「…少しよろしいでしょうか?」
ゆるふわ設定。生暖かい目で読んでください。
ここは年頃の貴族令息と令嬢が集う学園。
昼の休憩時間を利用して僕は校舎裏のベンチに座って本を読んでいたのだけど、しばらくすると、蜜を含んだかのような甘い声の令嬢と、誰もが振り返るような美形な令息が少し離れた隣のベンチに座った。
「ローラン様ぁ、ここにしましょー!他の人もいないしぃ。あの…この間はぁ、助けてくれてありがとーございましたぁ。まさか王子様だったなんて…!」
どうやら僕の存在は無視するようだ。
眼中になさすぎて見えてないのかもしれないな。
小柄で華奢な身体に、こぼれ落ちそうなほど大きく丸いピンク色の瞳、ミルクティーのような柔らかい茶色の貴族令嬢にしては短い肩ほどの長さのふわふわとした髪の毛の美少女で、間延びしたような話し方をする彼女の名は、ミーティア・ハーメルン。天真爛漫で快活な性格で、他の貴族令嬢とは少し違った特殊な経歴を持っている令嬢だ。
彼女は、当代のハーメルン男爵が当主になる前に恋仲になった平民との間に生まれた庶子だった。ハーメルン男爵の子であるとは言え、男爵には貴族の正妻が居る以上、家を継ぐのは正妻の子だ。だから平民との間にできた庶子の彼女は嫡子として迎えられることはなかったはずだったのだが、男爵と正妻の間には子が生まれず、正妻の年齢がこの国で考えられている出産の適齢期も過ぎるという頃に、男爵が正妻に彼女の存在を打ち明け、学園へ入学する1年前に男爵家へ迎え入れられたそうだ。ちなみに彼女の実母は病で数年前に亡くなってるらしい。
「いや、構わないよ。それで、今日はどうしたんだい?」
対して美形の令息は、なんと…この国の第一王子だ。ローラン・ハプスレア第一王子殿下。
ロイヤルパープルと言われるこの国の王家の血筋に現れる青みがかった宝石のような紫の瞳に、さらさらの金髪、令嬢達に大人気の美しい顔に、ムキムキではないが整った体躯でスラッと伸びる手足は同じ男として羨ましいくらいだ。
性格というか能力については……不敬になるので大っぴらには語られないが、愚鈍ではないが特別優秀な訳ではなく、優しい人柄は美点ではあるが、やや優柔不断なところがある、そして些か視野が狭い、と評価されてると聞いたことがある。それが本当だとすると、優柔不断で視野が狭いのは王族としてどうかとは思う。それが原因かはわからないが、第一王子であるが、未だ王太子として立太子はしていない。
まぁ、この国では法律で定められてるわけではないにしても長子が跡継ぎという風潮だし、第一王子は王妃様の子で、この国随一の資産家である公爵家のご令嬢との婚約も結んでいるので学園の卒業後に立太子されるのではないかともっぱらの噂だ。
ちなみに、僕は王子と交流なんてないし遠目から拝見するだけの存在なので王子を評価するなんて烏滸がましいんだけど…、いつも笑顔を浮かべ柔和な態度であることは好ましいとは思う。ただ、第一王子殿下として見ると少々威厳に欠けるのかなとは思った。
あと、今はちょっと浅慮かな、というのも追加で。
だって、いくらここが室外で学園の敷地内には多数の人間がいるとは言え、僕がたまたまここにいなければ婚約者でない令嬢と2人きりだ。
貴族なんて笑顔で足の引っ張りあいをする連中なんだから、2人で過ごしていればあることないこと噂される可能性もある。さすがに王子の醜聞だ!と声高に噂する人間は少ないだろうが、全面的にハーメルン嬢の醜聞として広まる可能性がある状況であることに気づいていないのだろうか…。
「お時間ありがとーございます!ローラン様にどーしてもこの間のお礼がしたくてぇ。さっきは突然話し掛けたのに、ローラン様とふたりで話す時間くれるなんて側近の人たちもローラン様も優しいですぅ。」
「お礼なんていいよ、この間は講堂に案内しただけだからね。今日は私も息抜きしたいタイミングだったし丁度よかったよ。」
「優しい~~!!ローラン様素敵ぃ!」
「はは、ありがとう。君は、なんというか…他の貴族の子達と違うね」
「えっ、わたしなんか変ですかぁ?!」
「ああ、いや、そうじゃない…何て言うのかな、君は素直だよね…思ったことを伝えてくれるし、表情もコロコロ変わって…本物の笑顔だ。とても魅力的だと思う。…僕が話したことがある令嬢たちはみんな作った感じの笑顔を浮かべてて…こんな風にお喋りなんてしないしね。」
「魅力的だなんて…えへへ…恥ずかしいですぅ。他のご令嬢はぁ…なんで嘘の笑顔をするんですかねぇ?」
「嘘…と言うわけではないんだろうけどね…。貼り付いた笑顔や媚びを売るような笑みばかりだ。私は王子だからね、どうしても私自身というより、王子という肩書きだけを見られてしまうのかもしれないね。」
「それは悲しいですねぇ。わたしは平民上がりって馬鹿にされてるのか全然友達できなくてぇ、周りと距離を感じるので、ローラン様の寂しい気持ち分かりますぅ…!」
うわぁ………なんて会話だ…。
男爵令嬢が王子を呼び止め、あまつさえ二人になる時間をもらったのか?王子の言葉を遮るなんてありえないぞ。しかも自分に友達がいないことと王子の境遇を比べるのか…?
…そもそも誰も平民上がりだからって馬鹿になんかしてない。今は入学から1週間しか経ってないからまだ交流が出来てないって言うのもあるが、学園に入学するまで1年あったはずなのに基本的なマナーさえ出来てないことに距離をおかれてるだけだ。平民でもマナーやルールがあるだろう。貴族だからとか平民だからとか関係ない。
そして王子、貴族たるものいちいち感情を表情に出すなんてあり得ないから。家族しかいないような私的な場所ならいざ知らず、王子と対面する時なんて、淑女の微笑みを浮かべる令嬢が正解だから。貴方自身も感情を顔に出さないよう教育されたでしょ。
「寂しいか…、確かに私は寂しいのかもしれない。私は第一王子という立場に生まれたから、自由はあまりなかった。行ける場所は王城の中だけ、と言っても幼少の頃はたまに城を抜け出しては護衛に捕まって怒られたけどね。友達と遊び回るなどもしてみたかったが、今まで、出会う者は全て決められた者たちだけだった…。本当の友と呼べるものは居ない気がする。それが、寂しいと感じるんだ。
自分で物事を判断できるようになった今も、友と呼べるほど気を許せる相手はなかなか作れなくてね…」
おいおいおいおい…馬鹿か。第一王子、ちょっと浅慮だけど馬鹿ではないと思ってたのに…もしかして馬鹿なのか?
