お詫びの品
「なっつん交代」
「僕?」
芽衣莉ちゃんが宇野さんを「お姉ちゃん」と呼ぶ練習をしてるのを眺めていたら、いきなり鏡莉ちゃんが僕にノートパソコンを渡してきた。
「逃げる訳でもあきらめる訳でもないからね? 一回なっつんの力で現実を見させようって思っただけだから」
「永継はこのゲームやったこともないでしょ? ルーキーに負けるような腕じゃないよ」
栞さんの言う通りだ。
鏡莉ちゃんとやる時には確かに勝てる時がある。
だけどそれも毎回ではない。
たまたま運がいい時だけだ。
「今絶対に無意識で私を貶すこと思ったでしょ?」
「そうなの?」
「無意識なら永継さんに聞いてもわからないでしょ」
「すごい違和感。まぁいいや。なっつんよ、あそこの廃人を懲らしめて」
とりあえずやるだけやってみる。
鏡莉ちゃんで勝てない栞さんに僕が勝てるとは思わないけど。
「相手が永継でも手は抜かないよ」
「操作方法とかは教えてくれるの?」
「さすがの私も、操作方法も知らない人に勝っても喜べないよ」
栞さんはそう言って簡単に操作方法を教えてくれた。
「殴って蹴って相手の体力を削り切ったら勝ち。鏡莉ちゃんがルール決めていいよ」
「じゃあ三回勝負で二回勝った方の勝ち」
「いいの?」
「なっつんを舐めんな。なっつんは勝ったら一緒にお風呂に入ってあげる」
素直に喜べないご褒美はやめて欲しい。
そんなことをしたら、今は睨んでるだけの梨歌ちゃんから何かが飛んでくる。
「梨歌が睨むからなっつんが素直に喜んでくれないじゃん」
「貧相なあんたをお呼びじゃないだけでしょ。それより『梨歌』なんだ」
「……うるさい!」
さっきは『りっか』とあだ名で呼んだのに、やっぱり恥ずかしくなってしまったのか、今まで通りの『梨歌』になってしまった。
「あぁ……」
「どしたの悠莉歌?」
「なんでもないよ。気にせずにきょうりお姉ちゃんと痴話喧嘩を続けて」
「痴話喧嘩じゃないわ! てかさっきから真剣に見てるけど、永継さんと桐生さんのって始まってんの?」
「りかお姉ちゃん、うるさ……おぉー」
梨歌ちゃんの言う通り始まっている。
今は二回戦目が終わったところだ。
「一勝一敗。どっちも本気すぎて一言も喋らないよ」
「永継さん一勝してんだ」
「なっつんを舐めるなって言ったでしょ。なっつんは大抵のことをなんでも出来ちゃう完璧ボーイなんだから」
「それは知ってるけ──」
「勝った……」
「……言い訳はしない」
なんとかギリギリで最後も勝てた。
栞さんは眼鏡を外して床に頭を付けて丸まる。
「さすがなっつん。今度一緒にお風呂入ろうね」
「今度ね、今は疲れた……」
本気でゲームをするととても疲れる。
今すぐ倒れて寝たい。
「ゆりかセラピーする?」
「する」
悠莉歌ちゃんの言葉に甘えて、悠莉歌ちゃんを優しく抱きしめる。
どんどん元気が出てくる。
「悠莉歌ちゃんずるい!」
「こういうのは小さい子だから効果があるんだよ。つまりめいりお姉ちゃんだと逆効果なのさ」
「わ、私なら逆に抱きしめてよしよしするもん」
頭を撫でるのも撫でられるのも好きだから、いつかやって欲しい。
「ねぇねぇ、モノクル先輩。初心者に負けた感想は?」
丸まって小さい声で僕との戦いを復習している栞さんに鏡莉ちゃんが楽しそうに声をかけた。
「……」
「無視、ではないか。反省点を見つけてどうするのかを考えるとは、さすがガチ勢」
「結局油断だけじゃないんだよなぁ……」
どうやら反省会は終わったようで栞さんが起き上がり、僕を見た。
「永継に質問」
「なに?」
質問に答えるぐらいの元気は悠莉歌ちゃんのおかげで回復した。
「一戦目に私が快勝したのはわざと?」
「ううん。ちゃんとやってたよ?」
「一回戦目で手を抜いて、二回戦目に油断させる作戦ではないか。じゃあ普通に私の負けだ」
「でも二回目の最後と三回目の最後は栞さんの動きが変じゃなかった?」
僕と栞さんの体力はほとんど同じで、後一発を先に入れたら勝ちという感じだった。
そして、その最後の一発のタイミングで栞さんの扱うキャラクターの動きが変な動きをした。
「言い訳になるから言いたくないんだけど、梨歌ちゃんが『桐生さん』って言ったのと、鏡莉ちゃんの『完璧ボーイ』が気になって」
