みんなを守る為ならば
「……よし」
僕は自宅の玄関の前で決意を固める。
とりあえず芽衣莉ちゃんは落ち着いたので、みんなに任せてきた。
栞さんも泊まるようで、念の為、外に強面さん達を待機させていた。
僕が帰りにお礼を言うと、笑顔で「大丈夫ですよ」と返してくれた。
やっぱりいい人達だ。
僕を送るか聞いてくれたけど、そこまで迷惑はかけられないので断った。
そして今、僕は僕の出来ることをしに行くことにした。
「まぁ居るよね」
いつも通り玄関を開けて中に入る。
父親の靴はあるのでいつも通りテレビを見ているか、僕が作っておいた晩ご飯を食べていると思う。
いつもならバレないように鞄をいつもの部屋に置きに行くが、今日は違う。
「何の用だ?」
暗い部屋でテレビを見ている父親の後ろに座ると、しゃがれた声で父親が不機嫌そうにそう言った。
いつもは何かにつけて僕に不機嫌をぶつけてくるのに、僕から行くと近寄るなオーラがすごい。
「僕の帰りが遅くなった理由って知ってる?」
「知るか。俺が居るから帰ってきたくないんだろ」
どうやら自分が嫌われているのは知っていたみたいだ。
その程度には関心があったようで驚く。
「それもあるけど、友達が出来たんだよ。今はその友達の家にずっと居るから遅くなったの」
「それで?」
「僕の友達に何もしてな──」
「あ?」
鋭い眼光が飛んできた。
昔は怖かったけど、さすがに何年も見続けたら慣れた。
「俺がお前の友達になんで構わなきゃいけないんだよ」
「ちょっとした確認。僕の友達がストーカーにあってるって言うから」
「それで俺を疑うと?」
「僕かその友達の知り合いみたいだったから」
この人が僕に興味がないのは知ってるから本気で疑った訳ではない。
ほんとにただの確認だ。
「人を疑うってことはわかってんだろうな?」
「わかってるよ。覚悟は──」
僕の腹部に鈍い痛みが走る。
「昔は大騒ぎだったのに慣れたもんだな」
「何年やられてると思ってるの。痛みを噛み殺すのにも慣れたよ」
正直叫びたいぐらいに痛い。
だけど叫んだらまた痛みがやってくるから噛み殺すことを覚えた。
「話が終わったならいつもみたいに寝かしつけてやろうか?」
「まだだよ」
父親が拳を構えたところに待ったをかける。
本題はここからだ。
「あなたはなんでお母さんと結婚したの?」
「……言いたいことはそれだけか?」
「聞かせて。暴力を振るう相手が欲しくてお父さんがいなくなったお母さんと結婚したの?」
「……」
無言で殴られたがいつもみたいに寝たりしない。
この人は僕の実の父親ではない。
本当のお父さんは僕が生まれる前に他界している。
「さすがに僕のお父さんを殺したとは思ってないよ。だけどなんでお母さんと結婚したの? 働かせることが出来るから? 僕っていうサンドバッグが居るから?」
「……黙れ」
また痛みが走る。
だけど僕は黙らない。
「僕にこうして暴力を振るうのは何か理由があるの? それは前のお父さんについ──」
「黙れって言ってんだろ!」
初めて顔を殴られた。
今までは隠すことの出来る腹部しか殴らなかったのに。
「この前さ、気になることを聞いたんだよね。僕の顔に似てる人を好きだった人がいたんだよ」
前に僕がメイド服を着た時に仁さんがそんなことを言っていた。
他人の空似か、ただの言い訳の可能性の方が高いけど、少し引っかかった。
僕はお母さん似だと言われたことがあるから。
「……名前は」
「宇野 仁さん」
「……知らん」
(勝った)
これでこっちが優位に話を進めることが出来る。
「じゃあ仁さんに聞いてみるよ。お母さんの知り合いかもしれないし」
「俺は知らないって──」
