勇気と元気は愛情で
「それでどうしたの?」
「……」
宇野さんと栞さんが着替えている間に芽衣莉ちゃんを落ち着かせることが出来た。
だけど芽衣莉ちゃんは口を閉ざしてしまった。
「ゆりかが話していい?」
悠莉歌ちゃんが聞くと、芽衣莉ちゃんが頷いて答える。
「ゆりかとめいりお姉ちゃんが最近お散歩に行ってるのは知ってるよね?」
「うん。梨歌ちゃんのお誕生日プレゼントを探してたんだよね?」
「最初はそうだったけど、あの場所を見つけてからはお散歩が楽しくてしてたの」
冬休みに入る前は僕がここに来ると、梨歌ちゃんと鏡莉ちゃんだけが居ることが多かった。
その全てが梨歌ちゃんの誕生日プレゼントを探す為の散歩だと思っていたけど、違ったらしい。
「それでね、たまになんだけどついて来る人がいるの」
「ストーカーですか……」
栞さんが悲しそうに言う。
「もしかして今日も居たの?」
「ゆりかはわかんなかったけど、出てく時は普通だったから居たのかも」
芽衣莉ちゃんが僕の腕に抱きついて震え出した。
「芽衣莉ちゃん、無理してた?」
「無理?」
「してたかだけ教えて」
芽衣莉ちゃんは少しの間を置いて泣きながら頷いた。
「そっか。気づけなくてごめんね」
僕はそう言って芽衣莉ちゃんの頭を優しく撫でる。
これは勝手な想像だけど、芽衣莉ちゃんはいつも梨歌ちゃんと一緒に学校から帰って来る。
だけど冬休み前の約一週間は梨歌ちゃんが栞さんの家に帰る都合上一人で帰るしかなかった。
多分その時に何かがあった。
そして今回ずっと我慢していたものが抑えきれなくなったのだと思う。
「誰とかはわからないんだよね?」
「知り合いなら芽衣莉ちゃんもここまでならないんじゃない?」
「あの人ならなるけど、あの人って今はここら辺には居ないんだよね?」
あの人とは宇野さん達のお母さんのことだ。
相当怯えていてどこかに引っ越したと仁さんが言っていた。
「じゃあ普通のストーカー? 私が芽衣莉と一緒に帰ってる時はなんにも……」
どうやら梨歌ちゃんも僕と同じ想像をしてしまったようだ。
「そっか私のせいか……」
「り、梨歌ちゃんのせいじゃない! 梨歌ちゃんは何も悪くないの。今回も私が弱かっただけなの……」
「ストーカーされて怖がらない女の子はいないよ。どうしても外に出なきゃいけない時は僕がずっと隣に居るんじゃ駄目かな? 冬休み中に解決しなかったら学校も僕が送り迎えするか休むしかないよね」
「うちの顔だけ怖い人達に頼む手もあるよ。芽衣莉ちゃんを怖がらせる人を逆に怖がらせる」
強面さん達は確かに怖そうな顔をしてるけど、とても優しい人達だから怖がられるかは微妙なところだ。
「芽衣莉、そのストーカーに話しかけられたりした?」
ずっと黙っていた宇野さんが口を開いた。
「はい。でもフードを深く被っていて顔はわからなくて、声もよくわからなかった……」
「そっか、思い出させてごめんね」
「みんなが私の為に話してくれてるのはわかるから、私も出来る限りのことはしたい」
そうは言うが、芽衣莉ちゃんの表情は暗い。
それだけ怖かったのに、ずっと一人で抱え込んできたのだから偉いけど……。
「そうだよ、みんな芽衣莉ちゃんの味方だから次からはもっと早く言って。一人で抱え込まなくていいんだよ。それで芽衣莉ちゃんが嫌な気持ちになる方が僕達は嫌だから」
僕はそう言って芽衣莉ちゃんの目元の涙を拭う。
だけど更に涙は増えてしまった。
「お洋服を汚しても──」
芽衣莉ちゃんの言葉を待たずに抱きしめた。
「芽衣莉ちゃんの涙で汚れることはないから。芽衣莉ちゃんもだけど、僕に遠慮する必要ないんだよ?」
みんなの役に立てるのなら本望だ。
それがたとえどんなことであろうとも。
「ほんとに昔のままだね」
芽衣莉ちゃんが僕にだけ聞こえるぐらいの声でそう呟いた。
小さい頃のことはあんまり覚えていないけど、前にも似たようなことがあったのだろうか。
「芽衣莉、もう一つだけ聞いていい?」
「流歌さんが嫌がらせで聞いてないのはわかるから大丈夫だよ?」
宇野さんは芽衣莉ちゃんに話しかける時、とても辛そうにしている。
内容も内容だから仕方ないけど。
「ありがと、ストーカーになんて言われたの?」
「……遠慮しなくていいんだよね?」