自由がないって、貴族の子供に与えられる自由なんてそんなに多くない。教育に充てられる時間も多いし、貴族の子供が自由に飛び回れば誘拐されるのがオチだ。
国の混乱を招こうとするものや、第一王子を廃して第二王子、第三王子を王位につけたい派閥も居るから、王子という立場上、誘拐だけじゃなくて暗殺にも気を付けないといけないだろうし、普通の令息に比べれば更に窮屈だったかもしれないが、高位貴族の令息だって下位貴族に比べて学ぶことが多すぎて全然自由がないと聞いたことあるぞ。なんならさっきの話だと王子は護衛がたくさんいる分、城を抜け出して市井に行ったりしたことあるみたいだし、一部の貴族の子供より自由だった説まであると思う。
あと、出会う者が決められるのは貴族…それも王家に生を受けた以上は仕方ない気もするな。たかが男爵家の僕ですら幼少期の交流は親が決めるんだから。
王子の言う今まで出会った決められた者と言うのは、将来の側近候補や婚約者候補だろうから、血筋の確かな者、優秀な者が選ばれているはずだ…。王家に害のあるものは排除され、王子の将来のために交遊関係もある程度ふるいにかけられるだろうし、わかりあえることも多いんじゃないのか?たとえ決められた者だとしても、出会ってから友達になれるかどうかなんて王子次第だったのでは、と思うけどね…。
「えぇっ、そんなの寂しいですねぇ。わたしが小さい頃のローラン様に会ってたらいろんなとこに一緒に行ってー、寂しい思いなんて絶対にさせないのにぃ!もちろん今もですよぉ!」
「ふっ、そんなこと言われたのは初めてだよ。ありがとう、ハーメルン男爵令嬢は優しいね。」
「えへへっ、あ、わたし平民だったから家名に慣れなくてぇ…わたしのことはミーティアって名前で呼んでください!」
「わかった、ミーティア嬢」
「はいっ、ローラン様っ!」
いや、小さい頃に会ってもいろんなところには行けないよ。優しいか?えぇ?
そして、ハーメルン嬢は婚約者でもない異性…しかも王子に名前を呼ばせるのか…王子は呼んじゃうのか…どーなんだそれは……。というか、ハーメルン嬢は王子のことずっと名前呼びだな。不敬だろ。もしかして王子が良いって言ったのか…?
え、王子婚約者居るよね…。学園一と言っても過言ではない美貌の公爵令嬢様が。
「あっ、そうだ!お礼!あのっ、この間のお礼しようと思ったんでしたぁ!」
「ん?お礼なら先程聞いたよ?」
「んー、言葉だけじゃ伝わらないかなぁって思ってクッキー焼いてきたんですぅ!どうぞっ」
は?手作り菓子?
それを?渡すの?嘘だろ?
「手作りなのかい…?すごいね、お菓子をつくれるだなんて!私は調理場には入ったことすらないよ。」
「自信作ですっ!高貴な方たちは調理場にはいかないって聞きました。でも、わたしは平民出身だし料理は身近なんですぅ!それにお義母様もお料理を時々されるらしいんですよぉ!」
「へぇ、男爵夫人が?いままで私の周りに居た者は伯爵家以上の者だからか料理を自身でするというのは聞いたことがないな…」
え、王子それ受け取るの?
てか、爵位は関係なしにどこの家も料理人がいるし、貴族が料理するなんて言わないだろ。料理人を目指すなら別だが、料理を自分で作るなんて言ったら使用人の仕事をするなんて生活が苦しいんじゃないかって馬鹿にされるからな。貴族社会の嫌なところだ。
だから、料理をするとしても個人の趣味の範囲内で収め、仲の良い友人や婚約者に打ち明けることはあっても誰にでも聞こえるところで口外したりはしない。
「子爵家や男爵家では料理をする者も多いのか?」
「んー、他のお家のことはあんまりわかんないですけどぉ、きっとそーだと思いますよぉ!」
「そうか、新しい発見だな。私はあまり王城外の生活には詳しくなくてね。形式的な知識はあるが、実際の生活はわからないものだな。もしかして、私が知らないだけで、子爵家や男爵家の者にはミーネル嬢みたいに素直な子も多いのだろうか…?気安い友のように過ごせる人を学園で見つけてみたいものだ。」
「偉い人ってぇ頭固いし、わたしと同じ男爵家の人とかはぁローラン様が今まで会ってきた人よりも気安いかもぉ!
マナーだってそこまで厳しくないって聞いたし、平民に近い距離の人もいるとも言ってたから頭も柔らかいのでぇ、きっと殿下とも本当の友達になれる人が沢山いますよぉ!わたしみたいな!」
いやいやいやいや…。
は?王子もハーメルン嬢も何を言ってるの?
