謎の手紙
「ねぇ梨歌ちゃん」
「困った顔してどうしたの?」
学校から帰った僕は、洗濯物を畳むのを手伝いながら梨歌ちゃんに相談を始める。
「帰りの準備をしてた時にさ、僕の机の中にこれが入ってたの」
僕はそう言って隣に置いてあった鞄から手紙を取り出した。
「ラブレター?」
「宛名も何も書いてないんだよね。机違いだからどうしようと思って」
「自分宛てって選択肢はないんだ」
それも考えたけど、口をハートのシールで封がしてあるので僕宛ての可能性はないと思う。
「こういうのってさ、間違いならそのままにするのがいいのかな?」
「机に入れっぱなしってのも駄目だとは思うけど、だからってどうしようもないか」
誰のか聞いて回ることも出来ないし、本当に渡したかった相手だと信じて近くの人の机に入れるのも駄目だろうから持って帰ってきた。
「開けるしかないんじゃないかな。外に書いてないのも悪いし」
「いいのかな?」
「多分上か下に名前は書いてあるだろうからそれだけ見たら?」
「それしかないか。後でごめんなさいしなきゃ」
「まだ篠崎さん宛ての可能性はあるからね?」
梨歌ちゃんはそう言うが、学校に知り合いが宇野さんしかいない僕に手紙を送る人がいるとは思えない。
「とにかく見てみよっか」
「話を逸らすな、別にいいけど」
洗濯物を畳む手を止めて、僕は手紙を開けてみた。
「……」
「どしたの? 大きな文字で『好きです』とか書いてあった?」
「名前だけ見ようと思ったんだけど、名前が書いてなかったのね、だから内容に名前が書いてないかなって思って読まないように名前を探したの」
「器用な。それで?」
「名前はあったんだけど僕じゃなかったの。だけどね……」
僕はそこまで言って梨歌ちゃんに手紙を渡した。
「見ていいの?」
「うん」
僕が渡した手紙を梨歌ちゃんが軽く読む。
そしてどんどん顔が険しくなっていく。
「率直な感想言っていい?」
「うん」
「どれ?」
「いや、今のこれでしょ」
手紙にはこう書いてあった。
『うのさんとのひみつをしっている』と、手書きで。
「ほとんどの時間を一緒に居ること? 優等生を演じてる姉さんには確かにバレたらあれか」
「逆に何があるの?」
「宇野って別に姉さんだけじゃないからさ。芽衣莉と外でいちゃついてるとこを見られたりしたのかなって」
僕にとって宇野さんは宇野さんだけだから気にならないけど、梨歌ちゃん達からしたらみんなが宇野さんになる。
だから宇野さんと言われても自分達の可能性があるのも当然だ。
「それとさ、もっと気になること言っていい?」
「なに?」
「誤字りすぎでは?」
それは僕も思った。
手紙には『うのさんとのひみつをしっている』とだけしか書いてない訳ではない。
その上に、『宇野』と『秘密』と『知』のところが黒く塗りつぶされてその上に書き直したらしき黒い丸がある。
「書き直しすらミスるってやばくない?」
「手紙を書くのに緊張したのかな?」
「だとしてもでしょ。宇野と秘密はなんとなくわかるけど、知っているは書けるでしょ」
それは思った。
だから内容よりそっちが気になって固まってしまった。
「きっと姉さんと篠崎さんと同い年か年上だよね?」
「僕の席知ってるってことはそうだろうね」
「よく高校受かったな」
「理系の可能性が」
それに受験は頑張ったけど、受かって安心してるのかもしれない。
「あんまり言いすぎると篠崎さんが怒るから黙ろ」
「怒りはしないけど、やだな」
「黙ろ」
そう言って梨歌ちゃんは洗濯物を畳むのを再開した。
「実際さ、バレたらやばいの?」
梨歌ちゃんが僕の方をちらっと見てそう言った。
「どうなんだろうね。見る人によっては駄目なんじゃない?」
僕もどれだけ大変なことになるのかがわからない。
遅くまで友達の家に遊びに行ってことがないから。
「まぁ未成年が遅い時間まで人の家に居るのは駄目なのか」
「そうだよね。僕のせいで宇野さんに迷惑がかかるなら──」
「来なくなったって関係ないからね。来てた事実はあるし、何より人間は信じたいことしか信じないんだから」
