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「栞さん……」


「大丈夫、初めて会った時に気づかれてなくてショック受けるのは終わってるから」


 頑張って思い出そうとしたけど、中学時代に栞さんと出会った記憶がない。


「僕の記憶力の無さが疎ましいよ」


 芽衣莉ちゃんの時もそうだ。


 どうしても記憶に残らない。


「永継の場合は大抵のことは無関心というか、当たり前だから記憶に残らないのかもよ」


「それはあると思う。嫌なことされても永継君からしたら子供のいたずら程度にしか思わなくて、人助けをしてもそれは当たり前のことを当たり前にしてるだけだから記憶に残らないんだよ」


「でも……あ、そっか」


 嬉しかったことも忘れてると思ったけど、芽衣莉ちゃんにはいじめられてただけで、栞さんのは楽しい記憶ではないからその通りなのかもしれない。


「宇野さん達と会って、初めて楽しい記憶が出来たんだもんね」


「それは思う。学校で楽しそうにし始めたのは流歌ちゃんに呼び出されてからだもん」


「私達も永継君に会ってから毎日が楽しいからね。学校でも、楽しい時間があると思うと憂鬱な時間が苦じゃないからね」


「私の方が多いけどね」


 栞さんが自慢気に胸を張りながら言う。


「今日のおかず抜きね」


「ほんとにしそうでされたら困るやつやめよ。今日は早いの?」


「本気出すって言ったでしょ?」


「頑張りたまえ。私が永継を諦められなくなる前に」


 栞さんがそう言うと、何故か僕の頬をつねった。


「永継君が噂を消したって言ってたけど、永継君は何したの?」


「ほふもひにらっれら」


「可愛い。簡単に言うと、流歌ちゃんと同じ。違うのは永継の場合、本気でキレてたことかな?」


 それを聞いて少し思い出した。


 確か席替えしてから一度も隣の人が来てなくて、久しぶりに来ていた。


 その日はいつにも増して不機嫌だった。


 だから聞こえてくる声が煩わしくて「うるさい」と言ってしまった気がする。


「永継君って本気でキレると本気で怖いんだよね」


「その日から触らぬ神に祟りなし状態だったからね。私はずっとお礼を言いたかったけど、声を掛けたら怒られそうで言えなかったの」


「あの頃はお父さんからの暴力が多くて痛みに耐えるのが辛かったんだと思う。だから一番嫌な噂話を聞きたくなかったんだと思う」


 世間話なんかの話は聞こえてきても気にはならないけど、噂話のように第三者の話をしてるのを聞くと気分が悪くなる。


「学校って永継にとっては地獄だよね」


「宇野さんと会う前はほんとに地獄だったよ。宇野さんと会ってからはお昼休みが天国だったから相殺出来て、栞さんと仲良くなってからは学校が楽しいよ」


 一番は全員が居る宇野さんのアパートだけど、次に学校が楽しい場所になった。


「結局私達は似たもの同士なんだよね」


「うん。それと今更だけど、あの時はありがとうね永継」


「僕は自分が嫌だったからやっただけで、結果的に栞さんを助けられたのなら良かったけど、お礼を言われることはしてないよ?」


「じゃあ自己満足に付き合って」


「それなら」


 実際僕は何もしていない。


 ただわがままを言ったらたまたま噂が消えただけ。


 でもそのわがままで栞さんが助かったのなら僕も嬉しい。


「そういえば保健室の先生は?」


「私の家に連絡するって言って出てった。家には誰かしら居るはずなんだけど……いや、まさかね」


 栞さんが慌てた表情をする。


「どうしたの?」


「永継に聞きたいことが──」


 栞さんがそう言いかけると、保健室の扉が勢いよく開いた。


 栞さんの考えは多分当たっている。


「しーちゃーーーん」


 とても可愛らしい女の人が栞さんの居るベッドに飛び込んで来た。


 文字通りの意味で。


「ぐはっ」


「しーちゃん大丈夫? 大丈夫じゃないよね、しーちゃんが元気になるまでママがぎゅーーーっでしてあげるね」


 栞さんのお母さん? がそう言うと、栞さんを強く優しく抱きしめた。


「あ、あのねお母さん。ベッドに飛び込むのは危ないからやめて。別の意味で保健室を使うとこだったよ」


「しーちゃん。お母さんじゃなくてママでしょ?」


「それは家だけって約束したでしょ。それよりなんでお母さんが来てるの? 今日ってどこか行くって言ってなかった?」


「なんかしーちゃんに悪いことが起こりそうだったから、だいちゃんに頼んでお仕事を別の人に変わって貰ったの」


 危機察知能力といい、栞さんから離れない感じといい、子犬のような人だ。


「さすがお母さんだよ。それはそれとして、人前だからそろそろ離れない?」


「離れない」


「離れないか……。仕方ない」


 栞さんが僕と宇野さんに視線を向けてからお母さんの耳元に顔を近づけた。


「ママ、今日はママと一緒の布団で寝たいな」


「ほんと!?」


 栞さんのお母さんがバッと顔を上げた。


「うん。だから今は少しだけでいいから離れてくれない?」


「……やー。お話は聞くからぎゅーは続けるの」


「私の頑張りを……、まぁ聞くだけいいか」


 栞さんが何かを諦めたようにため息をついた。


「ごめんね、この人は私のお母さんで桐生きりゅう 美乃莉みのり。見ての通り、小学生から成長が止まってるんですよ」


