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笑顔がいい

「良かった」


「え?」


 僕が宇野さんの住むアパートに来ると、安堵した梨歌ちゃんに出迎えられた。


「アレのせいで、もう来てくれないかと」


「宇野さんに来ても平気って言われたから。梨歌ちゃん達に会わないとまた無気力な日々に逆戻りになっちゃうし」


 梨歌ちゃん達と会えないということは、前の日々に戻るということ。


 毎日家に居たくないからという理由で学校に行き、家に居たくないから学校に残り、家に帰れば自分を殺す。


 そんなつまらない日々にはもう戻りたくない。


「梨歌ちゃん達に会えると思うとさ、つまらない日常が楽しいんだよ。だからこれからも来ていい?」


「こちらこそだよ。篠崎さんが来ないと芽衣莉は元気なくすし、鏡莉は機嫌悪くなってうるさいし、悠莉歌は不貞腐れるしで大変なんだから」


 梨歌ちゃんがため息をつきながら言う。


「僕が来なかったことないよね?」


「昨日篠崎さんが帰ってからがそうだったの」


「あぁ、だから──」


「なっつーん」


 鏡莉ちゃんが()()()()()()()()()()()で、僕に駆け寄ってきて抱きついた。


「寂しかったよぉ〜」


「なんでタイミング見計らってたの?」


「なんのことかわかんなーい」


 鏡莉ちゃんだけではなく、今も芽衣莉ちゃんと悠莉歌ちゃんが部屋から僕達を覗き込んでいる。


「アレのこと気にしてるんじゃないかって、篠崎さんに話しかけるのを怖がってたんだよ。だからチャイムが鳴った時は滑稽だったよ」


「梨歌、なっつんを補給するのに邪魔だからあっち行って」


「そんなこと言っていいの? さっきまで『どうしよう、もう二度と来ないっていいに来たとかだったら』って泣きそうになりながら言ってたの誰だっけ?」


 鏡莉ちゃんの身体が固まった。


 言い返さないあたり、本当のことなんだと思う。


「鏡莉ちゃん。僕はこれからもみんなと一緒に居たいよ。もしそれが認められないのなら、認められる努力をするよ」


 鏡莉ちゃん達のお母さんが僕をこの部屋に出入り禁止にするのなら、どうにかして説得する。


 たとえ拒絶されても、認めてくれるまで頑張る。


「あの人には人の言葉は通じないから努力しても無駄だよ。どうせ私達には興味ないんだから関わってこなければいいのに」


 鏡莉ちゃんが今までに聞いたことのないくらい冷たい声でそう言った。


「こんな時だけ親ぶるのほんとにうざい。次来たら徹底的に戦うから」


 鏡莉ちゃんの怒る姿を初めて見た。


 とても冷たい。


 いつもニコニコしている鏡莉ちゃんからは想像できない程の冷たさだ。


「鏡莉ちゃん」


 僕は鏡莉ちゃんのことをぎゅっと抱きしめた。


「え? どした、惚れた?」


「鏡莉ちゃんは僕の為に怒ってくれたの?」


「そうだよ? なっつんのことを否定する奴なんて滅びればいい」


 それを聞いた僕は鏡莉ちゃんを抱きしめる力を更に強めた。


「ありがとう、鏡莉ちゃん。嬉しいけど、僕は鏡莉ちゃんには笑顔でいて欲しいな。……だめ?」


「……」


 鏡莉ちゃんが無言で僕の耳をはむはむしてきた。


「え?」


「へれはふひ」


「……え?」


 耳をはむはむしてきた理由もわからないし、なにを言ったのかもわからない。


「照れ隠しだそうです」


 僕が不思議がっていると、少し暗い芽衣莉ちゃんがやって来た。


「鏡莉、お部屋で話そ」


「あー」


「やー、じゃないの。篠崎さん、まだ靴も脱いでないでしょ」


 鏡莉ちゃんが「むー」と言って僕から離れたので、僕も鏡莉ちゃんを離した。


 そして手洗いうがいを済ましてから部屋に向かった。


「ゆり、そこどいて」


「や。鏡莉お姉ちゃんはさっきいっぱいお兄ちゃんを独占したでしょ」


 悠莉歌ちゃんがそっぽを向いて鏡莉ちゃんを無視した。


 悠莉歌ちゃんは今、僕の胡座あぐらの中に居る。


 鏡莉ちゃんが頬を膨らませているが、諦めて僕の隣に座った。


「一つみんなに聞きたいことがあるんだけど、いい?」


「え、スリーサイズ?」


「鏡莉ちゃんはなんでそんなに僕をそういうのに興味がある人にしたいの?」


