不機嫌を超えて不愉快
「篠崎君」
「なに?」
栞さんが「お花を摘みに行ってくるね」と言って教室を出ると、毎回一ノ瀬さんがやって来る。
大した話をする訳でもなく、少し話して去って行く。
「前に言ったこと考えてくれた?」
「どれのこと?」
「もう! 私と付き合ってって言ったやつだよ」
そういえば、初めて一ノ瀬さんとちゃんと話した時に「ずっと好きだった」と言われていた。
「よくわからないからって言って断ったよね?」
「わかるようになってないかなって」
「わかんないままだよ?」
それがわかれば苦労はしない。
「じゃあお試しで付き合ってみたりは? 何かわかるかも」
「そういうのやだ」
とりあえず付き合ってそれから考えるというのは、相手を適当に思ってるみたいで嫌だ。
「そんなに意地悪言ってると強硬手段にでちゃうからね」
一ノ瀬さんはそう言って自分の席に戻って行った。
そしてそのすぐ後に栞さんが戻ってきた。
「ただまー。また居たの?」
「うん。だから最近は学校でもずっと誰かとお話してる」
一ノ瀬さんは栞さんがお花を摘みに行くと毎回来る。
そして栞さんが居る時は栞さんとずっと話している。
だから休み時間の間は誰かとずっと話していることになる。
「めんどくさい質問していい?」
「うん」
「めんどくさいって言って『いいよ』って言ってくれる永継ほんとにいい人だよね」
「栞さんは僕の困ることを聞いたりしないってわかってるもん」
「地味に圧をかけてくる永継もいいけど……。えっとね、私と一ノ瀬さんのどっちと話してる時が楽しい?」
なんだか似た質問を前にもされたことがある気がする。
「それは栞さんだよ。一ノ瀬さんって怖いんだよね」
「怖い?」
見た目は可愛らしい人だと思う。
だけどどう言えばいいのかはわからないけど、怖く感じる。
「私には忠犬に見えるけど」
「懐いたら自分をさらけ出すみたいな?」
「うん。前におトイレ行くフリして見てたことあるんだよ」
「あったね。なんで見てるのかと思ったら、そういうことだったんだ」
「永継ってもしかして、トイレの音とかも聞こえちゃう人?」
「聞かないようにはしてるよ?」
聞こえるか聞こえないかで言ったら、聞こえる。
だけど聞いたらいけないことぐらいはわかるから、聞かない努力はしている。
「まぁ永継にならいっか。それでだけど、一ノ瀬さんって基本一人でしょ?」
「うん」
一ノ瀬さんはいつも一人で本を読んでいる。
だからと言って人と話すのが苦手とも思えない。
苦手なら僕に話しかけに来ることもないだろうから。
「そういうタイプの人って懐くと従順なんだよね。言い方違うかもだけど、気に入った人には懐く感じ?」
「梨歌ちゃんみたいな?」
梨歌ちゃんの場合は、自分が気を許せると思った相手には自分をさらけ出すし、相手を認める。
「梨歌ちゃんよりは鏡莉ちゃん? 後は私もそっち側かな?」
「そうなの?」
「わかんないでしょ。永継からしたら、初めっから好感度マックスだっただろうから」
鏡莉ちゃんが人と話すのが苦手と聞いた時だって驚いた。
僕と初めて会った時の鏡莉ちゃんは、他のみんなを守る為に無理をしていたのを知ったのもその時。
すぐに仲良しにはなれたけど、鏡莉ちゃんと栞さんに気に入った人にだけ懐くというイメージはない。
「要はオタクなのではないかと疑っている訳ですよ」
「なんで?」
「普段は人と話さないけど、仲良くなると途端に饒舌になるのはオタク特有のものだから」
「じゃあ僕も?」
僕も普段は人と話さないけど、栞さん達と話す時は楽しくてずっと話していられる。
「永継のは少し違うよ。オタクは話したくても話せないけど、永継はそもそも話す気がないんだから」
「一緒じゃないのか……」
二人と一緒だと少し喜んだけど、違ったみたいで勝手に落ち込む。
「一緒、超一緒。私と永継は表裏一体ですよ」
「ほんとに?」
「さすがに盛ってるけど、一緒のところはあるよ」
「どこ?」
「『好き』に一生懸命なところ。永継は『好き』を絶対に適当には考えないでしょ?」
僕の場合は適当に扱える程『好き』を知らないだけとも言える。
もちろんこの場合の『好き』はLoveの方だ。
「栞さんもゲームとか好きだから鏡莉ちゃんを拗ねさせるぐらい強いんだもんね」
「言い方よ。まぁ好きだよ、まぁ一生懸命なのはそっちだけでもないけど」
栞さんがそう言って優しい笑顔になった。
「どうい──」
どういうことか聞こうとしたらチャイムが鳴った。
そしてすぐに先生が来たから聞けなかった。
次の休み時間に聞けばいいかと授業に意識を変えた。
「篠崎君」
「え?」
授業の後半から栞さんに何を聞こうとしたのかを思い出す作業で忙しく、そればかりを考えていた。
それ自体は思い出せたのだけど、授業の片付けと準備をしていたら一ノ瀬さんに声をかけられた。
隣には栞さんが居るのに。
「驚いてどうしたの?」
「ううん、なんでもない。それよりなに?」
「用は特にないんだけど、近くに居たいなーって」
一ノ瀬さんはそう言って栞さんと僕の間に入ってきた。
「篠崎君ってどういう女の子が好みなの?」
「だからそういうのはわからないって」
「じゃあ聞き方変えるね。宇野さんと桐生さんならどっちが好きなの?」
「それを答えて何になるの?」
「ただの自己満足?」
だったら答える筆はない。
「怒らせちゃった?」
「別に」
「そっか、学校ではどっちにも興味ない設定なんだっけ?」
「何が言いたいの?」
だんだん話すのが嫌になってきた。
「篠崎君が二人と仲いいみたいだから、二人の昔のことを教えてあげようかなって」
「いい」
そういうのは本人達が話したいタイミングで聞けばいいことだ。
他人から聞いたところで真実かもわからないのだから。
「興味なかった? でも知らないんだね、仲良さそうなのに」
「用が済んだならもういい?」
もうこの人と話していたくない。
明らかにさっきまでとは違う。
これが『強硬手段』なのか。
「最後に一つだけ。右と左と真ん中、どれがいい?」
「左」
いつもならなんとなく右を選ぶけど、小さい反抗心で逆を選んだ。
「あらら、残念。じゃあ左の情報をあげる」
「いらな──」
「桐生さんって、中学時代不登校の時があったらしいよ」
僕が答えるよりも先に一ノ瀬さんが言った。
不機嫌だったから見ないようにしていた一ノ瀬さんの顔を思わず見ると、ニヤついていて余計に不愉快になった。
「怖い怖い。あ、ちなみに右だったら宇野さんの情報でら真ん中を選んだら私がキスしてあげてたの。ほんとに残念だね」
一ノ瀬さんはそう言って自分の席に戻った。
自分でもよく抑えたと思う。
いつもだったら言葉が先に出ていたけど、今は何よりも一ノ瀬さんをここから退けたかった。
いち早く過呼吸の栞さんを保健室に連れて行きたかったから。




