19 [E]
―――― 5 ――――
大型潜水艦が浮上すると、ゼロはエル・クラージュと共に水面へ走り出る。
停まっていた時以上に感じられる、絶妙な乗り心地に感心しながら、畔の研究施設めがけて加速した。
同時に、艦長の指示によって陸に待機していたメカニロイド部隊が研究所内へと侵入する。充電中のラドゥーンに対し攻撃をかけ、炙り出すのだ。
「妖将様、いつでもどうぞ!」
「ありがとう。それじゃ、怪物退治と行かせてもらうわ」
通信機越しにそう返事をしてからヘルメットのバイザーを閉じると、レヴィアタンは艦底から水中へと飛び出した。
フロストジャベリンを片手に、水中の感覚を確かめるように泳ぎながら、所定の位置に向かう。
それからしばらくして、研究施設の方向から爆音が響く。そして、施設の天井を突き破り、巨大な竜がその顔を見せた。
「It’s Show Time…ってな!」
ゼロは間近まで接近し、車体を起き上がらせ、そのままブースターを利用して飛び上がる。そして先頭部のビーム砲をラドゥーンに向けて放った。
三発のエネルギー弾を身体で吸収すると同時に、ラドゥーンはゼロの方へのっそりとした動きで首を向ける。ゼロを確認すると、大きく口を開け、勢い良く飛びかかってきた。
姿勢制御用のスラスターを吹かし、ブースターと併用して空中で向きを変え、ラドゥーンの攻撃を間一髪のところで躱す。
監視用メカニロイドのカメラから様子を眺めていた冥海軍団のメカニックは、その無茶な扱いに思わず肝を冷やした。
「こっちのモンだからとぶち壊してくれるなよ!」
「当たり前だ…ッ!」
オペレーターの文句に答えつつ、ラドゥーンの尾の追撃を機敏に躱す。
「俺もこんなところで死ぬつもりはないからな!」
エル・クラージュが破壊されるような攻撃ならば、自分の身もただでは済まない。
ラドゥーンの様子に気を配りながら、反転する。すると直ぐに水中からラドゥーンの首が再び飛び出した。
「こっちだ!着いて来な!」
挑発するようにそう叫び、加速する。二度、三度と飛びかかるラドゥーンの牙と尾の攻撃と、舞い上がる飛沫を掻い潜りながら湖面を駆け抜ける。
一向に獲物を捉えられないラドゥーンは、ゼロをこれまでの相手とは別格であると認識したのか、新たな動きを見せ始めた。
グニョグニョと蠢いたかと思うと、ハリネズミのように無数の針を形成し、連撃をかける。
「ッんなろ!」
しかしゼロはそれに臆す事無く、冷静に軌道を読み取り、隙間を縫うようにして華麗に回避してゆく。
突然、攻勢が止んだかと思うと、大きな影が周囲を覆う。見上げると巨大な板のように身体を形成しているのが見えた。
そしてそのまま硬質化し、圧し潰すようにして湖面に落下する。――――が、ゼロを潰した感触が感じられない。
瞬間、後方からビームが直撃し、硬質化した身体に衝撃が走る。竜の体に戻って振り返ると、不敵に笑いながら逆走するゼロの姿が見える。エル・クラージュの後方に取り付けられたビーム砲が更に火を噴くが、続くエネルギー弾は全て吸収されてしまった。
「流石だな……もうあのマシンを乗りこなしている……」
冥海軍団員達は、ラドゥーンの激しい攻勢を、無傷で躱し続けるゼロの操縦技術に対し、素直に賞賛を送った。
元々、エル・クラージュは四天王クラスのレプリロイドを支援するためのマシンとして開発されており、一般の兵に扱えるような代物ではない。それを試運転もなしに、ここまで使いこなしてしまうというのだから、流石は伝説の英雄と言う他、言葉はいらなかった。
飛びかかるラドゥーンの牙を再び躱し、方向を転換する。そして、目的のポイントに向け、アクセルを回した。
尚も続く追撃。だが、一向にゼロは捉えられず、ラドゥーンは躍起になったように、さらに攻勢を激しくする。
そのおかげか、ゼロに集中するせいで徐々に生まれ始めた隙。ついに、その瞬間は訪れた。
大口を開け、ゼロへと襲いかかるラドゥーン。その懐から、飛沫と共に蒼い影が湖上へと舞い上がる。
またとない絶好のタイミングである。誰もが作戦の成功を確信した。
「眠りなさい!」
蒼い影――――レヴィアタンはフロストジャベリンの切っ先をラドゥーンのコアに向け、振り上げる。そして飛びかかる勢いを上乗せして、一息で振り抜いた。
……ユル…ナイ…
飛びかかる刹那の内に、レヴィアタンは状況を理解するために思考した。
何故、竜の首がこちらを向いているのか。
何故、その口は開かれているのか。
何故、その牙がこちらを向いているのか。
何故、ラドゥーンは自分の存在を感知し、一瞬の内に補足したのか。
その答えを得るより先に、硬質化した牙がレヴィアタンを襲った。
咄嗟にフロストジャベリンで防ぐが、逸らした牙は彼女の脇腹を掠める。そして飛び散る鮮血と共に、弾かれたレヴィアタンの身体は落下を始めた。
「レヴィアタン!」
トドメの瞬間を確認するため、振り返ったゼロは、その光景に思わず彼女の名を叫ぶ。
牙が彼女の身体を弾き飛ばした瞬間、最高速で引き返し、飛び上がると同時にゼロは腕を伸ばした。そして、落下してきたレヴィアタンの身体を抱きとめる。
「おい!しっかりしろ!」
未だ状況が飲み込めない頭で、ゼロはレヴィアタンに呼びかける。だが、レヴィアタンは激痛に顔を歪めるばかりで、返事ができるような状態ではなかった。
そんな二人に少しの猶予も与えること無く、ラドゥーンが追撃をかける。
慌ててゼロは旋回し、攻撃を躱すと、レヴィアタンの身体を抱え直し、アクセルを絞った。
「いったい何が起こった!妖将様は!?」
ようやく状況が掴めたのか、オペレーターが叫ぶように問いかける。
「分からない!とにかく作戦は失敗だ!一旦離脱する!」
そうは言うものの、ラドゥーンの攻勢は止む気配を見せない。それどころか次第に激しさを増してゆく。
加えてレヴィアタンまで抱えているのだ。状況は悪化する一方で、とてもではないが離脱などできる気がしない。
――――それに……これは……!?
