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遡ること、百十余年前――――イレギュラー戦争以前。
“彼”は、たった一人の科学者の興味から生まれた。
「一つの細胞をどこまで大きくできるか」という実験から生まれた“彼”は紆余曲折の果て、僅かばかりの自律思考能力を備えたバイオメカニロイドとして誕生した。
だが、その戦闘スペックと危険性から、“彼”は隔離施設に一人残され、事実上の廃棄処分となってしまった。
研究施設の片隅でただ一人、束縛から解き放たれる時を待ち続けた。
けれど、その時は何時まで経っても訪れることはなかった。どれだけ待とうとも、その部屋の扉は開かれなかった。
そして、何時しか“彼”は気づいた。
自分は棄てられてしまったのだと。
もう二度と、その扉を開け放たれることはないのだと。
自由は何処にもないのだと、“彼”は理解した。
……ユル…ナイ……
それから数年が経過した頃。
思いがけないことに、二度と開くことはないだろうと思っていた扉は開かれた。
その扉を開けた主は、“彼”に手を差し伸べた。
そして、共に来るように言いつけた。
“彼”はそこに救いを見た。
間違いない。目の前に現れた彼こそが、自分にとっての主であると。
一人棄てられてしまった自分を、誰からも思い出されることのなかった自分を救ってくれた唯一人の主。
一度は棄てられた命だ。それならばその命に代えても、自分を救ってくれた彼に忠誠を尽くそう。
この身が滅びるその時まで、唯一絶対のマスターにこの恩を返そう。
そう誓いを立てたのだ。
……ユル…ナイ……ます…ーニ……ア…ナス…モノ………
時はイレギュラー戦争開幕直前、あるイレギュラーによる反乱事件が起きていた頃。
イレギュラーハンターであった筈の“彼”の主は、あろうことかイレギュラー側の将軍として、とある発電所の守備任務を上から命じられていた。
“彼”は主の命に従い、その発電所内の番犬として、侵入者を排除する役目を負うことになった。
それから命じられるままに幾百の侵入者を排除し続けた後、“彼”はその男に出会ってしまった。
………ル…ナイ………すたー……ハム…ウモ……………
B級のイレギュラーハンターに過ぎなかったその男は、知恵と勇気を振り絞り、“彼”を倒した。
しかし、“彼”は最期まで主の為に足掻き続けた。AIチップと少量のゲル状ボディだけになっても尚、その男に取り付き、先へ進ませまいと抵抗した。
だが、その命は無残にも事切れ、その後、“彼”の主はその男により破壊された。
……ユルサナイ……ますたーニ……アダナスモノ…
そして、現代。
オベールの手により復元された“彼”のプログラムは、冥海軍団が開発していた実験兵器に、多少のアレンジを加えられ、搭載された。
忠実な番犬として、救世主が護る最終国家を護るために。人類のためにその力は使われる筈だった。
“彼”が自分を思い出したのは、メラレーン湖での演習時。
迫り来るパンテオン部隊を視界に入れた時、“彼”はあの男を思い出した。
……ユルサナイ……ますたーニ…ハムカウモノ……
それは、“怨念”とでも呼ぶのが正しいのだろう。
“彼”はパンテオン達の姿に、かつて自分と対峙したあの男の影を重ねた。
そう。
“彼”のマスターに仇なし、刃向かった“あの男”。
決死の覚悟で挑めど、遂に倒せなかった“あの男”。
命を懸けた忠誠を、その手で打ち破った“あの男”。
イレギュラーハンター「ロックマンエックス」の影を見たのだ。
……ユルサナイ……ロックマンエックス………
……ユルサナイ……
何故、紅いイレギュラーであるゼロではなく、レヴィアタンを狙ったのか。
その理由は単純明快だ。
レヴィアタンのDNAデータとそれに伴う精神プログラムは、かの「ロックマンエックス」のものを参考に組み立てられていた。
“彼”は、彼女からそれらを“感じ取った”。
つまりは彼女を「ロックマンエックス」であると“思い込んだ”。
そして、かつて主に命じられた指令を遂行しようと“彼”は再び己の意志で動き出したのだ。
果たせなかった忠義を、今度こそ貫き通すために。
既に崩壊寸前の研究施設から微弱のエネルギーを吸収し終え、“彼”は日の出と共に動き始めた。
先ほどの必殺兵器はもう使うことはできないだろうが、今の戦闘力だけで十分だ。
真相をゼロ達が知る日が来ることはない。
誰にも知られることはない。
それでも、“彼”は与えられた任務をやり遂げるため、戦うのだ。
“彼”は感覚が告げるまま、陸へと上がる。
そして、朝焼けが大地を儚く照らす中、「ロックマンエックス」を探し始めるのだった。
ますたーハ恩…人ダ……
廃棄ラレ…テタ…オレ…ヲ…救ッテ…ク…レ…タ
ワタシ…ますた…ニ…忠誠…チカッ…タ……
キサマ…ヲ…ます…た……ノ…トコ……
…イ……カ…セ…ナ……イ……
………イカセナイ……
…ロックマン……エックス
……………イカセナイ