計算通り
「栞さんは大丈夫なの?」
「多分。元気そうではあったよ」
梨歌ちゃん達に栞さんが今日は実家の方に帰ることと、その理由として学校でいざこざがあったことを伝えた。
栞さんの過去については僕が話すことではないと思い話していない。
「今日はみーちゃんと一緒に寝るみたいだから」
「みーちゃん?」
「栞さんのお母さん」
「なっつんがあだ名……だと。まさか人妻も攻略対象なのか!?」
鏡莉ちゃんが何に驚いているのかわからないけど、僕は呼び方にこだわりはない。
「みんなをちゃん付けで呼ぶのだって、梨歌ちゃんに言われたからだよ?」
「じゃあ私は呼び捨てがいい」
「呼び捨て苦手だけど。鏡莉?」
「疑問形なのは気になるけど、いいね。逆になっつんは色んな呼び方されてるよね」
確かに僕の呼び方で被っているのは、宇野さんとお母さんと仁さんの『永継君』と、栞さんと大悟さんの『永継』ぐらいで他のみんなは全部違う。
「なっつんの中でお気に入りとかある?」
「なんだろ。特にこれってのはないけど『永継君』はお気に入りかな?」
お母さんに呼ばれているのもあるのか、なんだかしっくりくる感じがある。
「な……、まじですか」
「きょうりお姉ちゃんがお兄ちゃんの名前を言えないって」
「酷いね。篠崎さんの名前知らないのかな?」
少し離れたところでアルプス一万尺で遊んでいた悠莉歌ちゃんと芽衣莉ちゃんが楽しそうに言う。
「そういうゆりとめいめいは言えるの?」
「永継お兄ちゃん」
「永継さん」
「君でだよ!」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだし」
「私は年上の篠崎さんを君付けで呼べないから」
軽くあしらわれた鏡莉ちゃんが頬を膨らまして不機嫌を表す。
「鏡莉が薄情とかはどうでもよくて」
「薄情違うし!」
「永継さんは教室に戻ってからどうしたの?」
梨歌ちゃんにはあしらわれもしないで無視されて、鏡莉ちゃんが拗ねたように僕の手をにぎにぎしだした。
「ちょっと思い出したくないようなことをしたかな? 後悔はないけど」
「もしかして?」
「不機嫌をぶつけちゃった」
ちょうど授業が終わったタイミングで教室に入り、自分の席に着くと一ノ瀬さんがやってきた。
今更なんの用かと思ったら「桐生さんと楽しい時間を過ごせた?」とニヤつきながら聞いてきたので「黙れ」と、また自分じゃない自分が出てきてしまった。
それを受けた一ノ瀬さんは「あ……ごめんなさい」と言って帰って行った。
「諦めた感じは?」
「ないかな。でも、今度栞さんを傷つけるなら僕も相応のことはするよ」
僕に何が出来るかはわからないけど、今度は栞さんを守る。
二度と同じことは繰り返さない。
「なっつんがマジギレだ。その人るか姉にもちょっかいかけようとしてたんでしょ? 相手を間違えてるよ」
「何が目的なのかね」
「わかんないけど、一つだけいいことを知れたよ」
「なに?」
「僕と栞さんが同じ中学校に行ってたこと」
それだけは一ノ瀬さんに感謝だ。
許す気はないけど。
「それなら永継さんは私と芽衣莉の先輩になるんだね。考えてみたらそうなんだけど」
「そっか、二人は中学生になる前にここに来たんだもんね」
宇野さんは高校生になってからだけど、梨歌ちゃんと芽衣莉ちゃんは中学生になってからだから僕と同じ中学校なのは当たり前と言えば当たり前だ。
「ん? 姉さんもだよ?」
「え? でも宇野さんは僕と中学校は違うって言ってたよ?」
栞さんと僕が同じ中学という話をした時に、宇野さんは引っ越して来たから違うと言っていた。
「どゆこと?」
「姉さんおかしくなった?」
「るかお姉ちゃん、あの歳でもう……」
「僕も栞さんと同じ学校だって知らなかったから何も言えないけど、そもそも接点なければわからないものじゃない?」
言い訳をする訳ではないけど、いくら同じ学校だからといっても、学校で話したこともなければ覚えていないのもおかしくはない。
「ちなみにその流歌さんは今日も遅いの?」
