真実と涙
「あ、そういえば私、少ししたら隣に引っ越すことになったから」
「さらっとすごいことを言うね」
みんなで晩ご飯を食べていると、栞さんがさらっと言ってまたご飯を食べ直した。
「隣空いてるでしょ? 永継も毎日ここに来るなら私が近くに居た方が家庭教師も楽だろうし」
「それだけで?」
「ここに毎日のように泊まるのも悪いし、社会勉強も兼ねてね」
栞さんは次の日が休みだと、ほとんど毎日このアパートに泊まっている。
その度に色々な貢ぎ物(栞さんがそう言っている)を持って来ている。
泊まらなくても持ってくることはある。
「泊まる度に色々とくれるのはありがたいんだけど、服とかはもう置けないんだよね」
「ちょっとコスプレ衣装で本気出しすぎたかな?」
基本的には消耗品をくれているようだけど「きっと似合う」と言って服も持ってくることがある。
だからかさばるコスプレの衣装は何着か外に出している。
「メイド服とか普段着にしたら?」
「じゃあ桐生さんはチャイナドレスでも着る?」
「私はもう醜態を晒したくない……」
醜態とはアレのことを言っているのだと思う。
前に栞さんが着た布面積の少ないうさぎ耳の衣装。
あの衣装はちゃんと外に出されている。
「バニーの衣装って絶対かさばらないよね? 出してるのは私への意趣返しか何かですか?」
「正確に言うなら人に着せようとするなら、自分も着る覚悟をしなさいって感じ?」
「私は見る専なの、可愛い女の子が恥じらいながらもご主人様にご奉仕してるところを見たいの」
「じゃあ栞さんが自分でやればいいんじゃないの?」
栞さんだって可愛い子なのだから、自分でやってるところを動画で取ればいつでも見られる。
「永継君は残酷なことを言うね」
「ん?」
「あ、本気でわかってない。良かったね、永継君が桐生さんのこと可愛い子って言ってくれたよ、だから取ってあげようか?」
「くっ、私は喜べばいいのか、それとも泣けばいいのか」
「素直に喜んで醜態を晒したら?」
「流歌ちゃんって私のこと嫌いすぎない?」
宇野さんが「そんなことないよ?」と笑顔で言う。
宇野さんが栞さんを嫌う理由なんてないのだから嫌うなんてありえない。
「るか姉は単純に、なっつんとしおりんが仲良くしてるのが気に入らないだけだよ」
「ちょっと鏡莉!」
「あぁそういえば、まだ設定続けたままだったか」
「なに設定って」
宇野さんが栞さんに聞くと、栞さんが何かを少し考えてから頷いて口を開いた。
「流歌ちゃんに問題です」
「ほんとに何」
「私はなんで流歌ちゃんと永継を脅したでしょうか?」
「口実作りでしょ? 私達に近づく為の」
「正解」
栞さんがポケットの中からはなまるが書いてある紙を取り出して宇野さんに渡した。
「なにこれ?」
「はなまる?」
「それはわかるよ。なんではなまるを常備してるのかってこと」
「それは永継との勉強中になんとなくはなまる書いたから、なにかに使えないかなーって」
「しおりん乙」
「え?」
僕との勉強中に確かに何かしてる感じはあった。
だけどそれがはなまるを書くことってことは、僕の教え方に飽きて暇になったということだ。
「僕だと栞さんの集中力を保てなかったんだね……」
「ちが──」
「最低」
やっぱり僕には家庭教師なんて向いていない。
栞さんの為にもこれ以上はやらない方がいい。
「お兄ちゃん、ゆりかっていいよ」
「セラピるじゃないんだ」
「りかお姉ちゃんは黙ってるの」
僕は悠莉歌ちゃんの言葉に甘えて、悠莉歌ちゃんを抱きしめる。
「桐生さんは酷いね。永継君から勉強を教えて貰えるだけで至福の時なのに」
宇野さんがそう言って僕の頭を撫でた。
「ち、違うんだよ。な──」
「最低な女が永継君に触れるな」
栞さんが僕に手を伸ばしたけど、宇野さんの眼光を受けて固まった。
「死にたい。いや、さっきの私を殺したい」
「なっつんは謝れば大抵のことは許してくれるけど、るか姉はなっつんのこととなると厳しいよ」
「愛が重いから」
「なのに奥手」
「鏡莉と梨歌もお説教が必要?」