梨歌ちゃんがこちらを向かずに少し怒ったように言った。
「来てもいい……?」
「かわいいなほんと。むしろ来なさい。これで来なくなったら私が姉さんに話して気まずくなるからね」
「じゃあ来る。でもそれならこっちをなんとかしなきゃだよね?」
僕はそう言って手紙を手に取る。
「そうだね。てかこれさ、差出人もわからなくて、秘密を知ってるからどうするのかも書いてないから、誰か見つけることも出来ないし、何が目的なのかもわからないよね?」
「うん。明日になったら何かあるのかな?」
「これで勝手に秘密だけをバラしたらなんの為に手紙送ったってなるしね」
手紙を送るってことは僕に何か要求があるはずだ。
だから明日になれば何か追加の手紙か何かがなければ僕が困る。
「一つ怖いのが、これを書いたのがただの馬鹿の可能性だよね」
「どういうこと?」
「漢字が書けない訳でしょ? 宛名と差出人の名前を書かないで目的も書かないのはまだポンコツで説明がつくけどさ、単純に知能が足りなくてそうしてるなら『手紙を送ったのに何もしないなら』とか言って行動することもあるのかなって」
「それ、普通に怖いんだけど」
それではこちらは何も出来ずに秘密だけをバラされてしまう。
「鏡莉の時と同じになるよね。鏡莉は子役を辞めることでなんとかなって、気にしない性格だからなんとかなってるけど、姉さんは違うよね」
「うん。鏡莉ちゃんも気にしないフリだろうけど、宇野さんは色々と気にするし、何より印象が悪くなるのは嫌だと思う」
宇野さんは梨歌ちゃん達を養っていきたいと思っている。
だからその為に少しでもいいところに就職したいから内申点を気にしている。
「そういえば鏡莉ちゃん達は?」
手紙のことで頭がいっぱいだったからみんなが居ないことに気がついてはいたけど、聞くタイミングが今になってしまった。
「鏡莉は隣。芽衣莉と悠莉歌はお散歩だってさ」
「お散歩?」
「そ。なんかいきなり出かけてった」
宇野姉妹は宇野さん以外、基本的に外に出ない。
学校と芽衣莉ちゃんは買い出しに行くぐらいだ。
「なんか寂しいな」
「広く感じるよね。全員居ると狭いのに」
今までは人と関わらなかったから人が居ないことが気にならなかったけど、いつもいるはずのみんなが居ないと気になって仕方ない。
「寂しがってる暇はないでしょ」
「そうだけど、結局解決策は手紙を書いた人が何かしてくるのを待つことしか出来ないよね?」
「まぁそうなんだけど……、そうでもない?」
「え?」
梨歌ちゃんが最後の洗濯物を畳んだタイミングでこちらを見た。
「でも無理か。いや、篠崎さんならできるかな?」
「宇野さんの為になるなら何でもやるよ」
「じゃあやる?」
僕は梨歌ちゃんに手紙の差出人の特定方法を聞いた。
「確かに出来たらわかるけど、出来るかな?」
「篠崎さんなら出来るよ。出来なくても姉さんの為なら何でも出来るの知ってるから」
「なんでもするけど、なんでも出来るかはわからないよ?」
「出来るよ。私達はそれを見てきてるから」
梨歌ちゃんはそう言って僕の手に自分の手を重ねた。
「頑張る。だから梨歌ちゃんが何か困ったら言ってね。僕はみんなの助けになりたいから」
「……それなら──」
「ただい……お邪魔しました」
芽衣莉ちゃんが散歩から帰ってきて僕達の居る部屋に顔を出したが、そのまま戻って行った。
「やめろ。別に変なことはしてないから!」
「そうやって言うってことはしてたんでしょ?」
「違うから。篠崎さんがラブレター貰ったって言うから話を聞いてただけ」
「え? そんなの破って捨てれば……って篠崎さんはしないか」
「それは芽衣莉が篠崎さんを取られたくないだけでしょ」
「篠崎さんと付き合えるのは流歌さんだけしか認めないから」
芽衣莉ちゃんが真顔でそう言う。
梨歌ちゃんが言いかけた言葉も気になるが、手洗いうがいを済ませた悠莉歌ちゃんがいつも通り僕の足の間に座ったので聞くタイミングがなくなった。
それはまた二人きりになったタイミングで聞くとして、とりあえずは手紙の方を先に済ませることにした。




