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机の中

「今日は宇野さんのお誕生日だね」


「うん、勝負の日だよ」


 今日は待ちに待った宇野さんの誕生日だ。


 なのに何故か宇野さんが張り切っている。


「なんの勝負?」


「帰ったらわかるよ」


 思い返してみれば、最近みんなとあまり会えていない感じがする。


 正確に言うなら会えている。


 ただ、最低でも一人は隣の栞さんの部屋に居る。


「みんなはいつも何してるの?」


「永継君には言えないこと」


「……女の子の用事?」


「誰? 永継君にそういうことを教えたのは」


 僕は静かに隣を歩く栞さんを見た。


「違うよ流歌ちゃん。私は永継に女の子には男の子には言えない用事があるっていうのをそのまま教えただけだよ。どんな用かは教えてないから」


 確かに栞さんからはそう教わった。


 前に悠莉歌ちゃんからも言われたけど、女の人が男の人には言えない用事があるのを女の子の日と言うのは知っている。


 知っているなら僕が聞くのは間違っていた。


「何も考えないで聞いてごめんなさい」


「裏表、嘘偽りがないのが永継君のいいところでしょ?」


「流歌ちゃんはそうやってすぐ永継を甘やかすんだから」


「その代わりに桐生さんを怒るから大丈夫」


「理不尽!」


 僕は嘘を『つかない』のではなく『つけない』だけだから、別に褒められるようなことはしていない。


 ただ思ったことが口に出てしまうだけ。


 もう少し考えてから言葉を発せるようになりたい。


「宇野さん、僕を怒って」


「永継ドM?」


「桐生さん、黙って」


 宇野さんの眼光に栞さんが怯えて僕を盾にした。


「私達は今の永継君でもいいと思うよ?」


「だけどいつか気づかないで宇野さん達を傷つけるかもしれないんだよ」


 気づいていないだけで、既に傷つけている可能性だってある。


「永継君が自分を変えたい理由がそれなら、気にする必要はないよ?」


「優しさに甘え続けるの?」


「違うかな。永継君が私達のことを傷つけることをもしも言ったとしたら、私達がその時に言うよ」


「でも……」


 それはつまり傷つけたということだ。


 僕はそれが嫌だ。


「大丈夫。その時は永継君が『一日何されても許す権利』をくれるから」


「『なんでも言うことを聞く券』みたいな?」


「それの一日バージョン。永継君は私達を傷つけた罰として一日されるがままになるんですよ」


 誰かを傷つけたのなら、されるがままになるのは当然の権利だからもちろんいい。


 だけどそれだけで許されていいのかはわからない。


「そもそもの話ね。永継君が誰かを傷つけるようなことを言う訳がないんだよ。永継君は思ったことが全部口に出るって思ってるのかもだけど、そこら辺の線引きはちゃんとしてるよ」