気安い?そんなわけ無い。下位貴族なんて、高位貴族の機嫌を損ねたら終わりだ。
教育の内容や所作などは高位貴族に比べれば求められるレベルが違うから緩く見える可能性はあるが、挨拶や高位の者に対しての話し方などのマナーは幼少期の教育で最初に習うレベルで大事なことだし、気安く話し掛けるなんて有り得ない。
え、ハーメルン嬢と一緒にしないでほしい…。
今までの会話は突っ込みどころが多いよ…。
もう黙って聞いてるの無理なんだけど。あまりにも言いたいことがありすぎる…。王子を否定するようなことを本人には言えないけど、ハーメルン嬢には絶対いろいろ言った方がいいわ。
え、どうしよ、会話に割り込むのは不敬になるかもしれないが、やむを得ないか…?学園内だし罰則を課せられることはないよね。
僕はそう思いながら立ち上がり、きゃっきゃっと話すふたりへ近付く。
「…少しよろしいでしょうか?」
僕がそう声をかけると、ハーメルン嬢はキョトンとした顔をして僕をみやる。存在に気付いてなかったようだ。
王子は僕の存在自体には気付いていたようで近付いてきた僕を見て「どうかしたのか?」と告げる。
「お話しされているところを遮ってしまい申し訳ございません。私はキーケリー男爵が長子、リムニロ・キーケリーと申します。本来なら第一王子殿下に私から話しかけるなど礼儀に反することかと存じますが、ご容赦いただけますと幸いです。」
「学園内だし、気にしなくて良いよ。私はローラン・ハプスレア。知っての通り、この国の第一王子だ。それで、どうしたんだ?」
「寛大なお心に感謝いたします。話しかけましたのは、そちらにいらっしゃるハーメルン男爵令嬢に申したいことがありまして…。」
「えっ、わたしぃ?」
「ミーティア嬢に?」
「はい、同じ爵位の家のものとしてどうしても伝えたく…殿下の御前で失礼かとは思いますがハーメルン男爵令嬢と話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「それは…構わないが…。ミーネル嬢もいいかな?」
「んー、ローラン様がそー言うなら良いですよぉ」
「ありがとうございます。それでは、ハーメルン男爵令嬢…少し来ていだけますか。」
ハーメル男爵令嬢は立ち上がり、こちら移動してきた。この距離だと王子に話している内容は丸聞こえになるはずだが、仕方ない。聞かれても困るようなことは言わないしね。
「それでぇ?なんですかー?えー…っと…リムニー?様」
「私はリムニロ・キーケリーです。名前ではなくキーケリーと呼んでください。」
「はぁい、それで、キーケリー様のお話ってぇ?」
こてん?と首を傾けて、こちらを見てはいるものの僕に対しては全く興味がないらしく名前を間違えた挙げ句、髪の毛の毛先をくるくるしながら聞いてくるハーメルン男爵令嬢。
まぁ、いいけどね。
「同じ男爵家の爵位を持つ家の者として、言いたいことがありまして。」
「ふぅん?」
「貴族は遠回しな言い方が美徳とされますが、今回はいろいろ…思うことがありますので、直球で伝えさせていただきますね。」
直球で言わなきゃ理解できなそうだし。
「えっ、わたしのこと好きとかで「違います。」
「遮らなくてもいいじゃないですかぁ!じゃあなんなんですかぁ?」
「それでは。まず、第一王子殿下のことを名前で呼ぶのは不敬です。もし、名前で呼んで良いと言われているのだとしても貴女は婚約者ではないのですからローラン様ではなく、ローラン殿下と呼ぶべきです。」
「え、なに?そんなのだれが名前で呼んでもいーじゃないですかぁ!ローラン様には注意されてないしぃ。」
ちょっとムッとした表情でそう言うハーメルン嬢。
注意されなければ言っていいってことじゃない。
「第一王子殿下に注意されるまで続けると?不敬な考えですね。それに殿下には婚約者の方がおります。婚約者ではない異性の方が親密に名前を呼べば、いらない勘繰りをされることもありますし、婚約者の方へ配慮するべきです。
また、自分の名前を呼ばせるのもどうかと思います。平民の方は家名を持たないので名前で呼ぶのが当たり前で慣れているのかもしれませんが、今の貴女は貴族なのです。貴族が名前を呼ぶのは家族、婚約者、親しい付き合いがある者など限られた者のみなのです。そんな中、入学して1週間しか経っていないこのタイミングで貴族になって日も浅い貴女の名前を殿下が呼んでいれば、いらぬ憶測や妬みを買います。」
殿下を篭絡しようとしている愛妾を狙っているなど噂が流れるかもしれませんし、つま弾きにされるかもしれませんね…。
そして、殿下はマナーのなってない女に篭絡されたとか、婚姻する前から愛妾をつくるクズとか言われるかもしれません。もしくは一部の令嬢からは、あの子がいけるならわたくしも、と狙われるかですかね…。
「えぇ~?名前呼べる人が限られるとか変なのぉ!」
「……変でもなんでも、良くないことなのです。…次に、たまたま話が聞こえてしまったのですが、ここに来る前、第一王子殿下に貴女から突然話しかけたようですが、本来、爵位が下の者から話し掛けるのはマナー違反です。」
「でもぉ学園では平等って「私は気にしてな「この学園での平等と言うのは、爵位が上の者が下の者を虐げたり爵位を笠に着て不当な行いをさせないために掲げられていると聞いています。教師の方が生徒より爵位が低いこともありますから、【教師は生徒を平等に扱う】という意味だそうです。入学式の挨拶で学園長が仰っていました。
生徒同士で下の者が爵位も気にせず高位の者に気安く話し掛けて良いということではありませんので、マナーは守るべきです。もちろんここは舞踏会の会場では無いので、ある程度目こぼしされていますし、授業や学園生活の中でやむを得ず下の者から話し掛けなくてはいけない場面もあるでしょう。普段過ごす時は爵位関係なく話して良いと当人同士で交流をとっている方達もいるでしょう。それは、あくまでも時と場合、当人同士の交流によるものであり、いつでも、誰にでも気安く接して良い訳じゃないです。」
なにやらハーメルン嬢と王子がなんか言おうとしてたが聞こえてないふりをして話を続ける。
「それと、先程友達ができず周りの方と距離を感じると殿下に伝えてましたが、入学して1週間で皆が友達になることは無いかと。これから過ごしていく中で友もできるでしょうが……、マナーを守れない方に近付く方は少ないです。友人を多くつくりたいのであれば、貴女はもう少しマナーを学んだ方が良いです。自分の評判は家の評判に繋がりますし、付き合う友人も自分の評価に繋がることがありますので、貴族であれば誰しも付き合う人間を選びますから。」
「なにそれぇ?さっきから貴族貴族マナーマナーって意味わかんないしぃ。…わたしが元平民だからマナー分かんない馬鹿だって馬鹿にしてるんでしょ!」
友をつくりたいならマナーを学ぶべきだと告げると、ハーメルン嬢は顔を赤らめ眉をつり上げて言い返してくる。
「はぁ?…ンンッ…失礼。元平民だからというのは関係ありませんし、馬鹿にもしていません。私は事実をのべただけです。今の貴女は平民ではなく貴族ですし、これは貴族だからこその忠告です。貴女の行動は少々目に余るところがありますから。」
「なによぉ…!」