宇野さんの眼光を受けた鏡莉ちゃんと梨歌ちゃんは仲良く晩ご飯を食べるのを再開した。
「あの、洗い物と篠崎さんに話したいことがあるので早く食べて貰えます?」
「芽衣莉ちょっと待って」
「桐生さんが篠崎さんにお勉強を教えて貰ってる時に落書きしてたのは怒るのに、私が作った晩ご飯が冷めるのはいいんですね。そうなんですね」
芽衣莉ちゃんの冷たい言葉に宇野さんが固まった。
「戻って食べて」
「流歌ちゃんが怖いからなのに……」
宇野さんと栞さんも元の場所に戻り、晩ご飯が再開した。
だけどなんだか気まずい雰囲気が消えなかった。
「な、永継。ゆ、許していただけますでしょうか」
「……うん」
晩ご飯を食べ終えた僕は、顔も服も真っ赤な栞さんに土下座をされている。
「格好はふざけてるけど、永継君が許すなら今回は許してあげる」
「着せたのは流歌ちゃんでしょ!」
栞さんは涙目で左足の肌色な部分をチャイナドレスを引っ張って隠しながら言う。
「悪いことをしたんだから仕方ないよね」
「うぅ……」
栞さんが涙目で宇野さんを睨む。
なんだかとても可愛らしい。
ちなみに栞さんの背後、クローゼット周りには鏡莉ちゃん達が集まっている。
「じゃあるか姉はこれね」
「え?」
そう言って鏡莉ちゃんが持って来たのはスクール水着の全身バージョンのような黒い服だ。
「これなに?」
「女スパイ風全身タイツかな? 二人並べて、中国マフィアと女スパイごっこやろ」
「いや、なんで私が?」
「私のご飯は冷めても別にどうでもいいんだね……」
洗い物を僕と済ませてからずっと机の前で正座している芽衣莉ちゃんが静かにそう言った。
「着させていただきます」
宇野さんはそう言って洗面所へ向かった。
「着た後だったら捕まった女スパイの末路として、ここで着替えさせたのに」
「鏡莉ちゃんの方がよっぽどSだよ」
「褒めんなや」
別に褒めてはないと思うけど、喜んでいるのならそれでいい。
「それでさっきの話って続きはなんなの?」
「設定? まぁ簡単に言うと、私は流歌ちゃんじゃなくて、永継に近づきたくて手紙を渡したの」
「僕?」
「うん」
それはおかしい。
だって栞さんが僕に興味を持つきっかけなんてないのだから。
「覚えてないし知らないだろうね。まぁとにかく、私は永継と仲良くなりたくて手紙を書いたの」
「普通に話しかけるのは駄目だったの?」
「私、男子に話しかけたことないもん」
「恥ずかかったって素直に言えばいいのに」
梨歌ちゃんにそう言われて栞さんが「ふんだ」と言ってそっぽを向いた。
顔は未だに真っ赤だ。
「ちなみに気づいてなかったのはなっつんとるか姉だけだよ」
「そうなの?」
「見てればわかるし」
「そういうところを鈍感って言うんだよ」
鏡莉ちゃんに言われて納得する。
確かに鈍い。
「そういう永継だから仲良くなりたいって思ったんだけどね」
「なら良かった。栞さんと仲良くなれて僕は嬉しいもん」
「しおりんはそんな永継の授業中に遊んでたけど」
「そんな風に言う鏡莉ちゃんは集中力続くの?」
「え? 逆になっつんを独占出来るのに他のことに目が行くことあるの?」
「くっ、なんだか負けた気分。つまり私はもっと永継を好きになってそれを愛にすれば……」
栞さんが僕を見てバッと目を逸らした。
「栞さんは普通に照れるから無理だよね」
「しおりんウブすぎ」
「うるさいよ!」
梨歌ちゃんと鏡莉ちゃんの言葉に栞さんが丸くなった。
「お話終わったなら私の番でいい?」
ずっと黙っていた芽衣莉ちゃんが静かに僕の前にやってきた。
「どうしたの?」
「さっき話したいことがあるって言ったでしょ?」
「うん」
「もう、外に出たくないの……」
芽衣莉ちゃんはそう言って涙を流した。
その場のみんなが只事ではないことを察したが、その場に居なかった宇野さんが「着替えたけど……」と恥ずかしそうに戻って来たら鏡莉ちゃんに「そんなふざけた格好してる場合じゃないから!」と怒られた。
少し可哀想だったけど、その通りなので宇野さんは不思議そうな顔で洗面所に戻って行った。




