大きいのと小さいの
『あーん』
「……」
確かに僕は芽衣莉ちゃんと梨歌ちゃんにお世話を頼んだ。
だけど二人同時にスプーンを向けられると少し困る。
「病人の永継君を困らせないの」
「これはどっちのを食べる? っていうちょっとした心理テストみたいなやつだもん」
「それを困らせるって言ってるの」
「芽衣莉はほっといて、私のを食べて」
芽衣莉ちゃんが宇野さんと話している隙に梨歌ちゃんが僕の口元にスプーンを持ってきたので、そのお粥を食べた。
「私の勝ち」
「梨歌ちゃんずるい!」
芽衣莉ちゃんが梨歌ちゃんの方を向いたタイミングで芽衣莉ちゃんのスプーンからお粥を食べた。
「お世話してくれるのは嬉しいんだけど、僕のせいで冷めちゃったご飯がもっと冷めちゃうよ?」
本当に僕が言えた義理ではないけど、これ以上冷めると宇野さんに申し訳なくなってしまう。
「だから二人は自分のを食べていいよ?」
「なっつんが『迷惑だからやめろ』だって」
「鏡莉、篠崎さんがそんなこと思う訳ないでしょ? 下手なこと言うと怒るよ?」
「ほんとに。永継さんは思っても私達の朝ごはんが進まないからそっちを優先してってぐらいだから」
芽衣莉ちゃんの言う通りでそんなことは思わないし、梨歌ちゃんの言う通りなんだけど、目が本気すぎて鏡莉ちゃんが怯んでしまった。
「わかってるなら永継君の気持ちを優先しなさいよ」
「梨歌ちゃんがやめたらやめる」
「そっくりそのまま返す」
芽衣莉ちゃんと梨歌ちゃんが睨み合う。
「じゃあ先によく噛んで食べ終わった方がお世話をするってことにしたら?」
綺麗な所作で朝ごはんを食べていた栞さんがとてもいい提案をしてくれた。
「永継君、それを受けて」
「じゃあそれで」
僕がそう言うと、二人とも自分のご飯の元に行きよく噛んで朝ごはんを食べ始めた。
「永継君もはやく食べてね」
「うん」
芽衣莉ちゃんと梨歌ちゃんが驚いたように僕を見るけど、僕は待つなんて言ってない。
せっかくの宇野さんのご飯なんだから待ちたくない。
「美味しいね」
「永継君だけだよ、私の妹達は不満しか言わなかったのに」
「不満を言い合える家族はいい家族だと思うよ?」
言いたいことを言い合える関係はとてもいい。
何も話せないのはうちのように最後には崩壊する。
「みんなはずっと仲良しでいてね」
「永継が崩壊の原因になったら駄目だよ?」
「僕が?」
それはつまり、僕が宇野さん達をバラバラにするということ。
僕が、宇野さん達を……。
「桐生さん、本気で怒っていい?」
「おかしい、私を選べば万事解決という流れにしようとしただけなのに」
「桐生さんはお正月の間はうちに出入り禁止ね」
「目がガチだ。どうしよう、謝っても無駄だから永継に頼る? でも火に油になるよね……」
栞さんがとても真剣に考えている。
それを僕との勉強中にもやって欲しい。
「おや、永継からも呆れたような視線を感じたぞ?」
「それはそれとして」
「永継って急にドライになるよね」
「僕はみんなをバラバラにするの?」
もしそうならこれからの対応を変えなければいけなくなる。
「私は冗談のつもりで言ったけど、実際どうなの?」
「生活空間が変わるだけで姉妹崩壊とかにはならないと思うかな?」
鏡莉ちゃんが「ご馳走様」をしてからそう答えた。
「だってさ、なっつんの唇が奪われるのを私は何回見たと思ってるの?」
「何回もされてわからない永継はちょっと酷いとも思うけどね」
「なっつんは人にもネットにも触れてこなかった人だから仕方ないって言ったら仕方ないんだけどね」
「触れなかったから逆に飢えるんじゃなくて無関心になっちゃったんだね」
僕の話をしてるのはわかるけど、やっぱりなんの話かわからない。
僕がいつも通り何かした話なのはわかるけど。
「まぁ飢えてたらるか姉は今頃初体験を済ませてるだろうしね」
「ほんとに気をつけないとだよ。見つけたのが永継だったから良かったけど」
「それはまぁ思うけど、女として見られなかったのかなってめんどくさいことを思わなくもない」
「自己中って言うんだよ、それ。永継の場合は必死で流歌ちゃんの柔肌が気にならなかったのかもしれないけど」
確かにあの時は必死で、とにかく宇野さんを家に帰すことしか考えていなかった。
「梨歌ちゃんの時も何も感じてなさそうだったし」
「鏡莉をお姫様抱っこした時もかな?」
「え、私はるか姉を怒らせることした?」
「食事中に下世話な話をしたから」