「……これは、今言うべきことか悩んでましたが…殿下の側近候補である、ローメイ侯爵令息、イメーロ伯爵令息と何度も話していることが噂になっていますよ。密室ではないにしろそれぞれの令息と2人きりに近い状態でお喋りしていると。私自身も一度、イメーロ伯爵令息と貴女が話してるところを見たことがありますが……距離が近いです。殿下とお話しされてる時もそうでしたが、適切な距離感を保った方が良いです。未婚の男女が2人で居るのは、互いに婚約者が居ない状況であったとしても余り良いとは言えないですが、2人の令息には婚約者がいますのでより状況が悪いです。
貴女にその気があるか無いかは置いておいて、婚約者のいる異性に妄りに近付く行動は、身持ちが悪い、誰にでも媚を売る尻軽と言われても仕方の無いことですし、信用を無くします。今現在でも、貴女と令息が話しているのを見た令嬢達から婚約者がいる方に近付くなんてはしたない、と顰蹙を買っていますので、いずれそのように言われるかもしれないことをしていると認識された方が良いかと。そんな噂のある方と付き合いを持とうとする方はいませんよね?なので、今後はやめたほうがいいです。」
「みっ、みもちがわるい、尻軽?!わたし変なことはしてないのに!」
「…してなくても、貴族で未婚の男女が二人きりになるということはそれだけ外聞が悪いんです。まして、貴女は男爵家、相手は高位貴族ですから妬みも含まれるでしょう。
あと婚約は契約ですから、婚約者が居る方と2人で居るようなことを続けて、もしも貴女が原因で令息達の婚約が破談になれば、お相手の令嬢からハーメルン男爵家に慰謝料の請求をされる可能性もあります。高位貴族から請求される慰謝料が如何程かはわからないですが、破産する可能性もありそうですね。
貴女の行動は、ハーメルン男爵家の評価にも繋がるんですよ。今、殿下と2人で居るところを見られれば噂はより広まりますし、もっと悪い噂になるかもしれません。そうすれば、きっと貴女は孤立するし、ハーメルン男爵家の未来は潰れるかもしれません。」
2人で話すだけで破談にするような令嬢は居ないかもしれないが、自分の婚約者に無邪気に近寄る令嬢がいたら気分が悪いだろうし、あの距離感で話してるのを見たら不貞と言われても仕方ないし十分有り得る話だ。
「い、慰謝料…?もっと悪い噂が流れて……お家が潰れる…?」
「入学してからこの1週間、貴女に"婚約者のいる方へ近付いてはいけない"と注意してくれる方は何人か居たはずです。それは、貴女のことを思った諫言なのに、貴女は取り合わなかっただけではなく、元平民だからそんなこと言うのかと言っていたでしょう。元平民という言葉を免罪符にしてマナーを疎かにしないでください。わからないなら学ぶべきです。貴族になって1年ほどだと耳にしてますが、1年でも学べることはあったはずです。もちろん幼少期から貴族教育を受けてる者達と比べていきなり覚えることが増え大変だとは思いますが……全部を一気に覚えるのは無理でも、貴族として過ごすための最低限のマナーは把握しましょう。
本来、一通りのマナーや勉学は学園に入る前に家庭教師から習うことですが、学園で過ごす間はなかなか家に帰って追加の学習は難しいでしょうから、わからないことがあればその都度学園の教師に聞けば良いかと。今ならまだ入学して1週間です。マナーを身に付け、令息達との適切な距離を保てば噂は消えるでしょう。全然知らない私にこんな注意をされるなど余計なお世話と思われるかもしれませんが、これは貴女のために言ってます。もっと視野を拡げた方がいい。」
「わたしを思った……?…慰謝料……マナー……」
…慰謝料がそんなに衝撃的だったのか?
「あと「え、まだあるのぉ?!」
「……あと、殿下に手作りの食べ物を差し上げるのはどうかと思います。」
「で、でもぉ、殿下は受け取ってくれたしぃ…お礼だからマナー違反とかなくない?」
「お礼をしようという気持ちは良いと思いますが、料理人ではない貴族が手作りの料理を渡すなんて、婚約者や家族などよっぽど親しい間柄だけです。あと、料理することが悪いことだとは思わないですが、貴族が料理をすると口外すれば、使用人の仕事をするなんて生活が苦しいんじゃないかって馬鹿にされることもあるので気をつけてください。社交界なんて足の引っ張りあいなので……と、話がずれましたね。…手料理を渡すなんて誰かに聞かれれば貴女と殿下の関係を邪推する方が増えます。噂悪化の原因になりかねません。
それに殿下は王族です。おおっぴらに言うことではないですが、学園の食堂ですら王族専用が分けられているのは毒による暗殺を防ぐためです。万が一、受け取ったクッキーを毒入りのものにすり替えられて食べた殿下が倒れでもしたら、それをすり替えられたと気付かなかったら?貴女が王族を害した罪で断罪されます。良くて爵位返上、悪くて処刑です。これは行き過ぎた想像ですけど、有り得ないことじゃないですよ。だから手作りの食べ物を渡すのはやめた方がいいかと。」
「えっ暗殺……処刑……」
食べ物をあげるのはやめた方がいいと言った理由を聞いたハーメルン嬢の顔色が少し青い。口数も少なく何かを考えているようだった。
まぁ、ここまでつらつらと言いたいことを言ってきたわけだが、最後にどうしても伝えたい。
「最後に、偉い人が頭固いと言う発言は、この学園の生徒で誰よりも偉い殿下に向かって言う言葉ではありませんし、男爵家の人間が気安いから友達になれるとか無責任な発言やめてください。男爵家だからと言って、貴女のように天真爛漫な性格の者は多くないです!一緒にしないでもらえますか。
そもそも私たちのような下位貴族は、高位貴族の機嫌を損ねれば家がなくなることだってあるんですよ?たとえ平民に近いような生活をしてる男爵家だったとしても貴族なんだから最低限の貴族教育を受けないといけないですし、高位貴族の方への礼節は弁えます。
もちろん性格は人それぞれですから、高位貴族や殿下と友達になれるような人もいるでしょうけど、男爵家や子爵家の人間で殿下に気安く接することができたら心臓に毛が生えてるんですかって思いますね!僕はむり…アッ…いや、ンンッ…少し言葉が乱れました。
とにかく、男爵家だからと言って気安いなんて有り得ません。人によります。いいですね?今後はくれぐれも適当なことは言わないでください。」
「あ、はい……」
言うつもりのなかったことまで全て言い終わって満足した僕。ハーメルン嬢は腑抜けた返事をしてポカーンとしてるし、後ろに見える王子は心なしか少しひきつってるような気がする。
…まぁ、いっか。
「少しと言ったのにお時間をとらせてすみません。私の言いたいことは以上です。私はこれにて失礼させていただこうと思います。先ほども申し上げた通り、婚約者がいる令息達との距離は考えた方がいいと思うので、この場で殿下と一緒に長時間居るのはやめた方がいいですよ。」
「はい…、」
ハーメルン令嬢は、そう返事をすると少し考え込むように眉を寄せ、パタパタと王子に近寄ると
「ローランさっ…ローラン殿下、すみませんでしたぁ!わたし、突然貴族になって、平民の時に比べたら急にお姫様になったみたいって思って浮かれてたんです、貴族ならキラキラした王子様と話せるんだって。色々考えが足りてませんでした!もう、教室に戻ろうと思います。」
と言う。
先ほどの僕からの注意でなにか思うところがあったらしい。
「あ、あぁ、いや、私も、君と話してると新鮮で、色々抜けていたようだ。私もそろそろ戻るよ。ハーメルン嬢、今日はありがとう。」
おや?王子もなんか思うところがあったのか。
ミーティア嬢呼びからハーメルン嬢呼びに戻ってる。
「キーケリー男爵令息も、また話そう。」
お?僕にも挨拶?
