呼び方
「私は芽衣莉に謝ればい──」
「あー、はめ技使ったー」
「これははめてるんじゃないから、テクニックで上手いことやってるだけだから」
「それをはめ技って言うんでしょ!」
「馬鹿二人は静かに遊んでろ!」
ノートパソコンを向かい合わせてゲームをしている鏡莉ちゃんと栞さんを梨歌ちゃんが怒鳴ると、二人のキーボードを打つカチカチ音が部屋に響いた。
「梨歌お母さんは怒ると怖いね」
「ほんとにね。血圧上がっちゃうよ」
「後で二発な」
梨歌ちゃんが指をデコピンの形にしてそう言うと、二人は静かになった。
「ったく」
「りかママこわーい」
「悠莉歌、私は相手が五歳でも本気で打つからね」
「ほんとにこわーい」
悠莉歌ちゃんがそっと僕の影に隠れた。
「やっぱり梨歌ちゃんが居ないと駄目だね」
「痛い目に合わせる人が必要ってこと?」
「みんなが楽しそうにしてるってこと」
芽衣莉ちゃんが笑顔でそう言うと、梨歌ちゃんが「調子に乗ってるだけでしょ」と少し嬉しそうに言った。
「結局芽衣莉はさ、どっちだったの?」
「嫌か嫌じゃないか?」
梨歌ちゃんが頷いて答える。
「ちなみに梨歌ちゃんはどっちが先か覚えてる?」
「私が強い言い方をし始めたのと、芽衣莉のドMがバレたの?」
芽衣莉ちゃんが頷いて答える。
「芽衣莉のでしょ? だから私は素を出すようにしたんだから」
「違うよ。確かに私の素が出たのが先だけど、それは恋愛話が好きってことだけだから」
そういえば、宇野さんが告白された時の話を聞いて、芽衣莉ちゃんの性格を知ったと言っていた。
だけど知ったのは、色恋話が好きということで、ドMということはその時には知らなかったらしい。
「つまり?」
「とても言い難いんだけど、梨歌ちゃんが強い言葉を使うようになってからなの、私がそういうのが好きだって気づいたのは」
「……マジ?」
「うん、梨歌ちゃんに変えられちゃった」
芽衣莉ちゃんが少し照れたように言う。
言われた梨歌ちゃんは複雑な表情をしている。
「なんかごめん」
「謝らないで。梨歌ちゃんのおかげで本当の私に気づけたんだから」
「それはそれでごめん……」
嬉しそうに言う芽衣莉ちゃんに対して、罪悪感いっぱいに梨歌ちゃんが謝る。
「梨歌ちゃんが謝るなら私も謝らなきゃいけないことがあるよ。後お礼」
「芽衣莉の変態性についてなら、謝罪もお礼もいらないからね」
「違うよ。学校でいつも守らせてごめんね。それと、ありがとう」
「それは芽衣莉が助けを求めるから仕方なくだし」
「それもだけど裏の方もだよ」
裏と言われた瞬間に、梨歌ちゃんの顔が引き攣った。
「私が陰で色々言われてたら対処してくれるし、私が断るとちょっと言い方があれだからって、対応もしてくれてるよね」
「……なんのことかな?」
梨歌ちゃんがそっぽを向いた。
「ほんとに嬉しいんだ。梨歌ちゃんが私の為に色々とやってくれるのが」
「でもあんた、私の姉だからって悪口言われてるんでしょ?」
「それはね、梨歌ちゃんに申し訳ないんだけど、私が自分で嫌われ者をしてるからなの」
「……は?」
芽衣莉ちゃんの発言に梨歌ちゃんが唖然とする。
「私が初めて告白された時のこと覚えてる?」
「覚えてるよ。私と一緒に帰ってる時に声をかけられて『君の隣にその子はふさわしくないよ』って言われたやつでしょ? 思い出すだけでちょっと引くけど、可哀想な人だったよね」
「そう? その後に私が『そうですね、私だと梨歌ちゃんには劣りすぎるのはわかってますよ。まぁ、あなたよりかはマシでしょうけど』って言ったら二度と話しかけられなくなったけど、それはどうでもよくて」
さっき芽衣莉ちゃんが芽衣莉ちゃんの代わりに梨歌ちゃんが断りを入れてると言っていたが、遊ぶ約束とかではなく、告白の断りのようだ。
「私ね、大切な人が悪く言われるの嫌なの。最近は梨歌ちゃんよりも篠崎さんの方が優先順位高いけど、学校では梨歌ちゃんが一番大切なの。だからその梨歌ちゃんが悪く言われたらね、どうしても自分を抑えられなくて」
「あんたの言われてる悪口って、私と一緒に居るからじゃないの?」
「なんでか私って、すごいいい子みたいに見られてるみたいで、色んな人に『あの子と一緒に行動するのやめなよ』って言われるんだよね。梨歌ちゃんってそんなに学校で悪い子なの?」
「素でいるだけ」
「でしょ? だから梨歌ちゃんのことを悪く言う人に言い返しちゃうんだよね『そういう風に言うあなたと一緒に行動したくないです』って」
芽衣莉ちゃんは気が弱い。
だけど気が弱いからって、自分を持っていない訳ではない。
自分の大切を悪く言われて何も言えないような弱い子ではないのだ。
「もしかして梨歌ちゃんに迷惑かけてた……?」
「別に。あんたのことをいい子だと本気で思ってる奴らが私に『芽衣莉ちゃんに嘘を言わせてまで自分をよく見せたいの!?』って言われたことはあるけど、やっと理由がわかったよ」
「誰?」
芽衣莉ちゃんの表情が一気に冷たくなった。
「教えないよ。私よりあんたの方が口が悪いの知ってんだから」
