表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
激闘編
103/125

19   [D]



―――― * * * ――――



現在、ラドゥーンは壊滅した研究施設の内部に胴体を滑り込ませ、発電装置と接触することで充電をしている。

言わば、彼にとっての食事休憩中だ。


「御存知の通り、ラドゥーンの外装には、直接のエネルギー攻撃は効果がありません」


研究施設から命からがら逃げ果せてきた戦略研究所第七室主任オベールは、3Dヴィジョンに映るラドゥーンを示しながら説明する。


「しかし、彼を倒すには内部に浮いている、コア部分への攻撃が必要不可欠です」


パンテオンヘッドを使用したコア。ラドゥーンの頭脳であり、機能の中枢を担っているコアはその部分である。

しかし、そこへ攻撃を貫通させるには、無敵の外装を突破しなければならない。

自在に硬質化も可能な外装で有るため、仮に、実弾兵器による攻撃を加えたとしても、まともなダメージを与えることは敵わない。


「そこで妖将様のフロストジャベリンによる奇襲攻撃です」


レヴィアタンが愛用する専用兵装、フロストジャベリン。実体刃を持ちながら、エネルギー放出攻撃も可能。更には周囲の水分を集めて凝縮し、瞬間冷却により氷を生成して扱うこともできる優れ物である。


「他の者が彼の気を惹きつけている内に、後方より直接胴体に取り付く。そこから硬質化が起こるよりも早く、直接フロストジャベリンを突き入れ、氷結系攻撃を行えば……」


3Dヴィジョン上に、シュミレーション結果が表示される。レヴィアタンの攻撃速度と硬質化までの速度を比較した数値が表示される。

成功確率……87%。直接取り付くというリスクを考慮しても、十分な数値だ。


「その惹きつけ役が…俺ってことか」


冥海軍団員達が敵意むき出しの視線を浴びせる中、ゼロは不敵に笑い、そう呟く。

あくまでも平静を取り繕いながら、オベールは説明を続ける。


「紅いイレギュラー、あなたはラドゥーンを湖上へ惹きつけ、このポイントへ誘い込んでください。効果の有無はともかく、妖将様に彼が気づくことの無いよう、攻撃の手を緩めずに」


「その点は任せときな。敵とは言え、レディーをそうそう傷つけさせるつもりはないんでね」


「よく言うわ。そのレディーの誘いを平気で断ったクセに」


そう言ってレヴィアタンがクスクスと笑う。

だが、彼女の部下達はそれほど寛大な気持ちを持ち合わせてはいないらしく、ゼロを睨む眼差しは更に強くなった。

「ゴホン」とわざとらしい咳払いを一つして、オベールは話をまとめる。


「それではこれより一時間後、各員が配置についた後、状況開始ということでよろしいですね」


一同が頷いたのを確認すると、最後にレヴィアタンの一言で作戦会議は幕を閉じた。

















――――  4 ――――



「どいつもこいつも……思った以上に俺への視線が厳しいんだよな」


格納庫へと向かう廊下で、数人の兵達とすれ違った後、ゼロがそうぼやく。並んで歩いていたレヴィアタンは「当然でしょ」と肩を竦める。


「あなたのせいで最も苦渋を舐めているのは、私達、冥海軍団なんだから。睨みつけたくもなるわよ」


ガネシャリフの損失、スタグロフの敗退、そしてボレアス山脈の要塞も勿論のことだが、そもそもゼロが眠っていた忘却の研究所を守備していたのも冥海軍団だった。

元を辿れば、冥海軍団の不手際により目覚めてしまったわけで、その点に関しての外部からの風当たりは消して弱くはない。


「本音を言わせてもらえば、今すぐにでもあなたの裏に何者がいるのか調べて、復讐してやりたいくらいなのよ」


そう言って妖しく笑う。『本音』と言いつつも、どこか楽しそうにする彼女の表情に、ゼロはまたも顔をしかめた。


「一応、俺だって“英雄様”だぜ?もう少し温かく迎えてくれたってバチは当たらないだろ」


「こっちのプロポーズをあっさりと断ってくれたくせに、よく言うわ」


目覚めた後、忘却の研究所での戦闘を今更ながら振り返る。そう言われてみれば、そのような誘いをガネシャリフ伝に受けていた。

実際、フラクロスの輸送列車襲撃作戦を成功させるまでの間、ネオ・アルカディア側はゼロに対しそこまで攻撃的な対応を考えておらず、むしろ、救世主エックスの無二の親友ということで、軍門に加えようという声まであった程だ。