「一番言われてる流歌ちゃんが言うんだから説得力あるでしょ?」


 思い返してみたら確かに僕は宇野さんに酷いことを言ったことがあった。


「桐生さん、今日もおかず抜き」


「ご慈悲を! 晩ご飯がお米だけだとつまらないんですよ!」


 少し前に栞さんは本当に晩ご飯のおかずを抜かれたことがある。


 絶望していたから僕のを分けようとしたけど、それも本当に宇野さんが取り上げて全部食べさせてくれた。


「終わった話はいいとして」


「冗談と言ってください……」


 涙目の栞さんを無視して宇野さんは話を続ける。


「実際私達は永継君に言われることなら大抵は許しちゃうよ? それが友達っていうものなんだと思うし」


「永継だって私達に何言われても許すでしょ?」


「だってみんなは酷いこと言わないでしょ?」


『そっくりそのままお返しします』


 宇野さんと栞さんが同時に同じことを言う。


「とにかく永継君は今のままでいいの」


「今のまま『が』じゃなくて?」


「ずっとおかず抜きがいい?」


 また宇野さんの眼光から逃げるように栞さんが僕を盾にした。


「そういえば桐生さんから聞いたけど、永継君ってチョコが苦手なんだよね?」


「うん、食べれるけど」


 最近はこれをよく聞かれる。


 そんなに僕の苦手な食べ物を聞きたいものなのか。


「今の話の流れで聞くなよってこと聞いていい?」


「酷いこと?」


「うん」


「一日言うこと聞いてくれる?」


「もちろん」


 何故か栞さんが答えて、また宇野さんに睨まれる。


「いいよ、もちろん常識の範囲内でね」


「永継がエッチなことを要求すると思って……何でもありません」


 今日一番の睨みつけに栞さんが頭を下げて謝った。


「じゃあ聞きたいんだけど、永継のお家はチョコを買う余裕あったの?」


 宇野さんが恐る恐る聞いて「ちなみにうちはなかったんだけど」と付け加えた。


「……」


「ごめんね、そういう話はしたくないよね……」


「いや、違くて。それが酷い話なのかなって」


 宇野さん達にはうちの事情は話しているから、気にすることでもないと思う。


「家のことを今更宇野さん達に隠すことはしないよ? 宇野さん達なら大丈夫だってお母さんも言ってるし」


 そもそも駄目な話の基準もわかっていないけど。


「そっか、ありがとう」


「でもせっかくだから酷い話ってことにする?」


「永継君は私にやらせたいことでもあるの?」


「無くはないかな」


 今日は宇野さんに頼みたいことがあった。


 だから一日言うことを聞いてくれるのならちょうどいい。


「永継君からのお願いならいつでも聞くけど、理由付けも必要だよね」


「いいの?」


「うん。今日一日は永継君の言うことをなんでも聞くよ」


「じゃあ手を繋いで学校行く?」


『一日』なので、今からスタートだ。


 僕が手を差し出すと、宇野さんはなんの抵抗もなく手を握ってくれた。


「何を不思議がってるのさ?」


「嬉しいけど、いいんだって思って」


「永継君の言うことはなんでも聞くよ」


「永継永継、私はいつでもウェルカムだよ」


 栞さんはそう言って僕に手を差し出してきた。


「二人と手を繋ぐと親子みたいなんだよね」


 僕はそう言いながら栞さんの手を握った。


「なんかわかる。永継君ってしっかり者だけど、ふわふわしてるから小さい子みたいなんだよね」


「また永継に酷いこと言って延長しようとしてるよ」


「延長か、それもいいな」


 宇野さんが被害を受けるはずなのに、何故か宇野さんが喜んでいる。


「自分の幸せの為に永継の悪口言うんだ」


「永継君には身体で払います」


「お、おう」


 珍しく栞さんが少し引いている。


 言った宇野さんは宇野さんで耐えられなくなったのか顔を僕とは反対側に向けてしまった。


「いっぱい払ってもらお」


「いいから永継君はチョコをどこで食べたのか言うの!」


 顔を赤くした宇野さんが頬を膨らませて僕なジト目を向けてきた。


「宇野さんのその顔可愛いくて好き」


「やめろし」


 また宇野さんがあっち側を向いてしまった。


「永継してるよ……」


「ん? えっとチョコだっけ? チョコはね、中学生の時になんでかわからないけど机に入ってたよ?」


 ずっと忘れていたけど、チョコの話を出されて思い出したことだ。


 中学時代に、何故か机の中に手紙とチョコが入っていた。


 手紙は取ってはあるけど、なんて書いてあったかは忘れた。


「誰からのやつ?」


「わかんない。お手紙は入ってたけど、多分名前は書いてなかったから」


「誰からのかわかんないものを食べたら駄目でしょ」


「お腹空いてたのと、市販のものだったから食べちゃった」


 誰からのかわからない手作りのものなら注意しながら食べるけど、市販のものならさすがに警戒なく食べてしまった。


 多分手紙に何か不安要素を消すことが書いてあったのだと思う。


「市販でも知らない人から貰ったものは食べたら駄目だよ」


「ごめんなさい」


「いや、永継君は悪くないんだけどね?」


 宇野さんが慌てた様子で僕の頭を撫でた。


「永継ってそのチョコ食べて苦手だって気づいたの?」


「最初は美味しいって思って食べてたんだけど、一気に沢山食べると駄目なのにはそれで気づいた」


「美味しくて苦手になったんだよね?」


「うん」


 矛盾しているように聞こえるけど、その通りだ。


 だから多分小売になってる小さいチョコを一粒食べるのは美味しいと思えるけど、板チョコサイズになると苦手意識が出てくる。


「最初が肝心ってことか」


「最後の人は可哀想かもね」


 宇野さんと栞さんがいつもの謎会話を始めた。


「何が?」


「永継君は苦労人って話」


「そうだね。でもどうする?」


「何がよ」


「もしも永継の机にチョコが入ってたら」


 宇野さんが何かを考えてから「無くはないのか……」と言って僕の顔を見た、


「桐生さん、お願いね」


「仕方ない、同じクラスの私が面倒を見よう」


「一生おかず抜き決定」


「流歌ちゃんが酷いこと言うから私の言うことも聞いて」


「それは永継君と私達の話だから」


 栞さんが「むぅ」と言って膨れた。


「可愛い」


「やめろし!」


 宇野さんよりも強く反応をする栞さん。


 そこもまた可愛い。


 そんなことを話していたら学校に着いたので、宇野さんとはバイバイした。


 そして席に着くと栞さんに「一応机の中を確認して」と言われたので、手を入れた。


 すると……。


「今年も?」


 毎年一個入っていたチョコが今年も入っていた。


 ちゃんと手紙付きで。


 それを見た栞さんがとても悲しそうな顔をしていた。

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