「別にあなたが知ってようが知ってなかろうが関係ないでしょ? 僕はお母さんのことを聞くだけなんだから」
仁さんとこの人が関係あるのは確実だ。
そして仁さんにバレると色々と大変なのも。
「顔も腫れてきたし、もしかしたらこれも見せなきゃいけないかもね」
僕はそう言って服を捲り肌色とは言えない腹部を見せる。
何年も殴られた痕。
僕が水着を買って貰えず、プールに入れない理由。
「……俺を脅すのか?」
「それは自白って意味でいいの?」
また殴ろうとしたけど、今度は止まった。
さすがにこれ以上証拠を残したくないようだ。
「僕が言いたいのは三つ。お母さんと結婚した理由を教えて欲しいのと、お母さんにこれ以上手を出さないこと。それと僕の友達には絶対に関わらないこと」
「守らなかったら宇野にバラすってことか」
「最悪は法で裁いて貰うかな」
さすがにこのお腹を見て何もしてくれないことはないはずだ。
何もしてくれないならもう何にも期待出来なくなる。
「お前を舐めてた。心が折れてるもんだと思ってたけど、ただタイミングを狙ってただけだったのか」
「そうでもないよ。前までの僕なら何もしないで耐え続けただろうし」
ずっと守りたいと思える存在が増えた。
今まではお母さんを守れればそれで良かったから耐えていたけど、宇野さん達を守るにはこの人と戦う必要があった。
「友達がお前を変えたとでも?」
「変えてくれたよ。お母さん以外で初めて人に興味を持てた。大切だって思えた」
宇野さん達に出会ってなければ生きながらに死んでいる状態を続けていた。
「あいつに俺が何もしなくなればお前がその友達を優先出来るってことか?」
「うん。お母さんを守りながらみんなを守るにはこれしかないって思ったから」
「お前に何が出来る?」
「そんなの知らないよ」
結局守ると口では言っているけど、何をどうすればいいのかなんてわからない。
だからとりあえずみんなの傍に居る選択をした。
「僕は僕に出来ることを全部やる。この話し合いはその第一歩だよ」
「言ってることは立派かもしれないが、結局お前には何も出来ない。もし俺が逆上してお前の口を塞ごうとしたらどうするんだ?」
「やられる前に大声で外に居る人に助けを求める」
「そんな都合よく人が居る訳ないだろ」
「僕は大丈夫って言ったけど優しい人だから」
結局強面さんは僕について来てくれた。
だから十分だけ外で待って貰っている。
「つまり俺は最初から詰んでたと」
「どうだろ、素直に最初から全部話してたら情に流された僕が全部許してたかも」
「ないだろ」
「ないね」
そもそもこの人の言葉を鵜呑みに出来る程信頼もしていなかった。
「まぁいい。あいつにはもう手は出さない。それと誰かは知らないけどお前の友達にも」
「じゃあなんでお母さんと結婚したかは?」
「それは言えない。正確には俺は言えない」
「つまり?」
「あいつにでも聞け。俺はここを出てく。だから最後に一つだけ真実を教えとく」
「真実?」
「俺は別にあいつが好きとか、あいつが俺を好きとかの理由で結婚した訳じゃない。ただの利害の一致だ」
そう言って父親、と言っていいのかわからないけど、父親は立ち上がり玄関に向かった。
外は寒いと言うのに薄手の服一枚で。
でもあの人が冬に暖房をつけてたのを見たことがないから寒さには強いのかもしれない。
夏も冷房をつけてはいなかった。
いつもテレビでニュースを暗い部屋でぼんやりと眺めていた。
そして僕が帰って来ると作り置きがなければ晩ご飯を作らせてから僕を部屋に閉じ込め、作り置きがあればそのまま僕を閉じ込めていた。
正直あの人にいい印象はないけど、初めてちゃんと見る後ろ姿はなんだか弱々しく見えた。




