抱きつき魔とキス魔
「それで何があったの?」
「悲しい事件だったよ……」
みんなが目覚めたので話を聞こうとしたら、栞さん以外のみんなが居なくなってしまった。
音的に隣の栞さんの部屋に居るみたいだ。
「話す前にこれだけは永継に覚えといて欲しい」
「なに?」
「流歌ちゃんと芽衣莉ちゃんにお酒は飲ませないこと」
栞さんがとても真面目な表情でそう告げる。
「僕は飲むつもりないけど、宇野さんと芽衣莉ちゃんは僕達が決めることじゃなくない?」
「永継、あの二人にお酒を飲ませると、周りの人が酷い目にあうか、二人が後で後悔するんだよ。永継はそれでもいいの?」
「やだ」
いまいちよくわからないけど、二人が困るのなら僕が止める。
「ほんとに任せたよ。私はもうあんな目にあいたくないから」
「栞さんがそこまで言うってことはほんとに大変だったんだね」
栞さんは嫌なこと、恥ずかしいことにあったとしても、ここまで拒絶はしない。
その栞さんがここまであからさまに拒絶するってことは相当大変な目にあったのだと思う。
「永継の想像の二百倍はやばかった」
「宇野さんと芽衣莉ちゃんがみんなを組み倒すの二百倍?」
「ごめん、そこまでわかってるなら十倍ぐらい」
さっきの状況と、今の栞さんの発言からそこまでは想像出来たけど、それよりももっとすごいこととなると想像が難しい。
「流歌ちゃんと芽衣莉ちゃんはお酒に弱い体質で、しかも酔うと過度なスキンシップを取るみたいなの」
「そうなの?」
「抱きつき魔とキス魔なんだよ。流歌ちゃんは酔うと抱きしめて褒めてくれるの。それだけなら嬉しいんだけど、色んなとこをさわってくるんだよね、セクハラ気味に」
そう言われても想像がつかない。
宇野さんに抱きしめられることは今までにもあるけど、その抱擁はとても優しく、温かかった。
「めっちゃね、手つきがエッチなの。私もう流歌ちゃんと結婚するしかないかもしれなくなっちゃった」
栞さんが嬉しそうにそう言った。
「ちなみに永継ってエッチな女の子は好き?」
「それ前にも聞かれたけど、それが宇野さん達の誰かをさして言ってるならなんであろうと好きだよ?」
「そっか、永継って人を幻想化しないんだよね。だからみんなに好かれるんだし」
「幻想化?」
「そ、普通、人ってね、この人はこういう人だって勝手に決めつけるんだよ。例えば私なんかは眼鏡掛けて無口だから真面目みたいなね」
学校の栞さんはとても無口だ。
僕と休み時間に話すことはあるけど、それ以外で喋っているのを見たことがない。
まぁ僕もだけど。
「周りの人は私を真面目だと思ってるけど、実際の私は勉強は出来ないし、よく喋るオタクなんですよ」
「うん?」
「疑問形をありがと。それでもしもの話で、私の学校の姿のことを好きな人がいたとして、今の私を見たら『想像と違う』って勝手に幻滅するんだよ」
「なんで?」
「自分はこう思ってたのに、本当はそんなだったのかって理不尽なことを言うのが人間だから」
栞さんが真剣に言っているのはわかるけど、意味はわからない。
「永継はどう思った?」
「なにが?」
「私の裏と表を見て」
「怒らない?」
「素直に言っていいよ」
「何も思わなかった」
特に何かを思ったかと言われたら何も思わなかった。
僕だって宇野さんと出会うまで学校で一言も話さない日もあった。
だからむしろ僕にとっては普通のことだ。
「永継のことだから流歌ちゃんの家の顔を見た時も何も感じなかったんでしょ?」
「うん。栞さんは栞さんだし、宇野さんは宇野さんだもん」
家と学校で雰囲気が変わったところで、その人が変わる訳ではない。
だからたとえ栞さん達が家と学校でどれだけ雰囲気が違っても、僕は何も思わない。
「そういうとこなんだろうね。とにかく、興味本位でも流歌ちゃんにお酒は駄目ね」
「芽衣莉ちゃんは?」
「正直ね、流歌ちゃんよりもやばかった」
栞さんはさっき『抱きつき魔』と『キス魔』と言っていたから、芽衣莉ちゃんは……。
「芽衣莉ちゃんは酔うと近くの人に手当り次第でキスするみたいなの。最初の被害者は悠莉歌ちゃん」
「手当り次第なの?」
