悪い癖
「話を戻してもいいかしら?」
「脱線しすぎるのが私達の悪い癖なんです。すいません」
芽衣莉ちゃんと一緒に戻ってきた宇野さんがお母さんに頭を下げた。
話が脱線する理由はわかっている。
単純に話すのが楽しいからだ。
そしてそれがわかっていても直す気はない。
「永継君の楽しそうな顔が見れるだけで私は嬉しいからいいんだけどね」
「永継君の幸せは私達の幸せでもありますから、わかります」
「永継君には色々と苦労させてきたから、みんなと居る時が本当に嬉しいのがよくわかるのよね」
実際みんなと居る時は楽しい。
家のことを忘れることが出来たし、何よりみんなと話してるのがとても楽しかった。
「永継君は自分に無頓着なのよね。自分よりも人を優先するからいつも嫌な思いをするのは永継君なの」
「それは確かにそうですね。永継君が自分の為に怒ったのなんか見たことないですけど、私達の為なら怒ってくれますから」
「永継君からしたらしたいことをしてるだけなんだろうけど、もう少し自分のことを気にして欲しいのよね」
宇野さんが頷いて答える。
確かにお母さんの言う通りで、僕はしたいことをしてるだけだけど、それはそれとして。
「お母さんも脱線してるじゃん」
「ぐうの音も出ないってこういうことなのね」
「栞さんのお勉強を見なきゃだから早くしてね」
「永継君が少し怒ってる」
「話が進まないのを流歌さん達のせいにしたのに、私も同じことをしたのに怒ってるでしょうね」
そう、僕は怒っている。
なのにお母さんと宇野さんはとても嬉しそうに笑っている。
「これ以上は永継君が拗ねるから本題に入りますね」
「お願いします」
「永継君のお腹の痣は永継君の父親にやられたものなんですけど、まずそこがややこしいところなんですよね」
「え?」
思わず僕が反応してしまった。
だってこの痣はあの人にやられたのは確実だ。
だって僕がやられた張本人なのだから。
「えっと、やったのはあの人で間違ってないよ。ただそれは父親だけど、そうじゃなくて……」
よくわからなくなってきた。
僕のことを殴っていたのは確実に父親だ。
お母さんも説明が難しいのか言葉に詰まっている。
「もう全部話したら?」
「それが一番いいのだろうけど、やっぱり怖くて」
どうやら仁さんはお母さんが何を話したいのか知っているようだ。
なんだかまたモヤモヤしだす。
「永継君はもしお母さんが永継君に秘密を隠してるって言ったらどう思う?」
「さすがにここまで話して何もないなんて思ってないですし、お母さんがそれを話してくれると思って待ってますよ?」
「待たれてるって」
「永継君は私がどんなことを言っても見捨てない?」
「見捨てないから早くして。栞さんが進級出来なかったらお母さんのせいだよ」
「永継は冗談が上手いんだか……」
僕は別に冗談で言っている訳ではない。
今のままでは本当に栞さんは進級出来ない。
そういう気持ちを込めて栞さんを見つめたら、栞さんも察してくれたようだ。
「そ、それじゃあ単刀直入に言うね。永継君に暴力を振るってたのは実の父親で、それは命令されてやってたことなの」
「……実の?」
あの人はお母さんの再婚相手のはずだ。
僕の本当のお父さんは僕が生まれる前に死んでしまったと聞いている。
「そこがややこしいところなんだけど、永継君には本当の父親は事故で他界したって言ったけど、嘘なの」
「つまり僕はあの人の子供ってこと?」
「うん。命令されてたからって許せって訳でもないけど、永継君の父親は望んで永継君に暴力を振るってた訳ではないの」
望む望まないは関係なく、暴力を振るわれてたのは時事だ。
だけど……。
「僕はそんなに恨んでる訳でもないよ?」
「永継君が人を恨むとは思ってないけど、ほんとに?」
「うん。暴力に関しては特に恨んではないよ?」
僕は暴力を振るわれた時に痛みをほとんど感じていない。
感覚がないとかではなく、気絶する方が痛みを感じるよりも早かったのか、痛みを感じないやり方をされてたのかはわからないけど、見た目程痛みはない。
だから梨歌ちゃんのドアノブ攻撃が初めての腹部への痛みだった。
「言葉が荒かったのも命令? それともストレス?」
「多分ストレスだと思う」
