める。


「そんな話をしてる場合じゃないでしょ!体の方は……」


「…お前…は……気づいて……いたんだろ……」


そのゼロの言葉に、思わず「ハッ」とする。

心の中を抉るようなその響きに、レヴィアタンは思わず体を震わせる。

その様子に気づいているのか、ゼロは厳しい口調で言葉を続ける。


「ソイツが…“分かっていた”ことに……気づいていたんだろ……」


「………めて…」


消え入るような声で、レヴィアタンは言う。

それから今度は、はっきりと聞こえるように。拒絶の言葉を吐く。


「……やめて…」


じっと見つめるゼロに、レヴィアタンは怯えるように叫ぶ。


「やめて……… そ ん な こ と 言 わ な い で !」


それ以上は聞きたくない。――――ゼロの言葉が真実であると分かっていた。だからこそ、拒絶する。その真実が自身の心を抉ることを知っているから。

だがゼロは残る力を振り絞り、彼女の肩を強く掴み、「ダメだ」と強く言う。


「それと……向き合わない限り………お前はこれからずっと……縛られたままだ……」


「構わないわよ!それでも!」


拒絶の言葉はまるで、悲鳴のようだった。


「彼のことに縛られて!“私”が何者なのか分からなくとも!それでも構わない!私は、彼に……――――」


「それは……ソイツへの冒涜だ」


ゼロが言葉を吐く度に、それが心に突き刺さる。レヴィアタンは拒絶するように目を強くつぶり、吐き出すように叫ぶ。


「知ったようなことを――――」



「俺は愛する人をこの手で殺した」




彼女の言葉を遮るように、ゼロは殊更はっきりとした声で言う。

突然告げられた驚愕の告白に、レヴィアタンは言葉を失う。「愛する人を殺した」――――確かにそう言った。


「……俺は…それを覚えてる………。覚えてるのに……思い出せないんだ……」


苦しそうに、悔しそうに、ゼロは言葉を続ける。


「…愛したその人の…顔も…………名前も……思い出せないんだよ……」


夢の中で何度も出会った“彼女”。

記憶をなくしても尚、覚えている破壊者としての自分。その手にかけた“彼女”のこと。

失った過去が、心を蝕む。怨念のように。呪いのように。思い出せないからこそ、苦しい。

“彼女”だけじゃない。本当に多くのものを失くしてしまった。信じた友。部下。仲間。好敵手。思い出。約束。誓い。――――なにもかも、失くしてしまった。


「けれど……俺は…その過去から逃げたくはない。いつか……必ず思い出したい……向き合いたい……真正面から……受け止めたい……」


その日が来ることを、待ち望んでいる。願っている。

理由はただ一つ。


「俺は…“未来”が欲しい」


そう言ってから苦笑する。

「いや……そんな大層なもんじゃなくてもいい」と首を横に振り、言葉を続ける。


「せめて…“明日”が欲しい。俺は……“今日”の向こうにある“明日”が欲しい」


随分前に辿り着いた答え。それをずっと抱き続けて戦ってきた。

掴めないからこそ、欲しい。希望に満ちた“明日”が欲しい。「だけど」と、唇を噛む。


「“明日”は“今日”の連続だ。……“今”があるから……“未来”がある。そして………――――」


「……“今”もまた……“過去”から繋がっている……」


レヴィアタンの言葉に、ゼロは「そうだ」と頷く。


「だから俺は…“過去”を取り戻したい……“今”を生きるために……“未来”に繋がる“今”を生きるために…………俺は“過去”を背負って生きていきたいんだ……。そんな“過去”を……思い出したいんだ」