「うん。無理やり引き剥がした梨歌ちゃんが第二の被害者だったから。だからもし隣が知らない男の人だった場合にどうなるかわからないんだよ」
「それは確かに駄目だね。記憶が残ってたら前よりも酷いことになりそう」
芽衣莉ちゃんが初めてビーストモードになった次の日は相当に落ち込んでいた。
記憶が残りやすいタイプの場合、もしも本当に知らない男の人にキスなんてしてしまったらどうなるか想像もつかない。
「それとね、脱ぎ癖もあるみたいだからそこも注意」
「大人になった時に飲み会とかに誘われたら大変だよね?」
「一番簡単なのは、二人を専業主婦にすることなんだよね。社員じゃなければ強制的な飲み会もないだろうし」
「宇野さんは好きな人がいるみたいだけど、芽衣莉ちゃんは男の人苦手みたいだから大丈夫かな?」
芽衣莉ちゃんとは昔、結婚の約束をしたけど、それも子供の時の話で、しかも芽衣莉ちゃんが男性不信になる前のこと。
今も度々『結婚』の話は出てくるけど、どこまでが本気なのかわからない。
「それかみんなで家族経営の何かを始めるとかね」
「みんなで仁さんの喫茶店で働ければいいってことだよね?」
「それでいいじゃん。可愛い子が五人もいたら大繁盛だよ」
仁さん曰く宇野さんがバイトを初めてからはお客の入りがいいと言っていた。
つまり芽衣莉ちゃん達が居たら単純に元々の五倍の利益になることになる。
「最後はみんなの意思だけど、それなら宇野さんと芽衣莉ちゃんが知らない人に変なことしなくて済むよね」
「永継は二人が知らない男の人に抱きついたりキスしたりしたらどう思うの?」
「やだ!」
「即答アンド強い答えをありがとう」
酔っているからと言って、宇野さわと芽衣莉ちゃんが知らない男の人にそういうことをするのは見たくない。
そもそも男の人と一緒に居るところを見たくない。
「……?」
「どしたの?」
「なんか宇野さんと芽衣莉ちゃんが他の男の人と居るのが嫌だって思った。自分勝手だね」
そんなの僕が決めることではないのに。
「それは私を含めた他の子も?」
「そうだね。多分学校で栞さんが他の男子と話してたらモヤモヤするかも」
「今日はいい日だ。流歌ちゃん達には明日まで黙っとこ♪」
何故か急に栞さんが上機嫌になった。
「流歌ちゃんは仕方ないとして、私を含めた他の子は男子と楽しそうに話したりしないから平気だよ。だから永継も私達以外の女子と楽しそうに話したら駄目だからね?」
「僕が話すのって、栞さん達とお母さん達ぐらいだから大丈夫。後は宇野さんから呼ばれた時に僕を呼んでくれる人ぐらい?」
「これからの話だよ。永継の魅力は関わらないとわからないタイプだけど、にじみ出る優しさに気づいて近づいて来るにわかもいるから」
そんなことはないだろうけど、僕が気にするように、栞さんも気にしてくれてるってことなら僕も注意する。
「まぁそれを言うなら栞さんもなんだけどね」
「私は眼鏡でガードしてるから平気」
「それってそんな機能あるの?」
「あるよ。私って多分周りから『真面目な委員長タイプ』って思われてるよね?」
「うん」
「実際は逆だけど。そういうタイプって好かれることもあるけど、息を吸うように告白してるタイプの人には好かれないの」
よくはわからないけど、確かに栞さんに話しかける人はいない。
栞さんの話を数回は聞いたことがあるけど、どれも『真面目そう』とか『楽しくなさそう』みたいなことだった。
「だから私の眼鏡は伊達なのです」
「そうなの?」
「うん。だから普通に裸眼でも生活は出来るんだよね」
「……」
「永継に興味持たれるの嬉しいけど、外さないよ? これは私を守る盾なんだから」
栞さんはそう言って眼鏡をクイっと上げた。
「じゃあいつかその盾を外してもいいって思ったら見せてね」
「くるかな、そんな時……」
栞さんの表情が一気に暗くなった。
何かあるのは明白だけど、話したくないのも見ればわかる。
だから僕は栞さんの手を握る。
栞さんは一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに嬉しそうな顔になった。
いつか眼鏡のない、素顔の栞さんの笑顔を見れる日が楽しみになった。




