男は狼
「あ、……いいや」
「気になるからそこで止めないでよ」
学校まであと少しというところで、ちょっと気になることがあったけど、多分大丈夫だし、本人のいないところで聞くようなことでもないから言うのを躊躇った。
「後でわかるからいいかなって思って」
「だから何をさ」
「芽衣莉のこと?」
「うん」
さすが宇野さんだ。
僕の考えなんてすぐにわかってしまう。
「永継君とのリハビリのおかげで梨歌と一緒に学校行ったよ」
「そっか、良かった」
「桐生さん、永継君はちゃんと空気読んだよ」
「なぁつぅ、流歌ちゃんが意地悪言うから学校まで腕にしがみついてていい?」
栞さんが目をうるうるさせながら僕の腕に抱きついてきた。
「そして私と永継が冬休み中に付き合ったみたいな噂が学校で流れることになるのでした」
「永継君の歩きの邪魔をするな」
梨歌ちゃん程ではないけど、少し痛そうなデコピンが栞さんのおでこを襲った。
「流歌ちゃん、顔と性格はいいけど、身体で誘惑出来ないからって怒らないでよ」
「喧嘩売ってるな? 言ってて照れてるあんたはあざとすぎんだよ」
栞さんの顔を見たら赤くなっていた。
すぐに逸らされたけど。
「もう学校着くけど、宇野さんは一緒に行って大丈夫なの?」
「正直周りの目を気にするのも面倒だけど、永継君に迷惑はかけられないから先に行く。本当は桐生さんを見張りたいけど、その様子なら必要なさそうだし」
栞さんは既に抱きつくのをやめて少し離れて歩いている。
「なんか照れ方可愛いんだよね。素なのがわかるから尚更。ずるい女だ」
宇野さんはそう言って僕に「後でね」と手を振って駆けて行った。
「栞さん、大丈夫?」
「うん。もうちょっと羞恥心を無くさないと」
「今の栞さんはとっても可愛いよ?」
「永継は私がすぐに恥ずかしがらないようにわざと言ってるだけ、勘違いするなよ栞」
栞さんが早口で自分に言い聞かせるように言う。
ただの本心だったけど、それを言うと栞さんが今以上に赤くなりそうな気がしたからやめた。
「栞さんって宇野さんのお誕生日に何かあげる?」
「話題変換ありがとう。あげるよ? 永継は……あげると梨歌ちゃん達にあげてないから少しあげづらいか」
梨歌ちゃん達にもあげればいいのだけど、今更あげるのも遅い気がする。
なぜ今になって悩んでいるのかと言うと、大悟さんから栞さんの家庭教師をしたバイト代? を貰ったからだ。
多分貰いすぎなぐらいに。
「流歌ちゃんにあげる次いでで悠莉歌ちゃん含めてみんなにあげたら?」
「それがいいかな? 栞さんは何か欲しいのある?」
「流歌ちゃんには聞かないで私には聞くんだ」
栞さんが拗ねたように頬を膨らませた。
「みんなに後で聞くよ?」
「知ってた。永継からしたらみんなの欲しいものをあげたいんだろうけど、少なくとも私は永継が私の為に選んだものなら、たとえそこら辺の石でも嬉しいよ」
「……頑張る」
自分で考えるのが難しいから聞いてみたけど、栞さんにそう言われたら自分で考えるしかない。
「ほんとに難しく考えなくていいからね。いっそその気持ちだけでも嬉しいから」
「栞さんって謙虚すぎない?」
「永継には言われたくないなぁ」
そんなことを話していたら、学校が見えてきた。
そのまま僕と栞さんは一緒に教室へ向かった。
その際、視線と嫌な噂が聞こえてきた。
「……」
「低俗……」
教室に入るとクラスの人の視線を一斉に受けた。
恨み声や嘲笑う声も聞こえる。
そして何より気になるのは『篠崎 永継は宇野 流歌とその妹、そして桐生 栞と同棲している』と黒板に大きく書かれていたことだ。
「永継、流歌ちゃんに確認取りに行くよ」
「……」
真剣な声の栞さんに返事をしないで僕は栞さんの後に続いて廊下に出た。
昇降口の時点で聞こえてはいたけど、まさかあそこまでやっているとは思わなかった。
「怒らなかった永継は偉いと思うよ」
「人の不幸を願う人って、反論されると喜ぶから」
反論するのは認めるということ。
だから嘘の中に真実を混ぜて反論をさせようとする。
そして反論したら全てが真実にされる。
「あそこで黒板を消しに行ったらそれこそ認めることになるからね。不愉快なことをされて消さない方が変なのに」
「消さなかったら消さなかったで強がってるとか思われるんだろうけど、残しとけば先生にバレるし、バレるのを怖がった書いた人が消しに行って書いたのが誰かもわかるし」
「ただそれにはってことでしょ?」
「うん」
黒板に書かれたのが僕と栞さんだけなら気にせず教室でいつも通りの生活を送ればいいけど、宇野さん達の名前も書かれていた。
だから確認を取らなくてはいけない。
「永継、賭けをしない?」
「賭け?」
「流歌ちゃんのとこにも書かれてなくても噂は行ってるはずでしょ?」
「うん」
「つまり流歌ちゃんは今頃質問攻めにあってる訳で、怯えてるか逆に開き直って真実を話してるか」
「栞さんは?」
「私は開き直って全部話してると思う」
