家族愛と恋愛感情
「芽衣莉ちゃん」
「焦らされすぎて恥ずかしさがいなくなりました」
確かに色々あって焦らしてしまったけど、それなら結果オーライだ。
それでも芽衣莉ちゃんは壁際にうずくまっているが。
「昨日はご迷惑をおかけしてごめんなさい」
「迷惑?」
「倒れたことや、その……」
芽衣莉ちゃんが僕の顔をチラチラ見てくる。
「倒れたのは芽衣莉ちゃんのせいじゃないよね? 心配はしたけど迷惑だとは思わないよ」
「篠崎さんならそう言うと思いました。なので、ご迷惑はその後の方と言いますか……」
芽衣莉ちゃんが倒れた後と言ったら……。
「晩ご飯なら気にしないでいいよ?」
「言うと思いましたけど、その前です」
「王子様のキス」
悠莉歌ちゃんが楽しそうにそう言った。
「実際は眠るお姫様が欲望を爆発させちゃったんだけど」
「悠莉歌ちゃんのばか」
芽衣莉ちゃんが顔を真っ赤にして、更にうずくまった。
「それのこと?」
僕が聞くと、芽衣莉ちゃんが頷いて答えた。
「それなら迷惑なんかじゃないよ。前もだけど、嬉しいんだよ? 少し恥ずかしかったけど」
ぎこちないだろうけど、できるだけ笑顔でそう伝える。
実際の話、キス自体は嬉しかった。
でも、前回は芽衣莉ちゃんへの心配が勝ち、今回は疑問が勝って傍から見たらなんとも思ってないように見えただろうけど。
「前は衝動に負けてしちゃって、今回は懐かしさからついしてしまって。本当にすいません」
「だから謝ることじゃないんだって。それより、その懐かしいが聞きたいんだよ」
僕は昔、芽衣莉ちゃんと会ったことがある、気がする。
僕には全然記憶はないけど、芽衣莉ちゃんの反応や、今日の夢からその可能性が高い。
「あぁ、わかってましたけど覚えてないですよね」
芽衣莉ちゃんが少し寂しそうな笑顔を向ける。
「ごめん……」
「いいんですよ。私が幼稚園の時だから、篠崎さんは小学校低学年の時ですし」
その頃は確か……今と変わらない生活をしてた気がする。
「でもその歳で何も思わなかったってことだよね」
「はい?」
「こっちの話」
その頃の記憶は全然ないけど、普通の小学生には辛い環境だとは自分でも思う。
だけど辛くて絶望した記憶もない。
その頃の僕が何も感じないタイプの人間か、今と同じように記憶を消していたのかもしれないが、もしかしたらお母さん以外に心の支えがいたのかもしれない。
「お兄ちゃん」
悠莉歌ちゃんがまっすぐこちらを見ながら僕を呼ぶ。
「なに?」
「めいりお姉ちゃんとデートしてきたら?」
「ゆ、悠莉歌ちゃん?」
「なんか内容が二人っきりで話す内容だし、お外の方が何か思い出すかもよ?」
確かにみんなが聞き耳を立てている場所で話す内容でもない気はする。
それに思い出の地巡りは、確かに思い出すのには有効だと思う。
「芽衣莉ちゃんはどうする?」
「……篠崎さんは思い出したいですか?」
芽衣莉ちゃんの顔色が少し暗い。
「うん。芽衣莉ちゃんが嫌ならいいんだけど」
「嫌ではないですけど、ちょっと不安といいますか……」
「不安?」
「昔のことをしっかり思い出したら、流歌さんじゃなくて、私のことをお嫁さんにしたくなっちゃうかなって」
芽衣莉ちゃんが笑顔でそう言った。
きっと冗談なのだろうけど、その笑顔はとても愛らしかった。
「めいりお姉ちゃんが素の方でお兄ちゃんを口説いてる。るかお姉ちゃんに言って修羅場にした方がいいかな?」
「悠莉歌ちゃん。私は別に篠崎さんが流歌さんを選んでもいいんだよ? 流歌さんは優しいかは私達と離れたりしないだろうし」
「つまり?」
「どっちにしろ篠崎さんとは一緒に居られて嬉しいからいいんだよ」
芽衣莉ちゃんが慈愛に満ちた眼差しを悠莉歌ちゃんに送りながら言う。
そして「まぁ篠崎さんが選んでくれたら嬉しいんだけどね」と、今度は可愛い笑顔でそう言った。
「今日のめいりお姉ちゃんはドキドキする」
「僕も」
「はぅ」
