迷子デート
「疲れた……」
「お疲れ永継」
車酔いを克服したかと思ったけど、結局最後の方はまた気分が悪くなり、それは旅館に着くまで治らなかった。
宇野さんと芽衣莉ちゃんに手を引かれてやっとの思いで部屋に辿り着いた僕は、柱に背中を預けて休んでいる。
「それにしてもすごいところだね」
「うん、調べて知ってたけど、それでも驚きだよ」
旅館の普通を知らない僕でもわかる。
何がどうすごいのかはわからないけど。
「栞さんは行かなくて良かったの?」
「せっかく勝ち取った権利を捨てる訳ないでしょ」
宇野さん達は散策をしている。
行く前にじゃんけんをして栞さんが勝っていた。
「今更なこと言っていい?」
「なに?」
「旅行って何するの?」
旅行に行ったことがないから旅行は何をするものなのかわからない。
「人それぞれだと思うけど、大抵は流歌ちゃん達みたいに町の散策してお土産探したり、その土地ならではのものを体験したり味わったり?」
「そうなんだ」
「あと、今の私達みたいに旅館でゆっくりするのもそうかも?」
それなら僕も旅行を堪能出来ていることになる。
「でも今回の旅行は一応流歌ちゃんを労わろうってやつだから、流歌ちゃんのしたいことをすればいいのかな」
「宇野さんのしたいこと?」
それはなんだろうか。
もう半年近くの付き合いになるのに、宇野さんのしたいことがわからない。
「僕って酷いね」
「絶対何かの勘違いだろうけど、なんで?」
「宇野さんのしたいことがわからない」
「いやいや、私だってわからないよ。以心伝心なんて結婚してから出来るようになるものでしょ」
栞さんが呆れたように言う。
「そういうものなの?」
「永継はむしろわかってる方だよ。それにね……これはいいや」
とても気になる言い方をされた。
だけど栞さんの顔が真剣なのできっと言わない方がいいと判断したことなのだろうから聞くことはしない。
「そろそろ合流する?」
「うん、大分元気になった」
「じゃあ行こっか」
栞さんはそう言って僕に手を差し出してきた。
僕はその手を掴み一緒に歩き出す。
だけど僕は知ることになった。
栞さんの新しい一面を。
「栞さん」
「永継よ、言いたいことはわかる。だけど言わないでおくれ、私はまだ認めたくないから」
「でも……」
僕達は宇野さん達のいるはずの近くにある商店街を目指していた。
車で旅館に向かっている時に見えたからそんなに遠くもないはずだった。
なのに僕と栞さんは十分ぐらい歩き回って、今では山道を歩いている。
「栞さん、僕は栞さんのことを信じてるよ。だからちゃんと話そ」
栞さんの手を握って僕はそう言った。
正直このまま歩いていたら遭難する。
「……迷いました」
「スマホは?」
「一本も立ってません」
栞さんのスマホの画面を見ると、確かに圏外になっている。
「待ち受け可愛い」
「ん? あぁ、私の推しですから。これならいつでも可愛い女の子を眺められるからね」
「今みたいな困った状況で心を落ち着かせることも出来る?」
「出来、ぬ」
どうやら結構大変な状況らしい。
「来た道を戻るのが最適解?」
「永継は来た道わかる?」
「なんとなくなら?」
篠崎さんの後をついて行ってる中で、途中不安になってきたから周りの風景をよく見ていた。
だからなんとなくならわかるはずだ。
「マイロード、使えない従者をお導きください」
栞さんが胸に左手を当ててお辞儀をする。
「期待されると不安になるからあんまりしないでね」
「大丈夫、永継なら私を導けるよ」
「……」
「どしたの?」
ふと思った、栞さんの行きたい方向とぎゃくの方向に行ったら行きたい場所に行けるのではないかと。
だけどそれを本人に言うのは酷なので最終手段にする。
「栞さんって今まで迷わないで来れてたよね?」
栞さんが不思議そうにしてたから別の話題で会話を続ける。
「近所なら慣れてるからさすがに迷わないよ。……迷わないよ」
「もしかして、宇野さんのアパートに行こうとはしてたけど、迷って行けなくて僕にお手紙書いたの?」
「そういうことはわかんなくていいの!」