「今日は早いって言ってたけど、どこかに寄ってから帰るって言ってた」
保健室から宇野さんと帰る時に「一回寄るとこらあるから先に帰ってて」と言われた。
すぐに帰ってくる感じだったからそろそろ帰ってくるかもしれない。
「るか姉がなっつんとしおりんと学校を知らなかった可能性は?」
「ないよ。だって引っ越して来たって言ってたから、ここら辺の学区とは違う学校に居たってことでしょ?」
この近くには中学校は一つしかない。
だから引っ越して来たから違うと言うなら、僕と栞さんの学校とは違う学校に居たということになるはずだ。
「なんかよくわかんなくなってきた」
「もうめんどくさいからるか姉に直接聞こうよ」
「なんか悔しい。篠崎さん、流歌さんって他に変なこと言ってなかった?」
鏡莉ちゃんはもう飽きたようで、僕の指で遊び出した。
悠莉歌ちゃんはとっくに飽きてたようで、相手をしてくれない芽衣莉ちゃんから梨歌ちゃんに遊び相手を変えていた。
「『本気出す』って言ってたよ?」
「そういう……」
芽衣莉ちゃんが呆れたような顔になる。
鏡莉ちゃんも何かを察したようにため息をついた。
「まぁいいことだよね。やっとるか姉がメインヒロインになろうとしてるんだから」
「でも回りくどいしめんどくさいよ」
「姉さんはずっとそうでしょ?」
「るかお姉ちゃんはめんどくさい女だから」
どうやら僕以外はみんなどういう意味かわかったようだ。
「どういう意味?」
「これはなっつんに教えてるか姉の反応を楽しむのと、なっつんに教えないでるか姉を応援するのどっちがいいの?」
「めんどくさすぎて飽きられる前にやめさせるのがいいのかな?」
「でも永継さんならそんな姉さんでも許しそう」
「でもそれだとお兄ちゃんの優しさにずっと甘えることになっちゃうよ?」
いつの間にかみんなで円になって密談を始めていた。
聞こえているけど。
「るか姉の目論見は成功してるんだし、言っちゃう?」
「逆に何も言わないで喜んでる流歌さんを見たい気持ちもあるけど」
「悩ましいけど、静観がいいと思う」
「その心は?」
「姉さんと同じ立場なら、言われたい?」
梨歌ちゃんの問いかけにみんなで一斉に「絶対やだ」と言った。
「ということでなっつん。そのままでいればるか姉が喜ぶからそうしてて」
「うん?」
宇野さんが喜ぶのならそれでいいけど、理由が気にならないと言ったら嘘になる。
「終わったら教えてあげるから」
「なら……宇野さん帰ってきたよ」
ちょうどいいタイミングで宇野さんが帰ってきた。
「ただいま」
「なっつんゴー」
鏡莉ちゃんが玄関を指さしてそう言うので、僕は立ち上がって玄関に向かった。
「宇野さん、おかえりなさい」
「うん。さすがに寒いね」
宇野さんが手と鼻を真っ赤にしているので、とりあえず手を握って温める。
「いきなりこういうことするんだから。でもありがと」
「ずっと宇野さんのこと考えてたから、話したいこといっぱいあるんだ」
僕がそう言うと、宇野さんが嬉しそうに笑った。
「そっか。中学のことかな?」
「なんでわかったの?」
「教えない。教えて欲しいなら私をもっとあっためて」
「お布団出す? それともお風呂?」
やっぱり僕の手だけでは足りなかったようだ。
布団は温まるまでに時間がかかるから、シャワーがいいだろうか。
「なんか新婚のあれみたい。まぁいいや、それよりももっと早くあったまる方法あるでしょ?」
「え?」
僕では宇野さんを温める方法が思いつかない。
僕が落ち込んでいると、宇野さんが小さく笑って僕を引っ張った。
転びそうになったので、思わず宇野さんに抱きついてバランスを取った。
「危ないよ」
「ごめんね。でもこうするのが一番あったかいんだ」
宇野さんはそう言って僕に腕を回した。
「確かにあったかい」
「でしょ?」
そう言って二人で笑い合う。
部屋の中からは「さっき教えるって言ったけど、あのいい雰囲気がるか姉の計算だなんて誰が教えるの?」という声が聞こえた。
正直計算だろうとなんでもいい。
こうしていられるのがとても心地よいから。