「場を和ませるジョークです。ちなみになっつんのに答えると、私はなっつんが来てくれないとあの人に何するかわかんないからね」


 僕はまだ何も言ってないのに鏡莉ちゃんには言いたいことがわかったようだ。


「篠崎さん。さっきも言ったけど、篠崎さんがここに来て欲しくないって子はここに居ないから」


「梨歌ちゃんも?」


 さっきの会話では、梨歌ちゃん以外の子のことしか聞いていない。


「梨歌ちゃん、普通にしてますけど、学校で『ぼーっとしすぎ』って先生に怒られちゃったんですよ」


「芽衣莉うっさい。別に隠す気もないけど、私だって篠崎さんには来て欲しいよ。アレの言うこと聞くのも癪だし」


「梨歌がデレた、だと……。明日は大雪かな……」


 鏡莉ちゃんが窓の外をたそがれたように見ながら言った。


「馬鹿はほっといて、姉さんからも聞いたでしょ? 篠崎さんが来ることはみんなが望んでるんだよ」


「お兄ちゃんはあの女の人を気にしてるんだろうけど、むしろ次に来たらきょうりお姉ちゃんが潰すから平気だよ?」


 悠莉歌ちゃんの言い方が怖いけど、鏡莉ちゃんにはそれが出来るだけの何かがあるらしい。


 なんなのかはわからないけど。


「みんな『お母さん』とかは言わないんだね」


『あんなの母親じゃないから』


 梨歌ちゃんと鏡莉ちゃんと悠莉歌ちゃんの言葉が重なる。


「アレと同じ血が入ってると思うだけで吐き気がする」


「あの人は私を道具としか見てないんだよ。だから嫌い」


「あの女の人のことをゆりかは少ししか知らないけど、その少しでもわかるぐらいにはクズだよ」


 梨歌ちゃんも鏡莉ちゃんも悠莉歌ちゃんもみんなが嫌悪感を隠さないで出す。


「でも、精神的に一番やばいのは芽衣莉だけどね」


 梨歌ちゃんがそう言うと、芽衣莉ちゃんの肩がビクッと反応した。


「わ、私は別に……」


「実際一番言われたのは芽衣莉でしょ。芽衣莉が言い返さないのをいいことにあることないことでっち上げて」


「梨歌、それ以上はやめてあげて」


 鏡莉ちゃんの怒ったような、諭すような、冷たいようで優しい声で言われた梨歌ちゃんがハッと芽衣莉ちゃんを見た。


「芽衣莉、ごめんなさい」


「だ、大丈夫。私、晩ご飯の準備してくるね」


 芽衣莉ちゃんはそう言ってそそくさと立ち去った。


「はぁ……」


「ばか梨歌」


「確かに馬鹿だった」


 梨歌ちゃんと鏡莉ちゃんが芽衣莉ちゃんには聞こえない声量で話す。


「めいりお姉ちゃんは変態さんだけど、それは気の許した相手にだけしか見せない顔なの。だから、普段は気弱な可愛い女の子なの」


 悠莉歌ちゃんが事情を知らない僕に説明してくれた。


 要は、何も言い返さない芽衣莉ちゃんにお母さんが色々なことを言って精神を擦り切らしてしまったということらしい。


「だからめいりお姉ちゃんはあの女の人と会うとゆりか達の前でもずっと気弱の可愛いめいりお姉ちゃんになるの」


「そうなんだ」


 悲しげにしている悠莉歌ちゃんの頭を優しく撫でる。


「お兄ちゃんがさっき、きょうりお姉ちゃんは笑顔がいいって言ってたけど、ゆりかもめいりお姉ちゃんには笑顔でいて欲しいの。それがたとえ変態さんだったとしても」


 それは僕も同意見だ。


 今の芽衣莉ちゃんも可愛いけど、いつもの芽衣莉ちゃんはもっと可愛い。


「芽衣莉ちゃんには僕をいじめて貰わないと」


「なっつんが変態に聞こえるけど、めいめいはなっつんをいじめてる時が一番楽しそうだもんね」


「実際楽しいんだと思うよ。初日で心を許したのって篠崎さんだけでしょ?」


「初日って訳でも──」


 鏡莉ちゃんが何かを言おうとしたところで、玄関の方、正確には芽衣莉ちゃんが料理をしているキッチンで物音がした。


 そこはちょうどみんなから死角になっていてなにがあったのか見えない。


「まさ──」


「ほんと早いよ」


 音と一緒に悠莉歌ちゃんがどいてくれたので、僕は急いで音のした場所に向かった。


「芽衣莉ちゃん!」


 僕は息を乱して倒れている芽衣莉ちゃんに声をかけた。


 声をかけ続けるが反応はない。


 ただ「ごめんなさい」と、言い続けるだけだった。

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