「そっちは嫌だったよ。話の通じない人と話すのはほんとに疲れるから」
「永継君らしいね」
「一番許せなかったのは、お母さんに暴力を振るってたことだもん」
僕が居ない時はお母さんに暴力を振るう。
それが僕は何よりも許せなかった。
「ほんとに永継君らしいんだけど、私は暴力を振るわれてないからね」
「え?」
それはおかしい。
僕が鏡莉ちゃんの部屋がまだあった時に一度泊まったことがあるが、その時にお母さんは暴力を振るわれて泣いていたはずだ。
「永継君が大人の階段を上ったのかと思って泣いた時のことを言ってる?」
「大人の階段?」
もう何を信じればいいのかわからなくなってきた。
「つまりお母さんは暴力を振るわれてないの?」
「うん」
「そっか……」
なんだかとってもほっとした。
「じゃあ僕にイヤホンをくれたのってあの人なの?」
いつかの僕の誕生日にイヤホンだけが僕の枕元(頭の隣)に置いてあった。
僕は昔から聞きたくないことも聞こえてしまう体質なので、耳栓の役割をしていたイヤホンにはとても助けられた。
お母さんからは死んだ僕のお父さんから頼まれてたと言われてたけど、僕が生まれる前に死んだはずのお父さんに頼まれるはずはなかったと今になって思う。
「最初はあの物置に置いてあったものかと思ったけど」
「あんなところで寝させてほんとにごめんね」
僕が寝てた場所(監禁されてた場所)は物置。
色んなものが雑多に置かれていて、正直寝れるスペースなんてなかった。
鏡莉ちゃんの部屋の床で寝た時と昨日リビングの床で寝た時なんかは横になれてほんとによく寝れた。
芽衣莉ちゃんの膝枕なんて至高でしかなかった。
「それで結局あの人とはどうなったの?」
「永継君が恨んでないのならこのままでいたいの」
「口を挟んでも?」
そこで宇野さんがお母さんを睨みながらそう言った。
「もちろん」
「それはつまり、永継君にこれまで通りに暴力を振るわれろと?」
「お母さんはまだ話の途中だったよ?」
「えっと……すいません」
「姉さんは永継さんのことになると早とちりが早すぎるんだよ」
「いえ、私がそう言って貰えるようにわざと間を作ったんです。永継君のことをちゃんと心配してくれるのかって」
お母さんはそう言って頭を下げた。
「試すようなことをしてすいません。ちゃんと訂正しますと、全てを正そうかと思いまして」
「正す?」
宇野さんが不思議そうに聞き返す。
正すとはつまり、元凶をどうにかするということだ。
「そこからは僕が話すよ」
ずっと静観していた仁さんが口を開いた。
「わかってると思うけど、僕と日和さんは知り合いなんだけど、日和さんの旦那さんである、永継君のお父さんとも知り合いなんだよ」
「あと命令してる人もですよね?」
「永継君だけだと話がとても早く進みそうだね」
なんとなく言ってみただけだったけど、どうやら正解だったらしい。
「じゃあお父さんは永継君のこと知ってたの?」
「いや? 篠崎、永継君のお父さんな。と、クズの事情は知ってたけど、まさかそれが日和さんの旦那で永継君が子供だって知ったのは今日だよ」
「クズって……」
お母さんが呆れたように言うが「事実でしょ?」と仁さんが返すと「まぁそうなんだけど」とお母さんも同意した。
「篠崎にも逆らえない事情があったからそこら辺を全部解決しようって話になったんだよ」
「宇野君を巻き込むのは不本意だけど、私とあの人だけだと何も出来なくて」
「仁さんがいたらなんとかなるの?」
「何とかするよ」
仁さんが真剣な面持ちでそう言った。
「好きな人にカッコつけたいってことね」
「梨歌、みんなにお小遣いをあげようかと思ったけど梨歌は無しな」
「そうやって事実をつかれたらお金で解決って大人の悪い癖だよ」
「そうやって屁理屈を並べるのは子供の悪い癖だぞ」
梨歌ちゃんと仁さんが睨み合う中、お母さんがポカンとした顔をしている。
「宇野君って私のことが好きだったの?」
「……ノーコメントで」
「そっか、だから永継君のメイド服姿に見惚れてたのね」
「いや、見惚れてないからね」
仁さんは否定しているけど、僕は知っている。
お母さんと話してる時にちらちらと僕の方を見ていたことを。
(お母さんを直視出来ないのか)
好きな人への反応を少し理解出来たような気がした。




