可愛い足す可愛いは最強
「なっつんなっつん」
「なに?」
お母さんと仁さんが帰り、何事もなかったかのように栞さんの勉強を再開しようとしたら、鏡莉ちゃんが僕の服の袖をちょんちょんしながら呼んできた。
「なっつんもお父さんのこと『お父さん』って呼ばないじゃん」
そういえば前に、鏡莉ちゃん達のお母さんのことを「お母さん」と呼ばないのか聞いたことがある。
「僕の中だとまだお父さんになってないんだよね」
「それもそっか。じゃあ本題入るね」
なんだかいきなり鏡莉ちゃんの目がキラキラした気がした。
「もう一回『俺』って言って」
「俺?」
「さっきみたいに感情込めて!」
鏡莉ちゃんの膨れる理由がわからない。
『僕』も『俺』も第一人称なのに変わりないのに。
「じゃあ今日のなっつんは一人称『俺』ね」
「え、なんで?」
「正論で返さないでよ。もっと言うならなっつんに強い言葉で色々言われたいのをグッと我慢してるんだから」
正直『俺』と言うのはいいのだけど、それの何がいいのかがわからない。
だから試してみることにした。
「それなら鏡莉ちゃんはなんにするの?」
「……私のやるの?」
「鏡莉ちゃんのを見れば鏡莉ちゃんが何に喜んでるのかわかるかなって」
「自爆乙」
栞さんが我関せずといった感じでノートを開いた。
ちなみに宇野さん達はちらちらとこちらを見ていたけど、途端に雑談を始めた。
「そういえばるか姉って今日は家に居る日なの?」
「話を逸らしながら私を巻き込まないでよ。居るけど」
「宇野さんが家に居るなんて記念日の日だけかと思った」
「否定が出来ないぐらいに家を空けてるから何も言い返せないけど、今日は何も無いし、出来ないから」
仁さんも忙しくなって、宇野さんが料理の勉強をしに行けくなったからだろうか。
「それで鏡莉は自分をなんて呼ぶの?」
「るか姉がいじめる。なっつん慰めて」
鏡莉ちゃんが頭を差し出してきてのでとりあえず頭を撫でた。
「鏡莉ちゃんはいつも『私』だから、他のってなるとなんだろ」
「なっつんも敵か……」
「今もだけどさ、僕って着替えさせてもらえないじゃん?」
僕はもちろんまだメイド服を着ている。
栞さんと鏡莉ちゃんは着替えているのに。
「なんか僕だけがやるのって嫌なんだと思う」
メイド服になるのは別にいい。
だけど、みんなが普通の服なのに、僕だけが特別な衣装を着ているのが嫌だ。
「どうせやるんならみんなでやりたいなって思ったけど、わがまま?」
みんながやりたくないのなら僕だけがやるけど、少し寂しい。
「じゃあまずはみんなの一人称を決めるところからだね」
「どうせならみんな変える?」
「五人分変えるの難しいね」
「悠莉歌ちゃんはナチュラルに私を省くのね……」
「多分省かれたのは鏡莉」
芽衣莉ちゃんを皮切りに、みんなが口を開いた。
だけど鏡莉ちゃんだけがその輪の中に入れていない。
「きょうりお姉ちゃんは嫌だって言うから」
「無理強いは駄目だもんね。永継さんが寂しい思いをしたところで鏡莉には関係ないみたいだし」
「ち、ちがっ──」
「違うなら鏡莉から決めて?」
梨歌ちゃんの真顔の言葉に鏡莉ちゃんが固まる。
「どうしたの? やっぱり永継さんが悲しむのを見てたい?」
「私は──」
「え?」
そろそろ鏡莉ちゃんが泣き出しそうな感じなので、梨歌ちゃんを止めようと思ったら鏡莉ちゃんが僕の服の袖をつまんだ。
「『うち』のこと嫌いにならないで……」
鏡莉ちゃんが目をうるうるさせ、頬を赤く染めながらそう言った。
「……」
「『うち』って痛いか……」
鏡莉ちゃんがおでこを僕の腕に当てる。
「えっと、違くてね。うーんと、とりあえずぎゅってしていい?」
「もちろん。でもなんっ、で?」
鏡莉ちゃんの喋っている途中で鏡莉ちゃんを抱きしめた。
理由はわからない。
なんだか無性に抱きしめたくなった。
「可愛すぎたからかな?」
「はぅ」
鏡莉ちゃんの耳が真っ赤になり、身体がパタパタ動いている。
「確かに可愛かったけど、格好がメイド服だから百合にしか見えない」
「篠崎さんにはギャップが効くってこと?」
「シンプルに鏡莉があざとかっただけじゃないの?」
「あざといだけでお兄ちゃんが落とせたらきょうりお姉ちゃんと今頃お付き合いしてるよ」
「つまり永継君には本気の甘えが効くってことかな?」
なんだかみんなで僕の考察が始まったようだ。
僕にわからないことはみんなに考えて貰った方がいいということに最近気づいたので、このまま考えて貰うことにした。
その間に僕は僕のしたいことをしている。
「なっつん、嬉しいんだけど、せめて抱きしめるのと頭を撫でるののどっちかをやめて貰えないでしょうか。とても恥ずかしいです」