だが、輸送列車襲撃から、ゼロの脅威が目立ち始めると共に、元老院達の認識も改まり、現在に至るわけだ。


「なんなら今からでも“こっち”に来る?私としては歓迎よ」


「御免被る。残念ながら、今の状況で『はい行きます』とのこのこ答える程、落ちぶれちゃあいない」


「……ホント、残念」


そう言いながらも、やはり彼女は嬉しそうに微笑んで見せた。

レヴィアタンの言う通り、冥海軍団に対し多大なダメージを負わせたことはゼロ自身、自覚していた。だが、彼らの視線の理由がそれ以外にもあるのだと言う予測はついていた。

自分達冥海軍団のトップであるレヴィアタンが、部下が監視を申し出たにも関わらず、それを断り、自らその役についているのだ。しかも相手は今、最も危険なイレギュラーである“あの”紅いイレギュラーなのだから。あらゆる点で誰もが内心、気が気でないに違いない。

そんな彼らの心情を思えば、ゼロもあまり派手な動きをするつもりにはなれなかった。


しばらくして辿り着いた格納庫。十数台のライドチェイサーが整頓されて並ぶ中、多数の配線が繋がった一台へと近づく。

一際目を引く、白い流麗なデザインが、他のライドチェイサーに比べ遥かに上等なものであることをハッキリと主張している。


「これは最新型ライドチェイサー、アディオンⅨ“エル・クラージュ”。試作段階の代物だけど、十分実戦配備可能な状態よ」


イレギュラー戦争時代、特Aクラスのイレギュラーハンター達に配備された高性能ライドチェイサー“アディオン”。

ADU-T400 turbo“チェバル”に始まるライドチェイサーの歴史の中でも、一流のハンターにしか扱えないジャジャ馬的性質を持ちながら、あらゆる性能において、他のライドチェイサーシリーズを圧倒し続けてきたそのマシンは、今でも伝説の名機として知られており、過去の実戦データの解析と共にネオ・アルカディアの戦略研究所で後継機の開発が続けられていた。

ゼロが最近使用していたものも含め、白の団に配備されていたライドチェイサーはアディオンのデチューン機“ハーネット”の後継機であり、アディオンとは雲泥の差がある。しかも本拠地に配備されていたものについてはエルピスが苦労して集めた数十年前のマシンであり、その性能が保たれてきたのはドワ達整備班の腕のおかげによるところが大きい。

四軍団や第十七部隊に配備されているのは、バリウスと呼ばれるマシンの後継機であったが、これもアディオンに比べれば性能的には見劣りしてしまう。


「加速性、反応性、最高速、エネルギー出力――――どれをとっても今あるライドチェイサーの中でも一流の機体よ。火気管制プログラムの見直しとサイバーエルフリンクシステムの大幅改良のおかげで、戦闘面においても期待できるわ」


ゼロはレヴィアタンに促されるまま、エル・クラージュに跨る。

乗った瞬間から、これまで扱ってきたマシンとの感覚的な差に、思わず溜息を漏らす。

ハンドルやシートの感触から、計器類の配置や無駄のない重量感、果ては自身との一体感まで、あらゆる点で高性能機としての所以を思い知らされる。


「今回の作戦にあたって、これをあなたに貸してあげる」


ラドゥーンの攻撃を掻い潜り、囮としての任を全うするにあたって、それだけの高性能機が必要であると判断された。


「アナタほどのレプリロイドなら、十分扱いきれるでしょ?」


「……簡単に言ってくれる」


そう言いながら、ゼロはニヤリと嬉しそうに笑みを浮かべる。

ネオ・アルカディアが誇る技術力の粋を集められた高性能機。跨っただけでゼロの心はその虜となっていた。


「一応言っとくけど貸すだけよ。勘違いしないで」


「白けるようなこと言ってくれるなよ」


レヴィアタンの鋭い視線に、名残惜しい気持ちを抑え、渋々と降りた。

とは言え、ここまで上質のマシンに一度でも乗る機会ができただけでも儲けものだ。そう考えられる程、エル・クラージュは完璧なマシンだった。


「レルピィも解放してくれると嬉しいんだがな。こいつもいた方が、遥かに心強い」


そう言ってコアユニットを見せつけるが、レヴィアタンは「我慢するのね」と笑いながら一蹴した。


「試運転の一つもさせてあげたいところだけど……まあ、そこは経験でカバーして」


「そのつもりさ。大丈夫、こいつとは初めて会った気がしない」


そう言いながら車体を優しく撫でた。

実際、イレギュラー戦争時代にゼロやエックスが愛用していたマシンはアディオンだった。記憶を取り出せない状況だとはいえ、感覚的に懐かしさを覚えてしまうのも無理は無いのだろう。無論、彼自身にとってその理由自体は憶測の範囲なのだが。


