おままごと
「ど、どうする、脱がす?」
「なにを?」
「ひゃわぁぁぁ」
ちょうど目が覚めたタイミングで栞さんの声が聞こえたので声をかけたら、栞さんが器用に座ったまま飛んで後ずさりした。
「しおりんがね、寝てるなっつんの服を脱がそうとしてたの」
「ちょ、私に全部押し付けないでよ! 一番脱がしたがってたは鏡莉ちゃんでしょ!」
「私そんなに変態じゃないよ?」
「いやいや」
栞さんが真面目な顔で否定するけど、鏡莉ちゃんはそういうのに興味を持ち出すお年頃だから仕方ない。
「脱がしてもいいけど、着せてね」
「聞いたかしおりん」
「聞いた。脱がして何を着せるか」
(ん?)
寒いから脱がしてもすぐに着せてくれれば別にいいと思ったけど、元の服ではない何かを着せられる言い方をする。
きっと気のせいだけど。
「大丈夫だよ。篠崎さんは私が守るから」
芽衣莉ちゃんが僕の頭を撫でて声が左側から聞こえてやっと気づく。
僕が芽衣莉ちゃんに膝枕をして貰っていることに。
「……起きるね」
「私は一生このままでもいいよ? 篠崎さんも起きたくないって思ってくれたんでしょ?」
「うん」
芽衣莉ちゃんの膝枕はとても気持ちよくて起きたくない。
だけどそれでは芽衣莉ちゃんの負担になってしまう。
だから起きようとしたら、芽衣莉ちゃんに頭を押さえられた。
「後少し、せめて五分はこのままがいい!」
「芽衣莉ちゃんがいいなら。僕も嬉しいし」
さすがに五分でやめるけど、出来るならそれこそ一生このままがいい。
「ちなみにこの手は僕がやった?」
僕の右手と芽衣莉ちゃんの左手は繋がっている。
指を絡ませる形で。
「そうだよ。篠崎さんが握ってくれて嬉しかったから指を絡ませてみました」
「そっか」
そう言われて僕はなんとなくぎゅっと握る力を強めた。
「どんなご褒美?」
「したくなっただけ。でもご褒美になるなら膝枕ありがとう」
「よく寝れた?」
「こんなにしっかり寝れたのは初めてかも」
前に鏡莉ちゃんの部屋に止まった時もこんなにしっかりは寝れなかった。
「またいつでもやるからね」
「ほんと?」
「もちろん」
それはとても嬉しい。
だからちゃんと芽衣莉ちゃんの顔を見てお礼を言いたくて仰向けになった。
だけど見えなかったから元に戻る。
「なっつん今『たわわな果実があって顔が見えない』って思ったでしょ」
「鏡莉のそういうところって普通に嫌われるからやめた方がいいよ。別に篠崎さんに嫌われたいならしていいけど」
「だってー」
実際見えないとは思ってしまったから僕は何も言えない。
だから起き上がってちゃんと芽衣莉ちゃんの顔を見る。
「またお願いします」
「鏡莉のせいで終わっちゃったけど、また今度ね」
芽衣莉ちゃんが笑顔なので少し安心する。
だけど何故か手は離さないようだ。
「めいりお姉ちゃーん」
「だめ」
悠莉歌ちゃんが楽しそうに芽衣莉ちゃんに近づいて来たが、芽衣莉ちゃんはそれを拒絶する。
「ゆりかも膝枕して」
「だからだめ」
「なんでよー」
「篠崎さんと間接枕したいだけでしょ」
「うん」
間接枕とは何か気になるけど、それ以上に何か違和感を感じる。
「素直は悠莉歌ちゃんには間接ハグをしようか?」
「されるー」
芽衣莉ちゃんが腕を広げると、そこに悠莉歌ちゃんが抱きついた。
「今日の悠莉歌ちゃんは甘えたさんだね」
「ゆりかは甘えたいお年頃だから」
多分違和感の正体はそれだ。
悠莉歌ちゃんに甘えて欲しいとは確かに言ったけど、僕のあぐらの中に座るぐらいのことしかしていない。
なのに今日は自分から進んで芽衣莉ちゃんに甘えている。
「悠莉歌ちゃんは無理をしないでいいんだよ。また篠崎さんが無理してなんとかしちゃうから」
「別に何もしてないよ? ゆりかは久しぶりにめいりお姉ちゃんの母性を感じたかっただけ」
それを聞いた芽衣莉ちゃんは笑顔で悠莉歌ちゃんの頭を撫でる。
何かあったのは確実だけど、それを悠莉歌ちゃんは話す気はない。
栞さんの反応から、既に栞さんにも口止めをしているはずだ。
「僕も撫でていい?」
「お兄ちゃんは聞く必要ないの。撫でて」
悠莉歌ちゃんが怒ったように言うので優しく悠莉歌ちゃんの頭を撫でた。
「お兄ちゃんはゆりかのパパでめいりお姉ちゃんはママだね」
「悠莉歌ちゃんの誕生日までに関係をそこまで出来るかな」
芽衣莉ちゃんが真剣そうな顔でそんなことを言うが、さすがに悠莉歌ちゃんの冗談の……はずだ。
「芽衣莉ちゃんがお母さんなら宇野さんってどうなるの?」
「妹」
即答だった。
「流歌さんは守りたい可愛さがあるもんね」
「しっかりしてるけど、たまに抜けてるところが可愛いもんね」
「ちなみにりかお姉ちゃんは叔母さん」
「は?」
ずっと頬杖を付いて不機嫌そうだった梨歌ちゃんの機嫌が更に悪くなった。
「きょうりお姉ちゃんは……お姉さんで」
「それ絶対なっつんとめいめいの子供じゃないよね!?」
「隣に住んでるエッチなお姉さん」