ラドゥーンの攻撃パターンに違和感を感じる。「まさか」と思いながら、いくらか鎌を掛けるような動きをすると、次第にその思いは確信へと変わっていった。
「…私を…捨て…て…行って…」
ようやくレヴィアタンが口を開き、ゼロにそう訴える。水中に潜れば、手負いの自分でも逃げ延びることができるかもしれない。何よりこのまま二人共犠牲になる訳にはいかない。
だが、ゼロは「バカを言うな!」と声を荒らげた。
「あれは………あいつは……」
根拠があるわけではない。ただの直感だ。しかし、ラドゥーンが向ける殺意がそうとしか思わせない。
突如見せた瞬発的な反応。先ほどまでとは打って変わった雰囲気。攻撃の微妙な方向の偏り。間違いない――――
「あいつは…お前を狙ってる!」
何故かは分からない。本来ならば、紅いイレギュラーとして情報を入力されたゼロを優先目標とする筈だ。少なくとも、あの瞬間まではそうだった。
だが、レヴィアタンが湖上に飛び出す瞬間、確かにラドゥーンはこれまでとは違う反応を見せた。そして、今もゼロが左腕に抱える彼女を狙う動きを見せ続けている。偶然とは到底思えなかった。
……ユル…ナイ……ます…ーニ……ア…ナス…モノ………
突如、動きを止めたラドゥーン。次の瞬間、状況は一変した。
「ラドゥーン内部に高エネルギー反応!」
「…まさか……そんなバカな!」
オベールは分析用モニターを前に、愕然とする。
「“その装備”は確かに搭載させた!だが……起動プログラムの入力はまだだぞ!」
ラドゥーンが所持する究極の必殺技。その装備を搭載したのは確かだが、評価試験の際には不必要として、万が一の事態も考え起動プログラムの入力は先送りにしていた筈だった。
しかし、ラドゥーンは今まさにそれを発動させようとしている。理由は分からない。だが、何かの手違いで、或いは何者かの手によってそれは入力されていたのだ。そうとしか考えられない。
――――いや……違う…
そこでオベールは新たな仮説に辿り着く。研究施設内に取り付いた際、充電と共に、コンピューターへ接続し、データを自ら取り入れたのではないか。
メカニロイドの単純な思考パターンだけでは、通常あり得ない。だが、ラドゥーンの中枢はマザーからサルベージしたプログラムを八割方流用していた。ボレアス山脈のレイビット群同様、何かの影響を受けて複雑な変化を遂げていたのではないかと考えれば――――そしてこれまで発見されなかったその変化が、偶発的に今、現れたとしたら説明はつく。おそらく、この一連の暴走劇に関しても。
冷静に分析するオベールを他所に、艦内は騒然とする。「急速旋回!」と艦長が吠え、大型潜水艦はその場を離れるべく旋回を始める。
不穏な雰囲気を醸すラドゥーンから、ゼロは壮絶な悪寒を感じ、陸へと上がり、全速力で遠ざかる。
………ル…ナイ………すたー……ハム…ウモ……………
次の瞬間、稲光のような閃光がラドゥーンを中心に、メラレーン湖を包んだ。
その破滅的な輝きは、直視すれば視覚センサーを焼き切っていただろう。巻き起こる爆音は、聴覚に一定の異常を生む。
ゼロのアースクラッシュを遥かに凌ぐ、そのエネルギー波は想像を絶する程の威力を炸裂させ、メラレーン湖の形を一瞬にして作り変える。
湖の水はその衝撃で津波となり、陸を襲う。ゼロは衝撃に吹き飛ばされながら、レヴィアタンをしっかりと抱きかかえ、エル・クラージュのハンドルを握りしめた。
その場からできる限り遠くへと離れようと必死になって、ブースターを全開まで吹かした。
かくして、周囲に待機していたメカニロイドも含め、冥海軍団の部隊は一瞬にして消滅した。
……ユ…サナ……………ロ…クマ……ック………
……ユルサナイ……
―――― * * * ――――
辺りが宵闇に包まれる中、岩場の影に身を隠し、エル・クラージュを停車させる。
レヴィアタンの身体を優しく下ろして岩の壁面にもたれかけさせ、自分も横に座った。
「……クソッ」
通信が通じない。どうやら、潜水艦はあの衝撃に巻き込まれ、撃沈したらしい。