王子とは話してないけどね?
「はい、また機会がありましたら。」
さっきまではハーメルン嬢に言いたいことを言うのに夢中になって考えてなかったけど、自分から王子に話しかけるとかすごいことをしたな…今さら緊張で吐きそう。
王子と話すなんて、畏れ多いから二度となくていいかも、なんて考えつつも、義務的に微笑みを浮かべながら答えて、僕はその場を後にした。
◇◇◇◇
それから1ヵ月が経った。
あの後すぐハーメルン嬢はマナーを学びだした。令息と2人で居ることも見掛けなくなったし、王子に突撃するようなこともないようだ。
授業のことでもマナーのことでもわからないことは教師に聞いているのを見る。そんな彼女に寄り添い手助けをしてくれる令嬢の友達もできたようだ。
天真爛漫で奔放な彼女に興味を抱いていた令息はどことなく残念そうだったが、将来のためにも引き続き頑張ってほしい。
王子もあれから何を思ったのか知らないが、勉学に励み出して、視野を拡げると言って国内の視察なども徐々に始めてるらしい。王子にはなにも言ってないのに、どういう心境の変化なんだろ。
そして、僕はと言うと………
「急なお誘いでごめんなさいね、キーケリー様。楽にしていらして?」
変わらず過ごしていたはずが、なぜか第一王子の婚約者であるナナリア・カールストン公爵令嬢のお茶会にお呼ばれして公爵家にいる。どうして。
お茶会のメンバーは主催のカールストン公爵令嬢、彼女の2つ年上の兄であるデンバー・カールストン公爵令息、シルヴィア・ターミルナー伯爵令嬢と……、僕。
カールストン公爵令嬢含め3人とも学校でお見かけすることはあるが、クラスも違うし初対面だ。高位貴族のお茶会になんで僕が…?
なぜ呼ばれたのか皆目見当がつかない。こわ…僕は知らない間になにかやらかしたのか…?
「リムニロ・キーケリーでごさいます。本日は、お招きありがとうございます。」
緊張しながら言葉を紡ぐと、目の前に座るカールストン公爵令嬢がふふっと笑う。
「そんなに緊張されないで。本日は、わたくしの我儘で開催している個人的な小さなお茶会ですしマナーは気にしなくていいわ。言葉ももっと楽にして。」
「いえ、私は男爵家の者ですし、本来であればこうしてカールストン公爵令嬢とお茶をいただけることすら畏れ多く…。」
「ふふ、わたくしが良いと言ったらいいのよ。あと、お兄様もいるし、わたくしのことはナナリアと名前で呼んでくださる?よろしくて?」
あっ、これ無理だ…。高位貴族こわい。
美しすぎるし、気品が違う。
「…わかりました。ナナリア様。」
「ハハハッ、ごめんねー、うちの妹が。」
「いえ!」
「そんな固くならないで俺にも気軽に接してね。名前でよろ~」
「は、はい。ありがとうございます、デンバー様。」
ナナリア様の兄であるデンバー様は、軽薄な態度に見えるが非常に優秀な人だ。学園に在籍しながら、選ばれた天才しか入れないと言われている魔塔に所属してる。
「ふふふ、私にも気軽に接していただいて構わないですわ。私は伯爵家ですし、お2人と話すよりは緊張されないでしょう?本日はよろしくお願いしますわ。」
そう告げるのは、シルヴィア・ターミルナー伯爵令嬢。…緊張しないわけないけどね。
「こちらこそよろしくお願いします。ターミルナー様。」
ターミルナー様は、ナナリア様達といとこだ。
雰囲気は柔らかいがお顔はナナリア様と似ており、こうして近くにいるのを見ると姉妹のようにも見える。
「さて、挨拶も終わったことですし、今日の目的を果たしましょう。本日はキーケリー様に感謝を伝えたくてお呼びしましたの。それと、確認…ですわね。」
「私に感謝と確認…ですか?」
感謝されることなんてないはずだけど、なんだ…?
うちの男爵家と公爵家には取引もないし。
「ええ。なにに感謝しているのかお伝えする前に確認が先ね。ねぇ、キーケリー様、これから確認すること話すことは他言無用よ。誰かに話してはいけないわ。おわかりね?」
ナナリア様が綺麗に微笑みながら告げる。
これ、誰かに言ったら僕は次の日に事故死するんじゃないか?いや、まさかそんなことはしないだろうけど…まさかね…絶対に言わないと誓おう。
「はい。ここで確認されたこと聞いたことは口外しません。誓います。」
僕はこくこく頷きなから返事する。
「よろしくてよ。さて、早速の確認なのだけどキーケリー様は乙女ゲーム、または異世界転生ってご存知?」
「おとめゲーム…?いせかいてんせい…ですか?…すみません、どちらも聞いたことがなく、わからないです。」
「そう…じゃあ、あれは偶然なのね。(………わたくしのことを悪役にしないためでも混乱を防ぐためでもないのね。)」
最後にぽそっと呟いた言葉はよく聞こえなかったけど、偶然ってなんだろ…?
ナナリア様がなにを言いたいのかわからないが、おとめは乙女だよな…ゲームってチェスとかのゲームのことか?乙女達が集うゲーム?