「私はただ事実を言ってるだけだよ? だいたい梨歌ちゃんを悪く言う人となんで一緒に居なきゃいけないの?」
「確かに」
「篠崎さんが入るとややこしくなるから入らないの」
「はーい」
梨歌ちゃんに怒られてしまったので、悠莉歌ちゃんと一緒に黙って聞いているだけにする。
「芽衣莉って篠崎さんと似てるよね」
「ほんと!?」
「そっくりだよ、自分のことじゃ怒らないくせに人のことだとすぐ怒る。それに鈍感」
「私、鈍感じゃないよ?」
「鈍感でしょ。初めて告白された時に気づいてなかったでしょ?」
「気づいてたよ? でもすぐに嫌いになったからああ言って流しただけ」
「そういえばラブレターも読まずに破り捨ててたっけか……」
僕が栞さんから手紙を貰った時にも、最初に破って捨てる選択肢を出していたのは、実体験があったからのようだ。
「だってさ、人の下駄箱とかロッカーを勝手に開けるような人って、私の全部を勝手に詮索しそうだし。スマホを持ったら中身を全部勝手に見そう」
「普通は下駄箱にラブレターって憧れる人が多いのに、芽衣莉は現実主義者だよね」
「あ、梨歌ちゃんは憧れるタイプだった?」
「芽衣莉に言われて嫌になった」
芽衣莉ちゃんが「ごめんなさい」と言って謝るが、芽衣莉ちゃんの言う通りだ。
机に手紙を入れるだけならギリギリセーフな気はするけど、下駄箱やロッカーなどの閉じられてるところを開けてまで手紙を入れるのは嫌だ。
ましてや制服のポケットを漁るなどは完全にアウトだ。
「なんか宇野さんに謝りたくなってきた」
「それは多分篠崎さんの思い込みが激しいだけだから大丈夫」
梨歌ちゃんはそう言うけど、緊急事態だったとはいえ、女の子の制服を漁るのはやっぱり駄目だ。
「じゃあ私に同じことをして、それを許したらいいんじゃないかな?」
「芽衣莉は篠崎さんに何かされたいだけでしょ?」
「別に流歌さんだけ篠崎さんに特別なことされたのが羨ましい訳じゃないよ? ただそれで篠崎さんの憂いが晴れるならいいかなって」
「私利私欲を満たしたいって素直に言いなさいよ」
「私利私欲を満たしたい」
芽衣莉ちゃんが堂々と宣言すると、梨歌ちゃんが呆気にとられていた。
「それで流歌さんに何をしたの?」
「ちょっと目が怖いよ。えっとね、宇野さんの住所が知りたくて、倒れてる宇野さんの制服から生徒手帳を探したの」
「……ほんとに思い込みが激しいだけのやつだ」
「篠崎さんだからね」
「じゃあまさぐってくれていいよ」
梨歌ちゃんはそう言って僕の隣にやって来て両手を開いた。
「でも……」
「大義名分が必要か。じゃあこの前取れた第二ボタンをどこかのポケットに隠すから探して」
確かにそれなら宇野さんの時と同じシチュエーションに近いけど、梨歌ちゃんの視線と背後からの視線が痛い。
「めいりお姉ちゃん」
「なに? 悠莉歌ちゃん」
「またおむね大きくなった?」
「篠崎さんの前でそういうことは言わないの。大きくなったみたいだけど」
芽衣莉ちゃんがそう言うと、更に視線が痛くなる。
「篠崎さんってボタン付け上手い?」
「出来なくはないけど、上手いって程じゃないよ?」
「今度教えて欲しいな。いつも流歌さんが付けてくれるけど、その度に流歌さんが悲しい顔になるから」
「るかお姉ちゃんには苦行だよね」
宇野さんは決して嫌な訳ではないと思うけど、この痛い視線と何か関係があるのだろうか。
「教えるのはもちろんいいよ。でもやっぱり流歌さんなんだね」
その話し合いが始まったところで梨歌ちゃんの話に変わったから、結局芽衣莉ちゃんは流歌さん呼びのままだ。
「それを言うならお兄ちゃんのことも未だに篠崎さんだよね」
「二人っきりの時は変えてるよ? だからそれは梨歌ちゃんが変えて」
「私に振るのか……」
別にみんなが呼び方を変える必要はないけど、変えてくれるのならそれは嬉しい。
「じゃあ永継さんで」
「あっさり決めてずるい。流歌お姉ちゃんだと悠莉歌ちゃんと同じだし、流歌姉さんだとほとんど変わってないしで難しいのに」
「普通に『お姉ちゃん』とかじゃ駄目なの?」
「今更そう呼ぶのが恥ずかしいかな」
「じゃあ『お姉様』」
「悠莉歌ちゃんはふざけてるだけでしょ?」
悠莉歌ちゃんが「真面目だもん」と膨れてしまった。
「いっそ『流歌ちゃん』は?」
鏡莉ちゃんが栞さんとの対戦を続けながら言う。
「鏡莉もふざけないで」
「本気だってぇぇぇぇぁぁぁぁ」
どうやら負けたらしい。
「勝負の最中に他のことを考えるからさ」
栞さんが眼鏡をクイッと上げながらそう言う。
「呼び方ね、永継と二人っきりの時だけ変えてるなら、流歌ちゃんのこともたまに『お姉ちゃん』って呼んだりすればいいんじゃない?」
「姉さん泣くかも」
「そんなに?」
「実は気にしてんだよ? 芽衣莉に未だにさん付けされてるの」
「……頑張ります」
芽衣莉ちゃんが小さく「お姉ちゃん」と練習しているが、言う度に顔が赤くなっている。
本当に出来るのか不安になるが、宇野さんの為にと頑張る芽衣莉ちゃんをみんなが優しく見守った。