「毎日なっつんとめいめいの営みを聞いてなっつんと不倫する役ね」
「そんなことしたら鏡莉の尊厳から何から全てを奪うけどいい?」
芽衣莉ちゃんがとても怖い笑顔でそう言った。
「キスまでは?」
「許すと思う?」
「じゃ、じゃあ抱きつくのは?」
「篠崎さんからなら許す。鏡莉からしたら……ね♪」
「鬼嫁……」
「それは夫を教育してる人を言うんだよ。私は夫を誑かす虫を教育してわからせるだけ」
言い方は怖いけど、僕のやってることと変わらないから何も言えない。
要は大切な人を守りたいだけ。
「めいめいは旦那が女の人と一緒に居ただけでその人に何かしそう」
「その人が優しさに漬け込んで一緒に居るんじゃなければ別にいいよ」
「じゃあ電話がかかってきたら?」
「許可無しに取ったりはしないけど、関係は聞く」
「教えてくれなかったら?」
「……教えてくれないのが想像出来ないかな?」
芽衣莉ちゃんが僕を見ながらそう言う。
「そりゃ相手がなっつんならそうだろうけどさ」
「だって私は篠崎さん以外の人と結婚する気はないから」
芽衣莉ちゃんがすごいことをさらっと言った。
栞さんといい最近のブームなのだろうか。
「聞いてなかったけど、なっつんって結婚願望あるの?」
「わかんないけど、結婚にいいイメージがないんだよね」
僕の父親とお母さんのことを見ていると結婚にいいイメージなんて出来ない。
あれを世間の普通とは思いたくないけど、あれしか見ていない僕からしたら本当に結婚が幸せなのかわからなくなる。
「好きがわからないのもそれから?」
「なのかな? そう考えると家庭環境って大切なんだね」
よくわからないけど、好きの最終形態が結婚だとは思っているから、無意識に好きをわからないようにしているのかもしれない。
「私達は逆に恋に飢えてるんだけどね」
「篠崎さんの家庭環境とうちが一緒かなんてわからないでしょ」
「そういえば話してないね。宇野さんが帰って来たら聞く?」
話す話すと言って結局話していなかった。
別に面白い話でもないからわざわざ話すことでもないけど。
「なっつんが話したいならでいいよ」
「みんなのは聞いちゃったからそういう意味では話したい。聞きたくないならいいけど、不公平は嫌だから聞いてくれると嬉しいな」
僕としてはどうでもいい話でも、みんなからしたらきっと聞にくい話だろうからみんなに聞くかどうかの判断はさせる訳にはいかない。
「なっつんだもんね。じゃあるか姉が帰って来るまでおままごとする?」
「さっきの配役で?」
「もちろん変えるよ。なっつんの正妻役は私でしょ?」
「悠莉歌ちゃんと私で二票入ってる時点で負けてるからね」
「誰が多数決なんて決めたのさ。結局は相性でしょ」
「なら結局私じゃん」
なんだから今日は芽衣莉ちゃんと鏡莉ちゃんがよく言い合いをする日だ。
元気なのはいいけど、梨歌ちゃんの時みたいに言い過ぎそうになったら止めなくては。
「ちなみに私は?」
栞さんが体育座りをしながら右手をちょこっと挙げて言う。
「そういえば栞さんはなかったね」
「しおりお姉ちゃんはペットB」
「Aは?」
「悲しいことにお亡くなりになったの」
本当はA役がいるのだろうか。
「Aちゃんはうさぎさんだったんだけど、死んじゃって、Bちゃんはなんと人型のうさぎさんなんだよ」
「悠莉歌ちゃん、私はとても嫌な予感がしてるんだけど?」
「しおりお姉ちゃんはお着替えだー」
「本当にご勘弁を」
栞さんが悠莉歌ちゃんに綺麗な土下座をする。
「お兄ちゃんの寝込みを襲って服を脱がそうとしただけじゃなくて、着替えまでさせようとしてたのに?」
「未遂だったのでどうか」
「じゃあゆりかもやろうとするのはいいのね。それで出来なかったら諦めるけど、着替えが済んじゃったら仕方ないよね」
そう言って悠莉歌ちゃんが芽衣莉ちゃんから離れて栞さんに近づく。
「な、永継。お助けを」
「僕、外では服を脱ぎたくないんだよね。それも後で話すけど、二度としないでね」
「約束するから、どうか」
「じゃあ僕は許すよ。でも……」
「ゆりかには関係なーい」
悠莉歌ちゃんはそう言って栞さんの足に乗り動きを封じて、栞さんの服のボタンに手をかけた。
「逃げないあたり嫌ではないでしょ」
「いや、永継のされたくないことをしたなら罰は受けなきゃかと」
「いい心がけだね。罰としてお兄ちゃんの目の前でお着替えする?」
「それをされたら私は永継にお嫁に貰って貰うからね」
「じゃあやめとこ」
そう言って悠莉歌ちゃんは栞さんの服のボタンを外し始めた。
僕の前なのは変わっていないが、とりあえず後ろを向こうとしたけど、芽衣莉ちゃんが手を離す気がないようだったので、目を閉じて下を向くことにした。
耳も極力聞こえないようにしていたけど、全てを聞かないことは出来なかった。
だから悠莉歌ちゃんの言った「綺麗で程よい大きさ。着痩せするタイプなのか」というのが聞こえて、とりあえずなんのことか考えることで気を紛らわせた。