芽衣莉ちゃんが耳まで真っ赤にしてうずくまる。
今日はいつも以上に可愛く見える。
「どうですお兄ちゃん。一生自分のものにしたいって思いません?」
「芽衣莉ちゃんの人生は芽衣莉ちゃんのものだから、僕だけのものにはできないよ」
「意味合いが違う気がするけど、できるならしたいと?」
「芽衣莉ちゃんとずっと一緒に居られたら楽しいだろうからね」
それは芽衣莉ちゃんに限らず悠莉歌ちゃん達もだけど。
「どうせゆりか達でも楽しいって思うんだよ。お兄ちゃんのうわきものー」
悠莉歌ちゃんはそう言うと下の部屋に下りて行った。
「みんなを好きなのは駄目なこと?」
「篠崎さんのは意味が違うと言いますか……、篠崎さんは初恋ってまだですよね?」
「うん。よくわかんないから」
夢で『めいちゃん』に結婚の約束をされたときに了承していたが、あれが事実なら多分あの時は意味を理解していない。
「やっぱり全部抜けてますよね。あの時は好きって言ってくれたのに……」
芽衣莉ちゃんがあからさまに悲しげな顔をした。
「ごめんなさい……」
「ちょっと鏡莉の真似をしてからかってみただけです」
芽衣莉ちゃんが舌をちろっと出しながらそう言った。
(かわいい)
なんだか今日の芽衣莉ちゃんは、いつもより可愛い気がする。
見た目には変化はないが、いつもと違う。
「これって──」
「めいめい、ゆりがめいめいはデートに行くって言ってるけど、準備しないの?」
これが好きってことなのかと考えついたところで鏡莉ちゃんが上がってきた。
「篠崎さん、行ってくれますか?」
「え、うん」
「それなら準備してきますね」
芽衣莉ちゃんが可愛く首を傾げながらそう言った。
芽衣莉ちゃんが鏡莉ちゃんと入れ替わって下に下りた。
「いい雰囲気を邪魔してみました。どやぁ」
鏡莉ちゃんが少し罪悪感の見えるドヤ顔をした。
「鏡莉ちゃんに一つ聞いていい?」
「スリ……、なんなりと」
ちゃんと約束を守ってくれそうで嬉しくなった。
「えっと、鏡莉ちゃんから見て、僕って芽衣莉ちゃんのこと好き?」
「めいめいがじゃなくて、なっつんがめいめいを?」
「うん」
もしかしたら僕は既に芽衣莉ちゃんを好きなのかもしれない。
さっきはそう思ったから、傍から見たら僕は既に芽衣莉ちゃんを好きなのかもしれない。
「さっきゆりが今日のめいめいがいつもより可愛いって言ってたけど、そんなに?」
「やっぱり今日はそう思うだけ?」
いつも確かに可愛いとは思っている。
だけど今日はいつもとは少し違う気がした。
「私は見てないからわかんないけど、なっつんがめいめいを好きかどうかって話ならわかるよ?」
「ほんと?」
「うん。多分まだ恋愛感情はないと思う。どっちかって言うと家族愛?」
「家族愛?」
それはつまり、お母さんに思ってる気持ちと同じということなのだろうか。
守りたいや、守ってくれて嬉しいみたいな。
「友愛の可能性もあるけど、もっと深くは感じる。あんまり言いたくないけど、私達のことも家族愛で好きだと思う」
「家族……」
家族になる訳じゃなくて、家族みたいに愛しているという意味だけど、なんだか嬉しくなる。
みんなとは仲良くしていたいから。
「なっつんがピュアボーイだからこれから知っていくんだろうけど、めいめいにとっては生殺しに近いよね」
「え?」
「ずっと好きだった相手に『あなたを家族のように愛します』って言ってるんだよ? それって、恋愛になるのかな?」
確かに、家族愛がどういうものなのか詳しくはわからないけど、極論お母さんのことを恋愛感情で見れるかと言われたらそれは見れない。
さすがに極論がすぎるけど、家族みたいに思ってる相手を好きになるのかはわからない。
「まぁ大丈夫だよ。なっつんも男の子だから、めいめいのかわいさに気づいて惚れるだろうから」
「……うん」
僕の頭の中は芽衣莉ちゃんでいっぱいだ。
だから鏡莉ちゃんの言葉に違和感をもてなかった。