失った友との記憶も。部下や仲間のことも。

美しい思い出ばかりじゃない。分かっている。それでも欲しい。

苦しんだ戦いも。つらい真実も。遂に果たせなかった約束も。

愛してしまった“彼女”の名前も。殺してしまった“彼女”の顔も。最期に向けてくれた“彼女”の言葉も。

向き合いたい。そこに絶望があろうとも。

そこから目を背けて前に進もうというのなら、愛してくれた“彼女”への冒涜でしか無い。

そんな自分が“今”を生きられる筈がない。“明日”を、“未来”を掴める筈がない。


「……それなのに……お前はどうだ…」


肩を握る手に、さらに力を込める。


「向き合えるのに………覚えているのに…背を向けて………」


感じたのは確かな怒りだった。

自分がどれだけ望もうとも手に入れられないものを持ちながら、それから目を背けようとしている。

そんな彼女への怒りだった。



「過去に縛られた“つもり”になって……悲劇のヒロインを気取るのはいい加減にしろぉ!!」



そう吠えた後、ゼロは力を失ったのか、肩を掴んでいた腕は地に落ち、頭から倒れ込む。それを、呆然としていたレヴィアタンの身体が支える形になった。

レヴィアタンはそれを気にすることなく、代わりに深く考え込んだ。


「……あなたの……言う通りよ」


やがて、沈黙の後にレヴィアタンは震える声を搾り出した。


「……私は……気づいていた……彼が“彼女”を愛していたことに………」


放心したように遠くを見つめながら、レヴィアタンは言う。


そう……“私”は分かっていた。彼が死ぬ瞬間に――――或いはもっと前から気づいていた。




 彼は“彼女”を愛していた。


 死んでからも尚、愛し続けた。


 目の前の“模造人形”には目もくれず。



 そこにいない“彼女”を愛していた。




「代わりでも良かった……」





 “私”の中にいる“彼女”を愛してくれているなら。


 『それは“私”だ』って


 『“彼女”としてでも“私”を見てくれていたんだ』って


 そう思えた。




 けれど、真実は違った。




 彼は既に見ていなかった。


 “私”の中に“彼女”を。



 ――――いや、違う。



 もういなかったのだ。



 “私”の中に……彼が愛した“彼女”はいなかったのだ。





 あの日、彼が最期に紡いだ言葉を、何故思い出せないのか。

 それは、その言葉こそ彼の想いの真実を現していたから。

 だから“私”は記憶の底に閉じ込めて蓋をした。


 『“彼女”としてでも、彼は“私”を愛してくれた』――――そんな過去が欲しかった。

 そんな過去を壊したくなかった。



 そう……。


 あの日、彼が最期に紡いだ言葉は。


 共に見せてくれた笑顔は。



 それらを向けた相手は…――――……







「“レベッカ”で良かったのよ……最期まで…」


愛してくれているのなら。

だけど、彼が最期にかけた言葉と笑顔は、“彼女”に向けたものではなかった。


しかし、だからこそ認めたくなかった。


「……教えて…紅いイレギュラー………」


肩にもたれかかるゼロへと問いかける。


「……“私”は…どうすればいいの…?」


 どうすれば受け入れられるの?


 どうすれば認められるの?


 どうすれば向き合えるの?


――――そんな彼女の問いに対し、暫くの静寂の後、搾り出すような掠れた声が答える。


「…俺達は……レプリロイドだ……」


生物を模して作られた擬似生命体。プログラムにただ従い、忠実に動く機械人形ではない。

自分で思考し、選択し、生き方を選ぶことができる。――――感情を持った“レプリロイド”だ。


「誰かを…想うことも…愛することも………憎むことも…恨むことも………そして…」


「ぐっ」と息を飲む。それから優しい声で囁くように言葉を続けた。



「――――そして……赦すことも…出来る筈だ……」



『赦す』――――その言葉が耳に染み込んだ瞬間。

心を覆う雲が引き潮のように流れてゆくのを感じる。光が漏れ出すのを感じる。


そして、心の底から蘇る――――




 あの日、最期に彼が紡いでくれた言葉



 “私”に向けてくれた、あの笑顔と共に



 “私”にかけてくれた、最期の言葉






 それは――――………‥‥‥











「………………………」



既にゲルの雨は止んでいた。

照らす太陽は地上に落ちたゲルに反射して、眩しく輝く。

まるで宝石を散りばめたように。


もたれかかるゼロの身体もそのままに、レヴィアタンはずっと遠くの方まで、ぼんやりと空を眺めていた。




どこまでも青く広がる優しい空を。


いつまでも一人で見つめていた。








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