芽衣莉ちゃんが宇野さんの質問に答える前に僕を見ながらそう聞いた。
「うん」
「じゃあ勇気が欲しい」
「何したらいい?」
「場所はどこでもいいから篠崎さんからキスして欲しい」
「え、ずる──」
鏡莉ちゃんが何か言おうとしたのを梨歌ちゃんが口を塞いで止めて、次いでにデコピンをした。
「声にならなくなってる……」
「雑音はいらないでしょ?」
「私も黙ります」
額を押さえてうずくまる鏡莉ちゃんを見た栞さんが顔を引き攣らせながらそう言った。
少し空気が和やかになって助かる。
「篠崎さん。私にキスしてくれないと流歌さんの質問に答えられない」
「ごめん。やる、から」
されたことはあるけど、自分からキスするのは梨歌ちゃんにして以来だ。
芽衣莉ちゃんは目を閉じて待っているけど、あの時は鏡莉ちゃんに言われたことを実践したからやる前はまだ平気だったけど、今は少し大変な状況だ。
「前もしてたけど、ドキドキがすごい」
「唇に求められてないんだから大丈夫だよ。永継さん慣れてるでしょ?」
「ちょい待ち。その余裕って梨歌ちゃんは永継からされたのか?」
「秘密だけど?」
「それは答えみたいなものでは? 嘘、永継はされるだけの男じゃなくてするの? 今度私もお願いしたらされ──」
栞さんの口が梨歌ちゃんの指により閉ざされた。
「篠崎さん、私がキス待ちしてるのに他の女の子を見て安心してるのは失礼だよ。それともするよりされたい?」
「ごめんね」
僕はそう言って芽衣莉ちゃんのおでこにキスをした。
「ふ、不意打ち。口にされなかったらリテイクしようと思ってたのに、満足しちゃったじゃん!」
何故か怒られたけど、芽衣莉ちゃんが満足してくれたのならそれでいい。
「なんか私のシリアスモードが切れそう」
「流歌さんのシリアスモードって怖いからあんまり好きじゃない」
「シリアスってそんなもんでしょ。それで話せる?」
「はい。勇気も元気も篠崎さんからの愛情でいっぱいになったから平気」
そう言われると恥ずかしいけど、芽衣莉ちゃんが笑顔になってくれたのでそれが何よりも嬉しい。
「でも話せれた内容も詳しくはわからないんだよね。ゴニョニョ言ってたし、途中で私は逃げちゃったから」
「逃げるのは正解だからいいよ。じゃあ手がかり無しか」
「聞き取れたのは『あれとの関係』だけかな」
「……」
なんとなくわかった。
『あれ』とは多分僕のこと。
芽衣莉ちゃんの買い物に出かけた時か一緒にお出かけした時に見られてその関係性を聞いてきた。
つまりストーカーは知り合いの可能性が高い。
まだ芽衣莉ちゃんに一目惚れした人が僕と芽衣莉ちゃんが一緒に居たところを見ただけの可能性もあるけど、それなら『あれ』よりも『あの男』と言いそうだから可能性は低い。
「あれってどれなんだろうって考えてるんだけど、思いつかなくて」
「ストーカーの言うことなんて本気で考えなくていいよ。それより芽衣莉は当分外出禁止ね。買い物は永継君に任せていい?」
「もちろん」
ちょっと不安なこともあるから後で宇野さんに確認しなければいけない。
「ゆりかもついてく」
「みんな極力外に出ないで欲しいんだけど」
「それならるかお姉ちゃんもでしょ? それに女の子の買い物をお兄ちゃんにさせるのは酷いよ?」
どうやら僕の不安に気づいてくれたようだ。
さすがに女の子の買い物を僕がする訳にはいかない。
区別がつくかわからないから。
「そっか、じゃあ悠莉歌お願いね。永継君が居たら大丈夫だろうけど気をつけてね」
「大丈夫。ゆりかはまだ成長中だから変態さんの中の変態さんにしか狙われないから」
「みんな可愛いんだから気をつけるの!」
「お兄ちゃんが怒った」
今回は芽衣莉ちゃんが狙われただけで、みんな可愛いから同じことが起こっても不思議はない。
「もうこれ以上こんなことは起こさない」
「お兄ちゃん?」
まだ確証はないけど、今回のことは僕に原因がある可能性が高い。
なら僕が来なければ解決するかと言えばそうでもない。
僕が来なくなったらもっと過剰に近づいて来る可能性が高いので今更離れることはしない。
僕がみんなを守る。
「無理したら駄目だからね」
芽衣莉ちゃんが僕にそう呟いた。
無理はしてでもみんなを守る。
あの人にたてついてでも。




