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暖炉に花。

作者: じゅん

 私は振り返ることなく、飛行機の搭乗口に向かった。枷でもついたかのように重い足取りだったが、彼が背中を押してくれた途端、羽が生えたみたいに軽くなった。


 小学生の時に買った、足が速くなる靴を思い出した。どこまでも行ける。行けてしまえる。自転車とセットならなお良し。


「ありがとう」


 そんな声が聞こえた気がした。


 今朝の星占い。ラッキーアイテムは、お互いに和菓子と暖炉。夏に暖炉て。サンタクロースが煙突から入ってきそうな家で暖まりながら。カステラでも。


 そっか、カステラなら。私の目指すパティシエと。和菓子の中間くらいじゃない? 最後に伝えたかった言葉はそんなものでよかったのかもしれない。でも。それすら言えずに。私はもう空にいる。




「コスモスの花には、ショコラの香りのするものがあるって知ってるかい?」


 パリのショコラトリーで働く私に、同僚が教えてくれた。彼女もベルギーから来ていて、同じようにプロを目指している。年は私のほうが上なのに、まるでお姉さんみたいに色々教えてくれる。


「チョコレートコスモスって言ってね。面白いのは花言葉に『変わらぬ想い』と『恋の終わり』という正反対のものがあるんだ。面白いよね。日本ではバレンタインの日は、女性が男性にショコラを贈るんだろう?」


 パリでは、というかヨーロッパでは基本的にお互いに贈り合ったり、チョコレートではなく花やアクセサリーなどが多く、ホワイトデーも義理チョコというものもない。


 もうそんな季節か。カレンダーを確認すると、クリスマスマーケットも終わってそろそろ。年がら年中売っているので、チョコレートで季節感を感じなくなってきていた。


 もう何年もそういう贈り物をした記憶はない。花屋でチョコレートコスモスの花を見かけた。そして気づく。




 きっと。あの日に私の恋は終わったんだ。




 パリの七時五九分は、日本の一五時五九分。こんな時間に星占いなんてやっていないだろう。あなたは今、私よりも八時間早く生きている。


 なんでだろう、手紙を書きたくなった。数年前までやり取りをしていたような、文字通り光速で届くメールではなく、何日もかかってしまう、時代に逆行したかのような手紙。きっと窓の外にチラつく雪が、暖炉を思い出させたのかもしれない。使うよりもオシャレだからという理由で、こっちに来た時に買ったレターセット。


『ありがとう』


 その言葉だけ。全てひっくるめて。変わらぬ想いを、手紙と一緒に閉じ込めた。

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