 美乃莉さんは確かに小柄だ。


 小学生と言われても信じてしまうぐらいに。


「私は認めないからね。私に認めて欲しかったら私のことを『みーちゃん』か『ママ』って呼んでみなさい」


 美乃莉さんが僕にジト目を向けながらそう言う。


「無視していいから。私のことがあって私に近づく男の子が信頼出来ないだけなの」


「しーちゃんは優しすぎるの! 私はもうしーちゃんが傷つく姿なんて見たくないんだから……」


 美乃莉さんが今にも泣きそうな顔になる。


 本当に栞さんを大切にしてるのが見ててわかる。


()()()()()、約束します。僕は栞さんを傷つけないことと、もし栞さんが傷ついたのなら、僕が全力をもって栞さんを癒してみせることを」


「なーくんはしーちゃんのこと好き?」


「はい。とっても大切で大事です」


(宇野さん達と同様に大切で大事な友達だもん)


「口ではなんとでも言えるもん。なーくんはしーちゃんとるーちゃんの二人が傷ついて、どっちかした助けられないならどっちを助けるの?」


 美乃莉さんがとても真剣な表情で僕に問う。


 真面目な話なのがわかったからなのか、栞さんも止めようとはしない。


「確認ですけど、るーちゃんは宇野さんですよね?」


「うん。どっちかしか助けられない状況を詳しく言うなら、物理的に離れてるってことにするね。北極と南極ぐらいに」


 極端だけど言いたいことはわかった。


 つまり寄り添って何か出来るのはどちらかしかいないと言うことだ。


「僕って独占欲が強いみたいなんですよ」


「そうなの?」


「はい。だから二人をそんなに遠くに行かせることはありません」


 きっと答えにはなっていない。


 だけど僕が二人と離れたくないのは事実だ。


「ずるい!」


「そうですけどそうなんですから仕方ないですよ。みーちゃんは栞さんと大悟さんが同じ状況ならどっちのところに行くんですか?」


「……やだ」


「それも答えになってないですよ?」


「なーくんいじわる。でも先にやったのは私だから私がいじわる」


 美乃莉さんが栞さんを強く抱きしめる。


「さすが永継だね。まさかお母さんのわがままを返せるなんて」


「抑えた」


「お母さん良かったね。永継キレる寸前だったみたいだよ」


 大切な人を選んで助けるなんて質問は好きじゃない。


 大切なことに変わりないのだから、そこに優劣なんてつけたくない。


「なーくんごめんなさい。しーちゃんがいつも楽しそうになーくんのお話してたけど、やっぱり不安で」


「大丈夫ですよ。()()()()だけじゃ不安ですもんね」


「なーくんいい子。しーちゃん頑張って」


 美乃莉さんが栞さんに謎のガッツポーズを向ける。


「ちょうどいいから聞いとこうか」


 栞さんが無の表情で美乃莉さんの離れた手を掴んだ。


「しーちゃん? お顔が怖いよ?」


「お母さん立ち聞きしてたでしょ?」


「……し、してないよ?」


 美乃莉さんが視線を右往左往させながら答える。


 これが目は口ほどに物を言うというやつらしい。


「じゃあなんで永継と流歌ちゃんの名前を知ってたのかな?」


「だ、だってしーちゃんが学校で仲良しなのはなーくんとるーちゃんだけだって言ってたから」


「永継、真実を言いなさい」


「結構最初からみーちゃんは居たよ?」


 美乃莉さんは確かに扉の前で聞き耳を立てていた。


 時折「しーちゃん……」と泣いてるような声をしていた。


「なーくん!」


「嘘ついたから一緒に寝るのは無しね」


「やぁだぁー」


 美乃莉さんが駄々をこね始めた。


「あ、私も次いでに聞いていい?」


「お母さんに?」


「桐生さんに」


「つまりお母さんね」


 確かに栞さんも美乃莉さんも桐生さんだ。


 だけど宇野さんは気にせずに僕の方に歩いて来る。


「る、流歌ちゃん。何をする気だい?」


「私の勘違いなら桐生さんをこれから名前で呼ぶね」


 宇野さんはそう言って毛布をめくった。


 すると、指を絡ませて握られた僕と栞さんの手があった。


「はい、ギルティ」


「こ、これは違くてね。ほんとにやばかったの、だから永継に手を握って貰って安心してたの」


「もうだいぶ落ち着いてるように見えるけど?」


「離したら発作でるよ。流歌ちゃんに責任取れるの?」


「開き直るな。しかも本当かどうかわからないし」


 手を離したら栞さんが震えたり、呼吸を乱したりするのは本当だ。


 だけど最初は普通に握ってたけど、途中からこの握り方に変わった。


 その理由はわからない。


「おかず抜きは確定ね」


「顔に出しちゃ駄目でしょ!」


「ごめんなさい。半分こしよ」


「それなら毎日抜きでも」


「永継君のおかずは没収して私が食べさせるから」


「鬼嫁!」


 いつも通りの雰囲気になった。


 これなら栞さんも大丈夫なはずだ。


 美乃莉さんも涙を流してはいるが嬉しそうな顔をしている。


 本当に良かった。


「元気ならさっさと帰りなさいよ」


 保健室の先生にめんどくさそうにそう言われたので栞さんと美乃莉さんを残して、宇野さんと一緒に保健室を出た。

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