悠莉歌ちゃんのことはいつもあぐらの中に入れてるし、芽衣莉ちゃんのことは布団に運ぶだけならしたことがある。
そう考えると、僕は栞さん以外のみんなを抱っこかおんぶしてることになる。
「永継って肉体的接触多いね」
「ほとんどが人助けだけどね」
「そうじゃないのは鏡莉だけ?」
「あれはちょっとした遊び心というか……、忘れて」
鏡莉ちゃんが恥ずかしそうに顔を赤く染める。
なんだか下ろさなかったことを可哀想に思えてきた。
「芽衣莉ちゃんをおんぶしたら永継でも反応するかな?」
栞さんが何気なく言ったその言葉を聞いた芽衣莉ちゃんが固まって顔を真っ赤にした。
「それは姉さん程度じゃ永継さんに感知されなかったって言いたいのかな?」
「梨歌、それはあなたもだし、自分の名前を出したくないからって私を使うのやめなさい」
「哀れな姉妹だ」
「あんたもこっち側だからな」
梨歌ちゃんが鏡莉ちゃんを睨みながら言う。
「実際永継は大きいのと小さいのどっちが好きなの?」
「桐生さん、今から出てく?」
「だって気になるじゃん。永継は好きじゃないから気にならないのか、好きを超える程心配が勝つのか」
「そんなの……決まってるじゃん」
「間があったけど?」
栞さんがそう言うと、みんなが一斉に僕を見た。
「気になるんじゃん。それで永継はどっちが好きなの?」
「なにが?」
「大きいのと小さいの」
「だからなにが?」
「胸」
なんだか前にも聞かれたことがあるようなないような質問だった。
こういう時は正直に答えるのがいい。
「胸が大きいのと小さいのとでなにか違うの?」
「と言うと?」
「結局その人なのには変わらなくない?」
別に胸が大きいからいい人とか小さいから悪い人みたいなこともない。
だから胸の大きさを気にしたことがないから好きかどうかがわからない。
「永継は内面が良ければいい派の、普通の男子が言ったら絶対に信じられないいい子でした」
「知ってたけどね」
「流歌ちゃん、顔が喜んでるよ」
「永継君が永継君で嬉しいだけだし」
僕は僕だし、特に何かいいことを言ったつもりもないけど、みんなが嬉しそうだから良かった。
「芽衣莉ちゃんも嬉しいんだ」
「胸が大きいのを嫌う人もいますし、知ってはいましたけど篠崎さんが昔と同じで嬉しいんです」
昔の自分は覚えていないけど、人間そんなに簡単に変わりはしないと思う。
芽衣莉ちゃんに『めいちゃん』の面影は感じなかったけど。
「昔?」
僕と芽衣莉ちゃんが昔遊んでいたことは、公園までついてきていた梨歌ちゃん達は知っているけど、その時居なかった宇野さんと、まだ知り合っていない栞さんは知らない。
「秘密です」
「可愛いかよ」
芽衣莉ちゃんが口元に人差し指を当てて言うと、栞さんは満足したようにそれ以上聞かなかった。
「ご馳走様でした。悠莉歌ちゃんは元気ない?」
お粥を食べ終わったので手を合わせたけど、ずっと黙って宇野さんにご飯を食べさせて貰っていた悠莉歌ちゃんが気になった。
「るかお姉ちゃんが怖かったから黙ってた」
「さっきるか姉の胸を馬鹿にしたから胸の話に入れなかっただけでしょ?」
「るかお姉ちゃん、あんなこと言ってるよ」
悠莉歌ちゃんが水を得た魚のように鏡莉ちゃんを指さす。
「まとめてお説教するからいいよ。片付けしたら私は桐生さんと悠莉歌の三人で買い物行くから準備しといてね」
宇野さんがそう言うと悠莉歌ちゃんと栞さんが「はーい」と答える。
「篠崎さんの意地悪」
芽衣莉ちゃんと梨歌ちゃんが隣で僕にジト目を送っていた。
「食べ終わっちゃったらお世話出来ないじゃん」
「ごめんね。僕も一回帰ってお風呂入ったりしないと」
昨日はずっと寝ていたからお風呂にはいれていないことを今更思い出した。
お母さんにも何も言ってないからそれも兼ねて一度帰らなくてはいけない。
「それなら桐生さんが日和さんに知らせてくれたので大丈夫だよ」
「だからお風呂もうちの使って」
「でも着替えがないから」
「それも届けてくれた」
芽衣莉ちゃんが指さす先には紙袋があった。
ずっと気になっていたけど、仁さんからの誕生日プレゼントかと思っていたが、どうやら僕の着替えらしい。
「いいの?」
みんなのお姉ちゃんである宇野さんに確認を取る。
「もちろん。日和さんにも言われたけど、私達は永継君と居られる時間が増えるのは嬉しいし」
「それならお言葉に甘えて」
朝ごはんの片付けが終わったらお風呂を借りようと思う。
何やら背後から視線を感じるけど気づかなかったフリをした。