いせかいてんせいっていうのは全然わからない。どこで区切るんだ?なんかの単語だろうか…
「まず、異世界転生について説明しますわ。異世界とはこの世界とは別の異なる世界のことで、転生は生まれ変わることね。…異世界転生というのは、一度人生を歩んで亡くなった人が、別の世界に前世の記憶をもったまま生まれ変わることを指してますの。」
ナナリア様がそう説明してくれる。異世界、転生…なるほど異世界転生。異世界というものがあるのかはわからないが、この世には魔法という解明しきってない奇跡があるんだから、きっと違う世界だってあるんだろう。
「なるほど…その異世界転生というものと、もう1つ…乙女ゲーム?を私が知ってるかどうかの確認をされたかったと…」
「そうですわ。わたくし、貴方が異世界転生者なのではないかと考えていたのよ。」
「え?!いえ、私には前世の記憶はないですし、異世界と言うものも聞いたことがなかったので…。」
「先程の反応を見る限りそのようね。」
「あの…何故、私が異世界転生者ではないかと思ったのでしょうか?」
「それはね、1ヶ月前に貴方がハーメルン男爵令嬢に説教したからよ。貴方がわたしの知る物語を知る人なのか知りたかったの。」
「………え?」
説教…ってあれだよな。
校舎裏で王子の前でハーメルン嬢に注意したあれ。
それに、物語ってなんだ?
あまり大衆小説は読まないのだけど…そう言う物語のことか…?
「まずは、順を追って話しましょうか。…実は、わたくしは異世界転生者なの。」
「………………え?」
は?何を急に………?
ナナリア様が異世界転生者?
冗談を言っているようには見えないし、きっと本当のことなんだろうけど、これは、僕が聞いていい話じゃない気がする。
「お兄様とシルヴィアはあらかじめ知ってますわ。わたくしは、わたくしとして生まれる前にこことは別の世界で生きた記憶があるの。
…ふふ。どうしてそんな話を自分にするのか、という顔をされてらっしゃるわね。」
「あ、いえ、私が聞いて良い話なのかと…」
「いいのよ、わざわざこうして呼び出したのだし、理由はちゃんと説明しないとね。乙女ゲームのこともなにかわかってないでしょうしね。…何から説明したら良いかしら。」
ナナリア様はそう言って少し考えると前世について話し始めた。
「…わたくしの前世で過ごしたその世界は、この世界とは違って魔法というものはなかったけれど科学というものが発達していて、遠くにいる人と話すことができる魔道具のようなものや、舞台みたいなものが劇場に行かなくても見れる箱がありましたの。馬車より遥かに速く動く鉄の車や、空を飛ぶ鉄の乗り物もあったわ。鉄の塊が空を飛ぶだなんてすごいことでしょう?いろいろな技術が発達していたの。
そして、わたくしの生まれた国は戦争もなくとても平和で安全な国だったの、今のこの世界で言う王はいたけれど象徴みたいなもので国民には身分制度がなかったわ。もちろん貧富の差はあったけれど、誰もが自由だった。みんなが教育を受けられて、女性でもズボンを履くし、働きにも出るのだって当たり前な世界よ。この国には女官もいるけど、当たり前のように働きに出るなんて信じられないかもしれないわね。婚姻だって家同士で結ぶのではなく、恋愛をして一緒に居たければするという感じね。
とても豊かで平和だから娯楽も沢山あったわ。その中の1つが乙女ゲームなの。乙女ゲームというのは…、何て言えば良いのかしらね?
そうね…、綺麗な絵がついた恋愛物語なんだけど、物語を進めるためには沢山の分岐があるの。その分岐で主人公の台詞や行動を読み手が選ぶの、そして選んだ選択肢によって結末が変わるのよ。乙女ゲームと言われる物語は、1つじゃなくて沢山あったのだけど、どの乙女ゲームも流れとしては大体同じね。主人公は女性で、複数人いる攻略対象と言われる男性の中から自分の好きな人を決めて、最終的に結ばれるように正しい選択肢を選んでいくの、無事結ばれればハッピーエンド。1人の方と結ばれる以外に全員の方と結ばれる選択肢があるものもあったわ。…これで乙女ゲームに関しては少しは伝わったかしら?」
乙女ゲームというのは物語なのか…。
攻略対象って…なんかすごいな。
1人を選ぶのはわかるが、全員の対象者と結ばれる選択肢って…どういうことだ?一妻多夫ってことか?
「…理解が難しいところはありますが、物語を自身で選んで進めていく恋愛物語と言うことは…。」
「それが分かれば十分よ、本題に戻りましょうか。……突拍子もなく聞こえるでしょうけど、わたくしが、キーケリー様に乙女ゲームを知っているかとお伺いしたのは、この世界が前世のわたくしがやっていたある乙女ゲームに似ているからなの。」
「…え、乙女ゲームに似ている?…つまり、……………それは、私達が物語の中にいるんじゃないかと思っていると言うことですか…?」
僕たちは意思があって動いているのに、予め結末が決まっている物語の住人だということか…?
そんなことありえるのだろうか…?この国には何万、何十万の国民がいるのに……?