栞さんが頬を赤く染めながら叫ぶ。
「別に方向音痴じゃないもん。ただ道がわかんないと敵とに歩いて絶対に違う道を引いちゃうだけだもん」
「それならわかる。当てずっぽうの二択って基本外れるよね」
僕もわかんない問題とかを適当に選ぶと大抵間違っている。
「なんで二択って基本外れるんだろうね」
「多分外れた時の方が記憶に残るからじゃない?」
「どゆこと?」
「外れると悔しくて記憶に残るけど、当たった時は一瞬の嬉しさがくるだけで記憶に残らないんじゃない?」
嬉しさよりも悔しさの方が記憶には残りやすい。
嫌な記憶程忘れられないのだから。
「つまり、本当は同じぐらいだけど、正解してる方は覚えてないってことか」
「本当にずっと間違えてるかもしれないけど、多分そうなんじゃない?」
「じゃあ今回も正解があったかもってことか」
「最初を間違えてたら全部間違いだよ」
今こうしてどこかわからない道を歩いているのなら間違えている。
途中で方向修正出来ていたとしても、最終的にわからないのなら意味は無い。
「永継、この状況で冷たくされたら私泣くよ?」
「多分帰ったら宇野さんが怒るだろうから僕は何も言わないようにするね」
「私流歌ちゃんに本気で怒られたら立ち直れない」
「僕も一緒に怒られるから一緒に立ち直ろ」
今回のことは栞さんに全てを任せた僕にも責任がある。
だから怒られる時は一緒だ。
「流歌ちゃん余計に怒りそ」
「宇野さんは優しいから結局怒らないよ」
「そんなこと……」
栞さんが言葉の途中で僕に真顔を向ける。
「これは催促とか、怒ってるとかじゃないんだけどさ」
「うん?」
「永継ってホワイトデーって知ってる?」
「聞いたことあるかも?」
なんとなく聞いたことがある気がする。
確か何かのお返しの日。
「やっぱりその程度の認識か。えっとね、三月の十四日ってホワイトデーなんだけど、バレンタインにチョコとか何か貰ったらお返しする日なの」
「……とてもごめんなさい」
僕は足を止めて栞さんに頭を下げた。
「いや、知らなかったなれら仕方ないでしょ。それに私達はお返しが欲しくて永継にあげたんじゃないし」
「だめ! 何かしら返さなきゃとは思ってたけど、返す日があるならちゃんと返す」
「真面目な」
貰ったものにお返しするのはあたりま当たり前だから真面目ではないと思う。
むしろ返していなかったのだから不真面目だ。
「栞さんはどんなお返しがいい?」
「無難はお菓子をあげるだろうけど、私は今の状況が10部お返しになってるからいいよ」
「迷子が?」
「二人っきりで歩いてることです!」
栞さんが拗ねたようにジト目を向けてきた。
「いいの?」
「永継は私と二人っきりじゃつまんない?」
「そんなことないよ?」
「私も永継と一緒は楽しいんだよ。だからこれで……違うな、これがいいんだよ」
栞さんが笑顔を向けてから歩き出す。
栞さんが満足度しているのなら僕にとやかく言う権利はない。
だから。
「じゃあ今年のはそれね。あと三つ何がいい?」
「中学三年間あげてたよ……」
中学生の時に貰ってたのはそもそも誰からかわからなかったからお返しなんて出来なかった。
だけどそれが栞さんだと判明したからちゃんとお返しする。
「私永継から返しきれないだけのものを貰ってるから本当にいいんだけど」
「やだ、ちゃんとお返しとして返す」
「言うと思った。じゃあこの旅行中に三回私を喜ばせて」
「出来なかったら?」
僕が聞くと栞さんが立ち止まった。
そして僕に近づき耳元に顔を寄せる。
「永継にエッチなことする」
栞さんにそう囁かれて、最後に耳をはむっとされた。
そして離れた栞さんの小悪魔みたいな顔を見たら顔がドッと熱くなった。
栞さんは前を向いて歩き出したが、その耳が赤くなってるのが見えた。
なんだかいたたまれなくなって、誤魔化すように栞さんの手を握った。
栞さんも身体をビクつかせたけど、振り払うことはせず、そのまま歩いて行った。
しばらく歩くと栞さんのスマホが鳴り、少しだけ現実に戻った気がした。