「……とんでもない戦いに巻き込まれたな…」
脳裏に先ほどの光景が蘇る。自信が放つアースクラッシュ以上に壮絶な威力を持った技を、目覚めてこの方見た覚えがない。
おそらくラドゥーン自身へのダメージも無視できないに違いない。
そう考えれば、そうそう何度も放てる様な技ではないはずだ。無論、希望的観測に過ぎないが。
痛覚を弱めることでなんとか耐えながら、不意にレヴィアタンが問いかける。
「ラドゥーンは……?」
「見失った。位置情報も分からない。……が、あれだけエネルギーを放出した後だ。きっと研究施設の方へ戻っただろう」
とは言え、それも研究施設が無事だった場合の話だ。ゼロ達とラドゥーンとの距離を考えると、消滅したということはないだろうが、間違いなくそれなりの損害は出ているはずだ。そう思いたい。
「………部隊は…?」
ゼロは渋々首を横に振る。
「ダメだ……繋がらない。あの威力だ、潜水艦は沈んだと見ていい……」
「…………そう、沈んだの…」
「そう」と確かめるように何度か呟く。その表情は言いようのない虚しさを感じさせる。――――哀しんでいるような、けれど、どこかで安堵しているような。
しばらく不思議な想いで彼女を見つめていると、表情の理由に思い当たった。
「お前が気にしてるのは…これか?」
「…ぇ……あっ…」
ゼロが懐から取り出したのは、例のフォトスタンドだった。
レヴィアタンはしばらく呆然とした後、手にとって確かめる。角を撫で、画面を摩り、そして小さくため息を吐いた。
「勝手に持ち出すなんて…ね」
「すまない…」
「いいわ……別に」
「フフ」と笑って答える。だが、それを手にした時の彼女の表情は、決して安心感だけに包まれたものではない。何故かは知れないが、どこか残念そうにさえ見えた。
「……大事なものなんじゃないのか…?」
思わず問いかけると、レヴィアタンは躊躇いがちに首を横に振る。
「そんなんじゃ…ないわ。……たぶん」
「『たぶん』?」
いまいち掴めない答えに、ゼロは首を傾げる。レヴィアタンは自嘲気味に言葉を続ける。
「自分でも、どうしてこんな物をいつまでも残しているのか………分からないのよ…」
今の彼女の複雑な表情とは裏腹に、写真の中の二人は眩しいくらいに幸福そうな笑顔を浮かべている。
「……恋人との大切な思い出の一枚だろう…。大事に残して、おかしいことはない」
真剣に言うゼロの顔を見つめ、レヴィアタンは黙りこむ。そして、暫くの後、何かを考えるように目を逸らした後、「フフ」と口元を緩める。
「残念…半分正解で、半分間違い」
「は?」とゼロは狐につままれたような顔で見つめる。そして、何度も映像と彼女とを見比べた。
その様子があまりにもおかしく、レヴィアタンはクスリと笑う。それから、再び考え込んだ後、彼の疑問に対し口を開いた。
「そうね……私の傷が癒えるまで動けないでしょうから…退屈凌ぎに昔話でも聞かせてあげるわ」
それは単純な気紛れだったのだろう。なんにせよ、彼女は自分から過去について、明かすことにした。既に知られていたことはあっても、自ら他人に語るなどというのは初めてだった。
「まず、映像の中の彼。……彼の名はオルジフ。ネオ・アルカディアにおけるレプリロイド工学の権威にして、四天王計画参加者の一人」
痩せ型の身体に、血色のよくない顔のおかげで、病弱そうに見える。だが顔は彫りが深く、男性らしい整った顔立ちをしている。
「そして………‥」
レヴィアタンと瓜二つの顔をした、茶髪の女性を指差す。何処からどう見ても、髪と瞳の色以外は彼女としか思えなかった。
少しだけ口を噤んだ後、レヴィアタンは疑問符を浮かべるゼロに、真実を明かした。
「彼女の名は“レベッカ”。………私の“元”になった人間の女性」
初め、彼女の言葉が理解できなかった。
呆然とするゼロに向かって、レヴィアタンは尚も自嘲気味な笑みを浮かべながら、分かりやすく簡潔に言葉を言い換えた。
「私は、彼女の“模造人形”なのよ」
NEXT STAGE
届かぬ想い、その結末。