「最初は混乱するよなー。俺もリアが別の世界から来た、ここは物語の世界だって言われたとき、あぁ、妹は頭がおかしくなってしまったんだと思って神に祈った。」
「まぁ。失礼ね、お兄様。」
そう言って笑うデンバー様とナナリア様。
「あの、なぜ似てると思ったのでしょうか?それに、どういう物語なのか聞いても?」
「混乱するわよね。まず、わたくしが知っている物語の大まかなストーリーをお伝えするわ。」
そう言ってナナリア様が話し出した内容はこうだった。
舞台は貴族の令息令嬢が通うこの学園
とある令嬢が入学するところで物語が始まる。その令嬢は1年前までは平民だったが、実父である男爵家に引き取られ貴族になったため、貴族の常識にやや疎い。
そんな彼女は学園に入学して何人かの令息と出会う。
(出会った令息が攻略対象というやつらしい。)
・第一王子殿下
・侯爵家令息(殿下の側近)
・伯爵家令息(殿下の側近)
・辺境伯令息
・魔塔に所属する天才の公爵令息
それぞれの令息は悩みやトラウマを抱えていたが、天真爛漫で飾らない性格で自分の身分とは関係なく接してくれる令嬢に心を開いていく。全員の攻略対象に出会うまで物語が進み、1人の攻略対象を選んだあとは、選んだ令息の悩みやトラウマ、イベントなどを共に乗り越えて絆を深めていくことになる。
だが、どの攻略対象を選んでも、2人の仲を邪魔をし攻略させないようにする悪役がでてくる。その悪役をはね除け、好感度が上がりきると晴れて2人は結ばれハッピーエンドになり、悪役は卒業セレモニーで断罪される。
……らしい。
身分とは関係なく接する言いつつ、対象が高位貴族だけとか、悪役が何をするのか知らないが卒業セレモニーという公の場で断罪とか気になる箇所があるけど流れは理解した。
「なんというか…現実ではありえない話ですね…」
「そうよね、高位貴族なんて入学時点で婚約者が決まってる方がほとんどでしょうし、そんな方達を男爵家の令嬢が選ぶなんて現実世界でやったらお家が潰れるかもしれませんわ。」
「そうですね…あと、悪役の方は何をして断罪を?卒業セレモニーの場で断罪だなんて、あり得ないと思うのですが…」
「断罪理由はいじめね。ほとんどが無視をしたとか、呼び出して脅したとか、持ち物を破損させたとか、足を踏んだとか些細なものの積み重ねかしら。」
「えっ、そんなことで?」
「えぇ、そんなことで。断罪と言っても、陛下が行われるのではなく、殿下の名のもとに行われるから越権行為ね。大勢の前で断罪された令嬢は婚約破棄されて傷物として社交界にも出れず蟄居になるのよ。主人公達はそんな悪役の令嬢のことなんて忘れて、いつまでも幸せに暮らしましたって終わるの。」
「……………その物語を作った方は馬鹿なので?」
「ふふふ、そう思うのも仕方ないわよね。現実世界でやったら大顰蹙だもの。貴族制度のない世界で娯楽として作られたものだから色々ご都合主義なのよ。
わたくしがそんなご都合主義の乙女ゲームの世界に転生してしまったのではないかって思ったのは、前世の記憶を思い出した小さな頃なの。
ずっとお兄様を見て既視感を感じていたけれど、それがなんだかわからなかったのよ、でも、ある日自分の名前と顔を見て衝撃を受けたわ。だって、乙女ゲームの第一王子殿下ルートを選んだときに悪役として現れる令嬢と同じ名前でそっくりの顔なんですもの。そして、お兄様に感じてる既視感の正体は攻略対象の令息にそっくりだからってことに気付いたの。わたくしは貴族名鑑で他の攻略対象がいるのか調べたわ、そしたら全員同姓同名の人物が居て……それで、ああ、ここは乙女ゲームの世界なのかもしれないって思ったの。」
ナナリア様は、攻略対象である令息のそれぞれの特徴や名前も教えてくれたけど、確かに同姓同名の人物が学園に実在している…。攻略対象の公爵令息はデンバー様だ。
自分が過去に違う世界にいて、その世界で見ていたはずの物語の登場人物に生まれ変わっているってなったら混乱するな…。
「物語と全く同じ名前の人物…それもひとりではなく複数人…。それで、この世界は物語だと…。」
「えぇ、だけど物語の舞台は学園にいる3年間だけ。今のわたくしは息をして自分で考えて動いているし、物語には存在しない多くの人が存在し営みを送っている。決められた物語だとは思えなかった。それに先程言った通り乙女ゲームの物語はご都合主義すぎて現実的ではないもの。自分が悪役に生まれたなんて信じたくなかったわ。
だけど、物語の中で語られた過去と合致することも多かったの。例えばわたくし達が6歳の頃に疫病が流行ったでしょう?物語の中でその事が語られていたの、実際疫病が起こったわ。お兄様がわたくしの前世を信じたのはそれが起こったからね。」
「あれは吃驚したなー。父上にリアの前世の話なんてできないから、うまいこと誘導して公爵領では疫病が広まるのを防げたから良かったけど。」
「あれはお兄様のおかげね。」
疫病防いだのか…すご。
「他にも細々と、物語と合致することが多くて…、そして昨年ハーメルン男爵家に引き取られた令嬢の話を聞いて、あり得ない物語が現実になってしまうかもしれないと思ったわ。
もしも、この世界が物語の世界なら、3年の間は物語通りに動くように強制力が働くかもしれないと。実際、殿下とハーメルン様が出会わないように殿下の行動を制限したけれど、ハーメルン様は殿下と物語通りに出会ってしまっていたから……。とても怖くなったの。
このまま進んでいけば、わたくしはくだらないいじめをして廃されるかもしれない。もちろんわたくしの意思でハーメルン様に危害を加えるつもりなんてなかったけれど強制力と言うものがあるのなら冤罪をでっちあげられるかもしれない。冤罪を卒業セレモニーでの断罪なんてありえないけれどね。しかも男爵令嬢が公爵令嬢と敵対した上に、公爵令嬢が廃されるのよ。貴族社会の根幹を揺るがすわ。だけど、それが受け入れられてしまう可能性が0ではなかった。」
なんだそれ、こわすぎる!!!
強制力なんてものがあったら、おかしいことをおかしいと気付けなくなる可能性があるのか……?
でも、ハーメルン嬢の行動に眉をひそめてた令嬢も多いし明らかにおかしいって思えたから強制力は無かったってことでいいんだよね…?