「フフフ……流石ね。自信のある男って素敵よ。過剰なのは問題だけど」


「ありがとよ。だが…これ以上褒めてくれるなよ。お前の部下達から熱い視線を感じてならないからな」


整備員達の殺気を含んだ視線から目を背けつつ、ゼロは苦笑を浮かべた。


「で、お前の方は大丈夫なのか?……水中戦になるわけだが――――」


「ご心配なく。水中は私の庭よ。まあ、荒廃したこの世界じゃあまり見せる機会はないのだけど」


レヴィアタンが着ているボディスーツは着用することで感覚が皮膚と直接リンクする特別製である。その感度は肌に直接触れた場合と寸分違わぬ精度を誇り、水中戦においても彼女の戦闘レスポンスを妨げること無く、身を守ることができる。

無論、水中へ赴く時はフルフェイスの専用ヘルメットを被ることになる。


「妖将の戦い振り、とくと見せてあげる」


挑発するようなレヴィアタンの笑みに、ゼロは「楽しみにしてるぜ」と言葉を返した。



それからゼロは再びエル・クラージュに跨ると、システムのチェックを始めた。マシン性能の詳細を確かめつつ、自分に適した設定に合わせてゆく。

レヴィアタンは胸の前で腕組みし、壁に寄りかかった。それから少し考え込んだ後、ゼロに問いかける。


「一ついいかしら?」


「何だ?」


「あなた、サイバーエルフに“ダーリン”なんて呼ばせてるのね」


「…………」


思いがけないツッコミに、ゼロは思わず言葉を失う。そして、数秒の硬直後、彼女の言葉をようやく理解した。


「……レルピィと話したのか?」


「あなたを回収した時にね。『ダーリンに気安く触んないで~』って散々喚いてたわ。五月蝿いから直ぐに封印したけど」


「成程」とコアユニットを眺める。

意識を失っている間、力及ばないにしても、ゼロを護ろうと必死に動いてくれていたわけだ。尚更、感謝の気持ちが募る。


「そこまで気性の激しいサイバーエルフなんて…初めて見たわ。相当手の込んだプログラムが組まれているのね」


素直に感心を言葉にするレヴィアタン。だがゼロはシステムのチェック作業を進めながら「その言い方はナンセンスだな」と返す。


「確かにプログラムに源泉はある。だが、コイツらも一応、“生命体”を名乗ってるんだ。その激しい気性もコイツ個人の“性格”として捉えるべきだ」


「……つまり?」


「後ろの部分は余計だってことさ。コイツは“道具”じゃない。俺の大事な“パートナー”だ」


本心からの言葉だった。

しかし、その考えに当てはまるのはレルピィだけではない。あらゆるサイバーエルフに対し、ゼロは同様のスタンスで付き合っていた。

だが、その在り方に、レヴィアタンは驚きを隠せない様子だ。


「ネオ・アルカディアの研究者連中でも、そんな風に考える人間は見たことないわ」


サイバーエルフという存在に対する見解というのは、基本的に“道具”としての側面が大きい。ハッキングやクラッキング、それらから情報を守るための防壁――――そう言った活用場面を考えても、それ以上のものとして捉えることは基本的に無く、“パートナー”とまで口にする者は稀だ。

ゼロとしても、確かにそう言った背景があることは理解できる。シエルやペロケのように、まるで友人のように接する技術者ばかりではないことも分かる。だが、個人的にそうした付き合い方をこそ認めたいと思うのだ。


「……もしもコイツらを只の道具だと割り切ってしまうのなら…俺達は、俺達自身を“道具である”と認めたも同然だろう。俺はそんな在り方を認めたくはない」


“道具”――――只、目的を遂げるための手段としてしか扱われない存在。ゼロ達レプリロイドも、その点で言えば“道具”として扱われてもおかしく無い存在で、精神や感情を単なる“プログラムの産物”として受け取るのであれば、その扱い方を認めたも同然と言っていいだろう。