「なっつんとの差が出たな。なっつんは集中したら他の音なんて聞こえなく出来るんだから」
鏡莉ちゃんが誇らしげに言うがそこまで便利なものでもない。
実際どちらも聞こえていたし。
「集中力の差だけでもないけど、永継の成長速度がやばい」
「本気のなっつんはやばいよ。多分、音を聞いて相手の行動パターンを読んでるから」
「うわぁ……」
栞さんに引かれた、
確かにキーボードのカタカタ音でどういう風に来るのか考える時はある。
普段鏡莉ちゃんとやってる時はゲームの音を聞いてそれをやるが、今は音無しでやってるからカタカタ音を聞いている。
「ずるだった?」
「そうでもないでしょ。キーボードを打つ音聞いてたとしても、行動予測なんて普通は出来ないだろうし」
「それにゲーム音聞いてたら同じ結果になってたろうし」
「永継は単純にゲームが上手いよね」
そう言ってくれるのは嬉しいけど、鏡莉ちゃんと栞さんの真似をしてるだけにすぎない。
「じゃあ永継、私にして欲しいことある?」
「なんで?」
「負けた者は勝った者の言うことを何でも聞くのだよ」
そんなルールはなかった気がする。
だけどそれで栞さんが満足するのなら。
「じゃあ、これからも仲良くしてね」
「……永継のそういうとこが好き。流歌ちゃんが帰って来たら全部話すね」
「何を?」
「全部。永継と流歌ちゃんだけが気づいてない秘密」
よくわからないけど、真剣な栞さんの表情を見れば大切な話なのがわかる。
だからその時はちゃんと聞くことにする。
「そうだ、みんなに貢ぎ物があるんですよ」
栞さんはそう言ってリュックサックからボードゲームを取り出した。
「手遊びだけだと飽きるだろうから、どう?」
そこにはみんながよく知るオセロや将棋などを始め、十個程のボードゲームを取り出した。
「貰う側で言うのはあれなんだけど、これは私達が可哀想だからくれるってこと?」
梨歌ちゃんがオセロを撫でながら栞さんに聞く。
「理由は二つ。梨歌ちゃんを監禁してたお詫びと、そういうのがいっぱいあってそろそろ邪魔になってきたから」
「私のは私のせいだからお詫びとかいいんだって」
「でもせめて永継には言うべきだったよ。入って来た時にほんとに罪悪感がやばかったから」
これは栞さんの優しさからくる罪悪感を晴らす為の行為。
みんなを心配させたお詫びの品だ。
「一番悪いのは私なのに……」
「じゃあ梨歌ちゃんの代わりに私がみんなにお詫びの品を渡してるってことじゃ駄目?」
「それじゃ私は──」
栞さんが梨歌ちゃんの前で人差し指を揺らしながら「ちっちっちっ」と言った。
「その代わりに梨歌ちゃんには私のして欲しいことをして貰うのだよ」
「鏡莉達はそれでいいの?」
「ん? あぁ、もう梨歌のやつはどうでもいいからそっちで決めていいよ?」
鏡莉ちゃん達はボードゲームが気になって仕方ない様子だ。
「なんとなく知ってた。私は桐生さんに従います」
「なんかごめんよ」
梨歌ちゃんが栞さんの隣にスっと座ると、梨歌ちゃんの頭を栞さんが優しく撫でた。
「じゃあまず『桐生さん』やめようか」
「栞さん」
「これは結構心にきてるのでは?」
「りっかをあげたから、これは貰ってもいいの?」
『りっか』と言われた瞬間、梨歌ちゃんが少し反応したけど、すぐにしゅんとしてしまった。
「いいよ、梨歌ちゃんとも仲良く遊んでね」
「うん、モノクル先輩も程々にね」
「私の呼び方って『モノクル先輩』で決定なの?」
「嫌?」
「名前であだ名を付けて欲しいなーって」
「じゃあしおりん」
「鏡莉ちゃん好き」
栞さんはそう言って鏡莉ちゃんを抱きしめた。
「それ以上やったら私も『桐生さん』って呼ぶからね」
「……離れます」
栞さんが名残惜しそうに鏡莉ちゃんから離れる。
一体あのわきわきしている手で何をしようとしたのか。
「お風呂場って使っていい?」
「お風呂?」
「ううん、浴室には入らないよ」
「じゃあいいよ」
鏡莉ちゃんはそう答えると、芽衣莉ちゃんと一緒にボードゲームを眺めていた悠莉歌ちゃんと共にボードゲームを開いた。
「じゃあ行こっか」
「……はい」
梨歌ちゃんは笑顔の栞さんと一緒にお風呂場へ向かった。
その時何故か栞さんはリュックサックも持って行っていた。