これは賭けにならない。
だって宇野さんは今までどれだけの理不尽と戦ってきたのかわからないのだから、ただの高校生に口論で負ける訳がないから、怯えることはありえない。
だけどせっかくの賭けだから、栞さんとは別の答えを出しておく。
「僕は全部を論破して何事もなく生活してると思う」
「……普通にありそう。流歌ちゃんが口論で勝てないのって永継と妹達だけだもんね」
(後、恐怖で支配していた母親)
「私もたまになら勝てるけど、一人だと勝てないしね」
「宇野さんは強いからね。というか僕も勝てるかわからないよ?」
「永継は負けたことないでしょ」
そもそも口論をした記憶がない。
「まぁいいや。永継の反応的に永継の勝ちなんだろうね」
「ちなみに賭けに勝ったら何かあったの?」
「じゃあ仲良く手を繋ぎながら教室に帰ろう」
「栞さん赤くなるじゃん」
栞さんは僕と手を繋ぐと顔が赤くなる。
登校中もそれがあったから離したのだし。
「気にしないであげて。いつか慣れるから」
「そうなの?」
「頑張ります。そして案の定」
宇野さんの教室に着いたが、宇野さんの周りには人だかりは出来ていない。
正確には数人いるけど、それはいつものことだから今回のこととは関係ない。
「黒板にも何も書かれてないね」
「じゃああれを書いたのは同じクラスの人かな?」
「可能性は高いんじゃない? 帰ったら消えてたりしてね」
「それはそれでいいよ。書いた人が誰か絶対に知ってる人がいるってことだし」
誰かが知っているのならその人から聞けばいい。
どんな手を使っても。
「やっぱり永継怒ってるでしょ」
「怒ってないとは言ってないよ?」
「そんなに私達の関係バラされたのが嫌だった?」
「みんなとの関係を馬鹿にされたみたいで嫌だった」
栞さんと一緒にやったゲームで男女の関係の普通を少しは学んだ。
それによると、未成年の男女が同じ屋根の下で長時間一緒に居るのはおかしいらしい。
理由は濁されてわからないけど、友達と一緒に居るのをおかしいと言われたら世の未成年の人達は友達と一緒にいないのだろうか。
男女だから駄目と言うなら、学校だって同じなのに。
「永継は三大欲求が人より極端に少ないみたいだからね。一般的な男って狼って言われてるんだよ?」
「なんで?」
「女を襲うから」
「狼って自分の家族を守る為に襲ってくる人を襲うんじゃないの? それを見境なしに襲う人と一緒にするのは可哀想だよ」
狼だけではない、人を襲う動物だって襲いたいから襲うのではない。
先に人が襲ってくるから反撃してるだけだ。
それで一方的に動物を悪者にする。
「あぁ、永継が闇堕ちしてくよ。人間の汚いところを見すぎだよ。もっと綺麗なとこだけ見てこ」
「栞さんとか?」
「穢れなき眼をありがとう。永継の心が綺麗すぎるから闇が深く見えちゃうんだね。ちなみに永継が闇堕ちしても私はずっと傍に居るからね」
やみおちが何かはわからないけど、僕もずっと栞さんと一緒に居たい。
「私に用があって来たんじゃないのかな?」
栞さんと話していたら、宇野さんが不機嫌そうな笑顔で僕達の間に割って入った。
「永継、流歌ちゃんがクラスメイトからの質問攻めで不機嫌になってるよ」
「あんな小鳥のさえずりで不機嫌にはならないから」
「永継の綺麗な心で癒してあげて」
「聞け、し?」
「宇野さん、大丈夫?」
宇野さんがそんなに苦しんでいたとは知りもしなかった。
僕は勝手に宇野さんなら大丈夫だと思っていたけど、宇野さんは繊細な心の持ち主だから辛かったのだろう。
今の僕に出来ることは手を握るだけだから帰ったらみんなで癒そうと思う。
「流歌ちゃんが嬉しさのあまり固まったぁー、これには永継も困惑。大変だぞ、永継がもっとすごいことをしてしまう。いいの流歌ちゃん、永継が可愛いってことがバレるよ」
「それは駄目だ。永継君大丈夫、ありがとう」
宇野さんが優しい笑顔になって僕の手を握り返してくれた。
「じゃあ永継君の教室行こっか」
「流歌ちゃん、また怖くなってる」
「え? だってこっちが少しずつ永継君との関係をバラしてこうとしてたのに、それをバラして尚且つ永継君を不愉快にさせたんだよ? 許されることじゃないじゃん」
「ちなみに流歌ちゃんのクラスはどうやって静かにさせたの?」
「噂を広めてた人とお話しただけ」
宇野さんが笑顔でそう言うと、栞さんが顔を引き攣らせながら「そ、そうなんだ」と話を打ち切った。
多分聞いたら駄目なやつだと悟ったのだろう。
その後僕達の教室に着くと、宇野さんが「私がお話してくるから二人は待ってて」と言って一人で中に入って行った。
そして栞さんは無言で僕の耳を両手で塞いだ。
だから中でどんなお話が行われたのかはわからない。
だけど宇野さんが出てきて、教室の中に入ると、黒板の字は消えていた。
そして僕達を見る視線も減っていた。
それを見た栞さんは「ほんとに流歌ちゃんは怒らせないようにしよ」と薄く笑いながら言っていた。