故に、サイバーエルフ達が持つそうした部分を、ゼロは否定したくはなかったし、彼らの生命体としての尊厳もまた認めたいと思うのだ。


「コイツらも、俺達も、個性を持った一人の命だ。プログラムに縛られただけの生き方を決定づけられたわけじゃない」


自分で考え、時に迷い、生き方を選ぶことができる。

楽しいこともあるだろう。嬉しいこともあるだろう。苦しむこともあるだろう。悲しむこともあるだろう。――――そうした経験を自然に受け容れ、反応できる自我を持っているのだ。


「笑うこともあれば、怒ることもある。憎むこともできれば、愛することもできる。個別の精神と感情、人格と個性を持ち合わせた立派な“生命体”だ」


そう言って真っ直ぐな瞳でレヴィアタンを見つめる。その瞳が、「お前もだろ?」と問いかけている。


「誰かを愛した感情を、プログラムなんかのせいにしたくはないだろ?」


「………思ったより、しつこいのね」


ゼロの言葉の意味を解すと、レヴィアタンはそう言って、苦笑いを零す。

彼が言っているのは間違いなく、机の上に置いておいたフォトスタンドの映像についてだ。


「興味が湧いたのさ。こんな潜水艦の中にまであんなものを持ち込んで。話を振れば嫌がって……――――そこまで固執する過去ってのが一体どんなものなのか…な」


「あなたにだって……それだけの容貌なら、そう言う過去の一つや二つあるでしょ?」


「あったかもしれない…――――が、今の俺には無いも同然さ」


そういえば、紅いイレギュラーは記憶喪失状態にあるという情報を、レヴィアタンは思い出した。

成程、もしかしたら彼は過去の記憶を失くしたがために、他者の過去に関心を持ったのかもしれない。只の推測に過ぎないが。


それからそっぽを向き、レヴィアタンは機嫌を損ねたように黙り込んだ。それを尻目に、ゼロは作業を続ける。どうやら彼女の癇に障る事は元から承知の上だったらしい。そんなゼロの態度が、レヴィアタンには余計に腹立たしく思えた。

だが、そうして宙を見つめながら一人考える。

確かに自分は、この過去に固執し続けている。仕方のない事だ。プログラム以上に、自分の存在意義を揺るがす重要な過去なのだから。


「………羨ましいわ」


ポツリと呟くように、そう言う。ゼロは、「え?」と尚もそっぽを向いている彼女の方へ視線を向けた。


「あなたみたいに……何もかも忘れられたら、少しは楽になれるのかしら」


それは、彼女がようやく零した本音だった。少なくとも、彼女の哀しげな、寂しげな表情が、ゼロに証明してくれている。

ゼロの方へ再び顔を向ける。


「私もあなたの意見に賛成よ。自分自身をプログラムに縛られただけの只の道具だなんて認めたくはない」


「だけど」と、言葉を続ける。


「……だけど時々、自分の感情を否定したくなるわ。一個の道具に成り下がることが出来れば……そうすれば、きっと――――」


「過去を忘れたところで、束縛からは逃れられない」


鋭く響く声が、レヴィアタンの言葉を遮る。


「それはお前自身が通ってきた道だ。どれだけ否定しようと、忘れようと、その経験をした事実は失くならない。だから、お前はその過去の影を背負いながら生きていくしか無いのさ」


「……それは経験者としての意見?」


ゼロは「そう取ってくれていい」と苦笑気味に答えた。


ああ、確かにその通りだ。ある一点において、レヴィアタンは過去を封じ込めていた。そのことに自分自身気がついている。そして、その事実こそが、彼女を最も強く縛り付けている原因となっていた。

ゼロの言う通り、例え忘れても、蓋をしても、その過去と共に生きてゆくしか無いのだろう。

だが不思議なことに、そのような過去を失いたくないと思う気持ちも確かにあった。

思い返してみれば、決して哀しい事ばかりではなかった。幸福もあった。慕情を抱いていた。それ故に募る黒い感情も否定出来ないのだが。


忘れたい。忘れたくない。失いたい。失いたくない。――――そんな雁字搦めにあいながら、今日まで生きてきた。そして、きっとこれからも……‥‥


そんなことを考えながら目の前にいるゼロを見つめる。

彼もまた同じように、思い出せずとも拭い切れぬ過去を背負いながら、今も闘い続けているのだろうか。

いや、きっとそうなのだろう。そうでなければ、揺らぐこと無く、無二の親友と呼ばれる相手に刃を向けることなどできない筈だから。


「……やっぱりあなた、“こっち”に来なさいよ」


微笑みながらそう言うレヴィアタンに、ゼロは思わず首を傾げた。










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