「僕も『俺』にしたら続けていい?」
「私は変えたのになっつんは変えてくれないの?」
「今日は変えるんじゃないの?」
鏡莉ちゃんが頬を膨らませてジト目で睨んできた。
「『うち』は変えたのになっつんは変えてくれないの?」
「『俺』がそんなにいいの?」
「うん、なっつんがいい」
なんだかニュアンスが違うように聞こえるが、鏡莉ちゃんが変えてくれたのだから、今日だけは俺で喋ることにする。
「俺様口調って要望出したら聞いてくれる?」
「栞さんとやったやつを再現すればいい?」
「しおりんとギャルゲーでもしたの? さっきのとかって絶対になっつんの知識にはないセリフだったし」
ジャンルはわからないけど、色んな女の子を攻略するゲームだと栞さんから聞いた。
「ほんとは永継にエロゲをやらせようかと思ったけど、最初にそういうのやらせてゲームに悪い印象持ったら嫌だったし、私がそういうの好きってイメージつくのも嫌だったからやめた」
「つまりギャルゲーをやらせたのね」
「永継にギャルゲーをやらせた。それがどういう意味かわかるかね?」
「き、貴様まさか!」
鏡莉ちゃんは何かを理解したのか、驚いた顔をしている。
「私は永継の好きなタイプを知っているのさ」
『!?』
栞さんのその言葉でみんなが一斉に栞さんに注目した。
「よしじゃあ実践だ。なっつんの好きなタイプを再現したら一発逆転出来るかもだよ」
「私が負けヒロインみたいな言い方やめなさい。そもそも内緒だし」
「そうやって余裕ぶってたら負けヒロインどころか、友人Aで終わるよ」
「くっ……」
鏡莉ちゃんの言葉を受けた栞さんが胸を押さえる。
「やればいいんでしょ。……よし」
栞さんは意を決した様子で僕の隣に来た。
「ねぇねぇなちゅ。しおりんのことしゅきぃ?」
栞さんが顔を真っ赤にしながら僕を見つめる。
「しおりん、やっぱりエロゲをやらせたんじゃないか?」
「主人公は別に幼女にガチ恋してる訳じゃないから! ただヒロインが妹の真似をするシーンをやっただけだから! 永継がそこに一番食いついてただけだから!」
栞さんの顔が更に赤くなってきた。
確かにそのシーンは今まで当たりが強かったヒロインが甘えてきて可愛かったのを覚えている。
ただ一番かといわれたらそうではないけど。
「しおりんよ。今日は一度決めた一人称はそのままだからな」
「……しおりんスリープモードに入ります」
「実は気に入ってるな」
「あ、栞さんのこと好きだよ」
栞さんに好きか聞かれたのに返事をしてなかったので返すと、栞さんが宇野さんに抱きついた。
「嬉し恥ずかしなのはわかったから離れて」
「流歌ちゃんが冷たい! みんなも恥を晒せばいいんだよ!」
栞さんが頬を膨らませてそう言った。
(可愛い)
宇野さんもだけど、年長者の二人は一番子供らしくて可愛い一面がある。
「永継に子供っぽいって思われてるよ。流歌ちゃんの一人称は決まったね」
「どうせやるならさっさとやった方がいいか」
宇野さんはそう言って僕の隣にやって来た。
「ぼ、俺の隣でやる必要あるの?」
そもそも宣言する必要もあるのかわからない。
一人称を変えるだけなのだから。
「どうせだからね。それとも流歌のは聞きたくない?」
「あざとい」
「鏡莉に言われたくないから!」
鏡莉ちゃんの発言を聞いた宇野さんの顔が赤くなった。
「ずっとぎゅっとしててごめん」
そこでやっと鏡莉ちゃんを抱きしめ続けていたのを思い出し、鏡莉ちゃんを解放した。
「一生そのままでも良かったのに。でもるか姉は名前だよね」
「うるさいよ。子供っぽくてごめんね!」
「宇野さんの子供っぽいところは好きだよ?」
宇野さんが顔を赤くして栞さんに抱きついた。
「これが同じ穴の狢か」
「意味絶対に知らないでしょ」
「なっつん、あれが本物の百合だよ」
女の子同士が仲睦まじくする光景。
鏡莉ちゃん達でも見てはきたけど、それは姉妹愛だから、本物は初めて見た。
「要は可愛い足す可愛いは最強ってやつ?」
「しおりんは後でお説教だな」
「違った?」
「合ってるよ」
それならなんでお説教なのかとも思うが、多分僕がまだわからない領域なのだと思う。
「私達も決まったから流れで言うね。私は『僕』で」
「私は『わたくし』で」
「ゆりかは『あたし』」
梨歌ちゃんが『僕』で、芽衣莉ちゃんが『わたくし』で、悠莉歌ちゃんが『あたし』になった。
「僕とかなっつんのパクリかよ」
「永継さんは俺だけど?」
「うわ、屁理屈」
また鏡莉ちゃんと梨歌ちゃんの言い合いが始まった。
その後は普通に生活していたが、何故かみんな一人称を使うことはなかった。