「強制力なんてものがあったら、とても恐ろしいですね。そもそも先程の話を聞く限り、根本的な原因は殿下の不貞じゃないですか…。それで断罪なんてしてしまえば……考えたくもないですね。」
公爵家と王家の分断になるだろうな。
内戦になってもおかしくない…。こわい。
「えぇ、でも1ヶ月前のあの日、貴方がハーメルン様に突然説教を始めて…、わたくし、校舎裏に続く廊下を歩いてたのですけど、驚いて。そして、あの後ハーメルン様もローラン殿下も変わった。もしかしたら、貴方が物語を知っていて、ストーリーが進むことによって貴族社会に混乱が起きるのを防ぐために攻略させるのを止めたのかと思ったのだけど…」
「それで、異世界転生と乙女ゲームについて確認をするためにこのお茶会を」
「えぇ。結局違ったけれどね。ストーリーを変えてくれて感謝しているわ。わたくしは強制力を恐れて動けなかったから…ありがとう。」
「そんな…全部、偶然で……私はただ言いたいことを言っただけなので…感謝されるようなことではないです!」
「偶然だとしてもよ。もし、わたくしが殿下とハーメルン様がいる場所に介入してしまえば、わたくしを蹴落としたい者から余裕がないと言われたり爵位を笠に着て圧をかけてると誹謗される可能性もあったし、物語のように悪役に仕立てられてしまったかもしれないわ。それに、わたくし達に関係のない第三者の貴方の言葉だからこそ、ハーメルン様もローラン殿下も考え行動を起こすに至ったのだと思うの。」
「そうでしょうか…?」
1ヶ月前はただ、たまたまあそこにいて、たまたま聞くに耐えない会話だったから男爵家の者を巻き込まないでほしいと言う気持ちと、ハーメルン嬢に対して入学してから気になってたことをこの際伝えようと思って言っただけで…。
僕がなにかを言っても、ハーメルン嬢が行動を変えるかもわからなかった訳だし…ましてや王子が僕が言った何かに影響されるなんてことも考えもしなかったな…。
「きっとそうよ。もちろん、これからまた物語のようになっていかないか…わたくし達が卒業するまでは注意する必要はあるでしょうけど、ハーメルン様は礼儀作法を学んでるし、妄りに婚約者が居る方に近付いてはいけないことも理解されたから、おそらく物語のようにはならないはずよ。強制力があったなら、いまの状況はおかしいもの。」
「そう、ですね。物語のようになれば混乱が生じますし、それは避けたいです。今後、もしもハーメルン嬢がまたおかしな行動をとるようであれば注意したいと思います。」
物語を知るものとして気にしていこう。
「改めて、感謝するわ。お礼に、わたくしの私財からキーケリー男爵家の事業に投資させていただこうと思ってるの。」
「え?!!!いや、そんなことをしていただけるようなことはしていませんので、私財を投資など…!」
感謝を伝えたいと言っていたから、何かをもらうなんて想像もしてなかった。高位貴族から、しかも筆頭公爵家のナナリア様から直接感謝の言葉をもらえるだけでも、信じられないのに…。
「いいのよ。これはわたくしの自己満足だから、あなたは受け取るだけよ。お礼なのに脅しみたいかしらね?ふふ。
それにちゃんと調べて、上手く行く事業だと思ったから投資するのよ?さすがに沈み行く船にお金はあげられないけれど、キーケリー男爵家は堅実で誠実だもの。元手があればもっと伸ばせるでしょう。」
「あ、ありがとうございます。私も、もっと勉強して父を手伝い必ずや事業を成功させます。」
これは、投資されたら父に根掘り葉掘り聞かれるだろうな…。あの注意は結構軽い気持ちだったのに、まさか公爵家に呼ばれ、じきに王子妃となる公爵令嬢に感謝されるとは……世の中わからないものだなぁ。
今回は感謝だから良かったけど、迂闊な行動には気を付けよ。
そんなこんなで、お茶会はお開きすることになった。
めちゃくちゃ緊張したな…。
公爵令嬢の秘密を知ったり、まさかのお礼をいただいたり…きっと今後はナナリア様たちとこうして会って話すことは無いだろうけど、ちゃんと秘密は墓場までもっていこう。
そう思いながら、公爵家を後にしようと席を立つと
「あぁ、せっかく縁ができたんだもの、今後も時々このメンバーでお茶会を開催しましょうね。わたくしの秘密を知る数少ない人だもの。もう友人だわ。」
と、爆弾発言を頂いた。男爵家の僕が、公爵令嬢と友達…?
断ると言う選択肢はないけど、畏れ多すぎる…。
引きつりそうな顔になんとか微笑みを浮かべ、挨拶をして公爵家を辞した僕だった。
◇◇◇◇
それから3年。
3年間の間には色々あった。
我が家に投資の申し出が送られてきた時は、父が目を飛び出さんばかりに驚きながら何故投資を受けることになったのか、どうやって縁を結んだのかと根掘り葉掘り聞いてきたけど、秘密を語るわけにもいかず適当に笑顔で躱した。
投資していただいた事業は順調に成長して、今では子爵家も含む下位貴族の中で上位と言っても過言じゃないくらいに我が家の資産が増えた。
ナナリア様やデンバー様達とは最初のお茶会の後も、2週間に1回のペースで4人で会って交流を深めた。乙女ゲームやナナリア様の過去の話だけじゃなく、互いの色々な話をして時にはお茶会じゃなく遠乗りに行ったりして、初回のお茶会であんなに緊張したことが嘘みたいに3年の間に本当に仲の良い友人になって僕は心臓に毛が生えてたなぁと思ったりした。
男爵家や子爵家の友人にどういう縁なんだ?!と不審がられたなぁ。
学園生活は波立つことなく平穏に進み、ハーメルン嬢はナナリア様が教えてくれた物語には登場しない子爵家の次男と婚約を結び、第一王子は卒業と同時に立太子することが決まった。ナナリア様は王太子妃…ゆくゆくは王妃だ。
そして、僕はお茶会仲間であるシルヴィア嬢と婚約が決まった。伯爵家の令嬢が我が家に嫁ぐなんて不自由させてしまうのでは…と思ったものの、シルヴィア嬢は受け入れてくれた。
シルヴィア嬢が我が男爵家に嫁いだら、王妃という立場になるナナリア様とは中々会えなくなってしまうなと思っていたんだけど、ナナリア様が「我が公爵家はすでに権力を有してるので、これ以上の繁栄は王家との権力バランスを崩してしまうので試せなかった知識チートが沢山あるのよ。この知識でキーケリー男爵家を繁栄させて陞爵させてみせますわ。今後もわたくし達はいつでもお茶会ができる立場になるのよ、安心して。」と宣言していた。
そんなことができるかはわからないが、頼もしい限りである。
そして、卒業セレモニー。
物語では断罪の舞台になるはずだったが、そんなことは起こらず、無事にみんなが笑顔で終えることができた。
卒業セレモニーが終わった今、乙女ゲームの物語は終わったはずだ。
…この世界が本当に物語の世界だったのか、ただ似ているだけの全く異なる世界なのかはわからないけど、もしも物語の世界で、本来定められたストーリーがあったとしたら、あの日…僕がその運命を大きく変えたのかもしれない。
それは、ただの偶然だったけど、僕は本来なら手に入らないような縁をこの3年間で手に入れた。たとえ、それが本来の運命に背くことだったとしても、僕にとって最高の3年間だった。
あの日、ハーメルン嬢に注意して良かった!
Fin.
当初の予定の3倍の文字数…
主人公がヒロイン(仮)に、バーって喋って満足して終わる予定だったので、公爵令嬢とか出てくる予定無かったんですよ。どうしてこうなった?
いろいろふわふわしてますが、書けて満足です。
※追記
感想に対するお返事は何を言おうか悩みすぎてしまうので控えさせていただきますが、書いていただいたものは全て読みます!(感想嬉しいです!)